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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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三百十五話 セアレウスとキキョウ

 苦戦の末、キキョウはイグザラットに勝利した。

目的を達成した今、この場に留まる理由はない。

キキョウは城を脱出するため、廊下へ向かう。


「ちょっと待て……」


しかし、イグザラットに呼び止められる。

何事かと、キキョウが振り返れば、彼は崩れ落ちた体勢のままであった。

一つ変わっているところと言えば、顔を上げていることだ。

イグザラットは振り返ったキキョウの顔に、しっかりと自分の顔を向けていた。


「これから、どうする? 」


「もう死んでしまう人には無関係なことよ」


キキョウは、冷たく言い放った。

彼の胸に出来た十字傷は致命傷である。

今もそこから血が溢れ出ており、直に死んであろうと、誰が見て思うほどだ。

イグザラットが明日を迎えることはない。

彼女の言う通り、死にゆく者には関係ないのだ。


「まぁ、そう言うな……よ。これでも一国の王だったんだ……自分の国の行く末くらい…‥」


「……はぁ。いいでしょう」


キキョウは、ため息とついたが説明をする気になっていた。

イグザラットは国王だ。

死にゆく最後まで礼儀を尽くすべきだと、ふと思ったのだ。


「ベアムスレトへの進行を中断。戦争を終わらせるわ」


「獣人……ベアムスレトに降伏でもすんのか? 」


「いいえ。ラザートラムは、セームルースに降伏するの」


「はぁ? あそことは、戦争は……してねぇ。どういうつもりだ? 」


「そうね、降伏とは言葉が違うかも。セームルースの一部になってもらうわ」


「一部ねぇ……また、元に戻るってわけか。で? ベアムスレトはどうする? 」


「セームルースと同盟を結んでもらうわ。こっちは、きっとうまくいくでしょう」


「……そうかい。これから、この島は二つの国で……やっていくのか……」


イグザラットはそう言った後、大きく息を吐いた。

彼は、ラザートラムという国が無くなることに、少なからず残念な思いがある。

しかし、それは仕方のないことだと納得もしているようであった。

そんな彼は、大剣の柄から右手を離すと、その右手で懐から何かを取り出す。


「ほれ」


イグザラットは、それをキキョウへ投げよこした。


「これは、スクロール……何故? 」


キキョウが手で受け取った物は、スクロールであった。


「へっ……そこには俺の花押付きで、お前にとって都合が良いことが書いてある。ダダをこねる奴も、それで黙るだろう」


「……! あなた……」


キキョウは、信じられないと言わんばかりの驚愕の表情を浮かべる。


「……まぁ、色々と思うことがあったのさ。あと……」


イグザラットは、体を震わせながら立ち上がり、大剣を持ち上げる。


「ぐっ……うおおおおっ!! 」


そして、大剣を大きく振り回すと、窓に向かって投げ飛ばした。

大剣は勢いよく飛んでいき、窓を突き破っていった。


「ぐおお……」


自分の身の丈ほどの大剣を投げ飛ばすなど、普段の彼であっても相当の力がいる。

死に際の今、イグザラットは最後の力を振り絞って、大剣を投げていた。

もう姿勢を維持する力すらも残っていないようで、彼は前のめりに倒れた。


「あとで……拾いに行くといい。魔法を消す剣だ……きっと役に立つだろう……さ」


「何故……」


キキョウは、未だに驚愕の表情を浮かべていた。


「なに……せっかく、俺を倒したんだからな。あと、お前は獣人だが気に入った。何か残してやりてぇと……」


「違う、それだけじゃない。このスクロールも……何故、ここまで協力的なの? 」


「……お前の他によそ者がいるだろ? 」


「よそ者……まさか」


キキョウは、イグザラットの言う者がベアムスレトと内通していた者であると分かった。


「恐らく、あいつだ。あいつのせいで、戦争が長引いた。いつの間にか、俺の戦争は……あいつに利用されていたんだ」


「戦争を長引かせる? それに、一体何の意味が……」


「さあな。だが、あいつのせいで、俺は自分のしたいことを見失っ……た」


イグザラットの口から、多くの血が吐き出される。

声も次第に弱々しくなり、もう限界の様子であった。


「もう……俺に付き合う必要は……ねぇ。ラザートラムのみんなを……頼む……」


「……ええ、安心しなさい」


キキョウは、そう答えると踵を返し、廊下に向かって歩き出す。


「……最後に一つ……お前は、大事な……大事な人を殺されたらどうする? 」


去りゆくキキョウの背に、イグザアットはそう問いかけた。

彼の血に濡れた声を耳にしつつも、キキョウは足を止めることはない。

それでも、彼女は彼の問いに答えるつもりであった。

問いを聞いた位置から数歩進んだところで、キキョウは――


「……分からない。でも、そいつを絶対に許さないことは確かね」


と答えた。


「そう……だよなぁ……」


イグザラットは、キキョウの答えに共感した。

かつての自分がそうであったからだ。

故に、キキョウがいつか自分のような思いをし、自分のようになると思った。


「俺みたいに……なるなよ……」


だから、自然とそう口にしていた。

その直後、イグザラットは眠りにつくかのように息を引き取った。

自分の言葉がキキョウに届いたかは、彼には分からない。

しかし、イグザラットは口にできただけで満足であった。






 赤々と炎の明かりに照らされる廊下をキキョウは進んでいく。

進むにつれ、廊下を這う炎は広く激しく燃え盛っている。

炎のほとんどは下の階から発生しているのだ。

キキョウが下へ進むほど、炎が激しくなるのは当然のことである。


「くっ……きつくなってきたわね」


苦痛の表情で、扇を前方に向けるキキョウ。

雪砲をぶつけることで、行く手を阻む炎を消していた彼女だが、それも難しくなってきたのだ。

それでも、何度か雪砲をぶつけることで、炎を消すことができたが――


「うっ……!? 」


突如、キキョウは前のめりに倒れてしまった。


「か、体が動かない! まだ、魔力は……いえ、制限時間か……」


それは魔力不足によるものではなく、体の限界であった。

暴走状態後の身体が向上する期間が過ぎ、運動能力が低下する期間に入ってしまったのだ。

低下とは言っても、軽いものではなく、彼女の体は、ほぼ動かなくい状態となっていた。

そんな状態になっても、キキョウは体を動かし続ける。


「くっ……はあっ……」


息を荒げ、必死に体を動かすも、ほんの少ししか動かない。

床を這うように移動するキキョウの進むは遅かった。

しかし、どんなに進みが遅くとも、彼女が動きを止めることはなかった。

今の彼女には、諦めるという選択肢はないのだ。

しかし――


「ぐっ……」


現実は非情とも言うべきか、彼女の体はピクリとも動かなくなった。

強い意思があろうと、体がついていけなくなったのだ。

さらに、動けない彼女に目掛けて、前後から炎が迫ってくる。

数秒後の未来には、彼女のいた場所に獣人の焼死体が転がっているのだろう。


「おのれ! これが、私の最期か! 」


流石のキキョウも死を覚悟し、目を閉じた。

その時、彼女にとって不思議なことが起きた。


「……!? 」


キキョウは、驚愕の表情を浮かべると共に息と止めた。

何故息を止めたかというと、川底に沈んだように水の中に包まれているからだ。

やがて、水が引き、閉じていた目を開くと――


「あ……兄様? 」


目の前にイアンが立っていた。

否、そんなことはありえない。

キキョウの見間違いである。

では、イアンであると見間違えた人物は誰か。


「……セアレウス」


それは、セアレウスだった。

倒れ伏すキキョウの前に、セアレウスが立っているのだ。


「良かった。やっぱり、城の中にいましたか」


セアレウスは、そう言うと、腰を下ろしてキキョウを助け起こす。


「歩けますか? 」


「……いえ、体が動かないわ」


「なら、背負います」


キキョウに背を向けると、セアレウスは彼女を背負って立ち上がった。


「よし! では、一気に走り抜けますよ」


そして、セアレウスはキキョウを背負いながら走り出した。

流石はセアレウスと言ったところだろう。

得意の水魔法をを駆使し、阻む炎をものともせずに廊下を進んでいく。


「……ねぇ、何でここに来たの? 」


キキョウは、そう問いかけた。

彼女はゲンセイの姿で、セアレウスに島から出るように言っていた。

故に、彼女がここにいることが不思議で仕方なかった。


「……よくも、騙してくれましたね」


「え? 」


「危うく、あなたを見捨てるところでしたよ。ゲンセイさん」


走る中、キキョウに横顔を向けると、セアレウスはそう言った。

そんなセアレウスは笑みを浮かべており、見るからに得意げである。


「……なんだ。バレちゃったのね」


「はい。あと、あなたがゲンセイさんだった時は、あの時だけではありませんね? 」


「ああ……そのことも。まったく……あなたには敵わないわ」


「やはり! 思えば、あなたに似ているところが……いや、そうです! あなたに言いたいことがありました」


笑顔を浮かべていたセアレウスだが、突然ムッとした不機嫌な顔になる。


「わたしは怒っています! どうして、一人でこんな無茶をしたのですか? 何故、わたしを頼らないのです! 」


セアレウスは、キキョウが無茶をしたこと、自分を頼らなかったことに腹を立てていた。

しかし、それは表面的なもので、根幹にあるのは――


「あともう少しで死ぬところだったじゃないですか! 」


キキョウを思う気持ちであった。

セアレウスは心からセアレウスを心配していたのだ。

ゲンセイがキキョウであると気づいて、全速力でこの城に向かうまでの間、彼女は気が気ではなかったのだ。


「……ごめんさない」


キキョウは素直に謝った。

この時ばかりは、自分に非があるのだと思っていた。


「……今回は特別に許してあげますが、今後一切同じことはしないでください。いいですね? 」


「分かったわ。でも」


「……何ですか? 」


セアレウスが訝しむような表情を浮かべる。

キキョウの口から屁理屈が出るのだと思っているのだ。

しかし――


「私……一人でイグザラットを倒した……のよ。凄いでしょ? 」


キキョウの口から出たのは、自慢の言葉であった。


「……」


その言葉を聞き、セアレウスは口を閉ざしたまま固まる。

しばらくした後、ようやくキキョウの気持ちを理解し、再び笑みを浮かべると――


「凄い、流石、キキョウさんです」


と、セアレウスは言った。


「ふふん、そうで……しょ…」


それを聞いたキキョウは、満足げに笑みを浮かべ、ゆっくりと(まぶた)を閉じていった。

程なく、彼女の口から寝息が漏れ出す。


「……あとは、任せてください」


自分の背中で眠るキキョウにそう言い、セアレウスは城の廊下を駆け抜けてゆく。

言うまでもないことだが、二人は無事城の外へと脱出することができた。







 ――次の日。


人間の姿のキキョウによって、イグザラットの死がラザートラム国内に発表された。

彼の死因は自殺とされ、城の火災は自分で付けたものとキキョウは説明。

それでも、不信に思う者は、イグザラット本人から受けっとたスクロールを使って黙らせた。

王の遺言ともなれば、将校や軍師達は従わざるを得なかった。

イグザラットの残したスクロールのおかげで、キキョウの思う通りに事が運んでいく。

ベアムスレトへの進軍の停止、両国を和解による戦争の終結、セームルースとベアムスレトの両国間の同盟には、一週間もかかることはなかった。

そして、セームルースへの帰順も問題なく進むこととなった。

島の獣人の排除という一番の目的が無くなった以上、ラザートラムに存在意義はない。

多くのラザートラムの人々が納得したのだが、少なからず納得していない者もいる。

その者達が第二のイグザラットにならぬよう、これからのセームルースとベアムスレトの問題。

この島の人間と獣人がうまく付き合っていくことが大切であり、これからずっと、この島の課題となり続けていくだろう。

数日間で一通りの目標が達成したのだが、消えた内通者を始め、まだまだ不安要素はいくつか存在する。

キキョウのすべきことが終わり、島を去る時が来ても残る要素はあるだろう。

しかし、キキョウが不安に思うことはない。

何故なら、セームルースの二人の若い王子を筆頭に、両国の若者は共に同じ志を持っているからだ。

きっと彼らなら問題ないと、キキョウは思っていた。




 戦争の終結や二国間の同盟など、大きな目標が一通り終わり、数日後の朝。

晴れた空の下、セームルースの北の港町ペーシアの船着場にて、セアレウスとキキョウの姿があった。

この時、キキョウのすべきことは、残り僅か。

手を貸すこともなくなったということで、セアレウスは島を出ることにしたのだ。


「しかし、サマヴァスさんとパーシーさんが王子様だったとは……キキョウさんは知っていたのですか? 」


「今更ね。もちろん、知っていたわ。でなきゃ、利用しようとも思わないもの」


桟橋へ向かう途中、二人は他愛のない話をする。

この時、キキョウは人間の姿をしていた。

一部の者を除いては、彼女が獣人であることは知らない。

混乱を起こさないために、まだ人間の姿をする必要があるのだ。

やがて、二人はセアレウスの乗る船の前に辿り着く。

すると、横に並んでいた二人は向かい合う。


「では、私は一度セインレーミアに戻ります」


「次は……ネリィのところへ行くのかしら? 」


「はい、そうなりますね」


「そう。あの子なら、元ロロットみたいな、面倒なことにはならないでしょう 」


「あはは……」


「何? 何か言いたいことでもあるの? 」


「いえ、別に……」


セアレウスは、どちらかと言えば、キキョウの課題を手伝う日々の方が大変であった。

しかし、睨みつけてくるキキョウを見て、それは口にできなかった。

その時、セアレウスが乗ろうとする船から、出航の合図である銅鑼(どら)の音が発せられる。


「あ! もう出ちゃいますね。では、また」


踵を返し、セアレウスは船に乗り込もうとするが――


「待って」


キキョウに呼び止められた。


「なんです……か? 」


振り向いたセアレウスは、一瞬だけ言葉を詰まらせた。

何故なら、キキョウが人間の姿ではなく、真の獣人の姿をしていたからだ。

セアレウスは、彼女が妖術を解いた意味が理解できず、一瞬だけ思考停止していた。


「セアレウス……その……」


キキョウはというと、下げた視線を左右に揺らし、どこか落ち着かない様子である。

言いたいことがなかなか言えない。

それだけは、セアレウスにも分かることであった。


「……よし……! 」


しばらく待っていると、キキョウが意を決したかのように、キリっとした顔になると――


「ごめんなさい! 」


セアレウスに頭を下げた。


「もう知っているでしょうけど、私はあなたに嫌がらせとかひどいことを言いました。本当にごめんなさい! 」


キキョウはずっと、セアレウスに謝りたいと思っていた。

しかし、今日まで謝れずにいた。

頭を下げるキキョウは力いっぱい目を瞑り、耳は下に垂れ下がり、全身は震えている。

改めて、怒られるのではないかと思い、怖かったのだ。


「キキョウさん」


そんなキキョウの名をセアレウスは、優しげな声音で呼ぶ。

すると――


「いいですよ。もう気にしてないです」


セアレウスは、キキョウを許した。

否、許すも何も言葉の通り気にしてなどいなかった。

セアレウスは、下がっていたキキョウの肩を優しく押し、頭を上げさせると――


「この島で過ごした日々は、辛い時もありましたが、あなたのおかげで楽しく、また勉強になりました。ありがとうございます」


握手をしてもらおうと、手を差し出した。

キキョウは、不安による強張った表情のまま、差し出された手をじっと見つめる。

やがて、いつも通りの取り澄ました顔になり――


「ええ、こちらこそ。本当にありがとう」


差し出されたセアレウスの手を握り、握手を交わした。

キキョウの口にした言葉は偽りのものではない。

心からの感謝の気持ちが込められた素直な言葉であった。


「あ、そういえば……」


互いに笑みを浮かべ握手を交わす中、セアレウスは、ふと思うことがあった。


「なんか色々とひどいことをした……っと言っていましたが、なんでですか? 」


「ああ、それはあなたに……」


それを聞くと、キキョウは答えようとしたが、途中で口が止まった。

口だけではなく、全身が凍りついたかのように動かなくなっていた。


「キ、キキョウさん……? どうしたのですか? 」


そんなキキョウの様子に、セアレウスは焦る。

ますいことを聞いてしまったと思っていた。


「……ああ、いけない! もう出航しちゃうわ。急いで、セアレウス」


ほどなく、キキョウは動くと、ぐいぐいとセアレウスを船の上へ押し出してゆく。


「え……ええっ!? ちょ……キキョウさん!? 」


「うふふ……」


騒ぐセアレウスに構わず、キキョウはどんどん彼女を船を奥に追いやっていく。


「よし! じゃ、また! 」


ある程度、奥へ押し込んだと見ると、キキョウはくるりと方向転換。


「ええーっ! 速っ!? 」


セアレウスの顔が真っ青になるほど、速い速度で走り去っていった。

その直後、船は出航し、桟橋が徐々に遠くへ離れていく。

セアレウスが慌てて船尾に向かうと、桟橋に立ち、こちらを見続けるキキョウの姿が見えた。


「キキョウさーん! また会う日まで、どうかお元気でー! 」


遠ざかってゆくキキョウに、大声を出しつつ手を振るセアレウス。

キキョウは、見えなくなるまで、桟橋に立ち続けていた。


「……嫉妬してたなんて、言えるわけないじゃない」


船が見えなくなると、キキョウは妖術で人間の姿となり、踵を返して歩き出す。


「さて、あの子に勝つのは大変ね」


セアレウスに負けてはいられないと言わんばかりに、彼女の歩く姿は堂々をしていた。




十章 キキョウ編 完。

次回からは、ネリーミア編に続きます。


2019年6月19日 誤字修正

「もう死んでしまう人には関係ことよ」 → 「もう死んでしまう人には無関係なことよ」


「しかし、サマヴァスさんとパーシーさんが王子様だったとは、 → 「しかし、サマヴァスさんとパーシーさんが王子様だったとは……


俺の戦争は……あいつに利用されいたんだ → 俺の戦争は……あいつに利用されていたんだ


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