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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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三百三話 二人の殺人鬼


 「ぐっ……」


セアレウスは、悔しにげ呻き声を吐いた。

それは、危機的状況に為す術がなく、苦し紛れに吐き出されたものだ。

今、二人の獣人の男が彼女の前後方向にそれぞれ立っている。

一人は、セアレウスの前方に立つ白い獣人で、名前をファントムという。

頭部の耳と腰の辺りから生える尻尾を見るに、猫系の獣人であると推測出来る。

ファントムは、意地の悪い笑みを浮かべつつ、片手に持つ短剣を指を駆使してクルクルと回転させている。

まるで、セアレウスに自分達が有利であることをこれ見よがしに伝えるようであった。

そんな彼の傍では、敵と遭遇したこの状況にも関わらず、ゲンセイが寝転がっていた。

彼女は、彼らの行使する魔法か妖術により、敵の存在に気づかないようである。

実質、ゲンセイをファントムによって人質に取られている状態で、彼らが有利である状況にある理由として、一番の大きいものだろう。

ファントムのセアレウスを挟んだ反対側には、ディメンテスが立っている。

彼も猫系の獣人の外見で、ファントムとは対称的で髮は黒い。

ディメンテスは、腰を僅かに前に倒した体勢で、大鎌を持つ両腕をだらりと下げ、ゆらゆらと横に揺れている。

彼は、他人を不快にさせるようにニヤニヤと笑みを浮かべ、真っ赤な舌ベロを口からだらしなく垂れ下げていた。

まるで、獲物を前にする猛獣のようである。

ディメンテスはセアレウスを敵として見るのではなく、狩りの獲物として見ているようであった。

下手に動けば、ファントムによってゲンセイを殺害され、ゲンセイに注意を向けすぎてしまえば、ディメンテスによる攻撃は避けられない。

セアレウスは、彼らと遭遇した瞬間から窮地に立たされていた。


「ははっ! 」


突如、ファントムが吹き出すように笑い声を上げた。


「……!? 」


その笑い声にビクリと体を震わせつつ、セアレウスはファントムの方へ体を向けた。

その際、攻撃に備えて左右のアックスエッジを胸の前で交差させて構えるも、ファントムから攻撃はされなかった。


「悪いな、驚かせちまったか。ちょっと、思うところがあってな」


悪びれるような言葉を口にするも、ファントムはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「思うところ? 」


疑問の声を口にしつつ、セアレウスはゆっくりと腰を下ろし始める。


「ああ、久しぶりに人間を殺すことができると思ってな」


ファントムのこの発言を耳にすると、セアレウスは眉をピクリと動かした。


「その物言い……まるで、人を殺したいように聞こえましたが……」


そして、険しい表情でファントムに問いかける。


「ククッ、そう言ったつもりだぜ」


笑みを浮かべつつ、ファントムは答えた。


「……」


そんな彼をセアレウスは睨みつける。

彼女にとって、ファントムの発言は理解し難く、許されざるものであった。

故に、セアレウスは彼に対して完全な敵意の眼差しを向けていた。


「ああ? その目はなんだ? まさか、人間を……人を殺しちゃいけませんみたいなことでも言いてぇのか? 」


「……そうは言いません。わたしも……人を殺しています」


セアレウスは答えた。

しかし、彼女の声は重々しく、はっきりとしていない。

自分も人を殺めたことがある以上、ファントムと同じところがあると考えている。

故に、ファントムを完全に否定することができなかった。

この時セアレウスは、人を殺めたことを後悔していた。

しかし、それでも、セアレウスは言いたいことがあった。


「しかし、人殺しを楽しむことは間違っています! 」


それは、人を殺害することを快楽とすることだ。

セアレウスは、人を殺めることはあれど、率先することはなく、極力避けていることである。

それがファントムとの違いであり、彼の考えを完全に否定出来る所以であった。


「ほう。人を殺すのはやむを得ないとして、それを楽しむな…‥ってか。クソ法師みてぇに偉ぶった言い方じゃあないなぁ」


ファントムは表情から笑みを消すと、僅かに目を丸くしてセアレウスを見つめる。

セアレウスに僅かな関心を持ったようであった。

しかし――


「だが、知らねぇな。何を楽しもうと俺達の勝手。他人にどうこう言われて、やめるつもりも権限もない。本人の自由ってもんだ」


セアレウスの発言がファントムに響く事はなかった。


「……そうですか。残念です」


セアレウスは、そう呟きつつ、アックスエッジを手にしたまま、地面に左手を伸ばす。


「しかしだ。世の中お前みたいな奴ばっかしで、嫌になる。人間の村一つ壊滅させた時も、すっげぇ文句言われたっけな」


「え? 」


ファントムの発言を耳にし、セアレウスは伸ばしていた左手を途中で止めてしまう。

それほど、彼の発言は彼女にとって衝撃敵なことであった。


「国……いや、そん時は集落か。皆のためにやったってのに……ひどいと思わねぇか? 」


「村を壊滅……まさか、村の人達を……」


「ああ、そうさ。俺達獣人がこの島にやってきてちょっと経った頃、俺とディメンテスで、ある村の人間共を皆殺しにしたのさ」


「……!? 」


セアレウスは絶句し、石像になったかのように全身を硬直させる。


(村を壊滅……殺人の規模が大きすぎる。彼らは、本物の殺人鬼……いえ、それ以上の凶悪……)


ファントムの言うことが真実だとして、大量殺人を行ったうえで、殺人が楽しいと言ったファントムに戦慄したのだ。


「もっと土地が増やしたいって言ったからやってやったのになぁ。一人残らずぶち殺したのがまずかったのかなぁ……? 」


ファントムが頭を捻りつつ、疑問の声を口にした瞬間――


「うわああああああ!! 」


今まで黙っていディメンテスが突然叫び声を上げた。


「なっ……!? 」


「あー……なんだ? 」


セアレウスは素早く、ファントムはゆっくりとディメンテスへ目を向ける。

すると、ディメンテスは錯乱したかのように、叫びながら大鎌をでたらめに振り回していた。


「急にどうした? ディメンテス」


「違ううううう!! うわああああ!! 」


ファントムが訊ねると、叫び声を上げつつもディメンテスは答えた。


「全員は殺してないいいいい!! 二人だ! 二人のガキを逃がしたぞおおお!! 」


「はぁ……またそれか。村の人間共の死体は全員あったっていつも言ってんだろ」


「ぐうううっ! クソッ、あの女だ!! あの女が邪魔しなきゃ、ガキも殺すことが出来た! 」


「うるせぇ!! 村の人間共は全員殺したって言ってんだろうが! 」


暴れるディメンテスに呆れていたファントムは、ついに彼を怒鳴りつけた。


(この人達によって、人間の村が壊滅……まさか、ラザートラムとベアムスレトが戦争しているのは……)


ファントムとディメンテスの発言から、セアレウスにある考えが生まれようとしていたが――


(いえ、今はそれを考えている時間はありません。この状況を脱することが先決です)


彼女は、その考えをやめて行動を再開した。

セアレウスが行っていた行動とは、左手を地面に当てること。


(今のうちに留水操で! )


地面に触れたセアレウスの左手から、拳ほどの大きさの水の塊が生み出された。

その水の塊は、ゲンセイが寝転がる方向へと向かっていく。

セアレウスは、水の塊をゲンセイにぶつけるつもりである。

彼女は、ゲンセイにこの状況を気づかせることが目的であった。

地面を這うように水の塊を操作しつつ、セアレウスはファントムとディメンテスへ注意を向ける。


「だから、違うってええええ!! 全滅じゃあないんだよおおおお!! 」


「うるっせぇっていってんだろうが! こいつらを殺る前にお前を殺してやろうか! 」


「うっ……ほ、本当のことなのにぃ……」


二人は喧嘩しているようで、セアレウスの操る水の塊に気づいていないようであった。


(よし。一時はどうなるかと思いましたが、これで少しは――)


ゲンセイに水の塊をぶつけることで、彼女はこの状況に気づいてくれる。

そう思い込み、セアレウスは、もうすぐそれが実現できると安堵していた。

あと数十センチメートルで、水の塊がゲンセイに届くまでに至った瞬間――


パシャ……


セアレウスの操っていた水の塊が始めた。


「え……そんな! 」


一瞬、何が起きたか分からず放心したセアレウスだが、すぐに何が起きたか理解した。

何故なら、水の塊が始める前にあった位置の地面に一本の短剣が突き刺さっているのだ。

そのナイフは、ファントムが手にしていたものであり、彼の投擲した短剣によって水の塊は弾け飛んでしまったのだ。

そう理解したセアレウスは、慌ててファントムへ視線を移す。


「ああ? まだ何か言いてぇことがあんのか? 」


「……もういいよ」


二人は、まだ喧嘩をしているようであった。

さらに言えば、短剣を投擲したはずのファントムは、セアレウスを見ていなかった。


(そ、そんな、それでわたしの留水操に気づいたと言うのですか!? )


この時、セアレウスは実感した。

この二人、特にファントムは自分より上の存在であると。


「けっ! しばらくは、もうその話はすんじゃねぇぞ。さて……」


ディメンテスからセアレウスへ視線を移すと、ファントムは――


「そこに落とした俺の武器……拾ってくんねぇか? 」


と、平然と言ったのであった。

セアレウスは、ファントムから短剣へ視線を戻すと、それから口を開くことはできなかった。

ただ、左右の手に持つアックスエッジを握り締めるだけしか、今はできなかった。

彼女達の周辺は、これから戦闘が始まろうとしているにも関わらず、シンと静まり返った。

否、この静まり返った時間は、セアレウスにとっては不思議なことではないかも知れない。

何故なら、これから行われる戦いは、彼女にとって苛烈なもの。

激戦という名の嵐の前の静けさであると言われれば、納得できそうなものである。

セアレウスは、顔を俯かせ――


(自分より強い人が二人……さらに、ゲンセイさんをほぼ人質に取られている。詰み……と言える状況ですね……)


と、心の中で呟いた。

今のセアレウスに、状況を打開する術は無い。

まさに、打つ手の無い状況である。


(さて、どうすれば切り抜けられるのでしょうか? )


しかし、セアレウスは諦めていなかった。

顔を伏せたのは、それをファントムやディメンテスに悟られないようにするためだろうか。

それは定かではないが、セアレウスがこの状況に絶望していると、二人は思っているのだろう。

そうでなければ、とっくにゲンセイは殺されている。


(……ふふっ)


腰を下ろしたまま顔を伏せるセアレウスは、ピクリとも体を動かすことなく、心の中で笑みを零した。


(そうでした。今のこの状況、わたしの方が有利かもしれませんね)


それは、彼女が何かに気づいたからであった。

それを知るのは、まだセアレウス本人だけで、この静けさが続く間は、彼女しか知らない。

自分達が有利であると余裕な姿勢でセアレウスを見るファントム。

気持ちを切り替え、セアレウスへ獰猛な笑みを向けるディメンテス。

自分の周りの状況に未だに気づかず、寝転んだままのゲンセイ。

そして、状況を打開するために考えを巡らすセアレウス。

同じ空間にいるにも関わらず、誰もが違う時間を過ごしていると言える。

ただ全員が共有していることといえば、サラサラと流れるセーム川の水の音だろうか。





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