三百二十五話 コンビ
ゼプランシの町中を北へ進み、門をくぐればリーザイトの広大な草原地帯に出る。
草原地帯の地形は起伏がなく、見渡せばかなり遠い場所も見ることができる。
ここで見られる景色は、頭上に広がる青空と地面に広がる一面の緑。
そして、遠くに見える幾つかの風車の姿だ。
この草原地帯にはゼプランシを含め、数々の町村が存在しているのだが、そこへ続いている街道のようなものは見られない。
しかし、道標となるものはあり、それぞれの町村の間には、等間隔に看板が立てられている。
この国の人々は看板を頼りに、町村の行き来を行っていた。
そのおかげで草原で迷い、行き倒れる危険はないのだが、他の危険が存在する。
草原地帯には魔物が存在しており、草原を行く者を襲うことがあるのだ。
しかし、頻繁起こることではない。
その理由としては、各町村で雇われた冒険者が草原を見回り、魔物の討伐、町村の者の護衛を行っているからだ。
リーザイトでの冒険者の価値は高く、必要とされている分、この国には冒険者の数は多い。
数が多い故に、冒険者同士の争いなどは、特に珍しくもないと言えるだろう。
むしろ年々多くなり、リーザイト国内において問題になりつつあった。
セアレウス達は草原に出て間もなく、ある場所で立ち止まることとなった。
そこは、見渡せばゼプランシを囲む塀を眺めることができるほど町に近い場所である。
草原地帯の中ということで、地面には背の低い草がびっしりと生えているのだが――
「これは……」
他とは違う場所のようであった。
驚いたと言わんばかりに目を見開くセアレウスの視線の先には、三人の青年が倒れ伏しており、その付近には彼等の武器であろう剣や槍が落ちていた。
三人の青年は、うつ伏せをしている者もいれば仰向けに倒れている者もおり、それぞれ倒れる姿勢は異なる。
「ううっ……」
三人に共通していることといえば、苦しげに呻き声を漏らしていることである。
「驚きました。エルフの女の子が勝ってしまったのですか」
結論から言えば、セアレウスの呟いた通りになる。
この場に、彼女達が心配していたエルフの少女は見当たらない。
つまり、エルフの少女は三人の青年を相手に戦い、勝利したのだ。
「と、とりあえず、大きな怪我をしていないか見てみるよ」
ネリーミアは錫杖を取り出すと、倒れ伏す青年達の元へ向かう。
彼等の容態を確認すると同時に、治癒魔法で回復させるつもりであった。
「確か……この三人のお兄さん達は強い冒険者達だと聞いたはずだけど……」
セアレウスの隣に立ち、メルヴァルトはそう呟いた。
「はい。Bランクの冒険者と聞いていました」
「なら、エルフの女の子はそれ以上のランクということになるのかな? 」
「そう考えるのが普通でしょう」
「だよねぇ。まさかの逆のパターンで、ビックリだよ。でも、最悪の展開にはならなかったようで良かった」
倒れ伏す青年達の姿を見てから、メルヴァルトは神妙な顔つきのままである。
「強い……エルフの女の子ねぇ……」
メルヴァルトは、何やら考え事をしている様子であった。
「何か心当たりでもあるのですか? 」
そんな彼の様子が気になり、セアレウスは何事かと訊ねた。
「ええ、まぁね。少し前に同僚から、リュミエル家にすごい子がいるって話を聞いてね」
「リュミエル……その子は、ライトエルフなのですか? 」
エルフという種族には、さらに細かい分類があり、その中にライトエルフがある。
ライトエルフは、エルフの中でも光魔法に長けている特徴を持つ。
「そうそう、セラちゃんは物知りねぇ……あっ! ごめんね。ネリィちゃんがよく言っているから」
メルヴァルトは申し訳なさそうに目を瞑りつつ、セアレウスに向けて手を合わせる。
「いえ、構いませんよ。むしろ、セラと呼ばれて嬉しいです」
「そう? じゃあ、どんどんセラちゃんって呼んじゃう! 」
セアレウスの言葉に、メルヴァルトは満面の笑みを浮かべるが――
「あ……話が逸れちゃったね。申し訳ない」
すぐに神妙な顔つきとなった。
「噂になっている子はリュミエル家でも、さらに名門のロラ・リュミエルのエルフらしいの」
ウルドバラン大陸の西側に、エルフェスペンと呼ばれる国がある。
人口の九割以上がエルフで、世界でも有数のエルフの国で、その中で規模が最大である。
その国には、ライトエルフが多く住むフォウルーンという地域が存在する。
フォウルーンに住むライトエルフの多くは、リュミエルという性を持つのだが一部には、ミドルネームを持つ者がいる。
その者等は、ライトエルフの家系でも名門と呼ばれ、ロラというミドルネームを持つ家系もその一つである。
ロラは、かつて大悪魔と呼ばれていた化物を退治したライトエルフ英雄の名だ。
彼の子孫は、ロラを自分達のミドルネームとし、ロラ・リュミエルという家系が誕生した。
以降、ロラ・リュミエルの家系から優秀なエルフが輩出され、今日までライトエルフの名門の家系として世界に知れ渡っている。
「私が所属するカーリマン寺院のトップである大僧正にも、かつてはロラ・リュミエルのエルフがいたり、今の光の精霊教会の上層部にもいる。光の技に携わる人達なら、ロラ・リュミエルの名は有名でしょうね」
「名門という話は聞いていましたが、そこまでとは……すごいというのは、ロラ・リュミエルの出身だからですか? 」
「いいえ。その子がロラ・リュミエルの中でも、さらに優秀らしいからよ」
セアレウスの問いかけに対し、メルヴァルドはきっぱりと答えた。
「どういったところが優秀なのでしょうか? 」
「何でも剣術の腕は並みの大人では太刀打ちできないレベル。魔法は光、炎、氷の三種類を扱えて、光魔法を筆頭にどれも強力らしいの。こんなに強くて、セラちゃん達と同じかそれ以下の年齢なんだってねぇ」
「すごい……すごいとしか言いようがないです!世界には、そんな子がいるのですね。わたしも頑張らなくては! 」
セアレウスは胸の辺りで左手を固く握りつつ、そう言った。
言うまでもなく、彼女はロラ・リュミエルの少女に対して、自分も負けてはいられないという気持ちであった。
「それで、あの人達を倒したのがそのエルフの女の子だと? 」
「たぶんってだけ。確証はないよ」
メルヴァルドは、セレアレウスへそう返した後――
「ああっ、いけない! 私も法師なんだから、あの子達を癒してあげないとね! ぐふふ! 」
弾んだ足取りで、倒れ伏す青年達の元へ向かった。
彼は、若い男の体に触れられるということで、上機嫌な様子であった。
「ほ、本当に男の人が好きなのですね……」
そんな彼の様子を苦笑いを浮かべつつ、眺めるセアレウス。
自分もメルヴァルドに続いて、青年達の元に行こうとした時――
「な、なんだこりゃ! 」
青年らしき声を耳にした。
セアレウスが、その声が聞こえた方向に顔を向ければ、一人の青年の姿が視界の中に入ってきた。
その青年は、セアレウス達から離れた場所に立っており、見開かれた両目で、倒れ伏す青年達を見ている。
身に付けているものは、革製の胸当てや小手、腰には鞘に収まった剣を下げていた。
顔はまだ幼く見えものの、身長は高く、腕の筋肉もそれなりにあると見受けられる。
「信じられねぇ……こいつらを倒しちまったってのかよ。いや、そういうことか……」
彼の言動から、冒険者であり、倒れ伏す青年達の仲間のようであった。
やがて、やってきた青年は、倒れ伏す自分の仲間達から視線を外すと――
「よくも俺達の仲間をやってくれたなぁ……」
鞘から剣を抜き、その切っ先をネリーミアに向けたのであった。
「みんな早く来い! グラインズ達がやられてんぞ! 」
青年がそう声を上げて間もなく、彼の仲間と思わしき者達がゾロゾロとやってきた。
新たにやってきた者達も青年の冒険者で、状況を察するとセアレウス達を取り囲みだした。
彼ら青年達の数は三十は超えており、囲まれたセアレウス達に逃げ場はない。
「エルフのガキとは聞いていたが……まさか、悪名高きダークエルフのガキだったとはなぁ」
初めにやってきた青年がネリーミアに向かって、そう言った。
顔も声音も険しく、ネリーミアに対する敵意は相当なものであった。
そして、彼がこの青年達の集団のリーダー的存在のようであった。
「誤解だよ。僕らがここに来た時には、この人達はもう……」
青年達の容態を見るために腰を下ろしていたネリーミア。
彼女が弁解の言葉を口にするも――
「黙れ! 見え透いた嘘をつくもんじゃあないぜ。どう見たって、お前達がやったようにしか見えねぇんだよ! 」
青年達のリーダーの強い口調で一蹴された。
「グラインズ達の仇討ちだ。やるぞ、てめぇら! 」
「あー……マースよぅ。正直なところ微妙なんだが……」
一人の青年が青年達のリーダーに向けて、そう言った。
青年達のリーダーの名前はマースと言うらしい。
「何が微妙だって? 」
「グラインズ達はBランク冒険者で、俺達の中でも最強の奴らだ。こんな奴らにやられたなんて、ちょっと信じられないぜ」
「馬鹿野郎! あいつを見てみろ! ダークエルフだぞ! 」
マースは、ネリーミアに向けていた剣を突くように激しく動かす。
「大方、一人だと油断させておいて、そこの二人に騙し討ちをさせたんだろう。でなきゃ、勝てるはずがねぇ」
「そ、そういうことか。だが、あの二人は腕に怪我をしているみたいだが……」
「それも罠だろうぜ。グラインズ達を油断させるためのな。極悪非道のダークエルフが考えそうなことだぜ」
「そうか……噂通りひどい奴だな。ダークエルフってのは」
マースの言葉に、青年は納得したようであった。
その証として、彼はマースと同様にネリーミアを睨みつけていた。
他の青年達も自分の仲間を倒した人物がネリーミア達だと思い込んだようで、彼女を睨みつけていない者は見られなかった。
「これは……もう無理だ。ごめん、二人共。僕がダークエルフなばっかりに……」
青年達は聞く耳も持たない状態であった。
それが自分のせいだと思い、ネリーミアは申し訳なさそうな表情をしていた。
「ネリィのせいではありませんよ。それに、ダークエルフでなくても、この状況では疑われるのは仕方がありません」
セアレウスはそう言うと、ネリーミアの隣に立つ。
彼女の左手には、すでにアックスエッジが握られている。
「……やるしかないか」
それを見て、ネリーミアも右手に剣を持ち、立ち上がった。
「戦いは避けられないってわけね。二人共、頑張ってね」
そう言うメルヴァルドは、二人の影に隠れるように立っていた。
「武器は宿屋に置いてるし、前も言った通りゾンビとかの不死者以外は、ほぼ無力だからね」
「そういえば……となると、まずはここからメルヴァルドさんを脱出させることが優先だね」
「はい、一点突破で切り抜けましょう。メルヴァルドさん、わたし達の後に続いてくださいね」
「はーい」
「さて、コンビでの実戦はこれで初めてだね。メインはどっちがやる? 」
ネリーミアは、隣のセアレウスに顔を向けることなく、そう訊ねた。
「ネリィで行きましょう」
「あー……僕がメインか。まぁいいや、頑張るよ」
「決まりですね。では、行きましょうか」
セアレウスがそう言ったと同時に、彼女とネリーミアは体を後方に向けて走り出した。
「うひぃー! 一斉に動き出しちゃったよ! 」
迫り来る青年達を目にして、メルヴァルドは青ざめた表情で叫び声を上げる。
走る彼の前方には、セアレウスとネリーミアが横に並んで走っていたが、ほどなくセアレウスが先を走り始めた。
「くらえ!」
先を行くセアレウスは、真っ先に青年の攻撃を受けることになった。
彼女は、振り下ろされるひと振りの剣に対して、アックスエッジを頭上に掲げて受け止めた。
その瞬間――
「ぐうっ!? 」
剣を振り下ろした青年が呻き声を漏らすと同時に、前のめりに倒れだした。
セアレウスは横へ移動して倒れる青年を躱すと、再び先行を始める。
「てめぇよくも! 」
ほどなく、セアレウスに向けて剣が振り下ろされるが――
「ぐっ! 」
その青年はアックスエッジで剣を止められた後、前のめりに倒れだした。
セアレウスがアックスエッジで攻撃を受けた後、その攻撃をした青年が倒れ出す。
この一連の流れが四回ほど発生したところで、彼女達は青年達の包囲から脱出することができた。
「メルヴァルドさん、なるべく遠くへ行ってください」
「うん、ありがとう! 」
包囲から脱出した後も、メルヴァルドはそのまま走り続ける。
セアレウスとネリーミアは、体を後方へ向けた。
彼女達は青年達を向け打つつもりであった。
「ひぃ…ひぃ…ここまでくれば、いいでしょう」
ある程度、戦い場から離れた位置で、メルヴァルドは足を止めた。
そして、遠くに見える二人の少女の影に目を向ける。
「それにしても、あの二人のコンビネーションは大したものねぇ」
メルヴァルドは、先ほどの一部始終を見ていた。
青年が倒れた原因は、ネリーミアにあった。
彼女は、セアレウスが青年の剣を受けると、その青年の腹部に剣の腹――刀身の中央辺りの広く平らな部分を叩きつけていたのである。
まさに、間髪入れずとうべき短い間の出来事で、彼女の攻撃を受けた青年は何をされたか理解していないだろう。
これほどまでに、少ない手数と短い間に青年を倒せたのは、二人の役割分担がしっかり行われているからである。
その役割分担とは、先行するセアレウスが防御でネリーミアが攻撃を行うことだ。
要するに、セアレウスが盾でネリーミアが剣ということになる。
これが何を意味するのかと言えば、一人で行うことを役割として二人で分けて行っているのだ。
単純に考えれば、大したことはしていないがモノは考えようである。
通常なら防御と攻撃を一人で行わなければならないが、二人で役割を分ければ、一つのことに専念すれば良いことになる。
自分の役割以外のことは基本考えなくても良いので、より強固な防御や強力な攻撃を遠慮なくできるのだ。
これが彼女達がコンビと称する戦い方の強みであった。
「ぐおっ!? 」
「な、なんだ、こいつら……ぐっ!? 」
セアレウスとネリーミアのコンビネーションに圧倒され、青年達は次々と倒れていく。
「こ、攻撃をすれば、すぐに片方が攻撃に来る。なら、まずは防御だ! 」
そんな中、一人の青年がセアレウス達の役割分担を理解し、防御の姿勢をとった。
「同時攻撃を仕掛けます。ネリィは前、わたしは後ろへ行きます」
「うん! 」
「なっ、なんだと!?」
前方をネリーミア、後方をセアレウスに挟まれ、慌てふためく青年。
そんな彼に、剣の腹とアックスエッジの刃のついていない背の部分が迫ってゆく。
青年はどちらの攻撃を防御するか迷い、結局――
「ぐっ…へぇ! 」
頬にアックスエッジの背、腹に剣の腹を叩きつけられて倒れた。
二人は対象に合わせて、役割を変えることもあり、今のように二人が攻撃という同じ役割を持つこともあった。
「てめぇら、ガキ二人にやられてんじゃねぇよ! 」
マースが倒れ伏す青年達に向けて怒声をぶつけるが、誰も返事をすることはなかった。
「俺しか残ってねぇのか…‥」
彼は周りを見渡し、自分しか立っていないことに気づいた。
「舐めんじゃねぇ! 俺はCランクだが、準Bランクって言われるほどの実力はあんだよ! 」
マースはそう叫びつつ、セアレウス達に向かっていった。
彼の口にしたことは、どうやら嘘ではないらしく――
「うっ……」
「なんですって……」
彼の攻撃を防御するネリーミアは僅かによろめき、セアレウスは攻撃を防がれた。
それは一度だけではなく、二人と一人の間で何度も武器と武器のぶつかり合う音が発せられた。
「強い……どうする、セラ? 」
マースを攻撃を受けながら、ネリーミアはセアレウスに問いかける。
「…‥アレをやりましょう」
「アレ……かぁ。危険じゃない? 」
「アレで決め……アレしか倒す方法はないでしょう」
「今、アレで決めたいって言おうとしたよね? セラがやりたいだけだよね!? 」
ネリーミアが問い詰めるも、セアレウスが答えることはなかった。
「何をごちゃごちゃと――」
「ウォーターブラスト! 」
「ぐええっ!! 」
セアレウスの水の砲弾を受け、マースを吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がってゆく。
「今です! ネリィ、アレの準備を! 早く! 」
「今ので充分だと思うけどなぁ……」
苦笑いを浮かべつつ、ネリーミアは剣を鞘に収める。
「ウェアーダークネス」
その後、腰を深く落とつつ、闇魔法を行使した。
それは自分の体に闇の魔力を纏わせるもので、彼女の左足が炎のように激しく揺らめく闇の魔力に包まれる。
「身外水甲」
セアレウスはネリーミアの左隣に立つと、自分の右足に水流を纏う。
彼女の右足で蠢く水流は、大量の水しぶきを飛ばしており、その勢いの凄まじさを物語っていた。
「では、行きます! 」
セアレウスの掛け声と共に、二人は走り出し、ある程度のところで高跳び上がり――
「だ、ダークキック」
「ウォーターキーック! 」
セアレウスは右足をネリーミアは左足を突き出した。
「「ダークウォーターキック! 」」
「ぐわあああ! 」
彼女達の放った蹴りは、立ち上がる途中のマースに直撃し、彼を再び吹き飛ばしのであった。
今、二人が放ったのはセアレウスが協力技と称するものである。
強力であるかといえば、そうでもない。
実質、ただ二人で飛び蹴りをしただけで、足に付加した魔法はあまり意味がないのだ。
「決まった! 」
それでも、セアレウスは満足げであった。




