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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
312/355

三百十一話 鏡の中に潜む獣

 セアレウスがラザートラムの城郭を出発してから二日後の午後。

彼女は無事、セームルースのブリスに辿り着いていた。

そこで、セアレウスはサマヴァスとパーシーを見つけ、彼らの元へ向かっていく。

彼らは空き地におり、そこで雑談をしていたようであった。


「あんた……先生の所へ行ったきり帰って来ないと思ったら、ラザートラムの兵になっていたのか」


目の前に来たセアレウスの姿を見て、サマヴァスはそう言った。


「あ、これですか」


サマヴァスに言われ、セアレウスは自分の着る服に目を向ける。

彼女は今、ラザートラムの一般兵の装備を身につけていた。

そんなセアレウスをサマヴァスは不機嫌そうに、パーシーは不安そうに見ていた。


「ま、不味いですよ。そんな格好でいたら」


「パーシーの言うとおりだ。オレ達はあんたのことを知っているが、この村には知らない奴もいる。今のあんたの格好を見たら驚くぞ」


「すみません。でも、用事はすぐ終わりますので」


セアレウスは、そう言うと持っていた紙袋をサマヴァスに渡した。

サマヴァスは、それを受け取り――


「魔札か。今回はゲンセイさんじゃなくて、あんたが届けに来たのか…」


と呟いた。

どうやら紙袋に魔札を入れて渡されるのは、初めてではない様子であった。


「今回……いつもは、ゲンセイさんが渡しに来るのですか? 」


加えて、渡しに来る人物はゲンセイのようであった。


「ああ。ま、誰が渡しに来ようと魔札が手に入れば文句は無い……けど」


サマヴァスが受け取った紙袋を怪訝な表情で見つめる。


「どうかしましたか? 」


「どうしたの、兄さん? 」


その怪訝な表情を見て、セアレウスとパーシーは、サマヴァスに何事かと訊ねる。


「いや、やけに枚数が多いと思ってな。いつも倍ってレベルじゃねぇぞ」


「あ、そういえば、そうだね」


すると、受け取った魔札の枚数がいつもより多いことを不思議に思っていたようであった。

まだ、中を確認したわけではないが、紙袋の厚みから見て、魔札の枚数が多いと判断できるのだ。


「そう……ですか。あ、書類が一緒に入っているそうですよ」


「書類? ああ、本当だ」


紙袋を開けると、その中には大量の魔札と共に数枚の羊皮紙が入っていた。

サマヴァスをそれらを手に取り、一枚一枚目を通していく。

最後の一枚まで目を通した時、サマヴァスは笑みを浮かべていた。


「そうか。ようやくオレ達の出番が来るってことか」


「……!? それは、本当なの? 」


サマヴァスの発言を聞き、パーシーは驚いた表情を浮かべる。


「ああ、本当さ。この書類……先生がそう言っているんだ」


「そっか……もう、そこまで来たんだ。先生、頑張ったね……」


笑っているサマヴァスとは対照的に、パーシーは暗い表情であった。


「えーと、わたしにはよく分からないのですが……」


セアレウスは苦笑いを浮かべていた。

この場において、彼女だけが事情を理解しておらず、二人に置いて行かれた状態であった。


「あんた、先生の部下じゃないのか? それで、聞かされてないのか? 」


「んー、部下と言えば部下ですけど、聞いてないです」


「ふーん。まぁ、あんたになら言ってもいいだろ。実は、オレ達はセームルースの軍隊なんだよ」


「は、はぁ……」


「ん? 兄さん、セアレウスさんが微妙な反応してるけど…」


「……あんた、セームルースが軍隊を持っていないことを知らない? 」


「はい」


セアレウスは、即答した。


「うーん、本当に何も知らないのか。ま、とりあえず、軍隊なんだよ。それで、オレ達軍隊は、じきにラザートラムへ攻め込むことになった」


「ええっ!? そうなんですか!? 」


サマヴァスの発言に、セアレウスは驚愕するが――


「あ……これが、最後の一手……ということですか」


彼女には、思い当たる節があり、すぐに平静を取り戻した。


「しかし、大丈夫なのですか? 相手は、あのラザートラムですよ? 」


セアレウスは、サマヴァス達にラザートラムへ攻め込ませることを素直に同意することができなかった。


「心配すんなって。軍隊はオレ達だけじゃなくて、もっとたくさんいる。武器だってラザートラムの連中に見つからないように造ってあるし、なによりオレ達には魔札があるんだ。勝てない戦いじゃあない」


「そうだとしても、ラザートラムは軍事国家です。兵一人一人は強いし、数も多い。簡単には勝てませんよ」


セアレウスの言うとおり、ラザートラムは軍事国家である。

千人以上が軍隊に所属しており、一人一人が日々の訓練で鍛えられている。

そんな国に勝つことができるのは、より多くの強い兵を持つ国だと考えるのが普通だろう。

セアレウスは、サマヴァスが口にする軍隊がラザートラムを倒しうる存在だとは思えなかった。


「誰も真正面から挑むなんてことは言ってないぜ。あいつらの兵隊がいなくなったところを狙うのさ」


サマヴァスはそう言うと、手にした書類の一枚をセアレウスに渡す。


「えー……近日、ベアムスレトの本隊に全兵を投入予定あり。進軍の準備を行うべし…」


すると、そこにはセアレウスが呟いたようなことが書かれていた。


「なるほど。ラザートラムが、ベアムスレトの進軍に躍起(やっき)になっている隙をつくのですか」


「うん。まさか、セームルースに僕達のような軍隊……勢力が存在するなんて夢にも思っていないはず……でも」


セアレウスの呟きに、そう答えたパーシーの表情は暗いままである。


「……うん。やっぱり、僕怖いよ。戦うってことは、死ぬかもしれないじゃないか」


「何言ってんだ。ここで戦わなきゃ、ラザ-トラム(あいつら)にこの国を侵略されちまう。そうなりゃ、死ぬも同然だ。オレ達には、それを防がなきゃならない使命があるんだぞ」


弱音を口にしたパーシーに、サマヴァスは強い口調で言い放つ。


「うっ……わ、分かってるよ……」


口では、そう言いつつもパーシーは、まだ気持ちが晴れていない様子であった。


「あの……どうして、二人はそこまでして、ラザートラムと戦おうと? 」


セアレウスは疑問に思っていた。

何故、子供であるこの二人が軍隊のような組織を作り、国を守ろうとしているのか。

それに加えて――


(何故、キキョウさんは、この二人に指示を? )


という疑問もセアレウスは持っていた。


「それは……」


サマヴァスがセアレウスの疑問に答えようと、口を開いた瞬間――


「あっ! ゲンセイさん! 」


と、パーシーが口にした。

それと同時にサマヴァスは口を閉じ、セアレウスは後ろへ振り返る。

彼女の振り返った先には、パーシーの言うとおり、ゲンセイが立っていた。

ゲンセイは、セアレウス達とは少し離れたところにおり――


「サマヴァス、キキョウ様から伝言だ」


そこから動くことなく、口を開いた。


「お前達の進軍は中止。今の状態で待機しろ……とのことだ」


「はぁ!? 」


「えっ!? 」


ゲンセイの言葉に、サマヴァスとパーシーは驚愕した。


「おい! 一体、どういうことだ! 」


納得がいかないのかサマヴァスがゲンセイに詰め寄るため、彼女の元へ向かっていく。


「サマヴァスさん、待ってください」


「なっ……あんた」


そんなサマヴァスをセアレウスは引き止めた。

そして、ゲンセイの元へ歩み寄り――


「状況が変わったとかですか? 」


と、訊ねた。


「……ああ。セアレウスの言う通りだ」


すると、ゲンセイは静かにセアレウスの問いに答えた。


「キキョウ様を取り巻く状況は一気に好転したのだ。その状況であれば、あとは一人でなんとかなるそうだ」


「一人でだって!? そんなこと――」


「出来る。貴様はキキョウ様の力を疑うというのか? 」


「うっ……い、いや、そういうわけじゃねぇよ……」


ゲンセイに睨まれ、サマヴァスの威勢がなくなる。


「確かに。キキョウさんなら出来ますね。きっと、すごい策を考えついたのでしょう。流石です! 」


「……ああ、そうだ。セアレウスの……言うとおりだ」


セアレウスに同調するゲンセイ。

そんな彼女の表情がどこか苦しげに見え――


「……? どうかしましたか? 」


セアレウスが訊ねる。


「いや、何でもない」


ゲンセイはそう答え、何回か首を横に振ると、いつもの凛々しい表情に戻った。


「サマヴァス、パーシー。さっきも言った通り、お前達は待機だ。お前達が真にやるべきことは、まだ先のことだ」


「……分かってるよ」


「うん……」


サマヴァスとパーシーは、ゲンセイの言葉に耳を傾け、しっかりと頷く。

その二人を見た後、ゲンセイはセアレウスに顔を向けた。


「あ……」


ゲンセイの顔を見た時、セアレウスは思わず口を開いてしまった。

その時、ゲンセイは微笑みを浮かべていたからだ。

そんな彼女の表情を見るのは初めてで、セアレウスは、なんとも言えない気持ちになったのだ。


「キキョウ様からの伝言だ。あとは一人でなんとかなる。もう大丈夫……だそうだ」


「もう……大丈夫? 」


「ああ。もうラザートラムに戻ってくる必要はない。そのまま、この島を出ろということだ」


ゲンセイはセアレウスにそう言うと、一歩後ろへ下がる。


「キキョウ様の伝言は以上だ。皆、キキョウ様を信じろ。あの方は、きっと成し遂げる」


「……あ、待ってください。うっ……!? 」


セアレウスがゲンセイの肩を掴もうとした時、彼女達の周囲を強風が吹き荒れた。

強風により、思わず目を閉じてしまうセアレウス達。

ようやく強風は止み、彼女達が目を開けた時には、もうゲンセイの姿はなかった。


「ゲンセイさん……」


セアレウスはその場に立ち尽くし、目の前から消えた者の名を口にした。

その時、彼女の元を緩やかな風が吹き抜けた。


「……え? この匂いは……」


風に乗ってやってきた匂いに、セアレウスは心当たりがあった。


「木の匂い……いや、ただの木の匂いじゃない。キキョウさんの人形の匂いだ」


それは、最近嗅いだ匂いであった。

木の匂いと言っても独特なもので、自然に生えている木とは異なっている。

そのため、風に乗ってきた匂いが人形の匂いであると、セアレウスは判断したのだ。


(何で、人形の匂いが? )


人形の匂いがした理由を考えるセアレウス。


「セアレウス。あんたも頑張ってたみたいだな。もう日が暮れる……今日は、この村に泊まっていけよ」


そんなセアレウスに、サマヴァスはそう言うと、村の奥へと歩き始めた。

空を見れば、僅かに赤くなり始めていた。


「セアレウスさん、ありがとうございました。機会があれば、またこの国に遊びに来てください」


パーシーはそう言うと、サマヴァスの後を追っていく。

二人に声を掛けられたセアレウスだが、返事をすることはなかった。

ずっと、考え続けており、それに集中するせいで二人の声は届いてなかったのだ。


「……あ」


しかし、長く続いたセアレウスの考え事は終了する。

人形の匂いがした理由の結論が出たのだ。







 ルース森林の中をゲンセイは進んでいく。

ここまで、風のように軽快に進んでいたのだが、今の彼女にそんな面影は一切ない。

ゲンセイは両腕をだらりと下げ、片足を引きずりながら歩いていた。


「……潮時ね」


もう歩くことができないと悟ったのか、ゲンセイは傍に生えていた木に背を向けてもたれかかる。

立つ力も無いのか、ズルズルと地面にずり下がる。

そのまま、彼女は木に背を預け両足を投げ出して座る体勢となった。

その時、力なく伸ばされた彼女の両腕が胴体から離れて地面に落ちた。


「ふっ……流石に自分に爆風を当てながら移動するのは、無茶だったわ……」


両腕を失ったゲンセイは、笑いながらそう呟いた。


「でも、足の速いあいつを追いかけるには仕方のないこと。むしろ、ここまで耐え切れたことは――」


ゲンセイの言葉が最後まで続くことはなかった。

彼女の姿は、幻だったかのように霧となって消えたからだ。

もうどこを探しても彼女の姿を見ることはない。

しかし、彼女が消える寸前までいた場所には、両腕が外れ、頭から胴体までが真っ二つになった人形が腰を下ろしていた。

その人間大の人形は壊れてしまい、人形とはかけ離れた形になっている。

だが、その姿はまるで、木陰で休む人のようであった。




 「上出来ね……」


屋敷の中の自室にて、閉じていた目を開けると、キキョウはそう呟いた。

その後、彼女は立ち上がろうとしたが――


「ううっ……」


ふらついて床に倒れてしまう。

その時、人間の姿に化けていたが、妖術が解け、元の姿に戻ってしまう。


「くっ……長い間憑依(ひょうい)をしていたのだから、当然か」


キキョウはこの日、憑依という妖術をずっと行使していた。

憑依は、その言葉の通り、他のものに乗り移ること。

自分の体から別のものに精神を移すため、行使するだけでかなり疲労してしまう。

キキョウは、それを一日中行使し続けていたため、かなりどころではないほど疲労していた。


「きっつ……でも、正念場はこれから……」


キキョウは立ち上がると、自室から出て行く。

フラフラと廊下を歩くキキョウだが、いつの間にか人間の姿をなり、足取りは堂々としたものに変わっていた。

そして、キキョウは玄関を出て数歩のところで立ち止まり――


「おやおや、今日は祭りでもあるのでしょうか? 」


と、声高々に言い放った。


「祭りとは……流石はキキョウ殿だ」


すると、キキョウに言葉を返す者がいた。

その者は、キキョウの前方の遥か先に立つ男性。


「ふっ」


キキョウは男性の姿を見ると嘲笑の笑みを浮かべた。

太陽が沈み、暗くなった中でもキキョウは、その男性が誰であるか分かった。

その男性は、キキョウが邪魔だ邪魔だと思っていた人物。

そして、最近になって、自分の計画を潰した人物。

キキョウと並び立つラザートラムの軍師 イサナマスであった。


「こんなに派手な飾り付けをして……余程楽しみにしていたのでしょうね」


周りを見回しながら、キキョウがそう言った。

彼女の屋敷の周りに広がる庭の広さは、半径百メートルほど。

そこを取り囲むように、大量の松明が掲げられていた。

その数は百を超えるほどである。


「クククッ、皆、祭りに集まった者達だぞ」


「ご冗談を。集まった人と言えば、あなたとその後ろにいる者達だけではありませんか! 」


「ほう。本当に……流石だな、キキョウ」


笑っていたイサナマスの顔は、神妙な顔つきに変わった。

そして、イサナマスの背後から、複数の兵が現れ、イサナマスを守るように並び立つ。


「それは貴様を脅すためのものだ」


大量の松明は、大勢の兵がそこにいると思わせる策略であった。

それをキキョウが見破ることができたのは、気配探知を行ったからである。

松明一つ一つに、人間の気配がしなかったのだ。


「貴様は今日で終わりだ。これから、我々で貴様を血祭りにするのだからなぁ! この反逆者め! 」


「反逆者? 」


キキョウが怪訝な表情を浮かべる。


「近頃、貴様は単独で我々には内密に動いていただろう。あのセアレウスとか言う奴もだ」


「へぇー、その根拠は? 」


「色々とある。だが、一番は彼の証言だ」


イサナマスがそう言うと、並び立つ兵の中から一人の男性が現れる。

キキョウは、その男性をよく知っていた。


「ニグラーシャ森林地帯で、貴様達がベアムスレトの兵と話しているところを見た者がいる。貴様達はベアムスレトの内通者だ」


男性は、キキョウに向けてそう言い放った。


(それは、お前のことでしょ)


心の中で、キキョウはそう呟いた。

男性は、真のベアムスレトの内通者であった。


「証言だけで、証拠がないのに内通者とは。それに、殺そうとするのは横暴では? 」


「横暴なものか! 反逆者は死罪だ! 」


キキョウの問いかけに、イサナマスが高圧的に言葉を返す。


(もう話し合いは不要ね)


キキョウは、自分に掛けた妖術 真似鏡像を解いた。

すると、人間の姿の彼女は霧となって消え去り、そこに真のキキョウの姿が現れる。


「なっ!? き、貴様、人間ではなかったのか! 」


本当のキキョウの姿を見て、イサナマスは驚愕する。

対して、本当の内通者である男性は、静かにキキョウを見据え、身構えていた。


「じゅ、獣人……い、いや、化物め! 貴様の悪行もここまでだ! 」


イサナマスはそう言うと、後ろへ下がる。

内通者である男性は、他の兵と共に彼の変わりに前に出る形になった。


「化物には化物だ」


男性は、何を思ったのか右手を空に目掛けて伸ばした。

すると、彼の周囲にいた兵達に次々を雷のような光が落ちていく。

雷のようなものと表現したのは、その色がどす黒い紫色であったからだ。


「なに? 」


キキョウは怪訝な表情で、その様子を見ていた。

光が落ちた時に舞った砂塵が徐々に晴れ――


「……!? 」


完全に消え去った時、キキョウの顔は驚愕の色に染まった。

驚くべきことに、先ほどまで兵達がいた場所には、二本の足で立つ豚のような化物達がいるからだ。

その化物達をよく見れば、兵達が持っていた武器や防具を持っている。


「……まさか」


「そう。彼らは魔物……オークとなったのだ」


男性の言葉は、キキョウの推測通りのものであった。

彼は兵達を魔物に変貌させたのだ。


「最近、出来た技術でな。お前のような者を始末するのに便利なのだ。行け! 」


男性がそう言うと同時に、オークとなった兵達が一斉にキキョウに向かっていく。


「そう。化物には化物……確かにその通りだわ」


キキョウは、そう言うと自分の胸に右手を伸ばし、強く握り締める。

その間にもオーク達はキキョウに近づいてゆく。

しかし、危機が迫っているにも関わらず、キキョウは気にしていない様子だ。


「……ガアアッ!! 」


ただ、獣のような咆哮を上げるだけであった。

その瞬間、辺り一帯は凍りつくかのように寒くなった。




2018年12月30日 誤字修正

「すもません。でも、用事はすぐ終わりますので」 → 「すみません。でも、用事はすぐ終わりますので」


「……? どうかしたしたか? 」 → 「……? どうかしましたか? 」



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