三百二十四話 草原と風の国 リーザイト
――フェーンランド。
その名が差すのは、世界で七番目に広い大陸のことである。
フェーンランドは、バイリア大陸から東の方角に位置する大陸で、ウォローンと呼ばれる山脈が大陸の中央付近に広がってる。
その山脈を中心にして三つの国が存在しており、北西にキップフェン、南西にアーフェンド、東にリーザイトである。
今回は、その三つの国の中のリーザイトについて説明しよう。
リーザイトは、領土の半分以上が草原で占められている国だ。
西にそびえるウォローン山脈から吹く風は強く、それを利用した風車が国内の至る所に建てられている。
国内には魔物が多く確認されており、魔物を討伐する者の需要は高い。
そのため、この国のいくつかの町や村には冒険者ギルドが存在しており、この国で生計を立てている冒険者は多い。
リーザイト南西にある港町ゼプランシにも冒険者ギルドはあり、この場所こそセアレウス達の目的の場所であった。
空が夕焼けの赤に染まり出した頃。
数週間の航海の末、セアレウスとネリーミアはゼプランシの港にいた。
船の船員達に別れと感謝の言葉を伝えた後、二人はある人物を探すため、とりあえず港を出て広場に出る。
ある人物とは、これからネリーミアが行う課題に関係する人物だ。
二人がレリィスに言われていることは、課題を始めるには、その人物に会わなければいけないこと。
課題の内容は、まだ知らされていなかった。
「ネリィ、見てください。もう夕方なのに、まだ色々なお店がやっていますよ」
広場を歩く中、セアレウスは周囲を見回しては目を輝かせていた。
彼女の言うとおり、広場には多種多様の店が開いている。
食材や日用品を取り扱う店もあれば、港町には欠かせない外国の品を取り扱う店も存在する。
また、それを求める多くの人が広場を往来していた。
「やっぱり港町は活気があるね。それはいいことだけど……」
「……? 何か問題があるのですか? 」
「僕……人の多い所って苦手なんだよね……」
苦笑いを浮かべつつ、ネリーミアは言った。
「ああ、そうなのですか……おや? 」
ふと、セアレウスは気づいたことがあった。
周りを見れば、確実に自分達に視線を向ける者達がいた。
よく見れば、その者達は少数ではない。
さらに、見てくる者の顔は僅かにひきつっており、セアレウスは不思議に思った。
「何か多くの視線を感じますね。もしかして、これのせいかですかね」
セアレウスは、左腕で自分の右腕に触れた。
彼女の右腕は未だに包帯で巻かれたままである。
ネリーミアの左腕も同様だ。
セアレウスは、この包帯が巻かれた腕が注目されていると思った。
「それもあるかも知れないけど、一番は僕だろうね」
「ネリィが? 」
「うん。セラ、この広場で僕以外のダークエルフを見つけてごらん」
そう言われ、セアレウスはダークエルフの者を探し出す。
「……いませんね」
しばらく探したが見つけられることはなかった。
「そうだろうね。基本ダークエルフは、ここみたいに人の多い場所にはやってこない。嫌われているって分かっているからね」
「……」
セアレウスはネリーミアの言葉を否定しなかった。
彼女が読んできた本の多くは、悪役でダークエルフが登場する。
どのダークエルフ達も限りなく極悪非道に書かれ、読者に良い印象を持たせることはない。
セアレウスは、ダークエルフに対して蔑むような感情は抱いていない。
しかし、多くの人がそうではないことを知っているのだ。
「僕らダークエルフは珍しくて嫌われ者。だから、変なものを見るような目で見てくるのさ」
「ネリィ……」
セアレウスは隣を歩くネリーミアを心配そうに見つめる。
そんな彼女に向けて、ネリーミアは微笑みを浮かべた。
「大丈夫。苦手だけど耐えられないってわけじゃない。心配はいらないよ」
「そうですか。でも、何かあれば遠慮なく言ってくださいね」
「うん。その時は頼りにさせてもらうよ」
屈託のない顔のネリーミアに、セアレウスは安堵する。
「ところで、ネリィは自分以外のダークエルフを見たことがあるのですか? 」
ふと疑問に思ったことをセアレウスはネリーミアに訊ねた。
「……僕が育ての親……ハンケンと会う前に見たというか一緒にいた気がする」
「気がする? 」
「その頃のことは、あまり覚えていないんだ……いや、ちょっと待って」
ネリーミアは空を見上げ、しばらくした後――
「……あの人は赤くて綺麗な髪をしていた……っけ? ごめん、やっぱ覚えてないや……」
と、セアレウスに言うでもなく、一人呟いた。
その時のネリーミアの顔は笑っているもののどこか寂しげであった。
セアレウスは、心配に思いつつも、声を掛けることができなかった。
広場を西へ出れば、宿屋が多く立ち並ぶ宿泊街に辿り着く。
セアレウスとネリーミアはここを通り、一軒の宿屋の中へ入る。
「ん? 青い髪の娘とダークエルフの娘……もしかして」
二人が店の中に入ってきた途端、近づいてくる者がいた。
その者は栗色の長い髪で、スラッとした長身で、顔は美人と呼ぶに相応しいほど綺麗に整っている。
微かに聞こえた呟きも心地が良い声音をしている。
服装は、カーリマン寺院の法師が着るローブを身につけており――
「ねぇ、君達って、セアレウスちゃんとネリーミアちゃん? 」
セアレウスとネリーミアに、そう訊ねてきた。
「はい。そうですが……もしかして、あなたが課題の……」
「そうそう。ずっと、あなた達を待っていたのよ」
セアレウスが答えると、その者は満面の笑みを浮かべる。
この人物が二人が探していた人物であり、課題に関係する者であった。
「私の名はメルヴァルド。立ち話もなんだし、そこに座りましょうか」
メルヴァルドと名乗った者は、部屋の中にテーブルに座る。
セアレウス達は彼女の向かいの席に座り、話は再開される。
「いやー想像していたより百倍可愛いよー。あなたがセアレウスちゃんで、こっちがネリーミアちゃんね」
「「え? 」」
セアレウスとネリーミアは驚いた。
二人が名乗る前に、メルヴァルドはどちらがセアレウスかネリーミアを言い当てたからだ。
「え……なんかビックリしてる。ああ、そっか! まだ、言ってなかったね」
メルヴァルドは何かを思いついたのか、胸の前で両手を会わせる。
「私、少し前にハンケンさんと会ってね。そこで、ネリーミアちゃんの話を聞いたのよ」
「ハンケンと? だから、僕がネリーミアだと分かったんですね」
「うん。でも、こうしてダークエルフの娘と話すことになるなんてね……」
「……嫌ですか? 」
不安げな表情で、ネリーミアが訊ねる。
彼女はハンケン以外にも法師と会ったことがある。
その時の法師達の反応と言えば、広場で視線を向けてきた者達と同様に顔を引きつらせ――
『何故、ダークエルフの子供なんかを連れている? 』
と、ハンケンに問い詰めることが当然であった。
故に、メルヴァルドも同じだろうとネリーミアは思っていた。
しかし――
「ううん! 全然嫌じゃないよ! 感慨深いって言おうとしただけ、本当に! 」
メルヴァルドは他の法師とは違うようであった。
「何というかね……分かるのよ。私も他人に理解されないはぐれ者だから……」
「メルヴァルドさんが? それはどうしてですか? 」
ネリーミアが訊ねると――
「私、実は男が好きなの」
メルヴァルドは、そう答えた。
「は、はぁ、それは普通のことだと思いますが……」
「わたしもそう思います。もしかして、法師は恋愛禁止とか? 」
「いや、そういうのは聞いたことがないよ。メルヴァルドさん、一体何が言いたのですか? 」
「私、実は男なの」
「はぁ、男……え? えええええ!? 」
メルヴァルドの発言が衝撃的で、ネリーミアは驚愕の声を上げた。
彼女が驚いたのは、メルヴァルドが同性愛者だということではない。
どう見ても女性にしか見えないメルヴァルドが、男だということに驚いていた。
「ネリィ、落ち着いてください」
表情が崩れるほど驚くネリーミアに対し、セアレウスは平然としていた。
「よく思い出してください。身近な人にメルヴァルドさんみたいな人がいるということを」
「え……? あ、兄さんか。そっか……」
セアレウスの言葉に、ネリーミアは平静を取り戻した。
女性にしか見えない男性は、既に知っていたことを思い出したからだ。
つまり、メルヴァルドが男性だということは、二人にしてみれば、それほど驚くべきことではなかった。
「え、なに!? 私と同じ境遇の人を知っているの? 」
「……ちょっと違うかな。あの人は女性に間違わられるけど、男性が好きってわけじゃない……はず」
「なーんだ、そっか―」
そう言って、テーブルの上に突っ伏すメルヴァルドだが――
「まぁいいや。愚痴を言いに、ここに来たわけじゃない。本題にはいりましょうか」
すぐに体を起こした。
メンタルは強い人物のようであった。
「課題という形で、あなた達にお願いしたいことは、私の護衛だよ」
「どこか危険な場所へ行くのですか? 」
「ここから北東に、ウィンドリンって言う島があってね。その島の町の周辺で、ゾンビが彷徨き始めたらしくてね」
「ゾンビ……なるほど、カーリマン寺院にゾンビの退治依頼が来たということですね」
「そう。さすが、ネリーミアちゃんね」
ゾンビを代表する不死者という種類の魔物は、倒し難いという特徴を持っている。
それは、攻撃を与えても怯まず、すぐに回復してしまう場合があるからだ。
しかし、不死者にも弱点はあり、それは火属性と光属性の攻撃である。
そのうちの光属性はかなり効果的で、弱い魔法でもゾンビにとては致命傷となりえるほどである。
カーリマン寺院の法師達の扱う法術には、不死者に対して効果的なものが多く、ゾンビ退治の依頼は冒険者ギルドよりも多く受ける傾向があるのだ。
「ゾンビなら私の法術でイチコロ……なんだけど、他の魔物とか賊はダメダメでね。それで、冒険者を雇おうとしたら、あなた達が護衛をしてくれるって聞いてね。でも……」
メルヴァルドはセアレウスの右腕、ネリーミアの左腕を見て、表情を曇らせる。
「あなた達、怪我をしているようだけど……」
「はい。怪我はまだ治っていませんが大丈夫ですよ」
「そうは言ってもねぇ……」
メルヴァルドの表情が晴れることはなかった。
確かにセアレウス達は修行で、今の状態でも戦えることはできる。
しかし、メルヴァルドは、それを知らない。
いくらセアレウスが大丈夫だと言っても、安心して護衛を任せることができないのだ。
「セラ、やっぱり僕たちの他に冒険者を雇おう」
「え? でも、わたし達はこの状態でも戦えるし、他人の力を頼るのは課題としてどうかと……」
「それは分かるけど、メルヴァルドさんが納得しない。いいね? 」
「……分かりました。あなたが言うなら、そうしましょう」
「メルヴァルドさん。そういうことで、納得してもらえませんか? 」
「そう……ね。あと、二、三人いれば心強いわ。でも、お金が……」
「その心配は要りませんよ。その資金は貰っているので」
「うん。とりあえず、明日冒険者ギルドに行って募集しようか」
ネリーミアの言葉に、セアレウスとメルヴァルドが頷いた。
こうして、自分達の他に冒険者を雇うことが決まり、この日はこの宿屋で休むことにした。
――翌日。
セアレウスとネリーミアとメルヴァルドの三人は、ゼプランシにある冒険者ギルドに来ていた。
「募集するのはいいとして、ランクはどうしましょうか」
「うーん……C……Bランクでいいんじゃないかな? 」
「きゃあ、今通った人、すっごくカッコよかった。冒険者の男って、ガタイのいい人ばかりで魅力的だわぁ」
三人は、掲示板の前で募集する冒険者の条件を考えている最中で、まだ募集はしていない。
「……では、もうこの条件で出しちゃいましょう」
あれこれと考えた末、ようやく募集条件が決まり、掲示板に依頼の張り紙を貼り付けた。
募集する期間は、明日の午後であり、あとはその時まで待つだけである。
「おい……結局誰も止めなかったのかよ」
三人が冒険者ギルドを出ようと、入口に体を向けた時、そのような声を三人は耳にした。
「無理もねぇよ。三人ともBクラスだぜ? しかも、ここいらで一番でかい団体の一員だ。誰も口出しできねぇよ」
声のした方を見れば、二人の冒険者が話していた。
不明なことは多いが、ここで何かが起こったことは確かなことであろう。
「冒険者同士で揉め事があったようですね」
「そうみたいだけど、団体っていうのは何? 」
メルヴァルドがセアレウスに訊ねる。
「団体というのは、以前わたしが聞いた説明では、同じ目的を持つ冒険者の集まりのこと。冒険者団体と言うのですが短く団体と呼ばれることが多いです」
「はぁ、仰々しい言い方ねぇ」
メルヴァルドがそう呟いた時――
「可哀想だと思うが、あのエルフの嬢ちゃんも悪い。あんな言い方したら、誰だって怒るもんさ」
「しかし、三対一はやりすぎだろうよ。嬢ちゃん、今頃ボコボコにされてるぜ。おー怖っ……」
冒険者の二人はそう話した。
「事情は分かりませんが、大変なことが起きているようです」
「そうみたいだね。どうするの? 」
「助けに行きたいですね。きっと、あの人達が言っていたようにひどい目にあっているはず。放っておけません」
「相手はBランク冒険者ってこと覚えている? かなり手強いよ」
「それは関係ないでしょう。時間が惜しいです。詳しい話を聞いてきます」
そう言うと、セアレウスは二人の冒険者の元へ向かう。
「気持ちは分かるけど、自分から厄介ごとに首を突っ込むのはなぁ……」
呆れるような表情を浮かべつつ、自分の頭をかくような仕草をする。
「少しそう思いますが、僕も行くつもりです。恐らく、危険なので、メルヴァルドさんは、ここで待っていてください」
「いや、私も行くよ。揉め事が起きているなら、話し合いで終わらせるよ説得する……これもある意味法師の役目ってね」
メルヴァルトは、ネリーミアに向けてウインクをした。
整った顔でやるものだから、彼のウインクは様になっていた。
「話を聞いてきました。どうやら、町の外に行ったみたいです」
セアレウスが二人の冒険者の元から帰ってくる。
「じゃあ、僕らもそこに行こう」
三人は冒険者ギルドを後にすると、町の外である草原へ向かった。
2017年11月5日 訂正
その1
ここから北西に、ウィンドリンって言う島があってね。 → ここから北東に、ウィンドリンって言う島があってね。
島がある方角が間違えていたため、訂正しました。
その2
ゾンビなら私の魔法でイチコロ → ゾンビなら私の法術でイチコロ
法師なら法術っていうはず




