三百十六話 高慢な聖獣
イアンと共に旅をすることを決めた三人の少女。
その少女達には、修行の一環として与えられたとする課題がある。
セアレウスは、モノリユスに彼女達の課題を手伝うことを頼まれ、今も世界を奔走している最中である。
現在、セアレウスが課題達成、或いは、その間近にまで導いた少女は二人。
猿人のコウユウと白い獣人のキキョウである。
セアレウスは、会う前から三人の少女の話を聞いていたのだが、今では彼女達に対する印象は異なる。
まず、コウユウは力の強い少女であると思っていた。
実際にはそれだけではなく、何度攻撃を受けても耐える強さも持つ少女であった。
次に、キキョウについては、頭のよく何でもできる人物。
俗に言う天才であると、セアレウスは思い込んでいた。
キキョウは、常に目を光らせて機会を伺い、影で隠れては工作活動や自分の能力を磨く鍛錬を行う。
さらには、理屈を無視し、自分が決めたことのため、格上の相手に勝負を挑む無茶をする。
努力家で負けず嫌いな少女であった。
今、セアレウスが思い馳せている少女はネリーミア。
そのネリーミアの元へ行く航海の途中、セアレウスは――
(ダークエルフだけど、光魔法を扱う法師で優しい子……早く会ってみたいです)
と思いつつ、船の船首甲板で水平線を眺めていた。
「ふんふーん♪ 」
無意識に鼻歌を歌ってしまうほど、上機嫌である。
そんな彼女の様子から、ネリーミアに会いたがっていることは容易に想像できるだろう。
無論、コウユウとキキョウに会う前も、この時と同じく心を躍らせていた。
しかし、セアレウスが彼女達に対して、心を躍らせるのは何故か。
それは、自分と似た存在だと思っているからだろう。
自分と同じくイアンと共に旅をする三人の少女達は、セアレウスにとって特別な存在だ。
仲間に近い存在であると言えるだろう。
そんな存在である少女達に、セアレウスは大いに興味を持っているのだ。
セアレウスには、少女達の課題を手伝うという目的があり、力になりたい気持ちもある。
しかし、気持ちの大きさでは、少女達のことを知りたいと思う気持ちの方が勝っているのだろう。
余談ではあるが、セアレウスは、自分が少女達の課題を手伝う理由を知らない。
また、考えたこともなかった。
しかし、理由を知ったところで、何かが変わるということはなく、セアレウスのやることは同じであっただろう。
セアレウスには影響がなく、それ故に余談と言えるのだ。
――朝。
太陽が昇り、ようやく暖かく感じるようになった頃。
数ヶ月に及ぶ航海の末、セアレウスはネリーミアがいるとされる島に辿り着いた。
彼女が乗っていた船は、聖獣の協力者の中でも選りすぐりの者達が船員を務めていた。
聖獣の関係者であるため、彼らは部外者では立ちれない場所にも入ることができる。
セアレウスが辿り着いた島は、聖獣達が管理する部外者立入禁止の場所であった。
「セアレウスさん」
島の桟橋に降り立ったセアレウスに声を掛ける者がいた。
彼は、セアレウスが乗っていた船の船長である。
ガタイのいい男性で、船内では、よくセアレウスに自分の筋肉を自慢していた。
そんな彼の種族は人間である。他の船員達も皆人間だ。
聖獣の協力者と言っても、特別な種族が選ばれることはないようであった。
船長は船から桟橋に降りると、セアレウスの前に立つ。
「我々の役目は、これで終わりです。それで確認なのですが……」
「確か……この島にある殿堂へ向かえば、良いのですね? 」
「はい、確認するまでもなかったようですね。殿堂は、この島の丘にあります。すぐ見つかると思いますよ」
「分かりました。ここまで連れてきてくれて、ありがとうございました」
セアレウスは、船長に頭を下げると踵を返して歩き出す。
「……セアレウスさん、待ってください」
桟橋から島の地面へ足を踏み入れる寸前、セアレウスは船長に呼び止められた。
彼女が足を止めて振り返ると、こちらに走ってくる船長の姿を見た。
「殿堂の主、レリィス様とお会いになれば、恐らく……あなたは気分を害されるでしょう。どうか、ご辛抱を」
セアレウスの目の前に立つと、船長はそう言った。
「気分を害す……それはどうしてですか? 」
「……聖獣様も一枚岩ではないということです。申し訳ありませんが、私がお伝えできるのはここまで……」
「そう……ですか。一応、気を付けておきます」
「そうしてください。さて、我らも出航することにします。では、ご武運をお祈りします」
船長はそう言うと、桟橋を引き返し船に乗り込んだ。
それから程なく、船が出発する。
「……聖獣にも派閥というものがあるのでしょうか? あったとしても、兄さんに影響が無ければいいのですけど……」
沖へ向かっていく船を見つめながら、セアレウスは僅かながら、不安な気持ちになっていた。
セアレウスが辿り着いたこの島は小さい。
島の外周を徒歩で回っても、半日かからない時間で一周してしまうほどだ。
そんな島の大部分は木々で覆い尽くされている。
島の中央から広範囲にわたって、森林が広がっているのだ。
人が住める場所は、さらに限られると言えよう。
その限られた場所、木々が生えていない丘の上に多くの建物が建っていた。
それらは、決まって一箇所に建てられているようで、どれも凝った装飾が施されている。
立派な施設と言えるだろう。
この施設こそがセアレウスの目指す殿堂であった。
「ここで、間違いないようですね」
殿堂の周囲を取り囲む壁、その入口となる門の前にセアレウスはいた。
彼女がここまで来るのに費やした時間は、ほんの数分。
桟橋から殿堂は近い距離にあったのだ。
「すみませーん! セアレウスという者ですがー! 」
中にいれてもらうよう、セアレウスが大声を出す。
ほどなく、門が開かれると、数人の白いローブを身に纏う者達が現れた。
その白いローブには金色の刺繍で、羊のような動物の顔を模した紋章が施されている。
ローブにはフードがついているようだが、誰も頭に被る者はいない。
よって、彼らの顔を見ることができ、皆人間の男性であることが見て取れた。
男性の人数は五人で――
「レリィスさんというのは……あなたですか? 」
セアレウスは、真ん中に立つ男性に、そう問いかけた。
「ようこそ、お待ちしておりました。セアレウス様」
すると、真ん中の男性はそう言い、恭しく膝をついて頭を垂れる。
他の男性も同様の体勢を取った。
「あ……ご、ご丁寧にどうも。しかし、わたしは膝をついてまで、丁寧な挨拶をするほどの者ではありませんので……」
膝をつく男性達の姿に、困惑するセアレウス。
イアンの妹ということで、聖獣及びその協力者達から恭しく扱われることに自覚はあるが、慣れてはいなかった。
また、居心地が悪く、やめてほしいと思っていた。
「いえ、ご謙遜なさらず……」
膝をつき、顔を伏せたまま、真ん中の男性が言った。
その後――
「おい、セアレウス様が来たことをレリィス様に伝えろ」
と、一人の男性に言った。
その男性は頷くと、殿堂の中へ消えていった。
「……レリィスさんは、あなたではなく、別の場所にいるみたいですね」
「左様でございます。私を含め、この場にいる者はレリィス様の部下でございます」
「そういうことですか」
セアレウスが会ってきた聖獣は、獣人らしき特徴を持つ者ばかりであった。
故に、人間の姿にしか見えない彼らが、聖獣のレリィスではないことに驚くことはなかった。
「では、今からレリィス様の元へご案内します」
「よ、よろしくお願いします」
セアレウスの顔は、男性達の挨拶を受けた時から引きつったままである。
ロフの部下達に案内される中、彼女の表情が変わることはなかった。
「レリィス様は、こちらの部屋におられます」
ほどなく、セアレウスはレリィスがいるとされる部屋の前に辿りついた。
そこは殿堂の中でも一番立派な建物の最上階にある部屋であった。
「話は通しておりますので、どうぞ中へ」
部下の一人にそう促され、セアレウスは部屋の中に入る。
すると――
「おおっ! セアレウス様、お待ちしておりました! 私めがレリィスでございます」
レリィスと名乗った人物が現れ、先ほどの部下達のように、セアレウスの前に来て膝をつく。
彼もローブを身に纏っているが、部下達よりも装飾が豪奢だ。
ローブに隠れがちだが、よく見ると小太りと言える体型であった。
そんな彼には、獣人のような特徴がある。
まず、頭部に一対の耳が生えている。
その耳の小さく垂れ下がっていた。
さらに彼の頭には五本の角が生えている。
左右に湾曲した角がそれぞれ二本ずつ、額からモノリユスのような真っ直ぐ伸びた角が一本だ。
(羊獣人……に近いですね)
レリィスを見たセアレウスの印象は、それであった。
「こうして、私めの部屋にまで案内させ、申し訳ございません!しかし、それはあなた様と昼食を共にしたいと、その準備をしていたため。どうかご容赦ください! 」
「そんな、わたしは怒っては……本当に用意してますね」
部屋の中に目を移すと、料理が乗った皿が並べられたテーブルがあり、向かう合うように二つの椅子がある。
レリィスは本当に、セアレウスと食事がしたいようであった。
しかし、食事を誘われたセアレウスが喜ぶことはなかった。
(……あれ? )
代わりに、二つだけしか用意されていない椅子に疑問を持っていた。
「食事をするのは良いのですが――」
「おおっ! 嬉しい限りでございます! ささっ、どうぞこちらへ」
「ああぁ……」
質問しようとしたセアレウスだが、レリィスと部下達に椅子に座らされる。
「さ、遠慮なく召し上がってください! 」
セアレウスの向かいに座わったレリィスは自慢だ。
腕によりをかけて、料理人が作ったと言わんばかりである。
確かに、彼が自慢できるほど、並べられた料理は一目見ただけで、美味と分かるものばかりであった。
しかし、今のセアレウスに食欲はなかった。
「あの……さきほど言いかけたのですが……」
料理を口にする代わりに、セアレウスは再度質問をしようとするが――
「お話をしたい気持ちは私にもあります。しかし、お話は後ほどゆっくりと…‥」
「は、はい……分かりました」
結局、昼食を取ることになった。
しばらくした後、二人は朝食を食べ終える。
「さて、食べ終えたことですし、お話をしましょうか」
部下が食器を片付けている中、レリィスが言った。
「はい! それで……」
待ち望んだ時がようやく訪れ、セアレウスは、先ほどできなかった質問を口にしようとしたが――
「まず、私めがこの島で何をしているか疑問になられたでしょう。それをお答えします」
「え……確かに気になりますが、わたしは……」
「聖獣の中でも、トップクラスの術者である私は、魔族や悪しき組織に対抗するため、日々魔法の研究をしております。分野は、私が得意とする光魔法を中心に――」
レリィスは喋り熱中しているようで、セアレウスの声は届いていないようであった。
「ああ、もう……はぁ……」
セアレウスは、肩を落としてため息をつく。
一旦、自分が質問をすることを諦め、レリィフの話を聞くことにした。
レリィフの話は、自分のしていることから始まり、自分の経歴や成した偉業のことなど、様々であった。
その大半は自慢話である。
そのせいか、セアレウスが興味を引く内容もあったのだが、彼女はちっとも楽しくはなかった。
「――の戦いは苦労しましたが、なんとかなりましたよ。いやぁ、私が来るのがもう少し遅ければ、どうなっていたことやら。わっはははは! 」
セアレウスとは対照的に、レリィスは楽しげである。
彼は、自分の話でセアレウスを楽しませているつもりであった。
しかし、実際には一人で盛り上がっているだけである。
それに気づかないのは――
「――というように、私は光魔法を含め、六つの属性を扱え、さらに皆上級を超える魔法を行使できます。魔法と言ったらレリィス! そのことをどうか覚えておいてくだされ」
レリィスが優れた人物であるとアピールしているからだろう。
セアレウスに気に入られたいがために、自分の話をし続け、熱心になるあまり、肝心なセアレウスのことが見えていない。
そんなレリィスは――
(なるほど、船長さんの言っていたことが分かってきました。この人、本に出てくる小悪党そのままですね)
セアレウスにとって、良いものには見えなかった。
彼女の中に、レリィスに対する僅かな嫌悪感が芽生え始めていた。
「……ふむ。次は何を話そうか……」
話し始めて二時間後、とうとうレリィスは、話のネタが尽き始めていた。
「あの! 聞きたいことがあるのですが! 」
ここぞとばかりに、セアレウスは声を上げる。
「ん? おお、なんですかな? 」
(やっと、声が届きましたよ……)
レリィスが反応したことに、セアレウスは安堵する。
「聞きたいことは、ネリーミアさんのことなのです。何故、ここにいないのでしょうか? 」
そして、セアレウスはようやく訊ねることができた。
彼女がずっと気になっていたのは、レリィスが昼食にネリーミアを呼ばなかったことだ。
レリィスはネリーミアの修行の指導を行う人物である。
そのことをセアレウスは、話に聞いていた。
必ずしもそうとは限らないだろうが、そのような関係にも関わらず、食事を共にしないこと。
セアレウスは、そのことを疑問に思っていた。
「何故……ここに? ふむぅ、どういうことでしょうか? 」
レリィスは、セアレウスの問いにピンと来ない様子であった。
「ネリーミアさんと一緒にご飯は、食べられないのですか? 」
「……ああ、そういうことですか。もうとっくに、あやつは食べ終えている頃でしょう」
「え……は、はぁ……では、どこにいるのでしょうか? 」
「森の中にある旧殿堂でございます。そこで、あやつは修行をしていますよ」
「修行? 課題ではないのですか? 」
レリィスの答えに、セアレウスは怪訝な表情を浮かべる。
「課題ですと? あやつ一人に課題などやらせられませんよ」
「それは、どうしてですか? 」
「ここに来てから数ヶ月、私が指導してやっているというのに、奴の聖法術は少しも上達しないのです」
「そんな……そんなことは……」
「残念ながら事実です。まぁ、奴の現状を目の当たりにすれば、あなたも充分納得することができましょう」
「では、そうさせていただきます」
セアレウスは、そう言って立ち上がる。
レリィスの言うとおり、自分で確かめに行くつもりであった。
しかし、レリィスは、それを良しとは思わない。
「お待ちくだされ。わざわざ、あなたが出向くことはありません。奴をここへ、呼び出しますゆえ。おい、誰かを奴の元へ向かわせろ」
彼は、セアレウスを呼び止めると、部下にネリーミアを呼ぶよう命令した。
すると、部下の一人が部屋から出ていこうとするが――
「いえ、その必要はありません。私が向かいます」
という声を聞き、足を止めた。
その声はセアレウスのもので、彼女はレリィスの言うことを聞かないことにしたのだ。
「ということで、あなたが行く必要もありません」
「え……は、はっ! 」
レリィスの部下は戸惑いつつも、セアレウスの言うことに従った。
「なっ! あなたのようなお方をあのような場所に向かわせるなど……おい! 突っ立っていないで、早く行かんか! 」
慌てふためき、部下を怒鳴りつけるレリィス。
自分の面目が危ういと思ってか必死であった。
「し、しかし、セアレウス様は、あのイアン様の妹君。私如きが……」
「だからこそ、大事に扱わねばならんのだ! セアレウス様、しばし――なんと!? 」
レリィスがセアレウスのいた場所に視線を移すと、もう彼女の姿は見えなかった。
直後、部屋の外から別のレリィスの部下がやってくる。
「レリィス様! セアレウス様が走っていったのですが、何事ですか!? 」
どうやら、セアレウスは走ってこの場を去り、ネリーミアの元へ向かったようであった。
「なにぃ!? ぐ、ぐうっ、手ごわい……イアン様の妹君は、少々お転婆な方のようだ」
レリィスは観念したかのように、力なく再び椅子に座った。
「……まぁ、良かろう。あの方の好きさせておこう。お前達も元の仕事を再開しろ」
「は、はっ! しかし、本当にそれでよろしいのですか? 」
「良い。ご自分で会いに行ったほうが、あの方も充分納得されるだろう」
レリィスはそう言うと、テーブルの上に置いてあったワイングラスに手を伸ばす。
「まともに光魔法を使えんダークエルフは、不要であるとな。だいたい相応しくないのだ。あの方には……」
レリィスは、手に持ったワイングラスを回す。
「こればかりは、たとえイアン様でも言わざるを得ん。あの方は、人選びが下手くそだ」
グラスの中で揺れるワインを眺めながら、そう言い――
「頭の悪い猿に、躾のなっていない謎の獣。そして、邪悪な種族であるダークエルフ。どうかしているとしか言いようがない」
と続けた。
レリィスは、イアンのことを神であるかのように敬っている。
しかし、彼に対して気に入らないところはあり、それを口にしたのだ。
レリィスの周りで、それを聞いていた部下達は口を開かない。
ただ黙って、青ざめた顔をするだけであった。
聖獣の中で、イアンの悪口を言うのはレリィスぐらいなものである。
他の者は恐れ多くて、小言も言うことはない。
部下達は、平気でイアンの悪口を言ったレリィスに肝を冷やす思いをしていたのだ。
数ヶ月前、それが原因で痛い目に会ったというのに。
2018年10月18日 誤字修正
魔法と言ったらレリィフ! → 魔法と言ったらレリィス!




