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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 光と闇の義侠人編
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三百十八話 ダークエルフの力

 ――翌日の朝。


旧殿堂の近くにセアレウスとネリーミアの姿があった。

二人が立つ場所は旧殿堂の裏手。

滝壺と旧殿堂に挟まれた川原にある修練場と呼ばれる所だ。

その修練場は、四角形の石畳の枠に囲われた広い砂場である。

地面に目立った障害物はなく、運動をするには打って付けの場所であった。


「早速、修行を始めますか」


屈伸などの準備運動を終え、セアレウスが前方に立つネリーミアに声を掛けた。

今から、セアレウスの指導によるネリーミアの修行が始まろうとしていた。


「……ちょっと、待って」


否、始まらなかった。

ネリーミアがセアレウスに待ったをかけたのだ。


「昨日、君は僕に闇魔法を使えるかと聞いてきた。まさかとは思うけど、闇魔法を使うのかい? 」


彼女は、セアレウスが行うとする修行の内容を聞かされていなかった。

しかし、昨日交わした会話から、闇魔法を使うことは推測できていた。


「はい、そうですが……」


セアレウスは、きょとんとした顔で答えた。

今、ネリーミアは気難しい顔をしている。

何故、そんな顔をしているのか、セアレウスは理解できなかった。


「……君の気持ちはすごく嬉しいけど、今まで通りの修行をさせてもらうよ」


ネリーミアはそう言うと、踵を返して修練場から去ろうとする。


「え……!? 待ってください! 何か理由があるのですか」


「理由……そうだね。理由を知らなきゃ、君は納得しないだろう」


ネリーミアは体ごと向きを変え、再びセアレウスと向き合う。


「僕は、闇魔法を使わないと決めているんだ」


「何故? 」


「人を傷つける力だからさ。人を守り、傷つけば癒す。僕は、そんな人になりたくて法師になろうとしたんだ。そんな危険な力は使えない」


「うっ……」


ネリーミアの物言いに、セアレウスは思わず呻いてしまう。

真剣な表情や声音から、ネリーミアの強い意思を感じたのだ。

しかし、それでもセアレウスは引くことができなかった。


「この際、はっきり言います。今のやり方では、あなたは少ししか聖法術……いえ、光魔法の行使は上達しません」


「……!? な、なんだって!? 」


セアレウスの言葉に、ネリーミアは驚愕の表情を浮かべた。


「……ど……どうして、そんなことを言うのさ! 今やっている修行が無駄だって言いたいのかい? 」


そして、怒気が含まれた言葉を返す。

自分が頑張ったところで、聖法術は上達するわけがない。

そのようなことを言われた気がして、彼女に怒りがこみ上がったのだ。


「無駄とは言いません。しかし、あなたのやり方ではないことは、はっきりと言うことができます」


「ぐ……僕のやり方だって? 闇魔法を使うことが僕の聖法術を上達させるというの? 」


「はい。きっと、上手く行くと思います! 」


セアレウスは自信満々に答えた。


「……そんなの信じられないよ」


ネリーミアは、そう言うと顔を俯かせた。

口にした言葉の通り、セアレウスの言ったことが信じられなかった。

それは無理もないことだろう。

何せ、闇魔法を使えば、その真逆となる聖法術が上達すると言うのだ。

それは、滅茶苦茶な説明と言え、ネリーミアでなくても鵜呑みにできる者はいないだろう。


「……」


ネリーミアは、俯いたまま動かない。

セアレウスの言うことは信じれないのであれば、この場を立ち去り、今までの修行を続けるべきだろう。

それと同時に、セアレウスが嘘や自分を攻撃するために言っていないことも感じ取っていた。

故に、聖法術が上達する可能性があるのではないか、という気持ちがほんの少しだけ芽生えている。

しかし、闇魔法を使わないと決めた以上、セアレウスの考えたやり方はできない。

ネリーミアは、どうするべきか迷っていた。


「……仕方ありませんね」


ネリーミアが思い悩んでいる中、セアレウスはそう呟いた。

やれやれと言わんばかりの態度である。


「わたしは、あなたに闇魔法を使ってほしい。しかし、あなたは闇魔法を使わないと固く誓っている。ならば、やることは一つ……」


セアレウスは、そう言うと拳を構え――


「互に譲れないのであれば、決闘です! 」


と言った。


「け、決闘……? 」


呆気にとられた様子のネリーミア。


「ええ、決闘です。デュエルです!」


「デュ、デュエ……? 」


「デュエルです! 」


対して、セアレウスは高揚しているようであった。


「わたしが勝てば、あなたには闇魔法を使ってもらいます。逆にあなたが勝てば、今までの修行を続行。もしくは、わたしは別の方法を考えます」


「……決着で、どちらか一方の考えを尊重する。そういうこと? 」


「その通り、どっちが勝っても負けても言いっこなしです。どうでしょうか? 」


「……分かった。その決闘、受けて立つよ」


ネリーミアは、セアレウスとの決闘を受けることにした。

あえこれと思い悩んでいても、ずっと平行線を辿るだけで、何も進展しない。

そう思った彼女は、決闘の決着に選択を委ねることにしたのだ。







 修練場にて、セアレウスとネリーミアは対峙する。

二人は互に向き合い、その距離は離れていた。

決闘をすることになり、その初めの位置についているのだ。


「はぁ……結局、闇魔法を使うことになるんだね」


その位置で、ネリーミアはため息をついた。

二人の決闘にはルールが定められた。

まず、攻撃方法は魔法で、互いに相手に目掛けて魔法を撃つことになる。

そのルールによって、セアレウスは水魔法、ネリーミアは闇魔法を使うこととなった。

理由は、ネリーミアの聖法術が未熟であるのと、聖法術の特性によるもの。

聖法術は治癒や補助の部類の術が多く、攻撃に部類される術は少ない。

さらに、光魔法とは異なり、聖法術の攻撃は、魔物や光属性の耐性が著しく低い者にしか通用しない。

つまり、人にはほぼ効果がなく、セアレウスへの攻撃にはならないのだ。

故に、決着をつける前にも関わらず、ネリーミアは闇魔法を使わざるを得ないのだ。

話を決闘のルールに戻し、決闘の決着の判断はどうするのか。

拳や剣での勝負ならば加減ができるのが、魔法はそう簡単にはいかない。

二人が行うとしているのは決闘だが、命のやり取りをするつもりはなく、決着の仕方を考える必要があった。

しかし、もうそれは考えられていた。

今の二人には、ネリーミアの聖法術による補助がかけられている。

その補助の効果は魔法から身を守ること。

補助を受けた者が魔法攻撃を受けた時、その者に変わってダメージを受けるというものであった。

その補助は一定量のダメージを与えれば消えてしまう。

よって、戦いの決着は、この補助が消えた方が負けということとなった。


(でも、僕の信念を貫くために仕方のないことだ。この決闘だけは特別)


闇魔法を忌み嫌い、使用を避けていたネリーミア。

しかし、この時だけは、それをやめることにした。


「セアレウス。闇魔法を使わないと決めた僕だけど、今だけは君を倒すために使うと決意した。で、本当にいいのかい? 」


そんなネリーミアは、セアレウスに確認を取る。


「僕がかけた聖法術のプロテクターは光属性だ。闇属性に弱い。言いたいことが分かるかい? 」


この魔法による決闘は、ネリーミアが有利である。

彼女の言う通り、聖法術による補助は闇属性の魔法に(もろ)い。

同じ威力の魔法を当てた場合、セアレウスの方が多くのダメージを受けることになる。

ネリーミアは、この決闘が平等ではないことをセアレウスに警告したのだ。


「はい。魔法を勉強していましたので、属性の相性は理解しています。わたしが不利であることも」


「そう……僕は君に勝ちたいと思っているけど、自分が有利な戦いで勝ちたいとは思わない」


そう言うと、ネリーミアは錫杖を取り出し、それをセアレウスへ向けた。


「君のプロテクターを厚くさせる。僕の力では、あんまり厚くはならないけど、全然違うはずだ」


ネリーミアは、セアレウスにかけた補助を強化するつもりであった。

しかし――


「その必要はありません」


セアレウスは、それを拒否した。

不利を承知で、ネリーミアに挑むつもりであった。


「……正気かい? 」


「正気ですとも。あなたが負けた後、手加減をされたことを言い訳にされたくはないので」


セアレウスは、挑発するかのように言葉を返した。

彼女は全力のネリーミアと戦いたかった。

ネリーミアの闇魔法がどれほどのものか興味があるのだ。

しかし、真意は別である。

ネリーミアは有利な状況、さらに全力を出させた上で勝利する。

完全勝利することで、ネリーミアに闇魔法を使わない理由や言い訳等の逃げ道を塞ぐのが目的であった。


「……」


ネリーミアは、口を固く閉ざして、セアレウスを見つめる。

笑みを浮かべているものの、心の中では別の感情が渦巻いているのだろう。

二人の間に剣呑な空気が漂い始めた。


「言ったね? じゃあ、手加減はしない。本気を出すことにするよ。ちょっと、待っててね」


ネリーミアは、そう言うと旧殿堂の方へ向かった。

程なく、戻ってくると、彼女の右手には短剣が握られていた。

その短剣は、刀身が特徴的であった。

まず、刃先が湾曲しており、猛禽類の爪のようであった。

色は鉄製の短剣によく見られる銀色ではなく紫色。

水晶のような物質で作られているのか光沢と共に透明感があり、陽の光を反射している部分は、怪しく発光しているように見えた。


「うっ!? な、なんですかそれは……ただの短剣ではありませんね」


セアレウスは、それが普通の短剣ではないと分かった。

それは形状からではなく、刀身から発せられる目には見えない魔力を肌で感じ取ったからだ。

その魔力は禍々しく、離れた場所にいるにも関わらず、セアレウスは言い知れぬ不安感に襲われていた。


(よく……そんな物を持っていられますね……)


セアレウスは、平気な顔で短剣を持つネリーミアが信じられなかった。


「僕が拾われる前から持っていた短剣でね。これを持っていると、闇魔法が強化される……これは、魔法の触媒のような物だね」


ネリーミアは、短剣に目を向けながら語りだす。

その最中、短剣を持っていない左手を広げ、そこから紫と黒が混じりあった禍々しい色の炎を出す。

禍々しい色の炎は凄まじい勢いで大きくなり、昨日彼女が出した光の玉の十倍以上の大きさになった。


「闇魔法しか強化されないから、僕には不要な物。でも、なかなか捨てることができなかった。だから、ずっと封印して持っているだけだったけど、ようやく役に立つ日が来たよ」


ネリーミアは左手を閉じ、禍々しい色の炎を消す。

その後、セアレウスに顔を向けた。

ネリーミアは笑っていた。

しかし、今の彼女の笑顔は、普段の優しいものではない。

見る者の背筋を凍らせるような、冷たく残酷な笑みであった。


「それは……良かったですね」


額から冷や汗を(にじ)ませながらも、セアレウスはそう答えた。

それは虚勢である。

先ほどまで完全勝利を目指していたセアレウスだが、勝つことすら危ういと思っているのだ。


(手強い……でも、どれほどなのか楽しみですね)


それでも、戦意を失わないのは、ネリーミアの扱う闇魔法への興味が削がれていないからだろう。


「準備が整ったようで何よりです。では、早速始めるとしますか」


「うん。始まりの合図は君に任せた」


「では、この硬貨が落ちた時を合図にしましょう」


セアレウスは、持っていたQ(クー)の硬貨を取り出す。

それを見たネリーミアが頷くのを見ると、上空に目掛けて放り投げた。

弾き飛ばされた硬貨は、クルクルと回転しながら宙を舞う。

やがて、空への上昇をやめ、真下に向かった落下してゆくと、小さな音を立てて地面に落ちた。

その音は滝が落ちる音でかき消され、二人の耳には届かない。

しかし、目で落ちたことを確認した二人は、ほぼ同時に動いた。

二人の決闘の始まりは、とても静かなものであった。








 「先手必勝! 」


同時に動いたものの、先手を取ったのはセアレウスであった。

彼女は素早く左手をネリーミアに向け、ウォーターブラストを放った。


「速い! うっ……」


ネリーミアは闇魔法を放つ準備を中断し、咄嗟に横へ移動する。

間一髪のところで、ウォーターブラストを躱すことができた。

ネリーミアはそこから姿勢を整えると、左右の手を真横に広げる。

これから反撃をしようというのだ。


「確か……マルフラム」


ネリーミアがそう呟くと、彼女の左の手と右に持つ短剣に黒く禍々しい炎が発生する。

左右の手を前方へ振るうと、二つの炎がセアレウス目掛けて放たれた。

マルフラムとは、黒い炎を生み出す闇魔法である。

生み出された炎は炎属性ではなく闇属性で、攻撃した対象を燃やすことはない。

その代わりに、対象に燃え盛るような激痛を与え、魔力や体力を消耗させる能力を持っていた。

生み出した二つの炎の大きさは、セアレウスの首から頭の先を包み込めるほど。

一発でも当たれば、セアレウスにかかっている補助は消え去ることだろう。


「初手でこれ……一撃でも当たるわけにはいきませんね」


そのことをセアレウスは察していた。

二つの黒い炎は、左右からセアレウスを挟み込むように飛んでいる。

セアレウスは炎に挟まれる寸前で、後方に跳躍して躱した。


「簡単には当たりませんよ」


余裕を見せるセアレウスは跳躍する中、二つの黒い炎の行方を見る。

セアレウスは、黒い炎が互いに衝突して消え去ることを想像していたのだが――


「えっ!? そんな! 」


その予想は外れた。

二つの黒い炎は衝突した後、爆発した。

ただの爆発ではなく、破壊された岩石のように破片を周囲に撒き散らす。

二つの黒い炎は多数の黒い炎の玉となって、周囲にばら蒔かれたのだ。


「油断したね」


驚くセアレウスに、ネリーミアは笑みを浮かべる。

彼女は最初から、破片となった黒い炎で攻撃するつもりであった。

今、セアレウスは跳躍の途中である。

よって、自分に目掛けて飛来する黒い玉に対する回避行動が取れなかった。

しかし、それは彼女の身体能力を駆使した場合である。

魔法を駆使した回避行動は取ることができた。


「はあっ! 」


セアレウスが、地面に向けてウォーターブラストを放ち、その反動で自分の体を上昇させた。

その回避行動により、黒い玉を躱すことに成功する。


「ふふっ、器用な魔法の使い方をするね……流石は兄さんの妹だ」


セアレウスを見上げるネリーミアに、特に驚いた様子はない。

ただ、左右の腕を後ろに引いているだけであった。

その左右の腕の肘は曲げられ、手が腰の辺りの位置に来ている。

まるで、力を貯めているような姿勢で、実際にその通りであった。

今のネリーミアの左手と右の短剣からは、黒と紫が混じった色の稲妻がバチバチと発せられている。


「君のことはよく知らないけど、手強い相手だってことは、会う前から分かっていたよ! 」


ネリーミアは、貯めた力を解き放つかのように、左右の手をセアレウスに向けて突き出した。

すると、彼女の手から黒い稲妻が発せられ、ジグザグにうねりながら、セアレウスの元へ向かっていく。

その魔法の名は、マルトネール。

攻撃対象に、全身を貫くような激痛を与えると共に、魔力や体力を消耗させる闇魔法だ。

マルフラムのように、破裂するような二段階の攻撃を備えないが――


「くっ、ウォーターブラスト! 」


本物の稲妻のように速い。

セアレウスが咄嗟に、上空目掛けてウォーターブラストを放って、急降下したものの――


「ぐうっ!? 」


マルトネールが彼女の左足のつま先を掠めた。

セアレウスは呻きつつ、身を翻して四つん這いの姿勢で着地する。


「掠った! 補助は…‥! 」


「まだ、消えていないよ。もしも、消えたとしたら、大きな音が聞こえるはずだ。ごめん、言い忘れた」


慌てるセアレウスに、ネリーミアはそう言った。


「良かった。壊れた時は、音が聞こえるのですね。分かりました」


「うん。もうすぐ聞こえると思うよ。もう一、二回、僕の闇魔法が掠っただけで、君のプロテクターは壊れるだろうからね」


そう言われ、四つん這いのまま、ネリーミアに顔を向けると――


「……!? 」


セアレウスは、思わず息を飲んだ。

ネリーミアの左手には黒い炎、右手の短剣には黒い稲妻が発生していた。

さらに、彼女の周囲には、黒い霧が立ち込めていた。


「僕に闇魔法を使わせようとしたこと……僕を本気にさせたことを後悔させてあげるよ」


禍々しい力に包まれたネリーミアは、セアレウスに笑みを向けていた。

セアレウスは、そんな彼女の姿が恐ろしく見えた。

それと同時に、セアレウスは思い知らされた。

普段は優しいネリーミアであっても、彼女が邪悪な存在とされるダークエルフの一人であることを。




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