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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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二百九十七話 強さを追い求める者

 セアレウスは、水を自在に操ることが出来る。

それは、生まれた時から彼女に備わっていた能力で、魔法で生み出した水のみならず、川や海といった自然の水も操ることも可能だ。

水魔法には、水を操れるものが存在するのだが、セアレウスは、その魔法を使っているわけではない。

実際は、別の魔法を使っているのだが、セアレウスはそれを無意識に使っているため、今は能力として扱う。

名前も詳細もまだ判明していないが、ただ人が扱える魔法ではないことは確かであると言える。

この能力は、彼女がミディエスという名であった頃は、出来るだけで、録に扱えたものではなかった。

ようやくまともに扱えるようになったのは、セアレウスという名になって少しした頃である。

それから、セアレウスの水を操る能力は、徐々に上達していく。

いつしかセアレウスは、この能力を一つの技として扱い、水を操ることを総じて、飛水操(ひすいそう)と呼ぶようになっていた。

この飛水操は、さらに二種類に分けられ、形を止めない自然そのままの水を操る水流操(すいりゅうそう)、球や棒など形作られた水を操る留水操(りゅうすいそう)である。

二種類とも水を操ることは同じだが、形を維持するという過程が加わる留水操の方が難易度は高い。

しかし、難しいが故に、手を加えれば加えるほど可能性は広がる。

水魔法の修行にて、今、セアレウスは留水操に力を入れていた。




 ――朝。


セアレウスは、第三城郭の軍事区画にある開けた場所にいた。

そこは、訓練場と呼ばれる場所で、身体能力向上・剣術や槍術等の戦闘技術・部隊連携の強化を目的とした鍛錬を行う施設である。

百人規模の部隊が五つ入るほど広いが、今はセアレウスしかいない。

早朝というのもあるのだろうが、ほとんどの兵が大平原に行っているからだろう。

自分の訓練が出来るほど暇な者は、セアレウスくらいなのだ。

そして、セアレウスを暇な者と言ったことで分かると思われるが、まだ作戦会議は行われていない。

故に、今、セアレウスは修行をしているのだ。


「はっ! はっ! 」


広い訓練場の隅で、セアレウスは掛け声を上げながら、同じ動作を繰り返す。

彼女が何度もしている動作は、両腕を上げることと振り下ろすことだ。

それに似ている動作を言うのなら、剣を振り下ろす素振りである。

しかし、セアレウスが振っているのは剣ではなく、さらに言えば物ではなかった。

彼女が振っているのは、留水操により棒状にした水である。

傍から見れば、セアレウスは透明の丸い棒で素振りをしているようだった。

何故、セアレウスがこんなことをしているかと言えば、留水操を極めるためである。

現状、留水操により、水を様々な形状にすることができ、水縄伸斧撃の縄やウォーターブラストの撃ちだした水等に応用されている。

これらは、技の実現や威力の向上のために、水を形状を変えているだけのもの。

形は不自然であるのだが、性質は自然の水と同じ液体であるのだ。

そこで、セアレウスは水の性質を固体のようにさせ、水で武器を作ることを考えた。

その手始めとして、セアレウスは水で棒を作り、長く保てるよう修行をしているのだ。

修行の目的は、水の武器化を長く維持出来るようにするためであり、ただ水を棒にするだけでも修行となる。

故に素振りをする必要はなく、ついででやっているだけであった。


「あっ! 」


水の棒を降っていたセアレウスが唐突に声を上げる。

彼女の両手を見ると、そこに水の棒はない。

その下を見ると、小さな水溜まりが出来ていた。

集中力が切れたのか、セアレウスは水の固体化、或いは、水の武器化が解かれたのだ。


「生成から五分……まだまだ実用的ではありませんね」


額の汗を拭いつつ、セアレウスが呟いた。

水の固体化の維持は、液状の水よりも集中力を要し、さらには魔力も大量に消費する。

底なしの体力を誇るセアレウスを僅か五分でバテさせるほど、水の固体化は消費の激しい技術であった。


留水棍(りゅうすいこん)! 」


セアレウスは左手を突き出し、そこから水の棒を生成した。

水の棒は真っ直ぐ伸びていき――


コンッ!


と音を立てた後、ただの水となって地面に落ちた。


「……一瞬だけなら、使いようはありますね」


その様子を見て、僅かにセアレウスは微笑みを浮かべた。

消費が激しくなるのは、長く維持をする時だけで、一瞬だけなら水の固体化は消費は少なくて済むようであった。


「留水操による武器化は、まだ実用的ではありませんね。一瞬だけなら問題ないので、単発の攻撃には使えますが……」


「へぇ……剣振ってんのかと思ったら、魔法かよ」


ブツブツと呟く中、セアレウスは後方から男性の声を耳にした。


「えっ……!? 」


ビクリと体を震わせた後、セアレウスは振り返った。

男性の声を聞き、彼女は驚いたのだ。

何故なら、男性の声はこのラザートラムの国王であるイグザラットのものなのだ。

セアレウスが振り返ると、やはり、イグザラットがそこにいた。


「よっ! 」


セアレウスの顔を見ると、イグザラットは微笑みつつ、片手を上げて挨拶をした。

かつてセアレウスと会った時のしっかりとした服装ではなく、今のイグザラットは町の住人が着るような素朴な服装だ。

彼の事を知らない者は、王であると説明されなければ、本当に町の住人であると思い込むだろう。

そんな彼は、片手に木剣を持っていた。


「あ……イグザラット国王様、おはようございます」


「名前を呼んでくれたが、相変わらず真面目だな」


頭を下げてきたセアレウスに、イグザラットは苦笑いを浮かべる。


「正直、ここにイグザラット国王様がいることに驚いています。これから、鍛錬をなさるのですか? 」


「おう。国王だから、汗をかくようなことはしないと思っていたか? 実際、そうなんだろうが、俺は違う」


イグザラットは、そう言うと、手にした木剣を横になぎ払う。

それによって、イグザラットの周囲に風が巻き起こる。


「……!! 」


その風を受け、セアレウスは顔を腕で庇い、一歩後ろへ下がった。

素振りによって起きた風は、突風のような強さで――


(この人……強い……)


それだけで、セアレウスはイグザラットの実力を知ることができた。

彼の突風を受けた体は、凍りついたかのように動かない。

すなわち、自分より強い者だと、セアレウスは認識したのだ。


「へっ! なかなかいい目をするじゃねぇか」


力量の差をその身に感じたであろうセアレウスが気に入ったのか、イグザラットはニヤリと頬を吊り上げた。


「俺は、強くなりたい。それは、王になっても変わらねぇ。いや、王だからこそ、さらに俺は強くなりたい」


「……何故、強くなりたいのですか? 」


「あん? ははっ! お前、いいなぁ」


セアレウスの問いかけに、イグザラットは笑った。


「だいたいの奴は、そこまで聞いてこないぜ? 答えてもいいが、先に聞かせてもらうぜ。なんで、そんなことを聞く? 」


「……強くなろうとするのは、誰だって思うことです。でも、どうして、強くなろうとするかは人それぞれ……だと、わたしは思うのです」


「ほう。お前の言うことは分かる。それで、どうして俺が強くなりたい理由を知りたい? 」


「それは……」


セアレウスは言葉を詰まらせた。

開いた口から、イグザラットの問いに対する答えが出てこない。

一向に答えないセアレウスに、イグザラットの顔が徐々に曇っていく。

そんな中、セアレウスはついに――


「理由は……特にありません。すみません、単に気になったからです」


申し訳なさそうに答えた。

言葉を詰まらせ、一向に答えなかったのは、大した理由がなく、言いづらかったからだ。


「……ぷっ! あっははははは!! お前は、真面目じゃねぇ! 大真面目だ! はっははははは! 」


セアレウスの心情を察し、イグザラットは吹き出した後、腹を抱えて大笑いした。


「ひぃ……ひぃ……単に気になっただけか。そんなもんだろうな。ふぅ……」


ひとしきり笑い終えた後、イグザラットは呼吸を整えるために息を吐く。


「俺が強くなりたい理由は……特にねぇ。国を守るためだとか、強い王の方が格好良いとか色んな理由は付けれるが、実際は理由なんて無い」


「特に無い……ただ強くなろうと? 」


「おう。その言葉が一番しっくり来るかもな」


「……そうですか。そういう理由もあるのですね」


「ん? いいのか? 自分で言っておいてなんだが、適当な答えだぜ? 」


「いえ、そうでもないと思いますよ。人それぞれなので」


「……ふぅん」


セアレウスの言葉に、イグザラットは軽く相槌を打った。

しかし、彼のセアレウスを見る目は、大きく変わっている。

それを彼が口にしないため、セアレウスが変化に気づくことはない。


「しかし……強くなろうとする先に、何が見えているのでしょうか? 」


「ん? 」


セアレウスの問いかけに、イグザラットは顔をしかめる。


「理由は無いにしても、目標はあるのではないですか? でなければ、強くなるための努力をし続けることなんて、なかなかできませんよ」


「……ただ強くなるって言ってんだから、目標もねぇよ。ああ……ちょっとばかし、頭が痛くなってきたぜ。もうこの話やめねぇか? 」


「あ……すみません。わたし、気を悪くするようなことを言っていましたか? 」


「ぐ……何でもねぇよ! 」


僅かに荒げた声を出すと、イグザラットはセアレウスに背を向け――


「ちっ……ぐいぐいとあれこれ聞いてきやがって……先生かっての」


と呟いた。


「……? なんですか? 」


その呟きは、セアレウスにははっきりと聞こえなかった。

そして、その時のイグザラットの暗い顔も、彼女には見えなかった。


「なんでもねぇ……それより、朝っぱらからここにいるなんて、お前も暇なようだな」


「……? は、はい」


「なら、俺に付き合えよ。しばらく、相手がいると面白いんだわ」


イグザラットは、顔を振り向かせてセアレウスを見ると、ニヤリと頬を吊り上げた。

今の彼の表情は暗いものではなく、よく見せる気のいい町のオジさんのような明るい表情であった。







 数分後、訓練場にてセアレウスはイグザラットと対峙していた。

一本の木剣を持つイグザラットに対し、セアレウスは二本で、それぞれ左右の手に持っている。

これから二人は、模擬戦を行おうとしていた。

まだ模擬戦は始まっておらず、二人はそれぞれ木剣を構えている。


「……」


そんな中、セアレウスは、口を開きかけたが寸でのところで、それをやめた。

相手は一国の王、怪我を負えば国の一大事と言えよう。

故に、本当に模擬戦をやるのかと言いかけたのだ。

セアレウスが言わなかったのは、イグザラットには、その心配がないからだ。

むしろ、本気でいかなければ、自分が怪我をする。

セアレウスは、そう思い、実戦のような緊張感を持っていた。


(イグザラットさんのペースに乗せられたら危険ですね。ならば、わたしが! )


この模擬戦において、先に動いたのはセアレウスであった。

彼女は、イグザラットに向かって駆け出した。


「おう、来いよ」


向かってくるセアレウスに驚くことなく、イグザラットは木剣を構えたまま微動だにしない。

セアレウスは走る中、左右の木剣を前方で交差させ、イグザラットに突進した。

彼女の走る速度が乗った渾身の突進である。


「……いきなり突進かよ」


突進を受けたイグザラットは、笑みを浮かべた。


「……」


そんな彼の様子に、セアレウスは顔を僅かにしかめる。

イグザラットは、ビクともしなかったのだ。

さらに驚くべきことに、彼は片手に持つ木剣で受け止めている。

つまりは、セアレウスの突進を片腕で受け止めたのだ。

直後、セアレウスは後ろへ飛び退り、イグザラットから離れる。


「逃がすかよ! 」


イグザラットが、セアレウスを追う。

飛び退ったセアレウスは一旦地面に着地する。

そこを狙い、イグザラットは木剣を振り下ろした。


ドォン!


その瞬間、訓練場に砂煙が上がった。

イグザラットの木剣は、地面を砕いたのだ。

そんな攻撃を受ければ、ひとたまりもないだろう。


「ぐぅ……やはり、すごい力です」


砂煙の中から、セアレウスがゴロゴロと地面を転がりながら出てくる。

彼女は、イグザラットの木剣を辛うじて躱していた。

しかし、衝撃は受けており、こうして地面を転がってきたのである。

即座に立ちがると、セアレウスは横に跳躍した。

すると、彼女が跳躍する前の所に、木剣が振り下ろされる。

セアレウスは、イグザラットの追撃を躱すために跳躍していた。

それから、イグザラットの猛攻が始まる。

攻撃を躱すセアレウスに、次々と追撃を仕掛けていくのだ。


「ぐっ……」


次々と振るわれるイグザラットの木剣を躱す中、セアレウスは苦悶の表情を浮かべる。

彼女が恐れていたこと、彼のペースに乗せられてしまうことが、今起きていたからだ。

さらに、今のセアレウスは、ひたすらにイグザラットの木剣を避けるだけしかできない。

彼の振るう木剣を自分の木剣で受けてもいけないのだ。

何故なら、力の差がかなり開いているからだ。

もし、受けてしまえば、体ごと突き飛ばされるか、衝撃によって腕が一時的に動かなくなる危険が想像できる。

そうなれば、負けと認めざるを得ないダメージを負うことになる。

セアレウスは絶対に、イグザラットの木剣を受けるわけにはいかなかった。

しかし、この状況において、セアレウスに打開策はない。

まさに八方塞がりで、後に訪れる敗北を攻撃を躱すことで引き伸ばすことぐらいしか出来なかった。

もう負けていると言っても過言ではない。


「もらった! 」


「……!? 」


とうとう、セアレウウは動きを見抜かれてしまう。

躱す動作の後の一瞬の硬直を狙われたのだ。

このままでは、セアレウスはイグザラットの振り下ろした木剣に当たってしまうだろう。

この時はまさに、セアレウスが負ける決定的な瞬間であった。

しかし、セアレウスの活路はここで開かれた。


「はっ! 」


頭上からイグザラットの木剣が迫る中、セアレウスは右腕を横になぎ払った。

その行為は何の為かといえば、投擲である。

セアレウスは、イグザラットに右手の木剣を投擲した。


「むっ……!? 」


イグザラットは僅かに顔をしかめると、腕を引いて自分の木剣を眼前に構える。

そうすることで、彼はセアレウスの投擲を防御した。

ここで、イグザラットに防御という僅かな隙が生まれた。

セアレウスは、この僅かな隙の時間を見逃さない。

彼女は、左手に持った木剣を両手で持ち直し――


「はあああっ! 」


イグザラットの構える木剣に、思いっきりぶつけた。

先ほどの突進と同様に、彼の体はビクともしなかったが――


「ぐっ……」


苦悶の表情を浮かべた。

立て続けに行われたセアレウスの連続攻撃が多少効いているようであった。


「まだです! 」


それで、セアレウスは満足しない。

さらに、攻撃を加えるべく、セアレウスは木剣を引くと、跳躍し――


飛空回転蹴り(ひくうかいてんけり)! 」


空中で、水を纏っていない回転蹴りを放った。


「ぐっ……ううっ…」


セアレウスの強烈な蹴りを受け、イグザラットの足元に小さな砂煙が立ち上る。

踏ん張っているものの、セアレウスは彼を後ろへ突き飛ばすことができたのだ。


「これでも、ダメですか……」


蹴りを放ち、宙を漂うセアレウスは、残念そうに呟いた。

彼女は、これでイグザラットを倒すつもりでいた。

しかし、イグザラットを後ろに突き飛ばしただけであった。


「いい攻撃だ。返すぜ! 」


突き飛ばされたはずのイグザラットは瞬時に体勢を整え、セアレウスに向かって跳躍した。

セアレウスに、空中から木剣を振り下ろそうとしていた。

セアレウスは、躱すことなく木剣を両手で持ち、頭上に構えた。

イグザラットの攻撃を受けようというのだ。


ドッ!!


イグザラットが地面に着地した瞬間、爆発したかのような強烈な音が訓練場に響き渡った。

それは、木剣と木剣がぶつかりあった音。

イグザラットの一撃は、その音とは思えないほどの強烈な音を生み出したのだ。


「ふぅ……」


ゆっくりと息吐きつつ、イグザラットは真っ直ぐに立ち上がる。

そうした彼の前方の先には、仰向けに倒れているセアレウスの姿があった。

彼女は、イグザラットの攻撃を受け、大きく吹き飛ばされていた。


「……はっ、律儀な奴だな。俺に合わせて、魔法を使わなかったろ」


仰向けに倒れるセアレウスに、イグザラットはそう言った。

実は、模擬戦を行う前に、彼はセアレウスに魔法の使用を許可していた。

しかし、セアレウスは魔法を使わなかった。

どうして使わなかったかは、彼女の性格をある程度知っているものならば、想像するに容易いことであった。


「……」


彼女は今、気絶している。

当然ながら、答えが返ってくることはなかった。


「しかし、俺相手にここまでやるとは大したもんだぜ。とは言っても……」


イグザラットはそう言うと、セアレウスに背を向け――


「俺ももう四十歳を超えてるからな。三十……二十くらいの俺だったら、始まった瞬間に終わってるぜ。ま、久々に良い刺激になったよ。じゃあな」


歩き去っていき、訓練場を後にした。







 「……む……ううっ……」


セアレウスは、ようやく意識を取り戻し、ゆっくりと上体を起こす。

彼女が気絶してから、数十分の時間が経っていた。


「……負けてしまいましたか。魔法の修行も大切ですが、武術の修行もまだまだのようですね」


セアレウスは、そう呟くと立ち上がった。

イグザラットとの模擬戦の中で、彼女は己の武術の程度を測っていたのだ。

それにより、セアレウスは、自分自身の課題を増やすことにした。




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