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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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二百九十三話 補給部隊防衛戦


 「なんだ!? あの数の獣人は! 」


「ここは、ラザートラムの支配地域のはず。何が起きている!? 」


五台から七台目の馬車からの補給部隊と護衛部隊の兵が驚愕の声を上げる。

彼らが見ている方向は、北へ進む馬車の列から右方向。

東の方からやってくる獣人達を見ていた。

確かめるまでもなく、獣人達はベアムスレトの兵であろう。

彼らは最初こそ点々としていたが、徐々に数が増えていき、今は横に広がり、迫り来る大波のように見える。

迷いもなく真っ直ぐ走ってくることから、ベアムスレトの兵達の狙いは、この第十一補給部隊に間違いないだろう。


「おいおいおいおい……前線の奴らは、よそ見でもしてたのか? いくらなんでも、多すぎるだろ」


東に顔を向けるリゼタは、槍を両手で構えながら、そう呟いた。

戦闘はまだかと意気込んでいた彼女だが、ベアムスレトの兵の多さに気圧されている様子だ。

力を込めて槍を握るリゼタの背中を見るセアレウスに、その様子が伝わる。

自分も応戦の準備をしようと、セアレウスが腰のアックスエッジに手を伸ばそうとした時――


「うわあっ!? こっちからも……西の方からもベアムスレトの奴らが来るぞ! 」


馬車を挟んで西の方から、ラザートラムの兵の声が聞こえた。

どうやら西の方も、セアレウス達が見る東の方と同じ光景が広がっているようであった。

つまり、西の方からもベアムスレトの兵の大波が迫ってきているのだ。


「あっちもか! くそっ」


「前後からの襲撃だけでも手一杯なのに……! 」


東側にいるリゼタと他の護衛部隊の兵が悔しげに声を上げる。

東と西からやってくるベアムスレトの兵の数は、それぞれ約百人、会わせて二百人ほどだ。

対して、それらと応戦することになるのは、既に応戦を始めている第十一補給部隊の前後を除いた中間、五台から七台目の馬車にいる兵達だ。

総勢七十五名、うち四十五名が護衛部隊の兵で、三十名が補給部隊の兵だ。

補給部隊の兵も戦えなくはないが、獣人相手ではかなり厳しい。

実質、四十五名で戦わなければいけないだろう。


「セアレウスの言った通り、包囲されるな……おい、魔法が使えるんだったな? 」


「……え? あ、はい」


唐突に声を掛けられ慌てるも、セアレウスはリゼタに答えた。


「遠くの奴に攻撃できるか? 」


「はい」


「なら、あんたは馬車の(ほろ)に上がってくれ」


「幌の上……ですか? 」


リゼタの言わんとすることが分からず、セアエウスは彼女に聞き返す。


「遅かれ早かれ包囲される。大変だろうが、幌の上から西側と東側を援護してくれ」


「……! 分かりました」


セアレウスは、リゼタの考えを察し、馬車へ向かった。


「む? あの補給部隊の兵は何を……? リゼタ、どういうつもりだ? 」


馬車の幌をよじ登るセアレウスを見た護衛部隊の兵が、リゼタに訊ねる。


「先輩、あいつは魔法が使えるんです」


「魔法を……そうか、弓兵の代わりというわけか。ありがたい」


護衛部隊の兵の険しかった表情が、僅かに緩んだ。

護衛部隊に弓を扱う弓兵はいた。

しかし、その全員が前後の襲撃の応戦に向かってしまったため、この場にはいない。


「でしょ? 弓兵と合わせれば、だいぶ楽になりますよ」


「いや、弓兵いない。いないから、有難いって言ったのだ」


「えっ!? 」


リゼタは、弓兵がいないことに気づいていなかった。

セアレウスに魔法で援護するように言ったのは、道中に彼女が魔法を使えると聞いた故。

咄嗟に思いついたことであった。


「ともかく、魔法で援護してくれるのならば、あの兵を中心に固まって戦おう。リゼタ、そのことを皆に伝えに行ってくれ」


「了解です」


護衛部隊の兵に命じられると、リゼタは駆け出した。

彼女は、五台から七台目の馬車へ向かい、固まって戦うことを伝えた。

すると、その全員がセアレウスが乗る馬車に集まる。

皆、固まって戦うことに異論は無いようであった。


「すごい。まだ、こんなに沢山の兵がいたのですね」


眼下に見える兵達を見て、セアレウスが呟いた。

そんな彼女は、幌の上で四つん這いの姿勢でいる。

幌の屋根は張った布であり、足が沈んでしまうので、うまく立つことができないのだ。


「魔法使い、これを使え! 」


「これは……」


セアレウスは、下の兵から木の板を投げ寄越された。


「それを足の下に敷け。ちょっとはマシになると思うぜ」


どうやら、うまく立てないセアレウスを見かねて、足場になりうる木の板を幌の中から見つけてくれたようであった。


「ありがとうございます! 」


セアレウスは下の兵にお礼を言うと、それを足の下に敷き、ゆっくりと立ち上がった。

すると、先ほどよりも、より周囲を見回すことができ、西と東から迫るベアムスレトの兵がよく見えた。

彼らは、片手に剣や斧を持って、二足歩行で走っている。

皆、体格が良く、多くが犬獣人や猫獣人といった容姿をしていた。


「おーい! 大丈夫そうかー? 」


セアレウスが迫り来るベアムスレトの兵達に目を向けていると、下の兵に声を掛けられた。

その兵は、先ほどリゼタに先輩と呼ばれた護衛部隊の兵であった。


「はい! 大丈夫です! 」


「そうか、援護頼んだぞ! 我々の任務は、補給物資を届けることと、それを守ること。だが、ここで全滅しては、その任務は果たせない」


護衛部隊の兵は、そう言った後――


「皆、何としても生き残るぞ! 」


と、周囲の兵達に聞こえるよう高らかに声を上げた。


「「「おおーっ!! 」」」


その声に同調し、兵達は大きく声を上げた。

相手は、自分達よりも身体能力が優れた獣人。

さらに、その数は多い。

勝つと意気込まなければ、立ち向かえる相手ではないのだ。





 幌の上に立つセアレウスは、左右に顔を振る。

彼女は、東と西の両側から攻めて来るベアムスレトの兵を見ていた。

すると、どちらも、自分達の元に辿り着く時が同じくらいであると推測でき――


(わたしは……どうしたら……)


セアレウスは、どちらに水魔法を放てば良いか迷いが生じた。

しかし、迷っている時間は無い。

セアレウスは、一番初めに自分が水魔法を放つか放たないかで、戦況が大きく変わると思っていた。

否、自分の力で、ラザートラム側にとって有利な状況にしようと考えていた。

その気持ちもあってか、彼女に生じていた迷いは消滅する。


(どちらか選べないのなら! )


セアレウスは、左右の腕を広げる。

それぞれ左右の腕は真っ直ぐと伸し、足は少し開いている。

セアレウスは大の字になっていた。

その姿勢から、左右の腕を僅かに下げ、手のひらを広げる。

左右の手にひらが向いているのは地面。

そこは、密集するラザートラムの兵と、向かってくるベアムスレトの兵の間。


(両方を選べばいい! )


セアレウスは、そこに目掛けて――


「ウォーターブラスト! 」


水の砲弾を撃ち放った。

セアレウスの左右の手のひらから放たれたそれは地面を砕いた後、水しぶきとなって――


「うわっ!? なんだ! 」


「魔法!? 魔法を使う奴がいるのか!? 」


東と西からやって来たベアムスレトの兵達に降り注いだ。

セアレウスの放ったウォーターブラストは、彼らの直前の地面に命中したのだ。

結果、ベアムスレトの兵達は驚き、思わず動きを止めてしまう。

セアレウスの思惑通りである。

彼女は、ベアムスレトの兵達の勢いを殺すため、牽制をするためにウォーターブラストを放ったのだ。


「よくやった! 魔法使い! 」


「敵が怯んだぞ! 今だ、行けーっ! 」


ラザートラムの兵達は、セアレウスの作った好機を見逃さない。

怯んだベアムスレトの兵に突撃していった。


「ぐわっ!? 」


「しまっ――!! 」


対応の遅れたベアムスレトの兵が次々と、ラザートラムの兵の槍に突かれていく。

強靭な体を持つ獣人であっても、鎧のような硬い皮膚を持っているわけではない。

人間の振るう剣や槍でも致命傷を負い――


「馬鹿なっ――!! 」


「ああっ――!! 」


死んでしまうのだ。

セアレウスの牽制からのラザートラムの兵達の先制攻撃により、十名ほどの獣人が地面に倒れ伏した。


「お、おのれっ! 」


「怯むな! 数では、こちらが勝っている! 攻めろ、攻めろ! 」


しかし、全滅には程遠い。

残ったベアムスレトの兵達は、仲間の死に怯むことなく、ラザートラムの兵達に向かっていった。


「この調子だ! 獣人相手でも俺達は戦えるぞ! 」


「「「おおーっ! 」」」


ラザートラムの兵達も、より一層奮起して応戦する。

いよいよ本格的にラザートラムの兵達とベアムスレトの兵達の戦いが始まった。

武器と武器のぶつかり合う音、肉を裂かれ悲鳴を上げる兵の声が、馬車の列の前後のみならず、中央にも響くようになった。

この時、第十一補給部隊はベアムスレトの兵達に包囲されたのだ。


「……これが……戦争…」


眼下に広がる光景に、セアレウスは気圧されていた。

そこで行われているのは、人と人との殺し合いである。

セアレウスは、何とも言えない気持ちを抱いていた。

それは、魔物との戦いでは持ち得ない気持ちだ。

人を殺すのは良くないこと、殺すまでもないのでは、話し合いをするべき。

自分の倫理観(りんりかん)が、目の前の光景を否定する。

こんなことは間違っていると、セアレウスは叫びたかった。

しかし、そのような気持ちはとっくの昔に消えていた。

もし、そう叫んでいたとしたら、誰もが自分の倫理観を否定するに違いないからだ。

そんな綺麗事を言っていては勝てない、殺らなければこちらが殺られると。

セアレウスは、この時初めて戦争を知ったのだった。


「はっ! ダメだ! わたしも……やらないと……」


セアレウスは自分の役割を思い出し、右手のひらを下へ向ける。

狙う先は、ベアムスレトの兵。

その頭を狙って――


「くっ……ウォーターブラスト! 」


水の砲弾を撃ちだした。

しかし、撃ち出す直前で狙いが逸れ――


「ぐわっ!? 」


水の砲弾は、ベアムスレトの兵の左肩に命中した。

そのベアムスレトの兵は地面に転がったが、死んではいない。

セアレウスはウォーターブラストを撃つ直前に躊躇したのだ。

自分の倫理観に従い、人を殺すことを躊躇したのだ。


「はああああ!! 」


「あぐっ――!! 」


ラザートラムの兵が、地面に転がるそのベアムスレトの兵の喉を槍で突く。

セアレウスがあっという間もなく、それは行われた。

ふと、そのラザートラムの兵に目を向けると、リゼタであった。


「セアレウス! 」


彼女は死体から槍を引き抜くと、顔を向けずにセアレウスに声を掛けた。


「さっき言いかけた事を言うよ。もう戦場に来たんだ。人を殺す覚悟を持ちなよ」


ベアムスレトの兵と刃を交じ合わせながら、リゼタが続ける。


「敵は、あたし達を殺したがっている。あんたが殺さなかった兵は、次あんたを殺しに来るんだ」


「……」


「戦争ていうのは、そういうもんじゃないかな? 正直醜いね。でも、今やるべきことは分かって欲しいな」


「ぐっ――!? 」


リゼタが、ベアムスレトの兵の剣を弾き飛ばし、その兵の喉に槍を突く。

ベアムスレトの兵を一人減らしたたが、その時のリゼタには隙がある。


「もらった! 」


その彼女の背後から、別のベアムスレトの兵が剣を振り下ろしにかかった。


「あっ――!? 」


しかし、リゼタが切り裂かれることはなかった。

そのベアムスレトの兵は、頭に強い衝撃を受けて吹き飛んだからだ。

吹き飛んだ後、地面に倒れふしピクリとも動かなくなる。

その者は、絶命したのだ。

誰の手によるものかというと――


「……」


セアレウスであった。

ウォーターブラストをベアムスレトの兵の頭に命中させたのだ。

その後、セアレウスは別のベアムスレトの兵に目掛けて、ウォーターブラストを撃ちだす。

そんな彼女は無表情であった。

無表情で淡々と、ベアムスレトの兵達にウォーターブラストを撃ちだしていた。

そんなセアレウスの姿を見て、リゼタは――


「……ありがとうね…」


と、囁いた。

その後、リゼタも槍を構えて、別のベアムスレトの兵に向かっていく。

無表情のセアレウスは、リゼタの目には必死で、辛そうに見えたからだ。





 セアレウス達の戦いは、二時間続いた。

戦いが終わったのは、ベアムスレトの兵の数が五十にまで減った頃だ。

数が減り分が悪いと思ったのか、ベアムスレトの兵達が撤退を始めたのだ。

その時、セアレウス達と共に戦っていた兵達は、六十名。

十名の護衛部隊と五名の補給部隊の兵が戦士した。

しかし、戦死者が出たものの、倍の戦力差の中で、それだけの犠牲で済んだのは良い方であると言えよう。

何故なら、馬車の前方で戦っていた兵の生き残りは五名で、後方で戦っていた兵の生き残りは三名なのだから。

中央で戦っていた兵達が一番生き残ったのだ。

そして、馬車の被害は、セアレウスが乗っていた幌を引く六番目の馬車を除いて全滅。

ベアムスレトの襲撃は大成功で、第十一補給部隊は、ほぼ壊滅で、任務は失敗となるだろう。


「中央は、こんなに生き残ってくれたか……」


破壊された馬車の瓦礫と馬の死体、多くの人間と獣人の死体が散乱する中、護衛部隊の隊長が言った。

彼は、数少ない前方で戦っていた兵の生き残りであった。


「はい。我々には、彼女がいたので、戦死者は少なくて済みました」


リゼタに先輩と呼ばれた兵が答えた。


「彼女……あの娘か」


護衛部隊の隊長が遠くを見つめる。

そこには、自分の膝を抱いて蹲るように座るセアレウスがいた。


「……そうか。噂通り腕の立つ者のようだな。感謝の言葉を伝えたいが……今はやめておくか」


護衛部隊の隊長は、そう言うと、セアレウスから視線を外した。

その後、生き残った第十一補給部隊は二つの部隊に分かれた。

一つは、このまま進んで北の拠点に合流する部隊。

もう一つは、本陣へ向かう部隊だ。

ラザートラムが支配する大平原には、将校や軍師が詰める本陣という場所があり、そこへ襲撃があったことを報告しに行くのだ。

負傷者は後者の部隊と共に、本陣へ向かう。

セアレウスは、戦いが終わった後、心が不安定になっていたが、何とか立ち直り、リゼタと共に北の拠点へ向かう部隊に加わった。







 ――夕方。


日が沈み始め、トライファス大平原も赤く染まり出す頃。

北の拠点へ向かっていた第十一補給部隊の生き残りは、もう北の拠点へ辿り着いていた。

北の拠点は、ディフェア砦から来るベアムスレトの兵に備え、周囲を先の尖った丸太の壁に囲われている。

その中に、兵舎や作戦会議室の代わりとなるテントがいくつかある。

ようやくディフェア砦への攻撃命令が下り、活気にあふれていた北の拠点だが、今はその面影すらも残していない。

待ちに待った補給部隊が壊滅状態で、補給も満足に出来なかったのだ。

本来は、大量の補給物資と増援が来る予定である。

その上で、ディフェア砦に攻撃が仕掛けられると誰もが考えていたのだ。

その予定が崩れた今、ディフェア砦に攻撃を仕掛けるのは、不可能である。

むしろ、ディフェア砦からの攻撃で、この北の拠点が落とされてしまうだろう。

今の北の拠点の士気ならば、充分に考えられることであった。


「しゅ、集合! 」


そんな中、北の拠点の一番の将校である防衛体調により、招集がかけられる。

浮かない表情ばかりの兵が拠点の中央――作戦会議用テントの前に集まる。

集まった兵の前に防衛隊長がいるのだが、その隣に見慣れない兵の姿があった。


「皆の者、よく聞け! 本陣より……我ら北の拠点に命令が下った」


防衛隊長は、そう声を上げると、隣に立つ兵からスクロールを受け取った。

どうやら、見慣れない兵の正体は、本陣からの使者のようであった。

防衛隊長はスクロールを広げると――


「今晩……北の拠点は、その全兵をもってディフェア砦に攻撃せよ……とのことだ……」


と、言った。

彼の発した言葉の最後は、自信なさげで声が小さくなっていた。

彼自身、本陣からの命令に納得していないのだろう。

今の北の拠点にとって、この本陣の命令は理解し難いものであった。




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