三百二十話 ゼロ属性
闇魔法を使って欲しいセアレウス、闇魔法を使いたくないネリーミア。
どちらの意思を通すのか決めるための決闘は、セアレウスの勝利に終わった。
「わたしの勝ち……ということで、今からあなたは光と闇の魔法を操る二刀流の魔法使い……いえ、法師でしたか? いや……なんか良い言い方がありませんね」
「……ん? ちょっと待って」
腕を組んで思い悩むセアレウスに、ネリーミアが声を掛ける。
彼女は魔力を大量に消費し、動けないほど身体が疲労した状態にある。
未だに、顔をさえも上げられずうつ伏せのままであった。
「これからずっと闇魔法を使っていこう……みたいな言い方に聞こえたような気がしたんだけど……」
「気のせいではありません」
「……そ、それは聞いてないなぁ。僕は修行の間だけかと思っていたよ」
「いいえ、今日からずっと、あなたは闇魔法を使っていくのです。わたしが勝ったのだから、言うことはちゃんと聞いてもらいますよ」
「え……ええぇ……」
セアレウスの有無を言わさぬ物言いに、ネリーミアは反論することができなかった。
自ら決闘に挑み、敗北した事実があるため、固く誓っていようとネリーミアはセアレウスの意思に逆らうことができないのだ。
何はともあれ、これからネリーミアは闇魔法も使用していくこととなり――
「剣とか使います? 使うのなら、聖魔騎士とかどうでしょうか? 」
セアレウスは意気揚々とネリーミアの呼び名を考え――
「ただのネリーミアでいいよ。それより、色々と疲れたから、今はゆっくりさせ……て……」
ネリーミアは、戦いとセアレウスとのやり取りに疲れ、さらにぐったりとなってしまった。
セアレウスが決闘に勝ったことにより、ようやくネリーミアの修行が始まる。
ということは、すぐには出来なかった。
短剣の力を使い、魔力を短時間で大量に失ったことにより、ネリーミアは体にダメージを負っていたからだ。
そのせいで、ネリーミアの体が動かせない状態は続き、修行を始めることができなかったのである。
ようやく、いつものように体が動かせるようになったのは六日後。
さらに万全の状態にするため、始めるのは次の日となり、結局、決闘の日から一週間後に修行が開始されることとなった。
「ネリーミアさん、体の具合はどうですか? 」
修練場にて、セアレウスが向かいに立つネリーミアに訊ねる。
この場所は谷の底にあるのだが、見上げれば空を遮る物は無い。
そのため、修練場は陽の光に照らされ、側にある川の水はキラキラと輝いていた。
それでも、彼女等のいる修練場は肌寒いのは、川辺や滝の近くである理由を除いて、まだ朝の時間であるからだろう。
「バッチリだよ……それで? 闇魔法を使って、どう聖法術を上達させるのかな? 」
「それを答える前に聞きたいことがあります」
「聞きたいこと? 」
「はい。聖力とはなんですか? 」
「え……知らないのかい? 」
ネリーミアは、思わず唖然とした表情を浮かべた。
聖法術を上達できる方法を知っていると言うにも関わらず、聖力を知らないセアレウスが信じられなかったのだ。
「はい。わたしは学び舎という場所で魔法を学んでいましたが、聖力なんて言葉を聞いたことがありません」
「……そっか。たぶん、聖法術が魔法とは違うものだから、教えてもらえなかった……そういうことだろうね」
ネリーミアは納得したのか、ゆっくりと息を吐いた。
そして、セアレウスの要望通り、聖力について説明し始める。
「聖力っていうのは、魔力と正反対の力のこと。まさに読んで字のごとく、聖なる力のことだよ。この力を必要とする聖法術も神聖なものだと言えるね」
「はぁ……他には? 」
「他……僕みたいなダークエルフは生成が不得意ということかな」
「その他には? 」
「え……えーと、もう無いかな」
「そうですか、なるほど……」
一通り聞き終えると、セアレウスは顔を伏せて黙り込む。
そんな彼女をネリーミアは、怪訝な表情で見つめる。
セアレウスが考え事をしているということは察せるが、その内容までは想像できなかったのだ。
しばらくすると、セアレウスは伏せていた顔を上げ――
「恐らく……聖力なんて力は存在しないものでしょう」
と言った。
「なんだって!? 」
その発言にネリーミアは驚愕した。
聖力の存在を信じているのだから当然のことだろう。
「聖力が魔力の正反対の力と言いましたが、光の属性の魔力もそうなのですか? 」
「そ、それは……」
答えようとしたネリーミアだが、すぐに口を閉ざす。
光の属性の魔力も聖力と同じように、神聖な力であると思っているからだ。
その根拠となり得るのは、光の精霊教会である。
光の精霊教会が自分達が使用している光魔法が、光の属性の魔力によるものだと公言しているからだ。
神聖な力を使う組織という点で、カーリマン寺院と共通する光の精霊教会をネリーミアは否定できないのだ。
「はっきりと言えないようですね。あなたが詳しく知らないか。もしくは、そこまで設定が作りこまれていないのでしょう」
「設定……どういう意味? 」
「造語です。法師達が作った独自の言葉ということです」
魔力や魔法などに使われる魔という言葉には、悪に近い意味を持つ。
しかし、本来の意味は不思議という意味だ。
何故、悪という悪い印象の言葉になったかといえば、数百年前のこと。
その時代に現れた魔王が、自らのこと魔の者と呼んだことが発祥だと言われている。
魔が世界を蹂躙した悪しき者を表す言葉ということで、悪に近い意味を持つようになったのだ。
セアレウスは、このことを学び舎で学んでいた。
故に、法師達が魔という言葉を使うのを嫌がり、聖力と言うようになったのだと推測していた。
「聖法術は光の魔力でも使えるでしょう。いえ、使えると信じてください。そう考えれば、わたしの考えた方法で上手くいく……かもしれません」
「……」
その時、ネリーミアが言葉を返すことはなかった。
今の彼女は僅かに口をつぐみ、視線を下に向いている。
聖力が存在しない力、ただ魔力を言い替えた言葉というのは、ネリーミアにとって受け入れ難い事であった。
何故かといえば、今まであると信じていたからである。
それらしい理由を説明されても、すぐに受け入れられるものではないだろう
「……分かったよ。僕は君を信じる」
しかし、彼女が思い悩む時間は短かった。
「僕にやり方を選べるような余裕はない。これからは、君の言うことを全力で信じることに決めたよ」
ネリーミアは視線をセアレウスの顔に向けると、そう言った。
彼女の緑色の瞳は揺れることなく、真っ直ぐにセアレウスの瞳に合わせられている。
発した言葉に偽りはなく、迷いの無い決断をした。
そういった意思が伝わってくる姿勢であった。
ネリーミアがこのような意思をセアレウスに示せたのは――
(今までのやり方ではダメだった。それはつまり、光の属性に適正が無い僕には合わないやり方だった……そういうことでしょ? )
と思ったからである。
決闘で負けたことが原因なのか定かではないが、ネリーミアは自分がダークエルフであるという事実を受け入れることができていた。
故に、従来の修行方法をやるのだと固執することなく、セアレウスを信じることができたのである。
「あ……ありがとうございます」
ネリーミアの言葉に感動するセアレウス。
「君がお礼を言うことはないよ。それで、これから何をするんだい? 説明とかはもういいから、やることを聞かせてよ」
ネリーミアは、微笑みを浮かべながら訊ねた。
彼女は、もうセアレウスの発言に異見するつもりはなかった。
そのせいか、気持ちが楽になり、微笑みを浮かべる心の余裕もでてきたのである。
「分かりました。これから、あなたには闇魔法と光魔法を使って、ゼロ属性の魔法を作ってもらいます」
「……ごめん。やっぱり、説明して」
微笑みとは一転して、ネリーミアは難しい表情をする。
ゼロ属性という単語に聞き覚えがなく、聞かずにはいられなかったのだ。
「ああー……やはり、知りませんか。でも、無理もないことでしょう。ゼロ属性を知っているのは、世界でもそう多くは無いと思うので……」
「そうなの? 」
「はい。それも含めて説明しましょう。少し長くなりますよ」
「少し長く……あ、長い話になるのか……」
説明を要求したことを少しだけ後悔したネリーミアであった。
ゼロ属性とは――
それぞれ同じ力の強さを持つ属性の正負を足し合わせることで、その属性は消滅すること。
しかし、合わさった二つの属性の力は残るとされている。
つまり、属性を持たない魔法と考えれば良い。
属性が無いということで、パワーショットなどの無属性と同等に思われるが全くの別のものである。
無属性は属性を付加しない素の魔力のこと。
属性が無いように思われるが、無属性または物質属性と呼ばれる属性を持ち、この属性の魔法を使う適性や耐性は存在する。
ゼロ属性はというと、属性そのものがない。
従来の魔法に、属性や力の大きさ等の項目があるとして、ゼロ属性には属性の項目が無いと考えればいいだろう。
そのため、ゼロ属性を扱う適正は存在せず、耐性は無いと言われている。
さらに、生み出されたゼロ属性の力は、現存するどの魔法をも凌駕する威力であるとされ、主に攻撃魔法に使うことを考えられていた。
セアレウスは、ネリーミアにこのゼロ属性を光の魔法と闇の魔法で生み出してもらおうと考えたのだ。
「そんなすごい属性……というか力があったのかぁ。なんで、今まで知られなかったんだろう? というか、なんでセアレウスは知っているの? 」
「わたしの通っていた学び舎に、ゼロ属性について書かれた本があったのです。世界に数冊もない本らしいので、そのせいであまり知らされていないようですね」
「セアレウスは、それを読んだから知っているってこと? 」
「そうですね。面白そうだから読んでみました。それで、世界に数冊しか無いことに納得しましたよ」
「なんか……変なことが書かれていたの? 」
「ええ……光と闇の属性が元は同じ属性だった……と書かれていましたよ」
「あ、ああー、なんか、少ない理由が分かった気がする……」
ネリーミアはセアレウスと同様に、ゼロ属性について書かれた本の数が少ないことに納得した。
光と闇の属性は別物、或いは正反対の属性であるのが一般的な考えだ。
それらが同じ属性であるという考えが多くの人々に受け入れられないことは、想像するにたやすいことだろう。
ましてや、光の精霊教会やカーリマン寺院といった組織は、闇を悪と認識しており、その考えを断固として認めないだろう。
つまり、ゼロ属性について書かれた本は出版されたものの、人々の批判や組織の圧力によって、すぐに出版が取りやめになったと推測できる。
現在までその本を所持している者は、運良く本を購入することができ、光と闇が同じ属性であることに同意または興味のある者だと言えよう。
「それにしても、光と闇が同じ属性か……なるほどね」
ネリーミアはそう言うと、僅かに頬を吊り上げる。
「セアレウス、ひょっとして君は、僕にゼロ属性魔法を扱えるようにしたいんだね」
彼女は、セアレウスの思惑に気づくことができたと思ったのだ。
「半分正解と言ったことろでしょう」
「半分だけ……もう半分は? 」
「先ほどから言っているように、光の魔力の生成が目的ですよ。ゼロ属性の生成はあくまでも過程です」
「もしかして、やってるうちに光の魔力の生成も上達するってこと? 」
「はい。ゼロ属性の生成は、正の力である光の属性と負の力である闇の属性が均等になるようにコントロールすることです。極めれば、闇の魔力から光の魔力への変換ができるかも……とわたしは考えています」
ゼロ属性を生成するには、ただ正の力と負の力を合わせれば良いというものではない。
正の力が強ければ、光の属性となってしまい、負の力が強ければ闇の属性となってしまう。
力が均等になるように、光の属性と闇の属性の力を同じレベルにしなければ、ゼロ属性にはならないのだ。
控え目に言っても、かなり難しいことである。
否、本で得た知識のみでやろうとしているのだから、無茶とも言えた。
「できるかも……か。必ずしも光の魔力の生成が上達するとは言えないんだね? 」
「……はい、必ずとは言えませんね。わたしの考え……修行方法にはかなり憶測が含まれています。申し訳ありません」
さらには、一番の目的である光魔法の生成の上達は可能性の話であった。
「いや、可能性があるだけ充分だよ」
それでも、ネリーミアはその無茶に挑むつもりであった。
先ほどと気持ちは変わっておらず、セアレウスのことを信じているからである。
「ダークエルフで光魔法を使おうとする人なんて、今までいなかったはずなんだ。絶対にうまくいくって言えなくて当たり前なんだよ」
ネリーミアは先ほどの決断し時のような真剣な表情になり――
「やろう、セアレウス! 僕達で絶対にできるって言える前例を作るんだ! 」
と、セアレウスに向かって言った。
「……はい。一緒に頑張りましょう」
セアレウスはゆっくりと頷いた。
彼女は、自分の提案した修行方法に意欲的なネリーミアを全力で支援するつもりであった。
しかし、セアレウスは不安であった。
(ゼロ属性の生成には危険が伴う……確か本には、そう書かれていたましたね。自分で提案しておきながら、大丈夫でしょうか……)
それは、彼女の思う通り、ゼロ属性の生成には危険が伴うからである。
その危険には様々な要因があるのだが、セアレウスが一番に危惧していることはネリーミアにある。
セアレウスは、未だに真剣な表情のままのネリーミアを心配そうに見つめていた。
ゲイラー・ジェネルバ(享年 三十四歳)
フォウルーン出身のエルフ族の男性。
幼少の時から魔法に興味を持っており、八歳の時には炎と光の二つの属性の魔法が使えたとされている。
十四歳の時にバイリア大陸に渡り、魔法学校に入学。
二十歳の時に卒業をすると同時に学校の教授に就任。
就任から五年後、光と闇の相反する関係から、その二つは元は同じ属性で、力の値が正か負かで光と闇が分けられるのだと考えた。
その考えから、正と負――光と闇の中間は何であるか研究が進め七年後、彼が三十二歳の時にゼロ属性という属性を発見する。
ゼロ属性の発見は世紀の大発見であり、偉業とも言えることなのだが、彼は多くの人々に異端者として不当な扱いを受けることになる。
光と闇の属性が同じだという考えは、多くの人々にとって受け入れがたいことであったのだ。
彼らはゲイラーの考えを全面的に批判し、研究を妨害する者達まで現れるようになった。
それでもなお、実験を繰り返していたゲイラーだが、彼は三十四歳の若さで何者かに殺害される。
元々、多くの者達に忌み嫌われていたが、殺害されるまでに至った原因は、ゲイラーがゼロ属性について本を執筆したこと。
その本によって、多くの人々に光と闇の属性が同じだという考えが広まることを恐れた人物或いは組織によって、殺害されたとされている。
ゲイラーが亡くなった後、本は出版されたが短期間で本の出版は中止、購入された本に関しては可能な限り回収し処分された。
本のみならず、ゼロ属性の研究記録など、ゲイラーのあらゆる記録は徹底的に抹消され、彼の存在は歴史の闇に葬られる。
しかし、彼の事を支持する者達も少なからず存在しており、人々の記憶からゲイラーとゼロ属性が完全に消え去ることはない。




