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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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二百九十八話 キキョウの秘密の修行

 訓練場にて、セアレウスがイグザラットと模擬戦を行った後。

日が暮れるまで、セアレウスは、木剣を用いて素振りを続けていた。

本来彼女が使う武器はアックスエッジというもので、剣の部類には入らない。

それでも、両腕に武器を持って戦うという点では、木剣での素振りは無駄ではないだろう。

ほぼ半日の間、木剣を振るっていたセアレウスだが、彼女の気持ちが晴れやかなものになることはなかった。

少しは武器の扱いの上達を感じたものの、満足する域に達しなかったから。

現状、武術のみで、イグザラットを倒すまでにすら至らなかったのだ。

しかし、それは当たり前の事だと言えよう。

一日やそこら修行したところで、急激に強くなるわけがない。

今日、セアレウスが特に修行した武術もそうだが、何事も一朝一夕ではないのだ。

満足な気持ちになってないセアレウスも、そのことを充分理解している。

だからこそ、セアレウスはこれからも挫折することなく、自分の力を磨き続けていけるだろう。

セアレウスの性格は真面目で、愚直に何かを続けることは、彼女にとって普通の事なのだから。




 ――夜、空に月が輝き、辺りが暗闇に包まれた頃。


訓練場を出て給食舎で夕食を済ませた後、セアレウスは、第二城郭にあるキキョウの家に向かった。

何をしに行くのかと言えば、特に理由は無い。

単に、会いにいくだけ、或いは、雑談でもしようと思ったのだ。


「キキョウさん、こんばんわーっ! 」


玄関のドアを叩きつつ、セアレウスがキキョウを呼ぶ。

しばらく、ドアからキキョウが顔を覗かせるのを待つが、一向にドアが開かれる気配はなかった。

何事かと首を傾げつつ、セアレウスがドアに手をかけると鍵が掛かっていた。


「あれ、留守……ですか。うーん……作戦会議が控えている今、大平原には行かないはず。なら、城郭のどこかに行っているのですか……」


今の状況からして、セアレウスはそう考えた。

何にせよ、キキョウは留守なのであった。

もうこの場に留まる理由はない。

セアレウスは、キキョウに会うことを諦めて、兵舎に帰ることにした。

その途中、セアレウスは訓練場の横を通った。

夜には訓練場は閉まっており、誰も利用していないため、しんと静まり返っている。

今日も、夜の訓練場は静かであった。


「……ん? 」


ふと、セアレウスは歩く足を止めた。

彼女が止まった所は、ちょうど訓練場の前である。

何故、足を止めたかと言えば――


「今、訓練場の方から音が聞こえたような……」


セアレウスの耳に、微かな音が聞こえたからだ。

それは、足で地面を蹴った時のザッというような音で、耳を澄まさなければ聞き逃してしまうほど小さな音であった。

音が聞こえた方向からして、訓練場に誰かがいるのだろう。


「あ……開いてる。やはり、誰かが中にいるのですね」


セアレウスが訓練場の扉に手をかけると、鍵は掛かっておらず、扉を開くことができた。


「こんな時間にここにいるなんて……一体誰なんでしょうか? 」


それが誰であるか気になり、セアレウスは訓練場の中に入ることにした。

訓練場の中に入ると、先ほど聞いた地面を蹴る音は大きくなっていた。

その音の出処を探そうと、セアレウスは辺りを見回す。

今の訓練場は暗く、鍛錬を行う広大な広場の全域を見回すことはできない。

セアレウスがいる訓練場の出入り口付近からでは、誰の姿も見つけることは出来なかった。

そのため、セアレウスは広場へと進むことにした。


「……あれ? 」


広場の地面に足を踏み入れたところで、セアレウスは思わず、そんな声を漏らした。

先ほどまで聞こえていた地面を蹴る音がピタリと止んだからだ。

この時、訓練場は無音といっていいほど、一気に静まり返った。

セアレウスは不思議に思いつつ、広場の中へと進んでいく。


……ザザッ…


しばらく進むと、再び地面を蹴るような音が聞こえた。

まだ誰かが訓練場の中にいるようであった。


……ザザッ……ザザザッ……


この地面を蹴るような音は、セアレウスが進む度に発生する。


「これは、もしかすると……」


セアレウスは何かを思い、走って進むことにした。

すると――


ザッ……ザザザザザッ!!


激しく地面を蹴る音が聞こえてきた。

音はセアレウスが進む度に遠ざかっていた。

先ほどから聞こえていた音の正体は分からないが、今の音は地面を蹴って走る音のようだ。

すなわち、訓練場にいる何者かは、セアレウスから逃げているようであった。

何故逃げるかは分からないが、その何者かは、暗闇の中で、セアレウスの位置を把握しているようである。

でなければ、セアレウスが来た時に静かになったり、こうして逃げることはできないからだ。


ザザザッ……ザザッ……


しばらく、セアレウスが走っていると、何者かの走る音が次第に力なく消えていく。

どうやら、体力が底を尽きてきたようであった。


「……! もうすぐ追いつきそうですね」


直に何者かの正体が分かる。

そう思い、セアレウスは走る速度を上げていく。

そして、とうとうセアレウスは訓練場にいた何者かに追いついた。


「……!? あ、あなたは……」


顕になった何者かの姿を見て、セアレウスは驚いた。

しかし、驚いたのは束の間で、次第に彼女は笑みを浮かべていく。


「……ゼェ、ゼェ……もう、なんなの? 」


そんなセアレウスに対して、訓練場にいた何者かは、荒くなった息を吐きながら嫌そうな顔をしていた。

訓練場にいたのは、白い狐獣人の少女。

今晩、セアレウスが探していていたキキョウであった。







 「キキョウさん、こんな所で何をしているのですか? 」


キキョウに駆け寄ったセアレウスが訊ねる。


「……見て分からないの? 」


息を整え、普段の済ました表情でキキョウが言った。

走ったせいで疲れたのか、彼女は地面に腰を下ろしている。

そんなキキョウの姿は、人間ではなく、彼女の本当の姿である獣人であった。

つまり、妖術を使っていないのだ。

キキョウがこの場にいる理由を探るため、セアレウスは彼女を見つめる。

普段のキキョウは、行灯袴と呼ばれる白い衣類を着ている。

しかし、今は行灯袴を着ておらず、薄着の黒い衣類だけを身につけていた。

細かく言えば、袖が無い上衣と、丈が膝よりも上の短いズボンである。

さらに、腕には黒い腕袋と足には、黒く長い足袋を身につけているが、その辺は今注目するべきところではないだろう。


「珍しく薄着なのですね」


「暑くなるのよ。流石に、がっつり運動する時に、いつもの服装ではやってられないわ」


「運動……」


キキョウの言葉を聞き、セアレウスは彼女の手元に視線を向けた。

すると、キキョウの右手に刀が持たれていた。


「刀……ひょっとして、ここで刀の鍛錬をしていたのですか? 」


「……正解……だからと言って、何もないのだけれど」


キキョウは、僅かに笑みを浮かべた。

ここにキキョウがいるのは、セアレウスが問いかけた通り、刀の鍛錬のためであった。


「ちっ……どうして、貴方はここに来たのかしら? 」


「外から音が聞こえました。きっと、キキョウさんが動いた時に出た音でしょう」


「……ふぅん、気をつけていたつもりだったのだけれど、努力が足りなかったようね……」


「努力? もしかして、誰にも見つからないようにしているのですか? 」


「ええ。そう――」


「何でですか! 」


「ええっ!? 」


急に大きな声を上げたセアレウスに、キキョウは驚いた。


「どうしてそんなことを!? 修行なら一人よりも二人でしょう? 何でわたしを誘ってくれなかったのですか! 」


「お……落ち着いて! 落ち着いてってば! 」


詰め寄ってきたセアレウスを必死に押し返すキキョウ。

迫るセアレウスの勢いは強く、押し返すのにキキョウは本気で力を使った。


「なら、理由を聞かせてもらえますか? 」


「何でよ!? 一人で何をしようと、私の勝手じゃない」


「そうですね。あなたが一人で何をしようと、あなたの勝手です」


うんうんと頷きながら、セアレウスが言った。


「なら――」


何も言うことは無い。

そう言おうとしたキキョウだが、それを阻止するかのように――


「しかし、それはあなたが一人でいる時に言えることです。今、あなたの傍にはわたしがいます。どうして、わたしの力を頼ってくれないのですか! 」


と言った。

セアレウスは、自分という一番の協力者を頼らなかったキキョウに怒っていた。

確かに、せっかくセアレウスがいるというのに、彼女を使って修行しないのは利口ではないと言える。

しかし、必ずしもセアレウスと修行しなければならないということはない。

セアレウスは、ただ誘われなかったことに怒っていると言っても過言ではなかった。


「え、ええぇ……誘わなかっただけで、そんなに怒るの? 」


「怒りますよ! 文句ありますか!? 」


セアレウスは、自分で誘われなかったこに怒っていることを認めた。

本当に過言ではなかった。


「は、はぁ!? なんか……もう付き合いきれないわ。帰る」


キキョウは立ち上がると、訓練場を出ようとするが――


「待ってください。今からでも良いので、わたしと修行をしましょう」


セアレウスに腕を掴まれてしまった。


「くっ……なんなの!? そこまでして……」


「わたしを好きに使っていいので……どうにでもしてもいいので、一緒に修行をしましょうよーっ! 」


セアレウスは、とうとうキキョウの腰に腕を回してしがみついた。

もうキキョウは、完全に逃げられなかった。

そのため――


「……はぁ……ああもう、分かったから、私から離れなさい! 」


観念して、セアレウスと共に修行をすることにした。


「……! ありがとうございます! 」


すると、セアレウスは喜んでキキョウから離れた。

セアレウスがここまで必死になるのは、何故だろうか。

彼女がこの地に来たのは、キキョウの課題を手伝うため。

それとは別に、成長を手助けする目的もセアレウスにはあった。

恐らくだが、その目的を達成しようとすること、力になりたいと思うばかりに、蔑ろにされたことがショックだったのだろう。

なんにせよ、これでセアレウスは、キキョウに面倒くさい奴だと思われることは免れなかった。







 夜の訓練場にて、セアレウスに見守られる中、キキョウは刀を振るう。

キキョウは、刀を振るう時に足を踏み込んでいた。

足を踏み出す時、キキョウは地面を蹴っている。

そのおかげで、勢いよく体を前に出すことができ、振るった刀の威力も増す。

なお、キキョウが地面を蹴った時――


ザッ……


と音が鳴る。

これは、セアレウスが訓練場の外から聞こえていた音と同じものだ。

音の正体は、キキョウが刀を振るう際の地面を蹴る音であった。


「……ふぅ」


ひとしきり刀を振るった後、キキョウは息をついた。


「お見事。キキョウさんの剣は、鋭くて綺麗ですね」


セアレウスは、キキョウの剣術に関心していた。

キキョウの扱う武器は、刀と呼ばれるものである。

従来の剣と比べて、刀身はかなり細く、切ることに特化した剣であると言えよう。

キキョウの剣の振り方は、そんな刀の特徴を活かしたものだと、セアレウスは感じていた。


「別に、褒められるようなことはしていないわ。今のは基本の動きなのだから」


「あ、どうりで綺麗なわけです」


「へぇ、貴方は分かっていたのね」


「はい。わたしも剣の手ほどきを受けたことがあるので」


「……ふぅん」


キキョウは、一瞬だけ目を見開いた後、目を細めてセアレウスを見た。

彼女の心情は定かではないが、目を見開いたのは驚愕、目を細めたのは何かを探っているのだろう。


「では、今度はわたしに刀を打って来てください」


キキョウの表情の変化に気づかず、セアレウスは提案する。

この時、セアレウスは左右の手にアックスエッジを持っていた。


「前々から気になっていたのだけれど、その武器は何なの? 」


「アックスエッジです。斧の刃だけで柄はありませんが、色々と応用の効く武器ですよ」


「そう。ま、どうでもいいけど! 」


キキョウは、そう呟いた後、セアレウスに接近した。


「……!? 」


俊敏な動きで一秒も経たずに自分の目の前に来られ、セアレウスは驚愕する。

そんなセアレウスに、キキョウは右手に持った刀を左に振りかぶった後、右方向へ振り払った。

かろうじて、セアレウスの左手のアックスエッジの防御が間に合い――


キィン!


甲高い金属音と共に、両者の間で火花が散る。


「……! 」


その後、キキョウは後方へ退避しようとしたが、ピタリと動きを止め、その場に留まった。


「動かないの? 」


セアレウスに鋭い眼差しを向けつつ、キキョウが訊ねる。

動きを止めたのは、動かないセアレウスを不審に思ったからだ。


「今は、あなたの刀の修行の時です。わたしは、攻撃をしません」


アックスエッジを構え直しつつ、セアレウスが答え――


「何か……試したいことがあるのではないですか? 」


と、続けた。


「へぇ……いいの? 」


「ええ、どうぞ。予想なのですが、完成していない技があるのでは? 」


「……不思議。よく分かったわね」


キョトンとした顔をするキキョウ。

実際に、セアレウスが来るまで、ある技の練習をしていたのだ。


「キキョウさんは、人に見つからないよう修行していましたからね。考えられないことはありません」


「ふぅん、そう考えるんだ。他は? 」


「他? 他にもあるのですか? 」


「ふふん」


セアレウスの分かっていない様子に、キキョウは得意げに笑みを浮かべ――


「他なんてないわよ」


と言った。

その後、キキョウは右腕を真っ直ぐ伸ばす。

それにより、刀の切っ先がセアレウスの顔に向けられた。


「ちょうどいいわ。そろそろ、人相手に試したいと思っていたの。さっきの言葉……撤回しないわよね? 」


刀を向けたまま、キキョウはセアレウスに、そう訊ねた。


「……はい。遠慮はいりませんよ」


すると、セアレウスは答えた。

その時のセアレウスは笑みを浮かべておらず、真剣な表情であった。

キキョウが問いかけた言葉の意味を理解しているのだ。


「じゃあ……怪我をしてもしらないから! 」


そう声を上げたと同時にキキョウが動いた。

彼女は、真っ直ぐに伸ばしていた右腕を引きつつ、低く跳躍してセアレウスに接近する。

まるで、力を貯めるかのように引かれた右腕から、繰り出されるのは突きであることが推測できる。

セアレウスは、突きに備えてアックスエッジを眼前で交差させた。

その瞬間、キキョウは地面に足を付け、前方に片足を踏み出すと同時に、引いていた右腕を一気に前に伸ばした。


ギンッ!


キキョウの放った突きがセアレウスのアックスエッジに激突する。

跳躍の勢いが乗ることにより、威力は凄まじく――


「うっ!? 」


キキョウよりも力のあるセアレウスが大きく体を仰け反らせた。


「はっ! 」


キキョウの攻撃はまだ終わらない。

彼女は伸ばした右腕を引き戻すことなく、さらに前へ押し出す。

そうすることで、刀の切っ先を無防備となったセアレウスの胸に押し当て――


「はあああっ!! 」


右腕を何度か振った後、セアレウスの横を通り抜けた。


「ぐっ……ああ……」


キキョウの斬撃を受け、セアレウスは崩れ落ち、両膝を地面に付ける。

キキョウが右腕を振った回数は二回。

セアレウスの胸に刀の切っ先を当てた後、左右交互に右腕を振っていた。


「……ちぃ、二回しか振れなかった。まだ遅いわね……」


セアレウスの背後で片膝をつくキキョウが悔しげに呟いた。

今、放った一連の攻撃の流れは、一つの技。

突きを放つと同時に、複数回切り払うのだが、キキョウの思い描く技の完成形は四回切り払うもの。

キキョウは、この技の練習を始めてから、四回どころか三回切り払うこともできていなかった。


「でも……二回だけでも、充分使えるようね」


後ろを振り向きつつ、キキョウが呟いた。

そこには、地面に膝を付いたまま動かないセアレウスがいた。

ピクリとも動く気配はない。

キキョウの目には、セアレウスは屍のように見えた。


「……でも、貴方にはいまいちのようね」


しかし、セアレウスの気配は死んではいなかった。

キキョウの耳には、生きるセアレウスの気配を充分に感じ取れるのだ。


「……ほ、本当に遠慮をしなかったのですね」


ゆっくりとセアレウスは立ち上がると、キキョウに振り返る。

セアレウスの胸の辺りの服は切り裂かれていたが、血が出ていなかった。

代わりに、彼女の胸にあるのは水の塊であった。


「咄嗟に水の防具を胸に纏ったのね。大したものだわ」


立ち上がりつつ、セアレウスの胸を見て、キキョウが言った。


「はぁ、危ないところでした。アックスエッジで防御しようとしていたら、今頃わたしは死んでいましたよ」


セアレウスは、苦笑いを浮かべた後――


「今の技は未完成だと聞きましたが、一ついいですか? 」


キキョウに、そう問いかけた。


「え? え、ええ……なにかしら? 」


「何故、両腕で刀を振らないのですか? 」


「戦う時は、左手には扇が持つからよ。魔法を使うのに必要なの」


「そうですか。しかし、両腕で振らなければ、あの技はたぶん完成しない……でしょう」


「は? どういう意味? 」


キキョウはセアレウスに体を向け、一歩前に足を踏み出す。

その時の声には、僅かに怒気が含まれていた。


「やってみれば分かりますよ」


セアレウスは、そう言うとアックスエッジを再び構えた。


「説明するよりも分かりやすいはずです。さあ、もう一度、今度は両腕を使って」


「……ふん」


キキョウは、セアレウスの横と通り、訓練場の出入り口へと向かっていく。


「今日は、やめ。もう帰るわ」


「え……そう……ですか……」


残念そうに、セアレウスは呟いた。

この日の二人の修行の幕引きは、あっさりとしたものだった。




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