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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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二百九十話 ラザートラムの軍師


 「この女狐! よくも私を騙したな! 」


セアレウスの登用が行われた部屋の中に、イサナマスの怒号が響き渡る。

彼はキキョウに指を差しつつ、彼女の元へ詰め寄っていく。


「ぷっ、くくくっ……」


怒号を浴びられたキキョウは、吹き出して笑う。


「なっ……なにを笑っている! 騙された私がそんなに面白いのか! 」


「いえいえ。女狐とは、おかしなことを言うものだと思いましてね。私は、女狐などではありませんよ。あなたには、私の頭に獣の耳が見えているのですか? 」


声を荒げるイサナマスに対し、キキョウは涼しげな態度を取る。


(女狐って……合ってる……のでしょうか? もしかして、正体を知っているのでは……? )


二人のやり取りを見て、セアレウスはそんなこを思っていた。


「ふん! 馬鹿にしおって。見えるはずがないだろう。比喩で言ったのだ。この私を騙しおって…」


「さっきから、私に騙されたと言っておられますが、それは言いがかりというものです」


「言いがかりなものか! 私は、確かに登用試験は明日であると貴殿から聞いた。しかし、どうだ。登用試験は、その前日に行われてるではないか」


イサナマスは、部屋を見回す。

部屋の中には、多くの将校がおり、見慣れない少女もいる。

改めて確認したイサナマスだが、この部屋で登用試験が行われたのは確実であると思った。


「私抜きで登用試験を行った……私がいては不都合なことが貴殿にはあったのか? この登用試験には、何の企みがある? 」


「企みなど、滅相もございません」


顔を前に突き出して詰め寄ってくるイサナマス。

キキョウは苦笑いをしつつ、さりげなくイサナマスを避けるように体を反らす。


(くっさ! 何これ……加齢臭? きっつ! 吐きそうだわ…… )


そんなキキョウは、イサナマスが放つ体臭に苦しんでいた。


「イサナマス殿」


そんな中、イサナマスに声を掛ける将校がいた。


「んん? なんですかな? 」


イサナマスは、素早くキキョウから顔を逸らし、将校の方へ顔を向ける。

彼は、ニヤニヤと得意げな表情をしており――


(来たぞ来たぞ! 私の言葉を信じ、キキョウの悪事を暴く同士が)


それは、心の声が顔で表現したものであった。

しかし――


「そこまでにしてくだされ」


「そうだろう。貴殿も……へ? 」


その将校は、彼の思う同士と呼べる者ではなかった。


「キキョウ殿が言う通り、貴殿の言うことは言いがかりだ」


将校は呆れた表情を浮かべつつ、そう言葉を続けた。


「うぬっ!? 貴殿は、私の言葉が信じられないというのか! 」


「信じられない……というより、自分が遅れたことをキキョウ殿のせいにしているように見えるのだ」


「な、なにっ!? 」


「信じられませぬか。ならば、周りを見てくだされ」


イサナマスは、将校に言われた通り、周りを見回した。

すると、自分を見る将校達の顔が見え――


「うっ……ううっ…」


イサナマスは狼狽えた。

皆、自分を見て呆れたような表情をしているからだ。


「ご覧になりましたか。皆、私と同じ気持ちですよ」


「な、何故、私を信じない……」


イサナマスはそう言って、顔を俯かせる。


「イサナマス殿もキキョウ殿も我が国の軍師だ。共に信頼はある。しかし、この件に関しては、貴殿の言葉を信じられない」


「何故なら、最近のイサナマス殿は、招集に遅れることが多い。遅れた理由は、急に仕事が入った……だったか? 此度もそうなのだろう? 」


「おう、皆も同じ事を思っていたか。遅刻が多くて悪いと思う気持ちは分かるが、人のせいにしては行けませんなぁ」


他の将校達も口を開く。

彼らがイサナマスを信じないのは、ここ最近の彼の行動のせいであった。

将校達の言うとおり、ここ数日の集まりで、イサナマスは遅刻が多かった。


「ぐ……その時は、急に仕事が入ったからだが、今日は……いや、確かに明日であると……私は……」


呟くイサナマスの声は、徐々に小さくなっていく。

ここ数日の集まりで遅刻した時の理由は、いつも仕事が増えたというものであった。

これは本当のことで、責め立てるほど悪いこととは言えない。

しかし、遅刻が多いとは悪い印象であり、そのせいで将校達はイサナマスが自分の遅刻をキキョウのせいにして誤魔化しているのだと思ったのだ。


「皆様方、そのへんにしましょう。ここ最近のイサナマス殿は、多忙でした。きっと、明日だと言うのは、その疲れによる聞き間違いでしょう」


キキョウが、この場を収めにかかる。

彼女の言葉を聞き、将校達はイサナマスに何もいうことはなくなった。

実際、キキョウはイサナマスにだけ、登用試験が明日行われると伝えている。

これにより、イサナマスを除いて登用試験を行おうとしていた。

イサナマスは、ずっと本当のことを言っていたのだ。

しかし、普段の彼の行いが周囲の者を信じさせなかった。


(間抜け……しかし、普段の嫌がらせが役に立ったわね)


キキョウは、微笑みを浮かべる中、そんなことを思っていた。

イサナマスは、キキョウに対して攻撃的な態度を取り、非協力的である。

そんな人物に優しくするほど、キキョウは善人ではない。

不愉快な人物であるイサナマスに対して、こっそりと自分の仕事を押し付けたり等の嫌がらせで、彼の気持ちに答えていた。


「くっ……」


イサナマスは顔を上げず、悔しげに顔を歪めた。

聞き間違いで済まされるも、もう何を言っても無駄であると思わされたからだ。

このイサナマスという男は、国一番の軍師と呼ばれていた。

しかし、それは昔のことで、今はキキョウが一番の軍師ではないかと囁かれている。

登用されて間もなく目覚しい活躍をするキキョウに対して、イサナマスはいまいち良い結果を出せていなからだ。

だからといって、二人に大きな差があるわけではないのだが、イサナマスには感情的になりがちという性格上の問題がある。

なんの根拠もなく、自分が気に入らないことは問答無用で否定するのだ。

イサナマスがキキョウのことをよく思っていないのも、ただ気に入らないだけである。

これは、彼の悪い面であると言えよう。

自分の感情むき出しでキキョウに接する彼を見て、多くの将校達の評価は良いものではなかった。


「皆様方、お時間を取らせて申し訳ありません。イサナマス殿にとって残念なことになりましたが、これにて――」


「キキョウ殿、お待ちを」


将校により、キキョウの言葉が遮られる。


「……何でしょうか? 」


「先ほどは、素晴らしいものを見せていただきました。凄いと言う他ありません」


「ありがとうございます」


「そこで、どうでしょう? イサナマス殿にもお見せしませんか? 」


「……」


将校の提案に、キキョウは口を閉ざす。

少ないものの、イサナマスに同調する将校もいる。

キキョウへ提案した将校は、その部類だ。

彼らは、こうしてイサナマスが窮地に陥ると決まって助け舟を出す。


(余計なことを……これだから、この男は……)


イサナマス一人なら容易に払い除けられるものの、彼等イサナマスに同調する将校がいるせいで困難となる。

彼等を含めて、キキョウはイサナマスを厄介な人物と認識しているのだ。


「ほう……ほう! 何やら、凄いことをしたそうだな! 」


落胆していたイサナマスはもういない。

彼は意気揚々と、空いていた椅子に座り込み――


「ほれ、キキョウ殿。その素晴らしいものとやらを私にも見せてくれ」


と、笑みを浮かべならラキキョウに言った。


「見せたいのは山々ですが、時間が――」


断ろうとしたキキョウだが――


「おう、キキョウ殿。イサナマス殿にも見せてやりなされ」


「うむ。貴殿を認めないイサナマス殿もあれを見れば、少しは気持ちが変わるかもしれないぞ」


「時間は気になさるな。最後まで付き合うぞ」


他のイサナマスに同調しない将校達も椅子に座り直した。


「……分かりました。もう一度やりましょう」


観念したかのように肩を落とすと、キキョウは中央の椅子に座り直す。

時間が押しているはずの将校達がやろうと言っているのだ。

ここで、キキョウがやらないとは言えなかった。


「キキョウさん……」


彼女の隣に座るセアレウスが、衝立ごしに声を掛ける。

その声は小さく、これからのことを心配してか頼りないものであった。


「予想外ではあるけれど、まだ大丈夫よ。覚えたことをド忘れしないよう気を強く持ちなさい」


そんなセアレウスに、キキョウは小声で、そう返した。




 キキョウとセアレウスは、羊皮紙の上で羽ペンを走らせる。

羊皮紙に、兵が口にした言葉から連想した言葉を書かれる。

やはり、二枚とも同じ言葉が書かれ――


「ほう……確かに、これは凄い……と言えるな」


イサナマスも関心した様子であった。


「聞いたことから、連想した言葉を書く。近いだけでも凄いというのに、まったく同じであるか……」


彼は、そう言うと二人の間にある衝立に目を向け――


「二人の間には衝立があり、互いに羊皮紙を見ることは出来ない。なるほど、同じ思考を持つ者では出来ない芸当だ」


と、呟いた。

初めは不正をしているのだろうと思っていたイサナマスだが、注意深く二人とその周りを見ても不正となり得る要素が見当たらない。

イサナマスは、二人が同じ思考であると信じ込まされているようであった。


「ええ、そうなのです。あと、この者は私と同じ思考を持つだけでなく、戦闘の腕もありますよ」


「そうか……優秀な人物なのだな」


キキョウの言葉に、イサナマスはうんうんと頷く。


(……うまくいったようですね。良かったです)


そのイサナマスの様子に、セアレウスは安堵した。

不正を疑われることを危惧していたものの、それは杞憂であった。

このまま行けばすんなり終わるだろう。


「ふふふ、私が推薦するのもお分かりでしょう。それで、どうでしょう? 次は、イサナマス殿の言った言葉でやりましょうか? 」


(え……? )


そんなことを思っていたセアレウスは、耳を疑った。

何を思ったのかキキョウがイサナマスに、お題を要求した。

そんなことをすれば、想定外の言葉を言われてしまう危険があり、セアレウスにとって、どうしても避けたいことであった。

しかし――


(さあ、何でもいいからお題を言いなさい。もちろん、ちゃんとしたお題をね)


キキョウには思惑があった。

不正を疑っていない様子であっても、心根はどうかは分からない。

そこで、キキョウは自分からイサナマスにお題を振ることにした。

そうすれば、誰から出されても問題ないということが強調できるからだ。

加えて、セアレウスが全て暗記していることが前提だが、出された言葉と連想した言葉のパターンは数多くある。

違う言葉を出されても、それに近いものを選択すれば言いのだ。

さらに、万が一近い言葉が言われなければ――


『はぁ……イサナマス殿。いくらなんでも、その言葉はどうかと……』


と言い、協力者である将校と共にイサナマスを非難するつもりでいた。

念入りに予防線が張り巡らされているがゆえの自信であった。


「ふむ、私がか……」


イサナマスは考える仕草をする。

ほどなくすると、考えが決まったのか顔を上げ――


「いや、やめておこう」


と言った。


(ほっ……)


(ん? )


イサナマスの返答に、セアレウスは安堵し、キキョウは訝しんだ。

セアレウスは彼の言葉をそのまま受け取り、キキョウは何か裏があると思っていた。

どちらが正しかったといえば――


「言ったことを連想した言葉が同じというのは、よく分かった。では、別の方法を試してもよろしいか? 」


キキョウである。


(えっ!? )


(はぁ……そう来るか……)


顔に出さず、セアレウスは驚愕し、キキョウは落胆した。

イサナマスは、キキョウの想定外の答えをだしたのだ。


「……ええ。あまり無茶なものでなければ……」


自分からお題を振った手前断ることはできず、キキョウは、とりあえず話を聞くことにする。


「ふふふ、そう構えることはないぞ、キキョウ殿。同じ思考を持つのならば容易いこと。まだ羊皮紙はあるかな? 」


「まだ数枚あります」


「結構。使うのは一枚だがな」


「羊皮紙は使うのですか……それで、どうすれば良いのですか? 」


キキョウが訊ね、隣のセアレウスと共に何が来るのかと思う中、イサナマスは――


「簡単なこと。その羊皮紙に丸と三角と四角を書いてくだされ」


と言った。

彼の言葉に、どういうことかとキキョウとセアレウスだけではなく、将校達も首を傾げる。

それを察してかイサナマスは得意げな表情をし、口を開く。


「同じ思考をしているのだ。もちろん、何の相談もなく、同じ位置、同じ大きさ、同じ形で書いてくださるのでしょう? 」


「「……!? 」」


「「「おおっ! 」」」


将校達がどよめく中、キキョウとセアレウスは顔を僅かに引きつらせた。

イサナマスは、キキョウとセアレウスが同じ思考であることを疑っていた。

彼は不正は見破ることはできなかったが、何かしらのカラクリが潜んでいると睨んでいた。


(ふん! あんなに同じ言葉を書くなどあるものか。きっと何かがあるはず……だが、それは分からなくていい)


そこで、イサナマスは――


(同じ思考を持っていないことを証明すればいいのだ。そうすれば、不正をしていたことが明らかとなる)


自分の考え出した方法で、キキョウとセアレウスが、本当に同じ思考を持っていることを確かめることにした。

故に、お題を出すというキキョウの提案を断ったのだ。

従えば、キキョウの考えた方法に則るということ。

そうした上で、不正を暴くことは不可能であると判断したからだ。


「お二人にとっては、容易いことでしょうな。いやはや、楽しみだ」


イサナマスは満面の笑みを浮かべ、二人に期待しているかのような言葉を言う。


(私の勝ちだ、キキョウ。今日こそ、何を企んでいるか腹の底を暴かせてもらうぞ)


もちろん本当に期待しているわけではない。

イサナマスは、今日この場をもって、邪魔なキキョウを蹴落とし、再び国一番の軍師になろうとしていた。





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