表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
297/355

二百九十六話 イサナマスの怪しい食事会


「裏切り者の追跡……」


ぼんやりとした表情で、セアレウスが呟いた。


「ええ。それが、あなたが次に行う作戦よ」


その呟きに、キキョウは答えた。

キキョウがセアレウスに命令する予定の作戦は、裏切り者の追跡。


「待ってください。裏切り者とは、どういうことですか? 」


セアレウスがキキョウに訊ねる。

先ほど、キキョウから作戦の内容を聞いたとき、セアレウスは、どういうことかと少し頭が混乱した。

それは、言い渡された作戦を行う前提条件である裏切り者が思い当たらなかったからだ。

故に、訊ねざるを得なかったのだ。


「正確には内通者。ベアムスレトにラアートラムの情報を渡していた輩がいるの」


「……そうですか」


キキョウの返答を聞き、セアレウスは神妙な顔つきになり、口を閉ざした。


(内通者……もしかしたら……)


口を閉ざしたセアレウスは、内通者について思い巡らせていた。

裏切り者には思い当たることはなかったが、内通者には少し心当たりがあった。


「心当たりがあるようね。まぁ、直接ベアムスレトの襲撃に遭ったのだから、多少はあるのでしょうね」


「……! やはり、そうですか」


セアレウスが考えていたのは、第十一補給部隊が襲撃にあった時のことであった。

彼女の推測だが、ベアムスレトの兵は、見つからないように少数で、ラザートラムの支配地域に侵入している。

この方法により、敵の支配地域であっても、大人数の大部隊で襲撃を仕掛けることができる。

自分の軍の支配地域で、敵の大部隊の襲撃に遭うことなど、まず考えられない。

その考えらないことを実現するラザートラム側からしたら、恐ろしい作戦をベアムスレトはしてきたと言えよう。

しかし、効果的な作戦ではあるが、作戦を実現させる上で困難な問題がある。

それは、バラバラの部隊をどのようにして、一つの目標に攻撃させるかだ。

この問題を解決しなければ、敵の支配地域に多くの少数部隊を侵入させただけである。

一斉に第十一補給部隊に襲っていたことから、その問題を解決していたと推測できる。

数多くのベアムスレトの少数部隊は、一つの目標――第十一補給部隊の襲撃をするためにラザートラムの支配地域に侵入してきたのだ。

ここまでが、セアレウスが一人で考えられたこと。

第十一補給部隊が存在、或いは、北の拠点への移動の日時をどのようにして、ベアムスレトが把握できたかは分からなかったが――


「第十一補給部隊の動きが、内通者によってベアムスレトに知らされていた……」


今、内通者によって、ラザートラムの情報がベアムスレトに渡っていたことが考えられた。


「その通り。ラザートラムの支配地域内で動く部隊が、どうしてベアムスレトの部隊に襲撃されるのか……色々と出来すぎなのよ」


「確かに……」


「前々から内通者の存在は疑っていたのだけれど、確証はなかったわ。でも、襲撃の件で確信したわ」


「それで、わたしに内通者を探すことを頼むのですね」


「は? 」


セアレウスの言葉に、キキョウは片眉をピクリと吊り上げた。


「えっ? 」


その思いもよらぬキキョウの表情に、セアレウスは驚きの声を漏らす。


「内通者の追跡……ですよね? 誰が内通者か探すのでは……」


セアレウスは、キキョウに言い渡された作戦を内通者を探すことだと思っていた


「違うわ。内通者が誰だかは、もう分かってる」


しかし、それはキキョウ曰く、もう済んだこと。

キキョウの考えた作戦ではなかった。


「え……では、どういうことですか? 」


「そのままの意味……だけれど、言葉が足りなかったようね。貴方に任せたい作戦は、内通者を追跡して、ベアムスレトの支配地域への侵入経路を確保することよ」


「あ、ああ、そういうことですか」


この時、ようやくセアレウスはキキョウの作戦を理解した。


「調べたところ、内通者は、ベアムスレトへ使者を送って情報を渡しているみたい。この使者の後を追うことになるわ」


「なるほど。使者が動く時は、把握していますか? 」


「……ふぅん。そこは察しがいいのね」


使者の追跡を行う時は、ベアムスレトへ情報を渡しに行く時である。

つまり、使者が動かなければ、この作戦は実行出来ない。

それを理解しているセアレウスに、キキョウは僅かに関心した。


「把握……というよりは、こちらから使者を動かすわ」


「動かす? 」


「近々、作戦会議があるの。そこで、私は本隊に、大平原の侵攻を進めることを提案するわ」


大平原の侵攻を進めることは、ラザートラムが占める大平原の支配地域を大幅に拡大することとなる。

ベアムスレトにとって、大いに都合の悪いことで、何が何でも阻止したいことだ。

ならば、ベアムスレトに協力している内通者はどうするか。

そのような情報をいち早くベアムスレトへ知らせるため、使者をすぐにでも送ることだろう。

キキョウの言う使者を動かすということは、こういうことであった。


「おおまかなところは、こんなものでしょう。後の細かい所は追々説明するとして……今、貴方にお願いしたいことが一つあるわ」


「なんでしょうか? 」


「内通者がいることと、この作戦を誰にも言わないことよ。絶対に言ってはダメ」


「え……それは、なんでですか? 」


「……」


セアレウスが理由を問いかけたが、キキョウは口を閉ざしてしまう。

少しの間、沈黙が続いた後、キキョウは口を開き――


「この作戦は、ラザートラムの軍師キキョウのものではなく、真のキキョウ……今の姿の私のものだから……という理由で納得してちょうだい」


と、神妙な顔つきで言った後――


「ふふ……」


怪しく微笑んだ。








 セアレウスがキキョウより、内通者の存在を聞いた翌日。

作戦会議は、まだ先のことで、それまでの間、セアレウスのやることは何も無い。

兵舎の自室の中で、じっとしているだけで一日を終えることができるのだ。


「そろそろ、夕ごはんを食べに行きますか……」


しかし、食事は自室の中でとることはできない。

日が暮れ始めたところで、セアレウスは兵舎の自室を出た。

彼女は、朝も昼もこうして、食事をする時だけ部屋を出ていた。


(何もしなくていいと言われましたが、ただごはんを食べるだけではダメですね。作戦が始まるまで、どこかで修行することにしましょう)


そんなことを考えながら、セアレウスが兵舎の廊下を歩いていると――


「セアレウス殿」


彼女に声を掛ける者がいた。

その者は、セアレウスの前方からやってきて、今は彼女の目の前に立っている。

服装は、セアレウスと似たようなもので、彼女と同じ一般兵か近い階級の兵だと思われる。

身長の高い男性で、自分より背の低いセアレウスを見下ろしている。

彼自身自覚はないのだが、目の前に立つだけで、自然と威圧感を放っていた。


「なんでしょうか? 」


そんな威圧感に臆することなく、セアレウスが訊ねる。


「今は、給食舎の晩飯が出来た頃ですね。もしや、そちらへ行かれる予定でしたか? 」


給食舎とは、第三城郭の軍事区画内にある食事を行う施設である。

セアレウスのような階級の低い兵達は、そこで朝昼晩と食事を行う。


「はい。そのつもりです」


「ならば、ちょうどいい。今回はそちらへ行かず、イサナマス様のところへ行きましょう」


「え……」


男性兵の言葉に、セアレウスは驚いた。

考えられなかったことだが、状況を見るに――


「……もしかして、わたしを食事に誘っているのですか? 」


ということになる。


「……はい。イサナマス様より、あなたを食事に誘うようにいわれました。あの方は、あなたに興味を持っています。色々と話したいことがあるようで……」


実際に、そのようであった。

否、食事に誘うということは、セアレウスを呼ぶための口実で、本当の目的は別のようであった。


「は、はぁ……イサナマス……様からですか…」


正直、セアレウスは乗り気ではなかった。

故に、断りたいところであるが、相手はあのイサナマスである。

登用試験にて、キキョウの推薦で軍に入ったことから、目を付けられた可能性は高い。

下手に動けば、怪しまれてしまい、行動を監視されるといった事態になりかねない。

そうなってしまえば、キキョウの作戦に支障が出ることは避けられないだろう。

従って――


「う、嬉しいです。わたしのような、新参の者がイサナマス様に誘われるなんて……」


セアレウスは、イサナマスの誘いを受けることにした。

あえて、誘いを受け、自分が怪しい者ではないと認識させることにしたのだ。


「おお、来ていただけますか。では、イサナマス様のところへ案内します」


「よろしくお願いします」


セアレウスは、男性兵について廊下を歩き出す。

こうして、セアレウスはイサナマスと食事をすることにした。





 セアレウスのいた兵舎には、いくつかの空き部屋が存在する。

先ほど、男性兵とセアレウスが話していた所は、ちょうど空き部屋の前であった。

二人がそこを歩き去った後――


ギィ……


誰もいないはずの空き部屋のドアが開かれる。

その部屋に入るために、誰かが外から開いたのではない。

中から、ドアは開かれたのだ。

開かれたドアから現れたのは、仮面を付け、黒い装束に身を包んだ者であった。

かつて、セアレウスを落とし穴に落とし、セアレウスがラザートラムに侵入した時に戦った者と同じ格好である。


「……」


彼女は、セアレウスの歩き去っていった方をじっと見つめると、その方向へと歩き出した。







 イサナマスの家は、第二城郭の中にある。

セアレウスは、同じ第二城郭にあるキキョウの家を目にしており、立派建物であると思ったが、イサナマスの家も負けず劣らず立派なものであった。

家の中に案内され、セアレウスはある一室に案内された。

その部屋は、食事をするところのようで、中央のテーブルには数多くの料理が並んでいる。


「おおっ! 来たか、セアレウス殿」


部屋の中にいたイサナマスが、セアレウスを出迎えた。


「あ……どうも…」


登用試験で持った印象とは違い、自分を歓迎するイサナマスに、若干戸惑うセアレウス。


「早速、飯を食おうではないか。座れ座れ」


イサナマスに背中を押され、セアレウスはテーブルに座らされる。

その後、イサナマスは、セアレウスの向かいの席に座った。

テーブルを挟んで、二人は向かい合うように座った形となる。


「……豪華な料理ですね」


テーブルに並んだ料理の数々を見て、セアレウスは言った。

どの料理も凝った作りのもので、給食舎では見たことないないものばかりであった。


「ふふっ、良いだろう? セアレウス殿も出世すれば、毎日食べることができるぞ。そなたなら、その日も遠くないだろう」


「そんな……わたしは、まだまだですよ」


「あの第十一補給部隊の中で、そなたの周辺の被害は少なかったと聞く。さらに、ディフィア砦の奪還の時には、奇襲作戦を提案し、自ら重要な役目を担ったそうではないか」


「わたしの活躍は、キキョウさんの教えがあってのもので……あと、奇襲作戦はわたしが提案したわけでは……」


「戦闘においては、数多くの敵を一人で倒す腕を持ち、敵が対処することの出来ない奇抜な作戦を考える頭脳を持つ。そなたが出世できないわけがない。私が保証する」


「あ、ありがとうございます。ははは……」


セアレウスは、苦笑いを浮かべた。

イサナマスは、セアレウスの話を聞いていなかった。

一方的に、自分の話したいことを話すだけ。


(分かりやすい人ですね……)


褒めているのは、相手の気分をよくするため。

セアレウスは、褒められた気はせず、そんな意図で褒めているのだと見抜いていた。


「そんあ類まれなる才能を持つそなたに、色々と聞きたいことがあるが、まずは食べようではないか」


「はい。いただきます」


イサナマスに促され、セアレウスは料理を口にし始める。


(あ、美味しい……)


美味そうな見た目に反すことなく、料理は美味であった。


「ふぅーっ、そなたも食べ終えたようだな。どうだった? まぁ聞くまでもないが」


「すごく美味しかったです」


「そうだろう、そうだろう。セアレウス殿も出世すれば、毎日食べることができるぞ。そなたなら、その日も遠くないだろう。あの第十一補給部隊の――」


「あっ! その……わたしに聞きたいことがるのでは? 」


また同じ話をしそうであったため、セアレウスは自分から話を振る。


「ん? おおっ! そうだ、そうだ、そうだった。そなたに聞きたいことがあったのだ」


(ふぅ……)


今度は話を聞いてくれたようで、安堵するセアレウス。


「聞きたいことはな。ズバリ、あのキキョウのことだ」


(やっぱり……)


セアレウスは、イサナマスがキキョウのことを良く思っていないことを知っている。

彼の聞きたいことは、キキョウに関することだと思っていた。

イサナマスは、何もかにも分かりやすい男であった。


「まず、キキョウとは、どういう関係だ? 奴の推薦で、我が国の軍に入ったと聞いているが……」


「関係ですか……」


セアレウスは考える。

改めて考えると、自分とセアレウスの関係は何なのだと。

真の答えは、共にイアンの傍にいる仲間である。

しかし、その答えは、イサナマスにとって意味不明なことだろう。

言うわけにはいかない。


「……わたしは、キキョウ先生の教え子です。先生がラザーラムの軍に入る前、わたしは彼女の元で勉強をしていました」


従って、セアレウスは、そう答えた。


「ほう。確かに、キキョウはセームルースの小村で、教師のようなことをしていたと聞く。なるほど……」


イサナマスは納得したようであった。


「では、次にキキョウのことをどう思う? 教え子とて、何か思うことはあるだろう? 」


「うーん……」


セアレウスは考える。


(……これは、素直に答えてもいいのかもしれませんね)


考えるまでもなく、思ったことを言えばいいと思い――


「頭が良いということはもちろん、凛としているところは憧れますね」


と答えた。


「凛としているか。あのふてぶてしい態度は、凛としているとも言えるか……他には? 」


「他……ちょっと何を考えているか分からないところがある……ことでしょうか」


「ほう? 」


イサナマスの顔が僅かに明るくなる。


「それをちゃんと話してくれないところが、ちょっと……寂しいというか……」


「気に入らない? 」


「……そうですね。はっきり言ってしまえば、気に入りません」


「そうか。ふふふ……」


セアレウスの言葉に、イサナマスは笑みを浮かべた。


(やはり、教え子といえど、同じ思考を持つといえど、分からないことはあるのか。いいぞ。もっと気に入らないところがあるはずだ)


今のセアレウスの答えは、イサナマスが欲する答えの一つであった。

彼の目的は、キキョウの思惑を暴くことと、彼女を貶めること。


(もっと気に入らないことを話させれば、こいつはキキョウのことを嫌いになり、仲違いをするだろう。そうなれば、奴の思惑はうまく行かず、さらに貶めれば周りからの信用も失い、軍を追い出されるに違いない)


そのような考えをイサナマスは持って――


「他には? 他にもあるだろう? 」


さらに、セアレウスに訊ねた。


「……」


すると、セアレウスは険しい表情で黙り込んだ。


(おっと、まだまだあるようだな。ふふふ……)


その表情から、イサナマスは期待する。

しかし――


「……もう気に入らないことろはないですね」


険しい表情は、気に入らないところが思いつかなかったからであった。


「な、なにっ!? 」


期待外れの答えに、驚くイサナマス。

期待外れの度合いが大きいのか、思わず吹き出してしまう。


「気に入らないところはなくて……キキョウさんは、いつも凛としているのですが、たまに子供っぽいところ……仕草をする時がありまして。その時のキキョウさんは、すごく可愛いのですよ! 」


むしろ、キキョウの良いところをセアレウスは話し始めた。


「そのことを発見した時の衝撃と言ったら……」


「……可愛いだと? あのキキョウが可愛いと言うのか……信じられん…‥」


イサナマスは、セアレウスに共感できない。

まず、セアレウスの言うキキョウは獣人で、イサナマスの思うキキョウは人間の姿である。

人間の姿を装うキキョウは、セアレウスの言う可愛いところや仕草は見せない。

いくら、セアレウスが獣人のキキョウの魅力を言っても、イサナマスが共感できないことは当たり前のことであった。


「け、結局のところ、そなたはキキョウのことを……」


「好きですね」


イサナマスの問いかけに、セアレウスは即答した。


「……わ、分かった。充分分かった。もう聞きたいことは、全部聞き終えた。もう下がっていいぞ……」


げんなりとした様子で、イサナマスは言った。

自分の思惑がうまくいかないことに落胆し、憎たらしいキキョウの魅力を言われてうんざりとしていた。


「え……まだ、キキョウさんの良いところはあるのですが……」


「もういい! 分かったから、早く出て行けぇ! 」


「え、えぇ……分かりました。今日は、夕食に誘って頂きありがとうございました。楽しかったです。では、失礼します」


セアレウスは、そう言うと席から立ち上がり、部屋を出ていった。


「……楽しかったのは、貴様だけだ。この変態め……」


セアレウスが部屋から出ていくのを見ると、イサナマスはそう吐き捨てた。

結局、イサナマスは、自分が欲するキキョウについての情報を得ることはできなかった。

ただ、自分よりも年上の見た目の女性である人間の姿のキキョウを可愛いと思い、好きだと公言したセアレウスを変態だと認識しただけであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ