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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
303/355

三百二話 ファントム&ディメンテス

 

 「うーん……」


そう唸りつつ、セアレウスは手で眉間を押さえる。

その仕草から、考え事をしているのだが――


「何をしている? さっさと先を進むぞ」


ゲンセイは、そんなセアレウスに構うことなく、森林の奥へ進もうとする。


「ちょっと待ってください。わたしは、まだあなたの提案に賛成していませんよ」


「何か不満なところでもあるのか? 」


セアレウスに呼び止められ、ゲンセイは振り返った。


「不満……ですか……」


セアレウスは、改めてゲンセイの発言を思い返す。

ゲンセイの発言とは、これからベアムスレトの長を倒しに行くということだ。

長を倒すことで戦争を早期に終わらせることが、ゲンセイの思惑だ。


(確かに。代表の人が倒れされれば、残った人達は降伏する可能性があるでしょう)


セアレウスは、ゲンセイの思惑に否定的ではなかった。

しかし――


(でも……これからの行くのは敵の陣地のど真ん中。効果的とはいえ、実現は難しい。それを承知でいっているのでしょうか? )


実現は困難であると予想し、実行することに賛成ではなかった。


「危険すぎます。わたしは反対です」


「危険なのは承知の上だ」


「戦争が早く終わる可能性が高いのは分かります。しかし、この少人数で、敵の陣地のど真ん中に行くなんて無茶です」


「だから、承知の上だと言っている。二度も言わせるな」


「……キキョウさんは、納得するのですか? 」


「なに? 」


ゲンセイは片眉を吊り上げた。

セアレウスの発言は、彼女の機嫌を僅かに損なうものであったようだ。


「キキョウ様が納得するかだと? もちろん、納得するに決まっている」


「そう言い切れる根拠は? 」


「知れたこと。真にキキョウ様と同じ思考を持つのは貴様ではなく、私だということだ」


そう言ったゲンセイの口元は僅かに吊り上がっていた。

自信に満ちた表情を彼女はしていた。


「あなたの言葉は、キキョウの言葉。つまり、キキョウさんの納得が行く行動なのですね? 」


「そうだ」


「……分かりました。これからは、そう受け取り、あなたに従います」


セアレウスは、ゲンセイの思惑に乗ることにした。

つまり、ゲンセイの言葉を信じることにしたのだ。

しかし――


「ただし、ちゃんと意見は言わせてもらいますよ」


従うと口にしたセアレウスだが、完全にその気ではないようであった。


「従うと言っておきながら……まぁ、いいだろう。それで、これから進むのに意見とやらはあるのか? 」


「ありません。無茶を承知であなたについていきます」


「なら、さっさと行くぞ」


こうして、ゲンセイとセアレウスは、森林の奥へ進むことにした。

ベアムスレトの長の元へ向かうために。








 森林を奥に進めば進むほど、草木は鬱蒼としていく。

進む先を阻む木々で視界が悪いが、先導するゲンセイが木の位置を気配で感知できるため、特に問題ではない。

問題なのは、足元であった。

地面には、飛び出した木々の根で埋め尽くされている。

足を取られやすいのはもちろんだが、それだけではなく、飛び出した根の中には足を上げるだけでは乗り越えられないほど大きなものがあり、それを乗り越える度に体力を大幅に消費されてしまう。

悪路であると言えよう。


「はぁ……はぁ……」


そんな悪路の影響は、ゲンセイを大いに苦しめていた。


「あの……少し休憩しますか? 」


ゲンセイの後ろを歩くセアレウスが声を掛けた。

前方で息を荒くするゲンセイがあまりにも辛そうなので、休憩を提案せざるを得なかった。


「いや……まだ必要ない。全然……平気…だ……」


ゲンセイは、セアレウスの提案を断った。

彼女の言葉は途切れ途切れで、まともに喋れているとは言えない。

言葉とは裏腹に、平気ではなかった。


「そう……ですか。あまり無理はしないようにしましょうね」


セアレウスが苦笑いを浮かべながら言った。

我慢をしているのは、後ろ姿を見ても一目瞭然なのだ。


「しかし、魔物に襲われる心配はないですので、ペースくらいは落としてもいいのでは? 」


故に、セアレウスはそう提案した。

今、二人は前と後ろに並び、ある物を被って歩いている。

ある物とは、フード付きのマントであった。

それは、二人が追っていた裏切り者の手先の男が身につけていたものである。

このマントに魔物避けの加護があるのだと、ゲンセイが推測し、死体から拝借して、二人で被っているのだ。

ゲンセイの推測は的中したようで、マントを被ってから二人は魔物に襲われていない。

その代わりに、マントを取られた男の死体は、今頃魔物のエサとなっているのだろう。


「いや、ペースも……今のままでいい。それより、もうじき開けた場所に出るぞ」


「開けた場所……って、川が近くにあるみたいですね」


セアレウスの鼻がひくひくと動く。


「ほう、水の気配を感じることができるのか。流石は海の化物と言ったところか」


「はい……って、海の……なんですって? 」


「海の化物…‥いや、魔物か。貴様、人間では……無いだろう」


「……!! ああ……気配で分かるのですね」


一瞬だけセアレウスは驚いたが、すぐにゲンセイが気配で判別したのだと納得した。


「その通りと言いたいですが残念。ちょっと違います」


「はっ! 人間……だと言い張るつもりか? 」


「いえ。半分正解と言えば分かりますか? 」


「はぁ? 半分正解? 」


そう言った後、ゲンセイはしばらくの間口を閉ざした。


「ゲンセイさん? 」


何事かとセアレウスが声を掛けたが反応しない。

しっかり歩いていることから、具合が悪くなったということはなく――


「魔物以外の気配……あるような……ないような……」


実際は、セアレウスの気配を探っていた。


「……分からん」


その結果、ゲンセイではセアレウスのもう一方の気配――妖精の気配を探ることは出来ないようであった。


「そうですか! 知りたいですか? 教えてあげますよ? 」


得意げにセアレウスは言った。

そのセアレウスの態度は、ゲンセイを大いにイラつかせたようで――


「要らん、どうでもいい。死ね」


彼女の口から辛辣な言葉が吐き出された。


「がーん! 死ねはいいすぎじゃないですか? 」


「そんなことより、さっき言っていた開けた場所に出る。そこで休憩だ」


「……分かりました」


セアレウスは、素直にゲンセイに従った。

これ以上言うと、本気で怒らせると察したのだ。









 その後、セアレウスとゲンセイは、鬱蒼とする木々の中を抜け、広い場所に出た。

そこは、木々が生えておらず、見上げれば星空を拝めることができる。

地面には、木の根は飛び出しておらず、芝草が一面を覆っていた。


「やはり、川がありましたね」


遠くの方に視線を向けるセアレウスが呟いた。

この広い場所には川がある。

その川は、この開けた場所を二分するように流れており、川幅はおよそ三百メートルほどの広さであった。


「恐らく、セーム川だな」


「セーム川……もしかしてセームルースから流れてきている川なのですか? 」


隣に立つゲンセイの呟きを聞き、セアレウスはそう訊ねた。


「ああ、セームルースの北東にあるセーム山から流れてきている」


ゲンセイは、そう答えると芝草の上に腰を下ろした。


「先を進むには、この川を越えなければならんが、その前に休憩だ。ふぅ……」


「そうですね……しかし……」


セアレウスは腰を下ろすと空を見上げ――


「もうすぐ夜が明けますね」


と呟いた。

彼女が見上げた空は、まだ星は見えているものの、ほんのりと明るくなりつつあった。


「そうだな。もう数時間経てば、本陣が進軍を開始する。順調だな」


「そちらは、キキョウさんがうまくやってくれるはずですね。私達は私達で頑張りましょう」


「……言われるまでもない」


ゲンセイはそう答えた後、セアレウスに背を向けた形で、芝草の上に寝転んだ。


「ふわぁ……」


セアレウスは欠伸をした。

寝転ぶゲンセイの姿は、彼女の眠気を誘ったのだろう。


(眠くなってきました……今日……いえ、もう昨日になりますか。一睡もしていないから、流石に眠いです)


眠くなったセアレウスも、芝草の上に寝転んだ。


(そういえば、部隊を抜けてだいぶ時間が経ちますね。ずっと隊長がいないのは、変ですよね。大丈夫でしょうか……? )


寝転ぶセアレウスは、そんなことを考えつつ、瞼を閉じていく。

一息ついたことで、他のことに頭を回せるほど、心にゆとりが出来たのだろう。

しかし、心のゆとりはすぐに消え去ることになる。


「……!? 」


瞼を閉じようとしていたセアレウスだが、その目を大きく見開いた。

彼女の顔は、川を挟んだ向こう側の木々に向けられており、視界の中で何かが動いた気がしたのだ。

得体の知れない存在が近くにいる可能性に、セアレウスの眠気は一気に吹き飛んだのだ。


「今、何かが……!? 」


慌てて、体を起こそうとしたセアレウスだが、そこまでであった。

上体を起こした体勢で、セアレウスの体の動きが止まったのだ。

何故、体の動きを止めたかというと――


(今のは……見間違い…ですか? )


ゲンセイが寝転んだままだからだ。

つまり、ゲンセイが何者かの接近を感知していないということ。

自分達に接近する何者かは存在しないことになる。


「そんな……でも見間違いじゃ……」


セアレウスはゆっくりと体を起こし、地面にしゃがんだ体勢となる。

そして、腰から二丁のアックスエッジを取り、それぞれ左右の手に持った。

セアレウスの視界の中で動いた何かは気のせいである可能性は高い。

彼女自身、そうではないかと思っている。

しかし――


(ゲンセイさんが何の動きもしない……ということは、わたしの見間違いの可能性が高い。でも、何故だが何かがいる気がします)


見間違いと思いつつも、そうではないという僅かな可能性をセアレウスは捨てきれなかった。


「ゲンセイさん、近くに何かがいる気配を感じませんか? 」


後方で寝転ぶゲンセイに、セアレウスは訊ねた。

しかし、声が返ってくることはなかった。


(返事が無い……まさか、寝ているのですか? )


そう思い――


「ゲンセイさん」


呼びかけながら、セアレウスが振り向くと――


「おいおい、まさかとは思ったが気づくのかよ」


自分とゲンセイの間に、白い頭髪の獣人の男がいた。

その男は、白い装束を身につけており、全体的に白い色をしていた。

彼はセアレウスに背を向けて腰を下ろしており、片腕を振り上げている。

その振り上げた片腕の先には、僅かな光を反射して輝く一本のナイフがあり、その刃はゲンセイに向いていた。


「ゲンセイさん! 危ない! 」


ゲンセイを守るため、セアレウスは白い獣人の男に向けて左手のアックスエッジを振り下ろした。


「おせぇよっと! 」


アックスエッジの刃が迫る寸前、白い獣人の男は後ろに蹴りを放った。


「かはっ!! 」


後方を確認せず放たれた蹴りは、セアレウスの腹に命中し、彼女を大きく突き飛ばす。

セアレウスのアックスエッジが白い獣人の男に叩き込まれることはなかった。


「ぐううっ……よくも! 」


五メートルほど飛んだところで、セアレウスは着地し、左手を白い獣人の男に向けてつき出す。

セアレウスはウォーターブラストを放とうとしていた。


「おっと、魔法が使えるのか。ま、よく狙えよ」


白い獣人の男は、立ち上がっただけでその場を離れなかった。

魔法が放たれると察しているにも関わらず、白い獣人の男は動かないのだ。

魔法が放たれたとしても防御又は回避する自信が彼にはあるようであった。


「わたしの魔法は、必ずあなたに当たります! 」


セアレウスは、自分が放つ魔法をイメージしつつ、そう叫んだ。

彼女が放とうとする魔法は、ウォーターブラストだが、従来のものではない。

ディフィア砦奪還時に、敵の総隊長を仕留めたときの鋭い水の弾丸をイメージしていた。

故に、放つことに成功すれば、確実と言えるほど白い獣人の男に命中するだろう。


「おおっ、怖っ。けど、撃てるかなぁ? 」


「……? なんですって? 」


セアレウスが白い獣人の男の言葉に疑問を持った瞬間――


「なっ!? 」


彼女は驚愕した。

異変を感じ、頭上を見上げると、そこにもう一人の獣人がいるのだ。

その獣人も男性のようで、頭髪も身につけている装束も黒い。

そして、一番目が引くのは、彼の持っている武器である。

黒い獣人の男は、自信の身の丈ほどの大きな鎌を両手で持っていた。

その大鎌は今、セアレウスの頭目掛けて振り下ろされようとしている。


「あ、危ない! 」


セアレウスはウォーターブラストを放つことを諦め、横に思いっきり跳躍した。

そうすることで、間一髪で黒い獣人の男の大鎌を躱すことができ、振り下ろされた大鎌の刃の先が地面に突き刺さった。


「……」


黒い獣人の男は、無言で大鎌を引き抜いた後――


「チクショオオオオ!! あともうちょいとだったああああ!! 」


よほど悔しかったのか地団駄を踏みながら、叫びだした。


「獣人……ベアムスレトの兵が二人? どうして、ゲンセイさんは気付かなかったのですか」


セアレウスは黒い獣人と白い獣人を交互に見た後、ゲンセイに目を向けた。


「え……」


すると、セアレウスは唖然とし、言葉を失った。

ゲンセイが寝転んだまま、動いていないのだ。


「ゲンセイさん! 起きてください! 寝てる場合じゃ――」


「無駄無駄。この人間くせぇガキは起きないぜー」


セアレウスの呼びかけにゲンセイではなく、白い獣人の男が答えた。


「……! まさか……」


「いやいや、まだ殺っちゃいねーよ」


「でも、起きなあああい! 何ででしょおおおお!? 」


白い獣人の男が答えた後、黒い獣人の男が口を出してきた。

白い獣人の男はセアレウスの前方、黒い獣人の男は後方にそれぞれ立っている。


「一体何が……あなた達は一体……」


前後へ交互に顔を振りながら、セアレウスは呟いた。


「そういうお前は、変な匂いがするが、人間だな。この黒いガキも人間くせぇし間違いない。お前等、ラザートラムの兵だろ? よく見たら服がラザートラムのもんだしなぁ。しかし……」


白い獣人の男は、そう言った後。


「よく、ここへ攻めてくれたなぁ、歓迎するぜ。俺の名は、ファントム」


「おれはああああ!! ディメンテス! 」


順に名乗った。

白い獣人の男がファントムで、黒い獣人の男がディメンテスのようである。


「「俺達兄弟ファントム&ディメンテス」」


二人は声を合わせてそう言った後――


「お前達からしたら、俺達にあったことはアンラッキーということで」


「これから、悪夢を見てもらうぜええええ!! 」


と、それぞれ武器を構えた。


「……や、やはり、無茶でしたか……」


順調に進んでいたはずが、あっという間もなく窮地に陥ったセアレウスとゲンセイ。

しかし、ゲンセイは寝転んだまま動かない。

実質二対一である困難な今の状況に、セアレウスはそう呟かざるを得なかった。




2017年7月3日 誤字修正

ベアムレト → ベアムスレト

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