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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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二百九十九話 黒い影のゲンセイ

 セアレウスが指揮官に任命されてから数日後。

ようやく彼女に指揮官としての任務を命じらていた。

その内容は、ニグラーシャ森林地帯付近の見張りである。

ニグラーシャ森林地帯は、ラサートラムの北東からベアムスレト中南部に広がる森林地帯のこと。

森林の中には元からそこに住む魔物の他、大平原から追い出された魔物も潜んでいると言われている。

ラザートラムの者は、まず足を踏み入れることのない場所だ。

セアレウスが見張りを任されたのは、ラザートラムから北東に出たニグラーシャ森林地帯の手前だ。

何故、そんな場所を見張るのかといえば、ベアムスレトの兵の侵入の監視、及び撃破である。

ベアムスレトの兵は、皆獣人であり、草木の生い茂る森林の中でも問題なく進むことができる。

人間よりも嗅覚や聴覚等の能力が発達しているため、視界の悪い中でも平気なのだ。

種族の能力差によって、ニグラーシャ森林地帯は、ベアムスレト専用の侵攻経路だと言え、ラザートラムにとっては守備を固めるべき場所だろう。

現に、ラザートラムは、ニグラーシャ森林地帯を通ってきたベアムスレトの部隊に奇襲に遭ったことがあった。

その時は、キキョウの策によって撃退できたため、大した被害を負うことはなかった。

それ以降、奇襲を阻止されるのを警戒してか、ベアムスレトがニグラーシャ森林地帯から奇襲してくることはなかった。

ここにきて、ニグラーシャ森林地帯付近に見張りを立てることになったのは、ラザートラム側に余裕が出てきたからである。

さらには、ディフィア砦を奪還したことにより、状況が大きく変わったからだろう。

控えめに言っても、ベアムスレトは追い詰められ始めてきている。

一発逆転を狙って、ニグラーシャ森林地帯を通ってくる可能性は、充分考えられるのだ。

そうした思惑があり、セアレウスは部下を引き連れて、目的地となるニグラーシャ森林地帯の手前に来ていた。


「全隊止まれ! 」


隊の先頭を歩いていたセアレウスが号令を出す。

彼女の号令に従い、兵達はピタリと足を止めた。

体を振り向かせて、セアレウスは自分の隊を見回す。

兵の数は五十人ほどで皆、セアレウスと同じ一般兵の装備で、彼女より少し年上の容姿である。

セアレウスの隊に配属されたのは、新米の兵ばかりであった。


(皆さん、わたしより年上なのでしょうが、魔物とすら戦ったことはないようですね)


兵達の雰囲気から、戦いに関しての経験はないのだと判断した。

しかし、隊に配属されたのは、新米の兵だけではない。

若い顔に混じって、僅かに年季の入った兵が二人いた。

セアレウスも指揮官になったばかりである。

そんな新米の指揮官を補助するために、ベテランの兵が副長として配属されているのだ。


「えーと……ここで部隊を分けて行動してもらいます。A部隊の皆さんは、この辺りの見回りを担当してもらいます」


「「「はっ! 」」」


A部隊に所属する兵達が一斉に返事をした。

その数は二十五名ほどである。


「残りのB部隊の皆さんは、わたしについてきてください。では、ベルラクさん。A部隊の指揮をお願いします」


「承知した。おまえ達、まずは拠点となる陣地の設営を始めるのだ」


一人のベテランの兵にA部隊の指揮を任せると、セアレウスは残りのB部隊となる兵達を連れて移動した。

A部隊が見回りを行う範囲は、ニグラーシャ森林地帯の南西で、ベアムスレトの兵が森林からラザートラムに侵入するのを防ぐ役割を担う。

一方のB部隊はセアレウスに連れられ、北へ進んだ。

やがて、B部隊が到着した場所は、トライファス大平原の南部。

B部隊の役割は、ニグラーシャ森林地帯を通ってきたベアムスレトの兵が、大平原の部隊に奇襲を仕掛けるのを防ぐこと。

つまり、二部隊に分けて、ニグラーシャ森林地帯付近を見回るのだ。

そうすることで、A、B部隊のそれぞれの役割であるラザートラムへの直接的な襲撃と、大平原の部隊への奇襲を防ぐのだ。


「B部隊の皆さんは、ここでお願いします。では、ラグーンさん。B部隊の指揮をお願いします」


「うむ。任されよ」


A部隊の時と同じように、セアレウスはベテランの兵に指揮を任せ、この場を離れようとする。


「……あれ? セアレウス隊長はどこへいかれるのですか? 」


その姿を見た一人の新米の兵が訊ねてきた。


「わたしは……やるべきことがあります。なので、後はラグーンさんの指示に従ってください」


新米の兵に、セアレウスが答えた。


「は、はぁ……そのやるべきことってなんですか? 」


「そ、それは……」


「こらぁ! サボってないで、お前も早く作業せんか! 」


セアレウスが返答に困っていると、ベテラン兵のラグーンが怒鳴り声を上げた。


「うっひゃあ! す、すみません! 」


新米の兵は驚いて飛び上がった後、作業を行う他の新米の兵達の元へ向かった。


「まったく、これだから新米は。余計なことに気をかけおって……さ、セアレウス殿、行ってくだされ」


「は、はい。ありがとうございます」


セアレウスは、ラグーンに礼を言うと、この場を走り去っていった。

彼女の向かう先を知る者は、A、B部隊のどちらにも存在しない。

唯一知っているのは、キキョウだけだ。

実は、この見回りを行う任務は偽装のもので、本当の任務は、セアレウスとキキョウしか知らない。

セアレウスはこれから、本当の任務が始まるまで、ある場所に潜伏するつもりだ。

任務の始まりを告げる合図は、セアレウスも知らないが、これだけは言えよう。

今日行われる作戦会議が終わった後に、その合図が出されるということを。




 ――その日の夜。


セアレウスは、A部隊の見回りの範囲から西へ進んだところの茂みに隠れていた。

そこは、島の端に近い場所で、さらに西へ目を向ければ海が見える。

北の方へ目を向ければ、鬱蒼と生い茂る木々が間近で見ることができる。

数歩あるくけで、ニグラーシャ森林地帯に入ることが出来るのだ。


「夜に動くと言っていましたが、この暗闇の中で森林の中に入って大丈夫なのでしょうか? 」


セアレウスは不安な表情を浮かべる。

彼女が見る森林は、夜の中にあってさらに暗く、奥を見通すことはできない。

魔物やベアムスレトの兵と遭遇する危険もあるが、迷ってしまうことも考えられる。

今、この森林に入るべきではないことは、誰にだって分かることだ。

しかし、セアレウスは、この森林に足を踏み入れることとなる。

裏切り者の追跡のため、その先にあるキキョウの目的のためだ。


「でも、この作戦がうまくやれば、キキョウさんも喜びます……よね? がんばりましょう」


セアレウスは、キキョウのことを思い、気持ちを入れ替えることにした。

不安な気持ちはまだあるものの、セアレウスは少し和らいだ気がした。

その時――


「……!? 」


セアレウスは、自分の背後に誰かの気配を感じた。


「あ、あなたは!? 」


慌てて体を振り向かせると、自分の背後に立っていたのは、仮面を付けた黒い装束の者であった。


(こんな時に……! )


戦闘態勢に入るため、セアレウスが腰のアックスエッジに腕を伸ばそうした時――


「待て、セアレウス。私は敵ではない」


黒い装束の者が付ける仮面から、言葉が発せられた。


「……!? 敵ではない? あなたは、わたしにしたことを覚えているのですか? 」


僅かに怒気を含んだ声で、セアレウスが言葉を返した。

黒い装束と会った時、彼女は落とし穴に落とされたり、ラザートラムの城郭内への侵入を妨害されている。

彼女を敵視するのが普通であった。


「ふん、昔のことをいつまでも。ほれ」


「……!? これは……」


セアレウスは、黒い装束の者にスクロールを投げよこされた。


「キキョウ様から、貴様宛てのものだ。早く読むがいい」


「な、なんですって? 」


恐る恐る、それを広げてみると――


「こ、これは……キキョウさんの……字? 」


そこには、キキョウの字で指示が書かれていた。

指示の内容は――



セアレウスへ


これからは、このスクロールを渡した者の指示に従うこと。

彼女は私達の味方よ。


キキョウより



であった。


「彼女とは……あなたのことですか…」


セアレウスは、信じられないといった顔をする。


「……」


その後、セアレウスはスクロールから視線を外すと、黒い装束の者に目を向けた。

不審な者を見るような目で見つめてくるため――


「なんだ、その目は? まだ、私を敵だと思っているのか? 」


と、黒い装束の者は、問いかけざるを得なかった。


「……キキョウさんは、信じることができます。でも、あなたを信じることができません。あなたは、一体何者ですか? 」


セアレウスが黒い装束の者を信じられないのは、彼女が得体の知れない人物だから。

いくらキキョウの指示でも、そんな人物のことを信じること、すなわち、命を預けるようなことは出来ないのだ。


「……はっ! 面倒くさい奴だ。いちいち自己紹介をせねばならんのか」


黒い装束の者はそう言うと、顔につけていた仮面を外した。

すると、黒い装束の者の顔が顕になる。

黒い装束の者は、以前セアレウスが見た通り、少女の顔であった。

整った顔立ちで、黒い目は鋭い。

髪は目と同じ黒い色で、前髪は綺麗に同じ長さに統一されている。

顔の左右に垂れる横髪は長く、左右それぞれに筒状の布の装飾が付けられている。

後ろ髪は長く下へと垂れ下がっており、恐らく途中で一つにまとめられているのだろう。


(改めて見れば、綺麗な娘ですね……)


顕になった黒い装束の者の顔をしっかりと見たセアレウス。

彼女は、素直に黒い装束の者を綺麗だと思っていた。


「私の名はゲンセイ。ラザートラムには属していないが、キキョウさまの部下だ。信用するに値する」


黒い装束の者――ゲンセイは、僅かに屈むと自分の右足に右手を伸ばした。

彼女の右太もものあたりには、革で造られた長方形のホルダーがある。

ゲンセイは、そこから一枚の紙切れを取り出し、セアレウスに見せた。


「これは……もしかして、それは魔札という道具ですか? 」


「そうだ。貴様は、ブリスでこの道具の存在を聞いていたのだな。もちろん、これは本物だ」


ゲンセイはそう言うと、魔札を持った右手を横に突き出した。

すると、魔札は光だし、彼女の右手の先に白い塊が生まれた。

その白い塊は、真っ直ぐ飛んでいき、地面に落下した。


「……! 雪……ひょっとして、今のはキキョウさんの雪砲!? 」


白い塊は地面に落下すると、雪溜りとなった。

その様子を見て、セアレウスは魔札によって行使された魔法が雪砲であると判断した。


「ほう、雪砲を知っていたか。なんにせよ、私は、キキョウさまから魔札を授かっている。これで私がキキョウさまの関係者であることは理解できただろう? 」


「……はい」


キキョウの魔法、それを行使できる道具を見せられては、セアレウスはゲンセイを信じるしかなかった。


「はっ! ようやくか。手間をかけさせおって」


ゲンセイは森林へと足を進める。


「もう裏切り者の手先は動いている。とっくに任務は始まっているのだ。時間が惜しい、急ぐぞ」


「待ってください」


「なんだ? 」


セアレウスに呼び止められ、ゲンセイは顔を振り向かせる。


「あなたに関して、まだ分からないことがあります」


「ふん! 今は聞いている暇は無い……と、言いたいところだが良いだろう。言ってみろ」


「……何故、私の邪魔をするようなことをしてきたのですか? あなたがキキョウさんの部下というのなら、あんなことをする必要はないはずです」


「……クククッ、あの時の事かぁ」


セアレウスの問いかけに、ゲンセイは意地の悪い笑みを浮かべた。


「なに、大したことではない。調子に乗っているであろう貴様に(きゅう)を据えたまでのこと」


「わたしが調子に乗っている? そんなこと――」


「あるだろうよ。貴様はおくびにも出さないが、心の奥底では大いに浮かれているのだろう? 私には分かるぞ」


ニヤニヤと意地の悪い笑みをし続けるゲンセイだが、その声音には僅かに怒気が含まれていた。


「なっ……!? なんで、そんなことを言うのですか!? 」


思わず、セアレウスは声を張り上げた。

ゲンセイの言い方が、セアレウスの(かん)に障ったのだ。


「貴様が聞いてきたからだろう……ちっ、喋りすぎたか。まだ、言いたいことが互いにあるだろうが、今は忘れろ。任務を遂行するのだ」


ゲンセイは、そう言うと顔を正面に向け、再び森林に向けて歩き始めた。


「……」


セアレウスは、しばし立ち尽くした後、ゲンセイに続いて森林へと歩き出した。

その彼女の足取りは、どこか重く見える。

セアレウスは、ゲンセイを信じることにしたが、好きにはなれなかった。







 暗闇の森林の中をゲンセイとセアレウスは進んでいく。

森林の中は暗い上に、木々という障害物がいくつもあり、地面には背の高い草が生い茂っている。

行く先を見通すことはできず、人が歩くには困難で、すんなりと進むことは出来ない場所だ。

追跡する裏切り者の手先となる人物さえ、視界に捉えていない。

そんな状況でも、セアレウスの前を歩くゲンセイは迷うことなく、森林の中を進みる続けていた。

人間であるゲンセイでは考えにくいが、彼女には何らかの能力があり、それを頼りに進んでいることが推測できる。


「あの……よく迷いなく進むことができますね」


セアレウスは、推測のままに終わらせることができず、ゲンセイに訊ねてみた。


「……私には、特別な能力がある」


すると、ゲンセイは答えくれるようであった。


「気配を感じることができる……という曖昧な能力だがな。ちゃんとしたものだ。この先にいる手先の者、木々の位置を気配で分かっている。故に、こうして進んでいるのだ。疑問は解消したか? 」


「はい。ありがとうございます」


「とはいえ、足元が不自由だ。無様に転ぶのは勝手だが……」


ゲンセイは、言葉の途中で口を閉ざすと、足を止めた。


「……?」


セアレウスは、首を傾げてゲンセイの背中を見つめる。


「……先ほど、言い忘れたことがある。まぁ、想像するに容易いことだがな」


「それは、なんですか? 」


「魔物の気配も感じることができるということだ。準備しろ、セアレウス。ここで仕留めておくぞ」


ゲンセイは、そう言うと、背中に背負っていた鞘から刀を抜いた。


「……! 魔物の数、位置はどこですか!? 」


セアレウスも左右の手にアックスエッジを持ち、辺りを見回す。

当然、セアレウスには何も見えなかった。


「数は……ざっと二十体といったところか。位置は……直に囲まれるだろう」


ゆっくりとゲンセイが答えた。

セアレウスには見えないが、ゲンセイは目を(つむ)っていた。


「……そうですか。どういう魔物かは分かりますか? 」


「小柄で四肢をよく動かして、木の上を移動しているようだ。恐らく、猿型の魔物だろう」


「分かりました。機動力では勝ち目は無いようですね。なら、迎え撃つとしましょう」


セアレウスは体を後ろに向け、ゲンセイと背中合わせに立つ。


「異論はない。だが、魔法の使用……派手な戦い方はやめておけ。手先に感づかれる可能性がある。来るぞ! 」


「……! 」


二人は、襲いかかる魔物を迎え撃つため、それぞれの武器を構えた。




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