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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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三百五話 遅すぎた発見

 セアレウスによって、溢れかえった水流は徐々に勢いを失い、セーム川へと引いていく。

元のセーム川へ戻っていくのだが、まだ川辺の半分がセアレウスの膝下くらいの高さの水で満たされている。

ここのセーム川が元の姿に戻るには、まだ時間が掛かるだろう。


「はぁ……」


ゆっくりと引いていく水流を見つめながら、セアレウスは深く息を吐いた。

その後、目の前の水流に目掛けて、左腕を伸ばす。

その体勢のまま、セアレウスは目を瞑り――


「……そこですか! 」


少し経った後、そう声を上げ、伸ばしていた左腕を横に振るった。


「ぶはあああ!? なんだああああ!? 」


すると、水流の中から勢いよくディメンテスが飛び出した。

セアレウスが目を瞑っていたのは、水流の中にいた彼を探るためであった。

そして、見つけた彼を水流操により水を操り、空中へ吹き飛ばしたのである。

吹き飛ばした理由は、彼を倒すためであり――


「ぐっ……! うええっ……」


セアレウスの狙い通り、ディメンテスは川辺の外側に生えている一本の木に激突した。

背中を強打したディメンテスは、そのまま落下し、ガサガサと音を立てながら茂みの中へと消えていった。


「……最後まで武器を手放さないとは、流石です」


姿が見えなくなるその時まで、ディメンテスは大鎌を持ち続けていた。

その姿に最後まで戦い続ける意思を感じ、セアレウスは敵であっても、彼のことを感心せざるを得なかった。


「これで後一人……」


セアレウスは、ディメンテスが入っていった茂みから視線を外し、再び水流へと目を向ける。

その中には、もう一人の敵であるファントムがいるのだ。

そのファントムも倒すため、左腕を伸ばしたセアレウスだが――


「うっ……」


力が抜けたのか、その場に崩れ落ち始める。

片膝が地面についたところで踏ん張るものの、そこから立ち上がることはできなかった。


「体力には自信があるのですが、魔力はダメですね……」


それは、魔力の使いすぎによる疲労が体を蝕んだ結果であった。

川の水を氾濫させるための水流操により、大量の魔力を失っていたのだ。

魔力が底を尽きることが、直接命の危機になるようなことはないが、短時間の間に魔力を大量に失えば、単純な体力の消耗よりも大きな疲労を受けることになる。

身体の機能が一時的に低下するのは確実であり、急激な疲労を受けたショックにより命を落とす危険もある。

そのため、魔法を扱う者は一気に魔力を失うような魔法を使い方は基本的にしない。

今のセアレウスの場合は、自分よりも実力が上の者が二人も相手であり、ゲンセイをほぼ人質に取られていた。

自分の命を危機に晒してでも魔法を使うことは、やむを得ない状況であったと言えよう。


「ぐ……まだ……倒していないかもしれないのに……」


地面に膝をつき、両手をも地面につけて体を支えるセアレウス。

そうしているのが限界で、顔さえも上げることができなかった。


「せ、せめて、どこにいるかだけでも……」


セアレウスは苦痛の表情を浮かべながらも、ゆっくりと震える左手を上げていく。

今にも下がりそうなほど震えているその手は、やがてピタリと動かなくなる。

ようやく水流操を行う準備が整った体勢が出来たのだ。

まだ震えは止まっていないが、これで水流操を行使することができる。


「……」


自分が望んだ体勢になったにも関わらず、セアレウスの表情は固まっていた。

苦痛の表情のまま、その顔は凍りついたかのように動かない。

彼女をそうしたのは、月明かりを遮る影が原因である。


「……はははああああ……」


その影は、セアレウスを見下ろしつつ、鼻よりも高くなりそうなほど頬を吊り上げている。

セアレウスの前にディメンテスが立っていた。


「そんな……あのダメージで……」


震える声音で、セアレウスが呟いた。

顔は伏せたままで、口を動かすだけで精一杯のようである。


「ああ、痛かった……ぜ。体が粉々にされたんじゃあないかと……思うほどになああ」


そうセアレウスへ言ったディメンテスは、時々ふらりと姿勢を崩す。

大きなダメージを受けたの確かなようで、ディメンテスはまともに立つことはできないようであった。

そんな状態で、離れた位置にいた彼が目の前にいることが、セアレウスには信じられなかった。


「だが! 俺を倒すほどじゃねぇ……へへっ、獣人は人間よりも頑丈に出来んだよおお」


ディメンテスが立ち上がることができた理由は単純である。

セアレウスの与えたダメージが、ディメンテスを倒すにまで至らなかっただけであった。


(なんということですか。わたしの出せる最大の力を出したというのに……あと、何故でしょうか? )


ディメンテスに対して、セアレウスは疑問に思うことがあった。

それは、ディメンテスの接近を察知することができなかったことである。

いくら彼が高い敏捷性を持つと言っても、目に見えない速度で動けるわけではない。

茂みから出て向かってくる最中に気づくものだと、セアレウスは思っていた。


「ははは! 不思議だよなああ。お前がたった今、俺がここにいるのに気づいたことが」


ディメンテスは、得意げに笑い声を上げ、大鎌を空へ掲げた。

すると、掲げられた大鎌の刃が月の光とは異なる紫の色の怪しげな光を放ちだした。


「俺達兄弟は、人の感覚機能を阻害する特殊な魔法が得意でなああ」


ディメンテスは、その大鎌でセアレウスの頭へ打ち下ろした。

まだ殺すつもりはないのか、刃の向きを逆にしていたため、セアレウスは大鎌の柄の部分で殴られていた。


「……!! 」


頭に受けた激痛により、さらに苦痛の表情を浮かべながらセアレウスは地面に倒れふした。


「へへっ」


ディメンテスは、鼻を鳴らしてセアレウスを見下ろすと、彼女の頭を掴み上げる。


「悔しいかあああ? 何か言ってみたらどうだああ? 」


セアレウスの顔を自分の顔と同じ高さにまで持ち上げると、ディメンテスは意地の悪い顔で、そう言った。


「…………!? 」


すると、セアレウスは何回か口を動かした後で驚いたように目を見開いた。


「あはははははは!! そういうことだあああ!! 」


そんなセアレウスを馬鹿にするかのように笑い声を上げると、ディメンテスはセアレウスを足元の地面へと投げ飛ばした。


「…………あああああ!! 」


地面に叩きつけられ、少し経った後、セアレウスの口から悲痛な叫び声が吐き出される。


「俺は、音を消す魔法を使えるんだよおおお!! 」


ディメンテスは、音を消す妨害魔法の使い手であった。

その魔法を使うことで、セアレウスに自分の声が聞こえないようにしたのである。

先ほど、セアレウスの声が出るようになったのは、彼女にかけていた魔法を解除したからだ。


「全く音が聞こえないようにしたり、特定の音だけを聞こえなくしたりできる。ただ欠点は、一人にしか掛けられないことだなああ」


実はこの音を消す魔法は戦いが始まる前から行使されている。

ゲンセイは彼の魔法をかけられており、何も聞こえない状態されていた。

故に、セアレウスが声を掛けても反応しなかったのだ。


「はははああ……良い冥土の土産が出来たところで、そろそろ死のうかあ」


ディメンテスは体をふらつかせながら、腰を捻りつつ大鎌を振りかぶる。


「ぐうっ! 」


動かないようにするためか、セアレウスの頭を片足で踏みつけると――


「綺麗に首を切り落としてやるからよおお……安心して逝けああああ!! 」


思いっきり大鎌を振るった。


「くぅ……」


うつ伏せに倒れ、顔を地面に押し付けられているセアレウス。

大気を切り裂いて振るわれる大鎌の刃が自分の首に迫っていることをセアレウスは肌で感じ取る。

それを防ぐか躱さなければならないのだが、今の彼女には為す術はない。


「こんなところで……」


そう言うだけであった。


(ゲンセイさん、キキョウさん……兄さん)


その時、セアレウスは、今自分と関わりの深い人物と兄であるイアンを思う。


(すみません……)


セアレウスが彼女達に対して言ったのは、謝罪の言葉であった。

他にも色々と思うことがあるのだが、彼女が真っ先に思ったのは、申し訳ないという気持ちだった。


ブゥゥゥン!!


そして、大鎌は音を立てて、振り切られた。


「……え? 」


少し時間が経った後、地面に倒れ伏すセアレウスの口から声が漏れた。

この時、セアレウスは今、何が起きたか分からなかった。

ただ一つ分かることは、自分が死んでいないことである。

何故ならば、頭上に吹いた風から、そこを大鎌の刃が通り過ぎたと感じ取ったからである。

つまり、ディメンテスは大鎌を空振りしたのだ。


「あ……ああ…」


セアレウスは、ディメンテスの声を聞いた。

その声は、かすれており、かろうじてディメンテスのものであると分かるほどである。

加えて、頭の上に置かれていた彼の足もいつの間にか無くなっていた。

ディメンテスの身に何かが起きたのは明白であった。

状況を把握するため、セアレウスが顔上げると――


「なっ……! 」


彼女は思わず声を出してしまった。

ディメンテスは大鎌を振り切った体勢で立ち、その上半身は後ろへ反っている。

全身が震えており、立つのが限界というより、もう動けないようである。

その原因は、彼の胸から突き出た血濡れた細長い刃であろう。


ズズッ……


その細長い刃が引っ込んでいくと――


「う……ああああああ!! 」


叫び声を上げ、ディメンテスはその場に崩れ落ちた。

彼のその叫びは断末魔ではない。

自分が殺されることに憤慨し、それが声に鳴らない叫びとなって発せられていた。

そして、ディメンテスが崩れ落ちたことで、セアレウスはその背後にいた人物を目にする。


「ゲ……ゲンセイさん…」


苦痛の中、微笑みながらセアレウスは、その人物の名を呼んだ。


「いまいちよく分からないが、これで良かったか? 」


その人物――ゲンセイは刀に付いた血を払いつつ、セアレウスへ訊ねた。







 血を払った後、ゲンセイは刀を鞘にしまうと、セアレウスの傍に歩み寄る。


「本当に状況が分からない。気づけば、何故か氾濫した川の中にいて、そこから出てみれば、お前が殺されそうになっていた。故郷へ帰ってきた時のウラシマタロウの気分だ」


セアレウスの横で腰を下ろすと、ゲンセイはそう呟いた。


「あ…はは……やっと、気づいてくれたようで、何よりです……」


「ふむ、私が気づかない間、お前はこいつと戦っていたようだな」


ゲンセイは、ディメンテスに目を向けた。

彼は倒れることなく、膝を折って地面に座っている体勢で事切れている。

頭は力なく垂れ下がっているものの、未だに大鎌を両手で持っており、今にも動き出しそうな迫力があった。


「……話は後だ。まずは、ここを離れよう」


そう言うと、ゲンセイは立ち上がる。

セアレウスも立ち上がろうとするが、体に力が入らず、倒れたままであった。


「ま、待ってください。ここを……離れるのは、まだ危険です」


立ち上がることを諦め、セアレウスは、ゲンセイにそう言った。


「なに? 」


ゲンセイは立ち止まって振り返る。

そして、目を瞑り、しばらくした後――


「もう敵はいない。たった今、戦いは終わったのだ。先へ進むぞ」


と言った。

ゲンセイの言葉を聞き、セアレウスは考えた。


(気配がしない? 流されていたとしても、そう遠くには行っていないはず……まさか、川の中で溺れたのでしょうか? )


もう一人の敵であるファントムは、既に死んでいると。

しかし――


(い、いえ、あの人はまだ生きている可能性が高い。やはり、ここを離れるべきではありません! )


ディメンテスの打たれ強さを目の当たりにしたセアレウスは、彼の死を信じきることはできなかった。

そして、敵がどこかに潜んでいる中、障害物の多い木々の中へ進むことは反対であった。


「……ふん、お前が回復するのを待てと? そんな時間は無い。見ろ、もうじき夜が明ける」


ゲンセイの見上げる空は、暗い藍色から淡い青色になりつつあった。


「そんな……ううっ! 」


言葉を返そうにも、痛みにより妨げられる。

もうセアレウスは、喋ることが困難になっていた。


「はぁ……」


ゲンセイはため息を着くと、セアレウスの元へ行き、彼女の肩に手を回して立ち上がらせる。


「お前には、まだ利用価値がある。無理矢理にでも連れていくぞ」


セアレウスに肩を回した状態で、進もうというのだ。


「ふんっ! くっ……このっ! 」


しかし、ゲンセイは力が弱く、上手くセアレウスを運ぶことができない。

一歩進むごとに息を切らし、セアレウスの下半身をズルズルと引き摺っていた。


「だか…ら……ま…だ…」


セアレウスがゲンセイを止めるために、声を出そうと顔を上げた時――


「……!? 」


彼女は息をつまらせた。

何故かといえば、ゲンセイが向かおうとしている先に――


「へ、へへっ……」


不敵に笑うファントムが立っているからだ。


「くそっ、めんどくさい! 自分で歩く力のないのか! 」


目の前に敵がいるにも関わらず、ゲンセイは動けないセアレウスの文句を言う。

ファントムの存在に気づいていないようであった。


『俺達兄弟は、人の感覚機能を阻害する特殊な魔法が得意でなああ』


この時、ディメンテスの発した言葉がセアレウスの脳裏に呼び起こされた。

そして、セアレウスは――


(そういうことですか! 彼は、自分の存在を気づかせない魔法が使えるのですか! )


という推測を立てた。

何故、自分は気づいているのかという細かい仕組みは置いておいて、ゲンセイが気づかないのは、魔法が原因であると判断したのだ。


「よくもディメンテスを殺したな。だが……」


ファントムは、手にした短剣を両手で持ち、体の横へと引き絞ると――


「これで終わりだあああ! 」


ゲンセイに目掛けて駆け出した。

引き絞った短剣で、ゲンセイの胸を突き刺すつもりであった。

一目見て、ファントムはセアレウスが動けないほど弱っていることを察していた。

故に、ゲンセイを殺してしまえば、彼女達を全滅させたことに等しいと考えたのだ。


「ちっ! もうここに置き去りにしてやろうか」


正面から攻撃を仕掛けられているにも関わらず、ゲンセイは何の反応も起こさない。

彼女の代わりに、セアレウスが絶望していた。

動けない自分がファントムの存在に気づいていても仕方がないと。

しかし、ゲンセイの危機にセアレウスは黙って見ているわけにはいかなかった。


「う……うわああああああ!! 」


自分の体を無理やり動かそうとするセアレウスは、自然と叫び声を上げた。

そして、全身を駆け抜ける激痛に構うことなく、無理やり体を動かし――


「なっ、何を……うっ!? 」


ゲンセイを後ろへ投げ飛ばした。

投げ飛ばされたゲンセイは、突然の出来事に対応できず、地面に尻餅をついて座り込む。


「痛っ……おい! 何の…つもり……だ……」


セアレウスへ文句を言うゲンセイだったが、その声は次第に消えていく。

顔も怒りの表情から、得体の知れないものを見るような間の抜けた表情になる。

そんな彼女が見るのは、投げ飛ばした体勢で立ち尽くすセアレウスの後ろ姿。

その体勢のまま、セアレウスは首だけを動かし、ゲンセイに横顔を向けると――


「ははっ……」


ひと笑いし、仰向けに倒れふした。

何が起きたのかと、ただセアレウスを見ていたゲンセイは気づいた。

セアレウスの腹の辺りが真っ赤な血で濡れていることに。

そのことに気づいたゲンセイは、泣き叫ぶこともなければ、怒りで怒号を上げることはなかった。


「……」


ただ、立ち上がって鞘から刀を抜くだけであった。

そして、無表情で前方を見据える。


「……はっ! 」


彼女の前方に立つファントムは、そのゲンセイの姿を見て笑い――


「気づくのが遅かったなぁ、お嬢ちゃん」


と言った。

ゲンセイはようやく気づいたのだ。


「……よくもやってくれたな」


ゲンセイは、一言だけそう言うと手にした刀を構える。

セアレウスが倒されても、彼女は取り乱すことはなく、平静であった。

そんな彼女の刀を持つ手は、手にした時からずっと震えていた。




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