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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 光と闇の義侠人編
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三百三十三話 親友の絆

 空は黒く染まり、月が顔を出した頃。

森林の中の谷底に仄かに明るい場所があった。

そこは、旧殿堂の裏手にある修練場である。

四角の形に仕切られた修練場の四隅に松明が立てられており、中央付近にはセアレウスとネリーミアの姿があった。


「はぁー……もう限界」


ネリーミアはそう言うと、修練場に敷かれている石畳の上に仰向けで倒れ込んだ。

激しい運動をしたのか彼女の息は荒く、全身は汗で濡れていた。


「ふぅ、今日はここまでにしましょうか」


ネリーミアの前に立つセアレウスは、彼女のように石畳の上に倒れこむことはしなかった。

そんなセアレウスの息は通常とは変わらない安定したもので、汗は一滴も出してはいなかった。


「今日が一番ハードだったのに、これっぽっちも疲れていないんだね」


「どういうわけか生まれつき体力は良いのですよ。その気になれば、三日……いえ、今は五日は走り続けられるでしょう」


「は……ははは! 体力じゃあ、君には一生勝てそうにないよ」


息が荒いながらも、ネリーミアは笑い声を上げた。

二人が修行を再開してから、今日で四日目となる。

つまりは、明日が課題を受けるべく旅立つ日だ。

未だに二人の負傷した腕には包帯が巻かれ、満足に動かせるほど回復はしていない。

しかし、この四日間で、二人は腕の負傷を補う戦いの修行をしていた。

その結果、個々の強さは変わらないが、二人で共に戦う強さは、かなり向上したと言えよう。


「それにしても、かなり上達しました。ネリーミアさんも、そう思ういませんか? 」


「うん。僕もそう思うよ」


自分達の上達具合はセアレウス達も実感しているようであった。


「わたし達の二人が一体となって戦う……コンビと呼びましょうか。わたし達のコンビなら、どんな課題だってこなせるでしょう」


「どんな……か。気持ちは分かるけど、流石にそこまでは……」


「なにを弱きなことを言ってるのですか。大丈夫ですって。ほら、ネリーアさん」


セアレウスはそう言うと、ネリーミアに左手を差し伸べる。


「明日に備えて、もう休みましょうか。ここではなく、旧殿堂の中で」


「はは……右手と左手じゃあ掴みにくね」


上体を起こしたネリーミアは、そう言った。

彼女は苦笑いを浮かべたまま、差し伸べられたセアレウスの左手を見ているだけであった。


「……? ネリーミアさん? 」


握り返そうともしないネリーミアを不思議に思うセアレウス。

一度、左手を引き戻そうとしたが、その時になってネリーミアの右手に掴まれた。


「ネリーミア……自分でも気に入っている僕の名前」


そう呟くネリーミアは、僅かに顔を伏せている。

故に、ネリーミアには彼女の顔は見えない。

しかし、彼女の声音から、神妙な顔つきをしているのであろうことは伺えた。

セアレウスは、自ら声を掛けることなく、ネリーミアの言葉を待つことにした。

すると、ネリーミアは顔を上げる。

その時、彼女がセアレウスに見せた顔は、やはり神妙なものであったが少し違う。

何かを決心したかのように見えつつも、どこか恥ずかしそうであった。

そう感じるのは、時折視線が横に逸れ、頬が僅かに赤くなっているからである。


「兄さんとか親しい人は、僕をネリィっていう愛称で呼んでくれる。君もネリーミアさんじゃなくて、ネリィって呼んでくれると……嬉しい」


ゆっくりと顔を上げながら、ネリーミアが言った。

やはり、恥ずかしかったのか段々と声が小さくなってゆき、最後の言葉は微かに聞こえるほどであった。


「え……それは、わたしを親しい人だと認めてくれるということですか? 」


「……逆かな。勝手なことかもしれないけど、僕は君のことを少なくても他人ではないと思っている。君も同じだと嬉しいってことさ」


「それは、勿論のことですよ。なら、これからはネリィさんと呼びますね」


「いや、呼び捨てでいいよ。というか、呼び捨てがいい」


「そうですか。なら、ネリィ。これでいいですか? 」


「うん。ありがとう、セアレウス」


この時になって、彼女はセアレウスの手を借りつつ立ち上がる。

その後、ネリーミアは微笑みを浮かべた。

セアレウスは、彼女の微笑む顔を数回ほど目にしている。

しかし、この時のネリーミアが見せた微笑みは、今までとは違うものであった。


(パノリマ……)


微笑むネリーミアを見るセアレウスは、今は亡き親友の顔を思い浮かべていた。

その顔も今のネリーミアと同様の笑顔である。

ネリーミアの微笑みは、かつて見た親友の笑顔と似ていると、セアレウスは感じていた。

それ故に、自然とセアレウスも微笑みを浮かべるのであった。


「しかし、愛称ですか。わたしもそういう風に呼ばれたいですね」


「なら、僕が考えてあげるよ。セアレウスだから……僕みたいに言えば、セア……だけど言いにくいから……」


顎に当て、ぶつぶつと呟きながらネリーミアは考える。

真剣に考えているのか、今は神妙な顔つきをしていた。

対して、セアレウスはキラキラと目を輝かせながら、じっとネリーミアを見ていた。


「…‥うっ、一応決まったけど、君の期待に応えられないかも」


「大丈夫です! きっと良い名前でしょう! 」


「セラが良いかな? 呼びやすいし、可愛いと思うよ」


「おおっ、セラですか! いいですね、気に入りました! では、ネリィ。早速、わたしのことをセラと読んでください」


「うん! 分かったよ、セラ」


二人は互いに愛称で呼び合い、再び頬笑みを浮かべた。

遠慮という他社への思いやりはなく、まさに屈託のない笑顔である。

そのように笑い合えるほど、二人は親密な関係となったのだ。







 ――翌日。


雲ひとつない青々とした空の下、島の桟橋にセアレウスとネリーミアの姿があった。

桟橋には、もう彼女等の乗る船が停泊しており、これから課題を行うために旅立とうとしているのだ。

横に立つ二人は、島の方へ体を向けている。

彼女達の前にはレリィスが立ち、そのさらに後ろには彼の部下達が綺麗に整列して立っている。

彼らは旅立つ二人を見送りに来ていた。


「予定通り旅立つことになりましたな。しかし、腕はまだ完治しておりませぬ。戦闘などの激しい運動は出来ないことはありませんが、右腕は動かさぬようお願いします」


セアレウスに向けて、レリィスが言った。


「お気遣いありがとうございます」


「はい……それで、お前の役目は分かっているのだろうな? 」


ニコニコと笑顔を浮かべていた顔から一変して、険しい表情でレリィスがネリーミアに顔を向ける。


「貴様はセアレウス様を全力で守るのだ。出来損ないのダークエルフの貴様でも、盾になるくらいはできるだろう? 」


「む……」


セアレウスは、レリィスの物言いを不服に感じ、注意しようと前に出ようとした。

しかし、ネリーミアに手で制され、動きを止める。

一瞬の間、彼女と視線を合わせると、セアレウスは大人しくその場に留まった。

ネリーミアの目から、自分に任せろという意思を感じ取り、彼女を信じることにしたのだ。


「レリィス様、心配は無用です。元より、セアレウス様を何が何でもお守りするつもりでしたので」


畏まった言葉を返すネリーミア。

この時、面倒事を避けるために、あえてセアレウスを愛称で呼ばなかった。


「ふん、分かっているならいい。では――」


「レリィス様、私から申し上げたいことがあります! 」


レリィスの言葉をかき消すような大きな声をネリーミアが出した。

人によっては無礼となる行為に、後方のレリィスの部下達はザワつき――


「貴様! 口を挟むとは、無礼にもほどがあるぞ! 」


その行為の対象となるレリィスは激怒した。


「申し訳ございません。しかし、それほど私にとって、重要なことなのです」


深々と頭を下げるネリーミア。


「このっ……! 」


レリィスは、そのネリーミアの頭を殴ろうとしたが、拳を振り上げたところで手を止めた。

この場には、セアレウスがいるのだ。

ネリーミアに暴力を振るう行為は、レリィスやその部下達にとっては、何とも思わないこと。

しかし、セアレウスがそうではないことをレリィスは感じているのだ。

故に、ふるふるを振り上げた拳を下げ――


「……よかろう。さっさと申すがいい」


ネリーミアの言葉に耳を傾けることにした。


「はい。(ろく)に光魔法を使えない半人前……いえ、それ未満の者です。課題を終えた後も……それが変わることはないでしょう」


「ふん、当たり前のことだな」


「しかし、いつの日にか光魔法を自由自在に操れるようになると誓います」


「はんっ! めでたいやつだ。今なら、その誓いは聞かなかったことにしてやるぞ」


「いえ、それは結構です」


「正気か? ダークエルフの貴様に光魔法なぞ扱えん。ちょっとした工夫をしようと……な」


レリィスはチラリとセアレウスに視線を向けた。


(こやつがこうまで行ってくるとは……セアレウス様のせいに違いない。だが、どのような手を使っても、ダークエルフなんぞには光魔法は使えまい)


セアレウスが大きく関係していると分かっていても、レリィスはネリーミアの言葉を肯定することはなかった。


「険しい道なのは承知の上です。それでも、私は諦めません」


「馬鹿め……何が貴様をそうさせるのだ? もし、貴様が光魔法を……法術を充分に扱えるようになったとして、それで何がしたいというのだ」


「何がしたい……ということは、特にございません。ですが……」


ネリーミアは下げていた頭を上げ、レリィスの目にまっすぐに視線を向けると――


「誰かを守れる人、命を救える人に私はなりたいのです」


そう口にした。


「ほう」


レリィスは険しい表情で、ネリーミアを睨みつけた。

今までの彼女ならば、目を逸らして、顔を俯かせるところである。

しかし、ネリーミアの瞳は揺れることなく、顔も下へ向くことはなかった。

言葉に偽りはなく、ネリーミアの意思が強固であることが彼女の顔や瞳に現れているのだ。


「うっ……」


それはレリィスにも伝わった。


「……どんなことでも、口では簡単に言えるものよ。やれるものならやってみろ。勝手にするがいい」


突き放すような物言いではあるが、ネリーミアの言葉を受け止めたレリィスであった。


「ありがとうございます! 」


ネリーミアは再び、深く頭を下げた。

その後、頭を上げたネリーミアは、セアレウスに視線を向けるとニコリと笑顔を浮かべる。

それに答えるように、セアレウスもネリーミアに笑顔を向けた。


「ふん、余計なことに時間を取らせおって。気を取り直して、セアレウス様。これをお受け取りください」


「これは……お、重い。お金ですか」


レリィスがセアレウスに渡したのは、大量の硬貨が詰められた袋である。


「それは旅の資金でございます。それと、もう一つ」


レリィスは、さらに硬貨の詰まった袋をネリーミアに渡した。


「お、重い! そっちのよりもいっぱい入ってるよ、これ」


その袋は、先ほどのものより一回り大きく、金額も倍はあるだろう。


「またお金。こっちは、どういう用途で使えば良いのですか? 」


セアレウスガレリィスに訊ねる。


「基本的には、好きに使ってください。わたし的には、それで強い冒険者を雇って欲しいのですがね。その金額ならば、Bクラス冒険者を三人ほど雇うことができるでしょう。ざっと一ヶ月ほど」


「Bランク!? すごい……ありがとうございます。考えてみます」


「二人はまだ怪我人ですからな。前向きに考えてください。さて、そろそろ出発の時間ですかな」


「そうですね。では、行ってきます。さ、船に乗りますよ、ネリィ」


「うん。レリィス様、必ず課題はこなしてみせます。では、また」


二人が甲板へ乗り込むと、ほどなく船は出向した。

初めはゆっくりと進んでいたが帆に風を受け、みるみる速度を上げてゆく。

あっと言う間に、島が小さく見えるようになった。


「お二人共、あの島ではたくさん嫌な目にあったでしょう。全速力で船を勧めましたぜ」


船尾側の甲板で、島を眺める二人の元に船の船長がやってくる。

この人物を含め、船員達はセアレウスを島に連れてきた船に乗っていた者たちであった。


「嫌な目ですか……そうでも無かったように思いますよ」


セアレウスが船長に、そう答えた。


「お? それは本当ですか? 」


「ええ、良いこともたくさんありましたよ。ネリィはどうでしたか? 」


セアレウスがネリーミアに訊ねると――


「セラと同じだよ。本当に良い事があった。僕にとって、あの島は思い出の場所の一つになるよ」


そう答えた。


(君のおかげだよ。ありがとうね)


その時、ネリーミアはそう思っていたが口にすることはしなかった。

二人の乗る船は、ネリーミアに与えられた課題をこなす場所へ向かって進んでゆく。

ようやくスタートラインに立とうという最中である。

ここで感謝の言葉を言うのは、早すぎるだろう。

何故なら、課題を終えた後も感謝の言葉を口にするのだろうから。

ネリーミアは、その時になって貯めて来た感謝の気持ちを伝えようと決めていた。

そんな思いを胸に秘め、彼女は船の進行方向に広がる水平線を眺めるのであった。




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