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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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二百九十二話 第十一補給部隊

 第三城郭の軍事区画には、兵舎や武器庫以外の施設が存在する。

そのうちの一つは、戦場へ運ぶための食料を保管する食料庫だ。

そこには、食料が詰められた麻袋が大量にあり、運ぶ場所が複数あるのか、麻袋は幾つかの山に分けられている。


「……よし。ちゃんと、指定された量ピッタリですね」


ここに、セアレウスはいた。

ラザートラムの兵となった彼女は、今までとは違った服装をしている。

黒い長袖のシャツと長ズボン、その上に皮革で作られた胸当てと腰鎧である。

これがラザートラムの一般兵の装備なのだが、その中でも後方支援を行う部隊に支給されるものであった。

セアレウスは一つの麻袋の山の前に立ち、手にした羊皮紙に羽ペンを走らせる。

彼女は、分けられた麻袋の山の量を見て、それが適正かどうかを確認していた。

これが今のセアレウスの任務である。

セアレウスは、食料の管理を行なう食料部隊に配属されていた。

この部隊の主な役割は、集めた食料を戦場にいる部隊ごとに分けることだ。

分けられた食料は、他の補給物資と共に補給部隊により戦場へ送られる。

食料部隊は戦場い出ない後列の部隊の一つであった。

しかし、戦場に出ないからといって、この部隊の仕事は楽ではない。

例えば、各部隊に食料を分ける際の計算だ。

この計算を行うためには、食料の総量、各部隊ごとの人数、戦況など様々なことを考慮しなければならない。

いい加減に食料を分けてしまった場合、食料の総量が底を尽きたり、多くの食料を必要とする部隊に充分な食料が届かなくなってしまうだろう。

そうなれば、戦場の兵の指揮が下がるどころか、戦争の続行が困難となり、最悪の場合降伏せあるを得ない状況に陥ってしまうのだ。

しかし、この部隊にセアレウスが適当かどうかは、別の話である。

セアレウスの配属を決める時、多くの将校で話し合いを行った。

この話し合いは大いに揉め、決着が着いたのは始まってから三日後である。

何を揉めたかというと、セアレウスを前線の部隊に配属するか否かだ。

前線の部隊に賛成する将校達は、セアレウスが魔法を使うこと、キキョウと同じ思考を持つということに注目している。

セアレウスを充分な戦力として彼女を見ているのだ。

対して、前線の部隊に反対する者達は意見が様々である。

登用したばかり、強いからこそ温存すべきなどといったような意見だ。

賛成と反対は同じ数であったが、決着の決めてはキキョウであった。

彼女は反対側につき、セアレウスを前線に出すデメリットと出さないメリットを話し、賛成する将校達を説得したのだ。

結果、セアレウスは後方の部隊である食料部隊の配属が決まったのである。

しかし、セアレウスの出世を望むキキョウが反対側についたのは意外なことだろう。

これには、もちろん彼女の思惑あってのこと。

もし、セアレウスが前線の部隊に配属され、そこで活躍してしまえば、ずっと前線の部隊に置かれるだろう。

そうなれば、キキョウの作ろうとしている部隊に、セアレウスを引き抜くのは難しくなってしまう可能性がある。

キキョウにとって、セアレウスが前線の部隊に配属されることは都合が悪いのだ。








 セアレウスが食料部隊に配属されてから数日後の昼。

この日も彼女は、各部隊に配送する食料の管理を行っていた。

光の当たらない仕事でも、セアレウスは真面目に仕事を続けている。

そのかいあってか、この仕事を行うセアレウスの評価は高かった。

数日続けており慣れてきたというのもあるが、元々備えていた彼女の能力が主に評価されていた。

それは、計算が得意であること。

セアレウスの計算の速さと正確さは、物を管理するにあたって重宝する能力。

彼女が食料部隊において、一目置かれる存在になるのに一日もかからなかった。


「よう! 新入り……って、レベルじゃあないけどなぁ」


セアレウスが食料の数を書き留めた羊皮紙をまとめていると、一人の男性の兵が彼女に声を掛けた。


「あ、隊長」


その男性の兵は、セアレウスが所属する食料部隊の隊長であった。

彼は、セアレウスから羊皮紙を受け取ると、それに目を通す。


「相変わらず仕事が速いねぇ。もう一人で、三人分くらいの仕事をこなしてるよ」


「いえ、まだまだですよ」


「そうかい。相変わらず、真面目なんだから」


食料部隊の隊長は、そう言うと羊皮紙をセアレウスに返す。


「それで、何かわたしに用があるのですか? 」


「おう、察しがいいな。君に用があって来たんだよ」


食料部隊の隊長は懐からスクロールを取り出すと、それを広げ――


「食料部隊 セアレウス殿。明日より、貴殿は第十一補給部隊へ転属することが決まった。転属先の部隊でも我が軍の一兵として、より一層励むように……」


記された文字を読み上げた。


「だってさ。君、明日から補給部隊に行くんだよ」


「明日から……急ですね」


「北の方の拠点に攻撃命令が下ったんだってさ。そのために、新しく補給部隊を編成したみたいだ」


「攻撃命令? 北のほうにも前線の拠点……部隊があったのですか? 」


「うーん……前線っていったら前線なのかな? よく分からないけど、ディフェア砦を奪還するんだろうなぁ」


「ディフィア砦……」


トライファス大平原の北側、ルース大森林の南東にディフィア砦はある。

その砦は、ラザートラム軍が建築したのだが、今はベアムスレトが占拠している。

キキョウにより、ラザートラム軍はベアムスレト軍を押し返すことができたが、この砦が敵の占領下にあるせいで、それ以上の進軍が困難であった。

正面から来るベアムスレト軍の本隊とディフィア砦から来る部隊の挟撃を恐れているからだ。


「まぁ、補給部隊なんだし、あまり気負う必要はないよ。気楽にやりな」


食料部隊の隊長は、セアレウスを肩をポンと叩くと、彼女の元から去っていく。


「え? 楽……というより、戦闘の危険は無いということですか? 」


歩き去る食料部隊の隊長の背中に目掛けて、セアレウスは、そう問いかけた。


「そう。北の方の拠点までは、我が軍の支配地域にある。ベアムスレトの兵が来ることは無いだろうし、魔物も駆逐してる。心配はいらないよ」


食料部隊の隊長は、振り向かずにそう答えると、セアレウスの視界から消えていった。

セアレウスは、彼の背中が見えなくなるまで、その場に立ったままであった。







 次の日の朝。


セアレウスが転属した第十一補給部隊は出兵郭から北の拠点を目指して出発した。

第十一補給部隊は、十台の馬車を率いる大部隊となった。

どの馬車も囲いに覆われた幌馬車であり、食料や武器といった補給物資を積んでいる。

規模にもよるが、拠点へ補給物資を運ぶ時の馬車の数は五台くらいである。

その二倍の馬車を使う理由は、拠点にいる部隊の分と増援の部隊の分が合わさっているからだ。

第十一補給部隊には、護衛部隊が付き添っており、この護衛部隊の大半が増援として北の拠点に加わるのだ。


出発してから二時間ほど時が経ち。

第十一補給部隊は、十台の馬車という長い列を成しながら大平原を進む。

今のところ、目的地となる北の拠点までの距離は残り半分といったところだ。

順調に進んでいると言える。

セアレウスは、先頭から六番目の馬車の横を歩いていた。

部隊の中央と言える位置だ。


「よう、セアレウス。補給部隊のあんたは、馬車に乗っててもいいんだぜ? 」


「いえ、そうもいきません。わたしも戦えるので、護衛にあたったほうが良いと思います」


声を掛けてきた兵に、セアレウスはそう返した。

その兵は女性で、セアレウスよりも一回り背が高いことから、年上であることが推測できる。

彼女の名はリゼタと言い、第十一補給部隊の護衛部隊の兵である。

護衛部隊は戦闘を行う可能性があるため、鉄製の鎧等のがっしりとした装備を支給されるのだが、リゼタはセアレウスと同じ装備を身につけていた。

彼女曰く、鉄製の鎧は動きにくいため、あえて後方支援仕様の装備を身につけているそうだ。

しかし、武器は他の護衛の兵と同じように、身の丈ほどの長い槍をリゼタは片手に持って歩いていた。


「護衛するあたし達からしたら、守る対象が少なくなって楽だけど。そんな楽もする必要は無いと思うよ」


「これから向かう北の拠点は、ディフィア砦に一番近い拠点。でも、今わたし達がいる所は、ラザートラムの支配地域の中でしたか」


「そそ。敵の陣地の中で、これだけの大部隊を襲うなんて、誰も考えないよ」


「そうですね」


セアレウスはリゼタに同調して頷いた。

しかし――


(少数人数なら、どこかに潜んでいる可能性はありますね)


ベアムスレトの兵がラザートラムの支配地域に侵入していないことには、同調していなかった。

トライファス大平原は、周りを見渡せば地平線が見えるほど見晴らしがいい。

それでも、背の高い草むらや地面から突き出した岩などの遮蔽物(しゃへいぶつ)は所々にあり、隠れる場所はある。

そして、何よりは――


(わたしが誰にも見つからずにラザートラムへ行けたのだから、ベアムスレトの獣人達も可能性はあるはず……)


自分が出来たからこそ、その可能性を考えられたが――


(いたとしても数は少ないでしょう。リゼタさんの言うとおり、この大部隊が襲われることはないはず)


セアレウスの考えは、そこまでに終わった。


「ん? なんだ? 先頭の方が騒がしいぞ」


異変を感じたのかリゼタが先頭の馬車の方に目を向ける。


「騒ぎ……何かあったのでしょうか? 」


「何かあったのなら、誰かが知らせに来るでしょ」


訝しむセアレウスに対し、リゼタは気楽に構えていた。

少し経つと、先頭から一人の兵がやってきた。

その兵は、先頭で起きた事を各馬車の兵達に伝えて回っている。

伝令役の兵であった。

彼がセアレウス達の馬車に来ると、一人の男性の兵が対応する。

その男性は、護衛部隊を纏める隊長であった。

伝令兵との話が終わったのを見ると、セアレウスとリゼタは隊長の元へ向かう。


「隊長、前の方で何かあったんですか? 」


「ああ、リゼタ。って、おまえ……勝手に持ち場を離れるじゃない」


リゼタの問いかけに、護衛部隊の隊長は呆れた表情を浮かべながら答えた。


「ちょっとくらいイイじゃないですか。で? 何があったんです? 」


「はぁ、補給部隊の奴も連れてきて……大したことじゃあない。先頭の馬車にいる者から、ベアムスレトの獣人達の姿を確認したと報告を受けただけだ」


「ベアムスレトの……大丈夫なのですか? 」


「ああ、心配はない。こちらに向かっているそうだが、数は二人らしい。先頭の護衛だけでも対処はできるだろう」


「そう……ですか」


「さあ、教えてやったのだから、さっさと持ち場に戻れ」


「はーい。獣人二人だけだってさ。戻ろうぜ、セアレウス」


「あ、はい」


リゼタと共にセアレウスは、元の場所へ戻った。


「なーんだ。やっと、獣人達と戦えると思ったのに」


不満の声を上げつつ、リゼタは槍を振るう。


「リゼタさんは、まだ戦ったことがないのですか? 」


「魔物とは戦ったことがあるけどね。獣人……というか人と殺り合うのはまだだね」


「え……」


リゼタの返答を聞き、セアレウスは言葉を詰まらせ、固まってしまう。


「あれ? どうした、セアレウス? 」


セアレウスの様子を訝しみ、リゼタは彼女の顔を覗き込むように見た。


「……ああ。もしかして、あんたも人と殺り合ったことがないのか。だったら――」


リゼタが言葉を発する最中――


「何っ!? 分かった。すぐ行く! 」


護衛部隊の隊長が慌てた様子で、馬車の先頭へ向かっていった。


「な、なんだ? おい、あんた! 」


後方の馬車へ向かおうとした伝令兵をリゼタが呼び止める。


「何かあったのか? 」


「前方の護衛達とベアムスレトの獣人の交戦が始まった。二人だったのだが数が増えている。前方の護衛だけでは、対処しきれない。できれば、あんたも前に行ってくれ」


リゼタが訊ねると、伝令兵はそう答え、後方の馬車の方へ向かった。

どうやら、先ほど確認された獣人達が襲撃してきたようであった。

そして、その獣人達の数は増えているようだ。


「そりゃ大変だ! すぐ向かう! 」


「待ってください! 」


馬車の先頭へ向かおうとしたリゼタをセアレウスは呼び止めた。


「何か……嫌な予感がします。もう少し様子を見ましょう」


「嫌な予感だ? 」


セアレウスは、獣人の襲撃に疑問に思うところがあった。


「はい。はっきりとは言えませんが、嫌な予感が……します」


自信なさげに、セアレウスが言う。

疑問に思うところはあるのだが確信は得られず、嫌な予感という曖昧な表現としか言いようがなかった。

それでも、この場を離れるべきではないことは確かであると思っていた。


「なんだってんだ! そうこうしているうちに、前方の部隊が――」


「お、おい! 」


リゼタがセアレウスに反論の声を上げたとき、後方から一人の兵がやってきた。


「あ? こんな時に、なんだあんたは? 」


「後方の伝令兵の者だ」


その兵は、後方からやってきた伝令兵であった。


「大変だ。後方からも獣人達の襲撃を受けた。しかも、どんどん数が増えて、今の後方の護衛だけでは……」


「な、なんだって!? 」


リゼタは、驚愕の声を上げた。

今、第十一補給部隊は、前方と後方から獣人達によって襲撃を受けているのだ。


「……どうやら嫌な予感は的中したようですね」


額に冷や汗を浮かばせながら、セアレウスが呟いた。


「セアレウス……さっき言ってた嫌な予感ってやつか。一体なんだったんだ? 」


「ラザートラムの支配地域に、大人数の獣人達が侵入していることです」


「大人数だって!? そんなことあるもんか! そんな大所帯で動いていたら、とっくの昔に気づいているよ」


ベアムスレトとの支配地域の境目には、一定間隔で拠点が存在する。

それらの拠点が目を光らせているため、獣人の大部隊の侵入は有り得ないとリゼタは言っているのだ。


「はい。でも、一人や二人の少数ならどうでしょうか? 侵入される可能性が有るか無いかで答えてください」


「それは……あるかもしれない」


「最初二人の獣人がやってきて、その後に増えたと聞き、もしやと思いましたが間違いないでしょう」


リゼタの返答を聞き、セアレウスは頷き――


「獣人達は、大部隊を少数に分けて、ラザートラムに侵入しています」


と答えた。


「「……」」


セアレウスの話を聞いていたリゼタと後方の伝令兵は絶句した。

彼女の言うことは推測であり、そうであるとは限らない。

しかし、今の状況から、二人はセアレウスの言うことは本当のことであるかのように聞こえた。

それでも、完全にそうだと信じきれないため、二人は何も言葉を返すことが出来ないのだ。


「その大部隊の数は未知数…‥わたし達、第十一補給部隊を包囲するなんてことは……」


その後、セアレウスは隊の前方や後方ではなく右方向に顔を向け――


「出来る……みたいですね」


と続けた。

セアレウスが向いた右の方向とは、東のこと。

その方向には、獣人と思わしき多くの人影があった。

激しく蠢く大量の人影は、徐々に形を大きくしてく。

少数の獣人の襲撃を受けた第十一補給部隊は、いつの間にか獣人の大部隊に包囲されつつあった。




2017年4月3日 誤字修正

ん? なんだ? 先頭の方が騒がしぞ → ん? なんだ? 先頭の方が騒がしいぞ

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