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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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三百九話 ひび割れ始めた鏡

 ゲンセイとセアレウスは、交渉が終わった後すぐにラザートラムへの帰路に着いた。

再びニグラーシャ森林地帯へと足を踏み入れ、進むこと数時間。

二人は森林をゆく道のりのおよそ半分の場所に辿り着いた。

その頃、空はじんわりと明るくなり始めており、長かった暗い夜の終わりが近づいていた。

しかし、森林の中は木陰により、暗闇を保ったままである。


(……もう朝ね。あと、半分くらいの距離で森林を抜けれる)


それでも、ゲンセイは朝が近いことを察していた。

彼女は、森林に入った時から時間を数えながら歩いており、経過時間から時刻と距離を算出したのだ。


「セアレウス。恐らく日が昇り始めた時間になった。視界はどうなっている? 」


ゲンセイは振り向くことなく、後方を歩くセアレウスへ視界の状態を訊ねる。


「どう……? ちょっと見えるようになってきましたけど……」


先頭を歩くゲンセイに訊ねられ、辺りを見回しながらセアレウスは答えた。

その彼女のぽかんとした顔をしている。

何故、視界の状態を聞いてくるか理由が分からないのだ。


「ちょっと……それは、どのくらい? 」


「どのくらい? うーん……」


セアレウスが頭を捻りだす。


「あー……例えば……一人でも進んでいけるくらいとか……」


そんなセアレウスの様子に、ゲンセイは例えを出す。


「一人……?ああ……はい、大丈夫ですよ」


ぽかんとしていたセアレウスの表情が、晴れやかなものへと変化する。

分からなかったことがようやく分かった。

そんな表情をセアレウスはしていた。


「そうか……なら、ここで別れてもいいか? 」


ゲンセイは、そう言うと同時に足を止める。


「ここですか。別れるということは、あなたには、もう次にやることがあるということですか? 」


セアレウスも足を止めると、周りを見回す。


「そんなところだ。セアレウスは、そのまま森林を抜けて、元の部隊に戻ればいい……キキョウ様がそう言ってた」


「分かりました。わたしは大丈夫なので、早く行ってください」


「ああ、分かった」


ゲンセイは、そう言うと走り出した。

地面から突き出した木の根を飛び越え、前方から迫る木々を躱しながら、彼女は進んでいく。

セアレウスの視界から、彼女の姿が見えなくなるのは数秒もかからなかった。


「速い。あれが、ゲンセイさんの本当の速さか……」


残されたセアレウスは、ゲンセイが消えていった方向を見つめながら、一人そう呟いた。

そして、未だに暗闇に包まれた森林の中を再び歩き始める。


「……ちょっと、見栄を張りすぎちゃいましたね。でも、頑張りますよ」


先ほど、ゲンセイに視界が良くなったと答えたセアレウスだが、実際はそうではなかった。

彼女の視界は、目を凝らせば、薄らと前が見える状態で、ゲンセイの補助がなければ困難である。

そうであるにも関わらず、嘘をついたのは、自分よりゲンセイの方を優先させるべきだと、セアレウスは考えたからであった。







 トライファス島に満遍なく、陽の光が照らされ始めた朝。

大平原を東に進んでいたラザートラムの本隊がさらなる進軍をするための準備をしていた。

寝泊りに使っていたテントの多くが解体し、武装を身に付け、自分の部隊へと集まる。

そんな中、解体が行われないテントがあり、その中の一つに他の兵とは違った動きをする者がいた。


「さて、今日も何事もなく進軍が終わるといいな」


ラザートラムの軍師の一人であるイサナマスだ。

彼は、テントの中に置かれたテーブルに腰掛けており、彼を守るように傍に二人の兵が立っていた。

ラザートラムは、本陣から本隊を始めとする各部隊へ指示を行う体制を取っている。

このベアムスレトへの大規模な進軍もその体制ではあるが、少し違うところがあった。

それは、ある程度本隊が進軍した後、そこに本陣が合流することだ。

そうすることの理由は様々だが、主な理由は本隊への指示の伝達を行う時間の短縮と本陣の安全を保つためだろう。

ベアムスレトの兵は強力で、彼らの本拠地へ近づいていくのであれば、急を要する事態も考えられ、状況の確認と指示の伝達は速い方が良い。

それに加えて、度々発生した奇襲攻撃も多くなると判断し、そうした体制で進軍を進めているのだ。

そして、今は本隊は進軍を始める段階で、まだ本陣は動かない。

故に、本隊への指示を行うイサナマスを始めとする軍師及び、階級の高い将校は、まだ移動の準備をしないのだ。


「イサナマス殿、失礼する」


イサナマスのいるテントの中に、一人の将校がやってくる。


「早速、進軍を開始する……が、何か指示はないか? 」


その将校は、本隊全体を指揮する将校であった。


「前の軍議で決めたことと変わりませぬ。昨日の勢いで進んで下されば結構です」


「……分かった。では、行って参る」


将校はイサナマスの答えを聞くと、テントの中から出ていった。

それから程なくして、外から大勢の兵の掛け声と大群が地面を踏み鳴らす音が本陣に響いた。

将校の言った通り、本隊の進軍が始まったのだ。


「奇襲の対策も万全。本隊の進軍を始めてから、ベアムスレトの獣人共は現れない。進軍には問題ない……が」


本隊の進軍は順調であると言えた。

しかし、イサナマスは、順調であることに若干の腑に落ちない想いを抱いていた。


「イサナマス殿はここですか? 」


そんな時、また彼の元へやってくる者がいた。


「その声……キキョウ殿か。とりあえず、入れ」


「失礼します」


その者とは、キキョウであった。

昨晩までゲンセイとして動いてた彼女は、今はもちろん人間の女性の姿をしている。

テントに中に入ってきた彼女は、イサナマスの前に立った。


「進軍が順調のようでなによりです」


「……まぁな! 私がここで指示を出しているから当然だろう」


「流石でございます」


ふんぞり返るイサナマスに、キキョウを目を細めて答えた。


(……ふん。腐っても軍師か)


そんなキキョウが見るのはイサナマスの目。

彼の顔は笑っているが、目は笑っていなかった。

キキョウが姿を偽っていることを感づき、その正体を探るような疑わしい眼差しである。

実際には姿を偽っていることに気づいてもいないのだが、キキョウはこの時からイサナマスの評価を少しだけ改めた。


「やはり、私の目に狂いはなかった。イサナマス殿なら、やってくれると……では、引き続き本陣をお願いします」


ここでのキキョウの目的は、ただ顔を見せることのみ。

既に目的が達成した今、余計なことをせず、さっさとここから立ち去ろうとした。

その時――


「少し待て。きさ…貴殿に聞きたいことがある」


しかし、キキョウの思い通りとはならなかった。


「何でしょう? 」


面倒に思いつつ、それを顔に出すことなく、キキョウは振り返る。


「単刀直入に言おう。ここ二日……か。貴殿はどこで何をしていた? 」


振り返ったキキョウに、イサナマスはそう訊ねた。


「私の屋敷で、ずっと次の策について考えていましたよ」


「ほう……次とは、この進軍が終わった後のことですかな? 」


「ええ、その通り。まだ、固まっていないのですが、少し聞きたいですか? 」


「いえ、結構。先のことを考えてくださるとは、誠にありがたい」


「こちらもあなたに感謝したい。こうして、本陣を指揮してくださるおかげで、私が次のことを考えられるのです。それでは、私はこれで……」


一通り話した後、キキョウはイサナマスへ背を向けた。


「キキョウ殿」


しかし、またイサナマスが彼女を呼び止めた。


「これから我らは朝食を取るのだが、貴殿もどうだ? 」


そして、彼はキキョウを朝食に誘った。


「……いえ。有難いのですが、既に朝食は取っています。次の機会ということで」


「そうか。それは、残念だ」


「では、失礼します」


キキョウは、ようやくテントの外へ出た。


「……おい」


キキョウがテントを後にしてからしばらく経った後、イサナマスが口を開く。


「はっ! 」


傍に立つ兵が返事をする。

イサナマスは、彼に声を掛けていた。


「もう一度確認するぞ。この二日間、キキョウはどうしてた? 」


「ずっと家にいたという報告を受けています」


兵がイサナマスの質問に答える。

どうやら、二日の間、キキョウを監視していたようであった。


「家で何をしていたかは、どうだった? 」


「そこまでは……ただ何時になっても、動かなかった。微動だにしなかったと聞いています」


「そうか」


イサナマスは、そう短く答え、顎をさすり始める。

それまで神妙な顔つきをしていたイサナマスだが、次第に彼の頬は吊り上がっていく。


「ならば、今日の朝の様子はどうだ? 」


「今日の報告はまだです」


「そうか。その報告の時が待ち遠しいな」


「はっ……! と、言いますと? 」


イサナマスに同調するように返事をした兵だが、あまり理解しておらず、どういうことが訊ねる。


「報告は朝昼晩の三回。昨日の晩、奴は屋敷にいたと聞いている。ククッ、いや……報告を待つまでもないか」


「……? 」


イサナマスは含み笑いをするが、兵はピンと来ない様子であった。


「この時間にここへ辿り着くには、遅くとも昨日の深夜に城郭を出なければならない。一体、何時出発すれば、朝食を食べられるのだろうなぁ、キキョウ殿? 」


頬を吊り上げながら、イサナマスはこの場にいないキキョウへ、そう問いかけた。

今、彼がキキョウを不審に思うところは、二日の間家から出なかったことと、短時間で本陣にやってきたこと。

そして――


「あの出世の匂いに敏感な奴が、本陣の総指揮……この作戦の主となる軍師の座を私に譲ること自体、充分怪しいのだ」


自分が提案したベアムスレトへの進軍を自分がやらないことであった。







 キキョウが本陣に顔を出したその日。

一人で森林の中を進んでいたセアレウスは、昼前に森林を抜け、本来彼女が所属する部隊へ戻った。

二日も姿を消していたセアレウスだが、二つに分けた部隊のどちらからも、彼女を問い詰めるどころか、不審に思う素振りをする者はいなかった。

どうやら、複数の部隊の指揮官を兼任し、各部隊の指揮を行うため大平原中を走り回っていたという話になっており、疑われなかったという。

そして、セアレウスが戻ってきたその日を以て、彼女が率いる部隊の任務は終了した。

城郭へ戻ったセアレウスの部隊は解体され、セアレウスを始めとする所属していた兵達は、次の命令が下るまで待機となる。

その次の日の朝、セアレウスはキキョウに会いに、彼女の屋敷に向かった。

屋敷の中に入り、キキョウの自室へ向かうと――


「おはようございます。お久しぶりですね、キキョウさん」


と挨拶をしながら、セアレウスは部屋の中に入った。

部屋の中に、獣人のキキョウの姿はあり、彼女はいつものようにクッションの上で正座していた。

彼女の前に置かれた背の低いテーブルの上には、開かれたスクロールが置かれている。

余程集中しているのか、セアレウスに挨拶を返すことなく、スクロールをじっと見つめていた。


「……あの、キキョウさん? キキョウさーん」


自分の声が聞こえなかったのだと思い、セアレウスは何度か彼女の名前を呼ぶ。

しかし、キキョウは反応しなかった。


「……? 聞こえてない? いえ、なんか変……ですね」


セアレウスは、目の前に座るキキョウに違和感を感じていた。

しかし、それが何は分からない。


「うーん……どうみてもキキョウさんなのですが、なんか違うような……」


キキョウの顔に、自分の顔を近づけて、彼女を観察するセアレウス。

見れば見るほど、目の前のキキョウは、セアレウスが呟いた通り、キキョウその人にしか見えなかった。


「相変わらず綺麗な顔……ん? この匂いは――」


「おはよう、セアレウス」


「うっ!? わあああああ!! 」


突然、背後から発せられた声に驚き、セアレウスは飛び上がる。


「キ、キキョウさん!? いつからこの部屋に? 」


慌てて振り返ると、キキョウが立っていた。

声の主は彼女であった。

そのキキョウは、セアレウスがじっと見つめていたキキョウと同じ姿をしていた。


「さっき」


セアレウスとは裏腹に、キキョウは淡白な様子であった。


「さっきって……いつですか? 」


「さぁ? さっきは、さっきよ。そんなことより、何をしに来たの? 」


「え? あ、ああ、そうでした。まず、ベアムスレトに行ってきた時の――」


「それは、ゲンセイから聞いているから大丈夫よ」


セアレウスの言葉を最後まで聞くことなく、キキョウは答えた。


「そうですか。では、これからの――」


「今、あなたにして欲しいことは、特にないわ」


「そ、そうですか……」


セアレウスは、がっくりと肩を落とした。

彼女は、キキョウの力になろうと張り切って、ここに来ていた。

故に、キキョウに言葉は、自分を捨てるような言葉に聞こえ、ショックを受けているのだ。


「何かあれば、その都度呼び出すから、今は大人しくしといてちょうだい」


「……分かりました。失礼します」


重い足取りで、キキョウの横を通り、部屋を出ていこうとするセアレウス。


「……あっ! ちょっと待ってください! そこのキキョウさんは、何なのですか!? 」


しかし、外へ出る手前で方向転換し、キキョウに詰め寄りだした。


「ちっ、面倒くさい。説明しなきゃ、ダメ? 」


気だるい様子で、言葉を返すキキョウ。

先程の有無を言わさぬ返答の数々は、座っているキキョウの説明が面倒で、そのことから気をそらすためであった。


「ダメ……ダメです! ちゃんと説明してください」


「ちょっと答えを躊躇したわね……まぁ、説明くらいいいか」


キキョウは、そう呟くと、指をパチンと鳴らす。

すると、座っていたキキョウの姿は歪んだ後、霧が晴れるかのように消え、そこに木で出来た人形が現れた。

その人形は、おおよそキキョウと同じくらいの大きさで、消えたキキョウのように正座していた。


「これは、キキョウさんの妖術ですか? 」


「そう。被覆鏡映(ひふくきょうえい)と言って、物や人に別の姿を被せる妖術よ。普段私が人間の姿になるのが鏡映で、その応用版ね」


「おおっ! すごい。でも、なんで、自分の姿を被せた人形がここに? 」


「……鏡映の術は苦手で、ちょっと練習していたのよ。他意はないわ」


キキョウは、そう答えたが嘘である。

実際には、自分が留守の間、屋敷に進入してきた者の目を欺くための万が一の措置であった。

そして、今朝までそのままにしておいたのは――


(久々に、兄様を被覆鏡映で再現しようと思ってたのに……)


という個人的な事で使用するためであった。

その時のキキョウは、僅かにムスっとした表情を浮かべていた。


「……! そ、それにしても、本物そっくりでしたよ。あとは、動けば完璧ですが……流石にそこまでは……」


キキョウの表情の変化に気づき、彼女の気持ちを上げると同時に話を振る。


「……ふふん。実は、動かせるわよ」


「す、すごいっ! 」


得意げに笑みを浮かべるキキョウに、セアレウスは思わずグッと拳を握る。

正直、セアレウスは話の振り方に自身がなかった。


『はぁ? 出来るに決まってるじゃない。馬鹿にしてるの? 』


と、気分を害する可能性があったからだ。

しかし、実際にはそうはならなかった。

キキョウは出来ないと言われたことに対して、不快には思わなかった。

むしろ、相手の意表を突くチャンスだと思っており、出来ると言い張ることがこの上なく好きなタイプであった。


(そうか。こうすればいいのですか)


セアレウスは、なんとなくキキョウの扱い方が分かったような気がしていた。


「見てなさい。それっ! 」


キキョウが、人形に向けて手をが刺した瞬間、人形が動き始める。

人形の動きは、直立する動作としゃがむ動作を繰り返すものだった。


「おおっ! 」


人形の動く姿を見て、思わず感嘆の声を漏らすセアレウス。


「ふふっ、次」


人形の動きが変化し、今度は左右の拳を交互につき出す動作になる。


「おおっ! 」


またも感嘆の声を漏らすセアレウス。

すると、また人形の動きが変化し、今度はひたすら手を叩く動作になった。


「おっ……おお? 」


ここで、セアレウスから微妙な声が漏れ出した。


(あれ? なんか、思ってたのと違います)


人形は確かに動いているのだが、どれもただ同じ動作を繰り返すだけの単純な動きばかりであった。

どれも違う動きであるが、単純な動きであるのは変わらない。

つまり、ほぼ同じものを見せられて、セアレウスは反応に困っているのだ。


「あの……なんか、こう……複雑な動きとかは……? 」


「できるわよ」


「じゃ、じゃあ……」


「でも、疲れるからやだ」


「……」


きっぱりと断られ、口を閉ざすセアレウス。

しかし、今までが本気ではなく、手を抜いたものだと知り、少しだけ安堵していた。


「完全に意のままに動かそうとすれば、憑依する必要があるし、滅多には見せられないわ」


「そうですか」


キキョウの言葉に、素直に頷くセアレウス。

彼女の言葉は納得の行くものであった。


「手を抜いていたとはいえ、結構動いていたでしょ? さ、満足したのなら、さっさと出て行ってちょうだい」


「え……? この後、何かあるのですか? 」


「……だんだんと察しがよくなってきたわね、あなた。その通りよ」


キキョウは、自分に予定があることを感づいたセアレウスに、若干顔を引きつらせつつ、そう言った後――


「これから、イグザラット…‥国王様が直々に参加なさる大事な軍議があるのよ」


と続けた。



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