二十九話 炸裂!! 張縄伸斧擊
イアンは、フィーピル遺跡の石畳の上を走っていた。
ドン!
イアンが踏んだ後の石畳に、降下してきたガーゴイルの鉤爪が炸裂した。
「グギャアアアア!」
ガーゴイルが恨めしそうに、イアンに向かって吠える。
イアンは、ホルダーの二番目のスロットから予備の戦斧を抜くと、ガーゴイルに向けて無造作に投げつけた。
ガン!
戦斧は、ガーゴイルに当たったが、傷一つ付いていない。
それを確認したイアンは、ホルダーの一番目のスロットの戦斧を抜くと、ガーゴイルに向かって跳躍し、戦斧を振りかぶる。
ガーゴイルは、羽ばたいて空に舞い上がり、イアンの攻撃を回避した。
「体が硬いくせに、空へ逃げるか…」
イアンは、振り下ろした斧をホルダーに戻すと、再び走り出した。
走るイアンは、空からガーゴイルが追ってくるのを確認し、崩れかけた石柱に向かう。
ガーゴイルは、急激に接近し、イアンを石柱に叩きつけようと鉤爪を突き出す。
「グギャ!? 」
ドォォォン!!
しかし、目の前にいたはずのイアンが消え、ガーゴイルは石柱に激突した。
ガーゴイルの後方で、崩れ落ちる石柱をイアンは眺めていた。
イアンは、石柱を鉤爪に挟まれる瞬間、石柱に駆け上がるように足で登った後、体を後ろに反りながら跳躍したのだ。
結果、イアンはガーゴイルの後ろへ回り込み、ガーゴイルは石柱に激突したのだ。
ドン!!
「グギャアアアアアアア!!! 」
ガーゴイルが、石柱の瓦礫を吹き飛ばし、怒りの咆哮を上げた。
そして、空へと舞い上がり、遠くで急降下、低空飛行でイアンに向かってきた。
「今だ! 」
ガーゴイルとの距離が、二メートルくらいになったところで、イアンは、ホルダーの三番目のスロットから斧を抜くと、ガーゴイル目掛けて投擲した。
「ギャア! 」
しかし、ガーゴイルが身を僅かに逸らしたため、躱されてしまう。
斧は、真っ直ぐ飛んでいった。
ガーゴイルは、イアンに接近し、鉤爪を振り下ろす。
イアンは跳躍し、ガーゴイルを飛び越えて鉤爪を躱した。
ガーゴイルは、再び空へ舞い上がって旋回し、イアンの方へ体を向けた瞬間――
「グギャ!? 」
バキッ!!
斧が眼前に迫っており、その斧がひるんだガーゴイルの肩口を、粉々にしながら突き刺る。
「グギャアアアアア!! 」
ガーゴイルは、肩口を粉々にされ、悲鳴をあげながら落下した。
刺さった斧を見ると、柄の先にロープが括りつけてある。
そのロープの先で、イアンが両手でロープを持っていた。
「よし、これは使えるな」
イアンは、満足げに呟いた。
腰のベルトには、斧から伸びたロープが括りつけてあり、余った分のロープが束ねてあった。
イアンが編み出した飛翔性魔物の対策は、斧にロープを括りつけ、ロープによって伸ばされた斧を、振り下ろすというものであった。
斧やハンマーといった武器は、大きくなればなるほど強くなる。
その理由は、先端に掛かる重量の増加が一番の要因だが、柄の長さが長くなるのも要因の一つである。
イアンが注目したのは柄の長さであり、届かなければ伸ばしてしまおうと考えた。
こうしてイアンは、ロープを柄と置き換え、空にも届く長大な攻撃範囲と、その長さによって生まれた強大な威力を得て、飛翔性魔物を克服したのだ。
そして、この攻撃は、イアンが現状繰り出せる技の中で、最強の威力を誇るだろう。
「そのまま、地面に叩きつけてやろう」
イアンは、さらにロープの先端にある斧に重量が掛かるよう、ロープを動かした。
しかし、ガーゴイルが地面に叩きつけられることはなかった。
「う…お!? 」
イアンがロープに引っ張られ、上空へと投げ出された。
ガーゴイルが、ロープを引っ張ったのだ。
「死に際の癖に、よくも…」
落下しながら、イアンが呻く。
ガーゴイルは、イアンが助からないことを確信し、背を向けて肩口に刺さっている斧を外そうと手を伸ばした。
「グギャ!? 」
瞬間、ガーゴイルは急激に引っ張られ、体に掛かる重力により身動きがとれなくなったまま、空へと引きずり出された。
「お返しだ。受け取れ」
バンッ!!
ガーゴイルの背中に、イアンの戦斧が炸裂し、上半身を木っ端微塵に粉砕した。
イアンが、ロープを引っ張り上げ、ガーゴイルを自分の元へ引き寄せたのだ。
戦斧をホルダーに戻し、ガーゴイルに刺さっていた斧を右手に戻す。
下を見ると、ガーゴイルの下半身が落下していき――
ドン!
石畳に叩きつけられ粉々になった。
イアンも、もうじきああなってしまうだろう。
だがその時、イアンは打開策を思いついた。
「店で、一番長いロープを買っておいて良かった」
イアンは、斧を遺跡の入口上部目掛けて、斧を放った。
斧は真っ直ぐ飛んでいき、遺跡の壁面へ深々と突き刺る。
ロープを手繰り寄せ、自分が落下する位置を調整する。
そして、地面との距離が数メートルになったところで、イアンは振り子のような軌道を描いて遺跡の方へ振れた。
イアンと斧の間に伸びたロープが、石柱で作られた門に乗っかり、そこを支点にし、落下の勢いを振り子のような運動に変えて、地面への激突を防いだのだが――
バツン!
「あ…」
ロープが荷重に耐え切れず、支点である門の角でロープが切れた。
振り子の運動を保った状態だったので、イアンは投げ出され、遺跡の中に入っていった。
遺跡の奥で、ベティはイアンが来るのを待っていた。
イアンと別れてから時間が経ち、不安も大きくなっていく。
「イアンくん……ん!? 」
通路の奥、遺跡の入口の方から何かがぶつかる音が聞こえた。その音は、どんどんベティに近づいて来る。
ガン! ドン! バキッ! ドカ! ドッ! ズザザサー
音の正体は、イアンだった。
イアンは、壁に激突しながら通路を進み、最後に地面を滑りながら、ベティのいる遺跡の奥に辿り着いた。
「えっ…イ、イアンくん!? 大丈夫、ガーゴイルにやられたの!? 」
ベティは、うつ伏せに倒れるイアンに駆け寄る。
すると、イアンは辛うじて右手を上げる。
「か…改善の余地…あ……り…」
そう言うと、イアンの右手はパタリ倒れた。
「イアンくん、これで依頼達成だよ」
「最後に世話をかけた。申し訳ない…」
イアンとベティはカジアルの冒険者ギルド、その待ち合い室の一室にいた。
あの後、意識を失ったイアンを担いだベティは、遺跡を脱出し、そのままカジアルまで運んだのだ。
「いいよ! イアンくんの寝顔の見れたうえに、抱きしめれたからね! ぐへへ」
「よし、依頼も終わったことだし帰るか」
「待ってええええ! こんな雑な別れ方は嫌だああああ! 」
「じゃあ、ふざけなければ良かろうが…」
イアンが、すがり付くベティを見下ろしながら言った。
ひと呼吸置いて、ベティは学者の顔になる。
「あなたを護衛に選んで正解でした。窮地に陥ったあの状況で、あなたは勇敢に戦い、私を救ってくださったことを感謝します」
「……」
「あなたは強い冒険者です。ランクのことで自分を卑下することなく、これからも頑張ってください。あなたの活躍を祈っています」
ベティは、微笑みを浮かべていた。
しかし、徐々にその表情は崩れていき――
「あーん! イアンくん、寂しいよー! 」
ものすごい速さでイアンを抱きしめてきた。
「落ち着け、今生の別れでもあるまいし…」
抱きしめられながらイアンはそう言うが、今生の別れでもいいかと心の中で、少し思うのだった。
サブタイトル変更― 張縄伸斧擊 → 炸裂!! 張縄伸斧擊
9月19日―誤字修正――祈っています。 → 祈っています」




