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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
313/355

三百十二話 燃えるラザートラムの城

 キキョウの記憶の中にある修行の日々。

イアンと別れてから数日間とも言えよう。

その数日間、キキョウが聖獣達が管理する修練殿(しゅうれんでん)という場所で暮らしていた。

そこは、セインレーミアと同じく、部外者は立ち入れない地域にある。

地図にも乗っていない地域で、連れてこられたキキョウでさえも、どこにいるのか分からなかった。

そんな閉鎖された地域で、キキョウは戦術、魔法、剣術の三つの分野を一人の聖獣から学んでいた。




 数日間の中のある日。

その日、キキョウは修練殿の中庭で剣術の修行をしていた。

彼女が暮らしていた修練殿は、複数の屋敷を連結させた構造になっている。

屋敷同士は連絡通路で繋がっており、屋敷から別の屋敷へは、その連絡通路を通って移動することになる。

キキョウがいる中庭は、連絡通路に囲まれた場所にあった。


「うぐっ……」


強い衝撃を受けたキキョウが石畳の上に膝をついた。

そこは、石畳が敷かれた場所で、キキョウを含め聖獣達はそこを野外武道場と呼んでいた。


「君の力は弱い。だから、力で勝負しちゃダメだったばー」


キキョウの前方に立つ女性がそう呟く。

彼女はキキョウの修行を見る聖獣であった。

フード付きのローブを身に纏っており、いつもフードを頭に被っている。

そのため、彼女の容姿については、分からないことが多かった。

気配探知が行えるキキョウでも彼女の容姿については、自分より背が高いこと、背翼獣人に姿が似ていること、背中から生える翼が白と黒のまだら模様であること。

それらに加え、目の色が左右で異なり、右目が銀で左目が金の色をしているくらいしか分からなかった。

彼女が持つ武器はキキョウと似た形状の刀。

刀を扱う技量は、キキョウと比較にならないほど卓越(たくえつ)したものである。

そんなを彼女をキキョウは――


「うるさいわね、ポッコロ」


と呼んでいた。

しかし、ポッコロというのは彼女のあだ名のようで、本当の名をキキョウは知らなかった。


「怒るのは筋が違うんじゃない? ワアシは事実を言っただけだよ」


ポッコロが言うワタシは(なま)り、他の者が聞くとワアシに聞こえる。


「そうやって、頭に来る言い方をするからよ。ふんっ! 」


キキョウは立ちがると、手にしていた刀を鞘に収め、どこかへ立ち去ろうとする。


「ホー、修行をサボるの? 残念だなぁ。このままじゃあ、あの猿人の子とどんどん差が開いちゃうなぁ」


去っていくキキョウに構わず、ポッコロは独り言を言うかのように、そう呟いた。

彼女の声は小さく、普通の人間であれば聞こえないのだが――


「……! 」


耳の良い獣人であるキキョウには聞こえた。

ポッコロの呟きを聞いたキキョウは、ピタリと動きを止める。

そんなキキョウの姿を横目に見たポッコロは、ニヤリと笑みを浮かべ――


「ワアシが教えているのは、あの子のような馬鹿力も持つ奴に勝てる剣術なのになぁ。今、重要なところをやっているんだけどなぁ」


さらに、そう呟いた。

その呟きも耳にしたキキョウは、クルリと方向転換して戻ってくる。


「……」


そして、鞘から剣を抜き、それを正面に構える。

何も口にしないものの、彼女の目はやる気に満ち溢れていた。


「ホー、君のそういうところ好きだよー」


ポッコロは頷くと、自分も刀を構える。

度々、キキョウは修行を投げ出すことがあった。

しかし、この日のようにポッコロの煽りによって、結局はサボることはなかった。



――数日後。


 「はぁ…はぁ…またしても……」


その日の野外武道場にも、石畳に膝をつくキキョウの姿があった。

今度の膝をつく彼女は、息を荒げていた。

何度も刀を打ち合い、体力を多く消耗していた。


「まだまだ。でも、筋はよくなってきたよ」


ポッコロは、キキョウにそう言うと、持っていた刀を鞘に収めた。

それは、今日の剣術の修行の終わりを意味している。


「まだ私はやれるわ」


納得が行かない様子のキキョウだが、彼女は膝をついたまま立ち上がれないでいた。

立ち上がれないほど、彼女の体力は消耗しているのだ。


「ゆっくりだけど、着実に強くなっている。今日も(あお)ったけど、きっと猿人の子にも負けては――」


「まだよ! まだ足りないんだから! 」


キキョウは、ポッコロの言葉を最後まで聞くことなく、怒号を飛ばした。

その時の彼女は、見る者を震え上がらせるほどの形相を浮かべていた。


「……ふぅ。セアレウスくんのことは、君に言うべきじゃなかったかな」


そんなキキョウの形相に怯えることなく、ポッコロはため息をついた。

この数日前、キキョウはポッコロの口から、セアレウスの存在を聞かされていた。

その報告に他意はなく、ただ知ったから言ったまでのことだった。

しかし、その日からキキョウが修行をサボるどころか、その素振りもなくなったのである。

一見して、よい傾向に見えるのだが、ポッコロは今のキキョウが良いとは思えなかった。


「おのれ……あと、もう少しで出来る。できなきゃ、ダメなのよ…」


キキョウの小刻みに震える体が上下する。

無理やり立ち上がろうとするが、なかなかうまく行かないのだ。


「キキョウ、いい加減にしなよ。セアレウスくんの存在が君の何に触れたかは知らないけど――」


「なら、黙りなさい! 今の私の気持ちは、誰にも分かるはずはないわ! 」


「……聞く耳持たないか。ちょっと、残念だよ」


ポロッコはそう呟くと、キキョウの元へ歩み寄っていく。

その時の彼女の顔は無表情にして冷淡で、親しい者に向けるような顔ではない。

言うことを聞かず、ただ喚いているだけの今のキキョウに、彼女は失望していた。


「……! 」


そんなポッコロの心情をキキョウが察した時には、彼女は目の前にいた。

周りが見えていなかったせいもあるが、歩くポッコロからは一切の音が出ていなかったのだ。


「お? やっと大人しくなった。それで、頭は冷えたかな? 」


「う……」


冷たく見下ろしてくるポッコロに、キキョウは言葉を返すことができなかった。


「……ふぅ。しばらくは、修行はお休みかな。君の気持ちが収まるまで……」


ポッコロがそう言っている間に――


「馬鹿馬鹿しい! ダークエルフなんぞに聖法術がまともに使えるわけがないだろうが! 」


キキョウの後方、ポッコロの顔が向く先の連絡通路を一人の聖獣が歩いていた。


(また、あの子の悪口を……何故、あいつが指南役を…)


その聖獣を目に入ると、ポッコロは嫌そうな表情を浮かべた。

ポッコロは、その者が嫌いであった。


「まったく、イアン様もイアン様だ。ダークエルフなんぞを選ぶとは、頭のおかしな方ではないのか!? 本当、信じられん。馬鹿か! 」


さらに、その聖獣の暴言は続く。

何かがあったのか、苛立っているようであった。


「あいつ……イアン様まで侮辱するとは…」


聖獣を見るポッコロの目が座る。

直接あったことはないが、イアンを侮辱されることは、ポッコロにとって我慢できないことだった。

イアンを侮辱したことを問い詰めようと、聖獣の元まで飛ぼうとしたポッコロだが――


「……!? 」


背中の翼を広げたところで、それを中断した。

何故なら、目の前のキキョウの様子がおかしいからだ。


「う…ウウッ…‥グウウウッ! 」


キキョウは顔を伏せ、獣のような唸り声を上げている。


「キキョウ、何が……うっ!? 」


彼女の身を案じ、手を伸ばしたポッコロにも異変が起きる。

手を伸ばしたポッコロの腕に、びっしりと霜が張り付いたのだ。

ポッコロは直感的に、それがキキョウの仕業だと判断し、後方に飛び退る。


「グウウッ! ガアアア……」


なおもキキョウは唸り声を上げ続ける。

この時、キキョウ自身も自分の異変に気づいていた。

しかし、自分ではどうすることもできなかった。

キキョウは焦り、苛立ち、悲しみ、虚しさ、先ほどまで様々な感情を抱えていた。

そして、聖獣のイアンに対する暴言を耳にした瞬間。

彼女の中に怒りの感情が湧き上がった瞬間、抱えていた感情が一気に爆発したのだ。

結果、キキョウは暴走した。

暴怒りの矛先である聖獣に襲い掛かり、止めようとしたポッコロにも牙をむく。

聖獣は軽傷、ポッコロは怪我を負うことはなく、無事キキョウの暴走は止まったが、屋敷の一つを損壊する被害が出たという。

キキョウに、その時の記憶はない。

しかし、唯一彼女が覚えていることは――


「ガアアアアッ!! 」


自分のものとは思えない、獣のような叫び声であった。







 「うっ……ん」


意識を失っていたキキョウが我に返る。

ぼうっとする中、見上げると夜空に星が輝いていた。

しばらく星空を眺めた後、キキョウは視線を下げ、周囲を見回す。

すると、彼女の周囲は二色に染め上げられていた。

一つの色は白色。

地面や屋敷が氷や霜に覆われていた。

そのせいか気温が下がっており、肌寒さを感じる。

もう一方の色は赤色。

キキョウの足元の周りに何かの肉片が転がっており、それらは皆赤く染まっていた。

肉片が無造作に引きちぎられているところから、それが自分の仕業であると判断した。

そして、肉片の中に、かろうじて元の姿を留めているものがあり、肉片の正体がオーク達であると分かると――


「……うまく行ったみたいね」


キキョウは自分が生き残ったことを理解した。

キキョウは、複数のオーク達を倒すため、わざと自分を暴走させたのだ。

そうすることができたのは、修練殿で自分が暴走したことを知ったからである。

以来、彼女は自分の暴走状態について研究を始めた。

暴走状態を自在に制御できれば、自分はかなり強くなれると思ったのだ。

しかし、それは容易いことではなかった。

未だに、キキョウは自分の暴走状態を制御できてはいない。

ただ、原因である怒りの感情を利用して、わざと暴走状態になるくらいしかできないのだ。


「今回は敵の殲滅(せんめつ)と、体を動かしやすくするため。制御はできなくても、まぁいいわ」


暴走状態から意識を取り戻した後、三十分ほどキキョウの身体能力は向上する。

故に、憑依による疲労は、今の彼女には残っていない。

しかし、三十分を過ぎてしまえば、彼女の体は動かなくなってしまう。


「ほっ、ほっ……ん、何これ? 」


体が動かし、身体能力の向上具合を確認するキキョウ。

その時、自分の右手が何かを掴んでいることに気がついた。

その何かに目を向けると、それが人間の腕であることが分かった。

手首から肩まであることから、無理やり引きちぎったのだろう。


「……暴走した時の私はワイルドね」


改めて、暴走した時の自分の恐ろしさを実感すると、キキョウはその腕を放り投げた。

その後、足元に目を移し、キョロキョロと周囲を見回す。


「人間らしき死体は……ない。となると、さっきの腕は、あの二人のどちらかで、ここから逃げ去ったようね……残念」


探していたのは、内通者であった男性とイサナマスの死体であった。

しかし、見つからなかったため、二人は逃げたと判断した。

その後、キキョウは第一城郭へと目を向ける。


「さて、最後の大仕事に取り掛かるとしましょうか」


彼女が見上げるのは、第一城郭にそびえ立つ城。

夜になった今、輪郭くらいしか分からなかったが、程なくしてその全貌を見えるようになった。

何故なら、城のあちこちから炎が吹き出し、その周囲が明るく照らされたからだ。


「その国の王が住まい、また国の象徴である城が焼け落ちてゆく……」


燃える城を眺めながら、キキョウはそう呟いた。


「抱いた野望も炎の中に消えていく……今日でラザートラムは終わりよ、イグザラット」


城から吹き出した炎は、キキョウの仕業であった。

あらかじめ、城のあちこちに燃焼材と発火物を仕込んでいた。

発火物には自在に着火できるよう装置を取り付け、先ほどそれを作動させたのだった。






 城から吹き出す燃え盛る炎は、急激に勢いを増していく。

人の力では消火が不可能なほどになり、城のから大勢の人が逃げ出していく。


「助けてくれーっ! 」


「これは自然に起きた火災とは思えん。一体誰がこんなことを! 」


「くっ! 王…‥イグザラット国王は無事かーっ! 」


城を逃げ出していく人々は、使用人であったり、軍師であったり、将校であったりと様々。

人が様々であれば、口にすることも様々であった。

城の中から我先にと、あらゆる人々が逃げ去る中、彼らとは逆の方向へと向かう者がいた。

人々はそれぞれのことに必死で、その者の存在に気づかない。

誰に引き止められるはなく、その者はとうとう城の中へと入ってしまった。

その者の名はキキョウ。

この国のトップクラスの実力を持つ軍師である人間の女性であった。





 城の中に入ったキキョウは、ある部屋の前で足を止めた。

部屋の扉は大きく無骨な形状であった。

扉を開き、中に入ると、そこは無骨な部屋だった。

しかし、今日のそこは、一面が赤く染まっており、いつもとは違った雰囲気がある。

その赤は炎によるものだが、ここまではまだ炎は回っていない。

部屋を赤く照らしているのは、城の外側を這うように燃え盛る炎の明かりだ。

窓から、その明かりが部屋の中を照らしているのだ。


「よう、キキョウ。やっぱ、ここへ来ると思っていたぜ」


部屋の中に足を踏み入れたキキョウへ声を掛ける者がいた。

その者は、部屋の奥にある椅子に深く腰掛けている。

いつも将校達が着るような服を身に付け、傍らには彼の身の丈ほどの大剣が立てかけられていた。

彼は、このラザートラムの王 イグザラットである。


「……あら、待っていてくれたのですか。てっきり、既に逃げだしたのかと思い、城の外を探してしまいましたよ」


声を掛けてきたイグザラットに、キキョウはそう返した。

イグザラットと同じように笑顔である。

しかし、それは自身に貼り付けた幻の姿、本当の彼女は神妙な顔つきをしていた。


「そうかい。そりゃ、悪かったな。でも、俺は王だからな。一目散に自分の城から逃げるわけにもいかねぇ」


イグザラットはそう言うと、椅子から立ち上がり、傍らに立てかけてあった大剣を肩に担いだ。


「俺がここを出る時は、敵を始末してからだ。お前も似たようなもんだろ? 」


「……一緒にされては困ります。私は、あなたに降伏及び投降するよう言いに来ただけです」


「ははっ! 降伏……投降と来たか」


イグザラットは、そう言った後、片手で持った大剣を振り下ろした。

真っ直ぐに振り下ろされた大剣は床を叩き割り、部屋に大きな(くぼ)みを作る


「そりゃ、無理ってもんだぜ。あと、もう本当の姿を見せてもいいじゃねぇか? 獣人さんよぉ」


大剣を再び肩に担いだイグザラットは、そう言った。

その彼の顔は、まるで親の敵を見るかのように荒々しい表情をしていた。

この島から一人残らず、獣人達を根絶やしにする。

それを目的にする国の王として、相応しい表情であった。


「……恐ろしい人」


キキョウは言われた通り真似鏡像を解くと共に、左手に扇、右手に刀を持つ。


「いつから、私が獣人であると? 」


「初めからだ。どんなごまかし方をしようと、俺には獣人の匂いが分かる。獣人って奴をこの体全部が覚えているからな」


「よほど、獣人が嫌いなようね。ならば、何故ここまで、私を放っておいたの? 」


「……使えるところまで使おうとしたまでだ。他意はねぇ…」


イグザラットは、僅かに目を逸らして言った。


「そう……ふっ、国を滅ぼされるまで放っておくなんてね。私を舐めすぎたわね」


「ああ、その通りだ。けどよぉ……」


イグザラットは、大剣を両手で持ち、正面に構える。

大剣の切っ先はキキョウの頭上に向けられ、彼女から見れば、大剣は見上げるほど巨大に見えた。


「お前も大概だろ? 俺に勝てると思ってんのか? 」


「……勝てるから、ここに来たんじゃない」


キキョウもイグザラットを迎え撃つかのように武器を構えた。

刀を持つ右手を前に出し、左手の扇を後ろへ引く体勢となる。


「……セアレウスは、どうした? あいつの力は借りねぇのか? 」


「要らないわ。だって、一人でも……あなたを倒すことができるもの」


「……はっ! 馬鹿じゃねぇの、お前」


キキョウの答えに、そう返すとイグザラットは大剣を振りかぶりながら駆け出した。

彼の口にした言葉は呆れ、馬鹿にしたような声音をしていた。

しかし、キキョウの元へ向かっていく彼の口は、何故か笑っていた。




あと、三話くらいですかね

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