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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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二百八十九話 奇跡の演出

 ――二日後の朝。


セアレウスは再び、ラザートラムの中に入ろうとしていた。

今度は、城郭の壁からではなく、国の玄関となる出兵郭からである。


「止まれ! 貴様、何者だ! 」


セアレウスが出兵郭に近づいたところで、番兵の一人が彼女に気がついた。

すると、その番兵の声により、多くの兵は現れ、あっという間にセアレウスを囲み出す。

兵達に剣を向けられるセアレウスは、抵抗の意思がないと両手を上げて示しつつ――


「セアレウスです。そちらのキキョウという者に呼ばれて、ここへ来ました」


と言った。


「なに? セアレウス……ちょっと待て」


一人の番兵が、セアレウスの名前に反応した。

彼は、一枚の紙を取り出すと――


「……水色の長い髪、青い目、肩と太ももを露出した訳の分からん服装、クソ真面目そうな雰囲気、貧乳……? そうでも……いや、これで貧乳なのか? うーむ、基準が分からんなぁ」


そこ書かれたことを読み上げつつ、セアレウスを見た。

キキョウは、セアレウスの特徴を記した書類を容易しており、番兵にそれと比較するように指示してあったようだった。


(何でしょう? 胸がチクチクします)


この間、セアレウスは、何とも言えない表情をしていた。

強いて言えば、悲しげな表情である。

セアレウスは悪口を言われているような気がしたのだ。


「……だいたい一致しているな。皆、剣を下ろせ!この者は我らの力になりうる人物だ」


番兵の一人の掛け声により、周りの兵は一斉に剣を下ろした。

そして、番兵の一人はセアレウスの元へ行き――


「ようこそ、ラザートラムへ! 」


と、セアレウスを歓迎した。


「来たばかりで申し訳ないが、我らの用意した試験を受けてもらうぞ」


「分かりました」


「では、後は案内の者に任せるゆえ、とりあえず城郭の中へ」


出兵郭にある大きな門が重々しい音を立てながら開かれる。

セアレウスは番兵の指示に従い、門を通って出兵郭の中へ足を踏み入れた。

出兵郭の中に入ると、セアレウスを待つ兵がいた。

その兵は、番兵が言っていた案内の者のようで、セアレウスは彼についていくことになった。

案内の者についていくと、セアレウスは出兵郭を通り抜け、第三城郭に入る。

その後、軍事区画にある一つの兵舎に入り、案内は終了した。

セアレウスが連れてこられたのは、兵舎にある一室だ。


(うっ……)


部屋に足を踏み入れた瞬間、セアレウスは緊張した。

部屋の中央を囲むように、コの字に長いテーブルが置かれている。

そのテーブルに多くの兵が座っている。

その兵達は、番兵や案内した兵と異なり、身につけている鎧や兜が立派であったり、人間のキキョウのようなローブを着てい者達だ。

外見からして、将校や官僚である。

そんな者達の視線が一斉にセアレウスへ向けられていた。


「ふっ……」


そんなセアレウスの様子を見て、キキョウは笑みを浮かべた。

彼女は今、人間の姿に化け、部屋の中央付近で立っていた。


「セアレウス殿を連れて来ました! 」


セアレウスの横で、案内の者が声を上げる。


「ご苦労様。あなたはもう下がって良いです」


キキョウが案内の者を下がらせる。


「さて、お忙しい中、来て下さりありがとうございます。これより、この者の登用試験を始めさせて頂きます」


案内の者が部屋から出ると、キキョウはテーブルに並ぶ将校達へ、そう告げた。


「待ってくれ、キキョウ殿」


これからセアレウスの登用試験が始まるかに思われたが、一人の将校がその流れを止めた。


「まだ来ていない者がいるようだが? 」


その将校は、ある方向へ顔を向ける。

その方向には、椅子が置かれていた。

否、椅子しかなく、誰もそこに座っていないのだ。


「おや? そこはイサナマス殿が座る予定でしたが……来ていませんね」


キキョウは、誰も座っていない椅子を見て、頭を傾げた。


「……少々、待つとしましょうか」


少し遅れてくるのだろう。

そう思い、キキョウは待つことを提案したが――


「いや、もう始めよう。キキョウ殿」


異を唱える者がいた。

その者は、イサナマスという者がいないと気づいた将校とは別の者である。


「うむ、私も賛成だ。イサナマス殿の立場上、忙しいのは分かる。だが、我々とて同じだ」


「確かに。私もこの後、前線の一部隊の指揮を執る予定だ。できれば、早く進めて頂きたい」


「イサナマス殿には悪いがな。仕方あるまい」


「いや、しかしだなぁ。もうじき来るのかもしれないぞ。それに、あのイサナマス殿だ。(ないがし)ろにしていいものか……」


待つという意見もあるが、それは少数で、多くの将校はイサナマスを待たずに始めることに賛成であった。


「……半数以上の方がこのまま始めることに賛成のご様子。では、このまま始めさせて頂きます。イサナマス殿には、私の方から後ほど対応しますので」


従って、キキョウはイサナマスを持つことなく、登用試験を始めることにした。

キキョウは、手招きをして、セアレウスを自分の元に来させる。


「先程から、名前が上がっておりますが、この者はセアレウスと言います」


すると、キキョウは隣に立ったセアレウスの紹介を始める。


「このセアレウスを推薦した理由としては、その強さにあります。変わった武器を使いますが腕が立ち、獣人にも引けを取ることはないでしょう。そして! なんと、この者は魔法が使えます。使う魔法は水魔法で、それはもう強力で、一発の魔法で大木の幹を砕くほどでございます」


身振り手振りをしつつ、キキョウはセアレウスの魅力を口にした。


「「「おおっ……! 」」」


魔法の説明をした時、将校達はどよめいた。

先ほどまで、彼らがセアレウスを見る目は険しいものであったが、この時より関心、或いは期待に満ちた目に変わった。

彼女が魔法を使え、さらにそれが強力であるということが、彼らの心を掴んだのだろう。


(大木って……誇張しすぎではありませんか? )


隣に立つセアレウスは、キキョウにそう言いたくてたまらなかった。

そんなセアレウスを気にすることなく、キキョウは話を進める。


「ここで、その強力な水魔法をご覧になって頂きたい……とは思いますが、それはまたの機会に。実は、この者には、まだ優れたところがあります」


キキョウは、そう言った後――


「アレの準備をお願いします! 」


と、パンパンと手を叩きつつ、部屋の外に向かって声を上げた。

すると、複数の兵がいくつかの物を持って、部屋の中に入ってきた。

彼らが持ってきたのは、二組のテーブルと椅子、一枚の白い板で出来た衝立、何枚かの羊皮紙、二組の羽ペンとインクであった。

それらは部屋の中央へ運ばれ、二組のテーブルと椅子は横に並び、その間に衝立が置かれた。

羊皮紙は分けられ、羽ペンとインクと共に、それぞれ二組のテーブルの上に置かれた。


「ご苦労様。この位置で問題ありません」


キキョウの言葉を受けると、兵達は一人を残して部屋の外へ出ていった。

この時、キキョウ以外の者は、中央に置かれた物を見て、訝しむような顔をしていた。


「準備が整ったところで、先ほどの続きを……この者は、私には及ばないものの、知能が優れております。そして、私と同じ考えを持ち合わせています」


「「「おおっ……! 」」」


ここでもまた、将校達はどよめいた。

キキョウが推薦した人物が来ると聞き、ここに多くの将校達が集まっている。

彼等は、キキョウのことを少なからず一目置いている。

その要因は、彼女の持つ知能や思考である。

セアレウスは、キキョウに近いのレベルの頭を持っていると聞いたのだ。

さらにセアレウスに関心し、興味が沸くはずである。

将校達のどよめきが耳に入る中、キキョウは、中央に置かれた物に手を向けた。


「今からそれをこちらの物を使って証明しようと思います。セアレウスはそちらへ方へ」


「は、はい! 」


キキョウとセアレウスは、テーブルに座った。

キキョウが左、セアレウスが右のテーブルである。

彼女達の間には衝立があり、互いに姿が見えなくなった。


「これから言われた事に関連する言葉を連想し、それを羊皮紙に書きます。セアレウスは私と同じ言葉を紙に書くことでしょう。では、お願いします」


「はい」


キキョウの言葉に、残った兵が頷き――


「赤! 」


と、声を上げた。


(赤……ああ、そういうことですか)


この時、セアレウスは何かに気づき、羊皮紙の上で羽ペンを走らせる。


「……セアレウス、書き終わりましたか? 」


「はい」


「では、前に見せましょう」


キキョウとセアレウスは同時に、言葉を書いた羊皮紙を取り、前に見せた。


「お、おおっ! 」


「これは……本当に同じ言葉を」


すると、二人の正面に座る将校達が驚愕の声を上げた。

彼らの反応から、キキョウとセアレウスは同じ言葉を書き記していたようであった。


「なに? 本当に同じ言葉を書いているのか? 」


「こちらからは、分からんぞ」


しかし、衝立に阻まれ、それが分かるのは二人の正面にいる将校達だけで、左右の方に座る将校達だけである。


「お二方、言葉を書き記した羊皮紙を預かります」


兵が二人から羊皮紙を受け取ると、左右の将校達にも見える位置に立ち――


「ご覧下さい! 二人共、まったく同じ言葉を書き記しています! 」


と声を上げつつ、紙を広げた。

その二枚の紙には、夕日という意味の言葉が書かれたいた。


「ほ、本当だ! 」


「ぐ、偶然ではないのか……」


「赤だぞ!? どれだけの言葉があると思っているのだ! 」


見事同じ言葉を書いた二人に、将校達はどよめく。


「ふふふ、驚いている様子でございますが、まだまだ序の口。何度やっても、どんなことを言われても同じ言葉を書く事が出来るでしょう。」


キキョウは笑みを浮かべ、余裕の様子であった。

セアレウスも態度に表さないものの、キキョウと同じく自信はあった。

その証拠に、何回やっても、二人は同じ言葉を書き続けた。

同じ言葉が書かれた二組の羊皮紙を何度も見たことにより、大半の者がセアレウスがキキョウと同じ思考を持つと信じた。

しかし、実際、セアレウスはキキョウと同じ思考を持ち合わせていない。

これには、キキョウによって仕組まれたカラクリがあった。

カラクリの一つは、一昨日キキョウがセアレウスが渡したスクロールである。

そのスクロールには、[赤は夕日]といったような組み合わせが幾つか書かれていた。

つまり、あらかじめこう言われたら、この言葉を書くようにと、セアレウスに知らせていたのである。

さらに、お題を出している兵もカラクリの一つだ。

彼は、キキョウの息がかかった者であり、彼に決まった言葉を言うように指示していた。

これらのカラクリによって、セアレウスがキキョウと同じ思考であるというのは演出されていたのだ。


「す、すごい……が、凄すぎる。凄すぎて……どうも信じがたい」


しかし、あまりに同じ言葉を書くので、逆に信じられない将校がいた。


「おや? 私が不正をしていると、お疑いになられますか? 」


「い、いや……そう…だな。どんなことを言われてもというのなら、私が言ったことでもよろしいか? 」


「ええ。もちろん、構いませんよ」


「では……道具……道具で考えてもらおうか」


「分かりました」


キキョウとセアレウスは、羽ペンを動かし始める。

ほどなく二人は言葉を書き終え、羊皮紙を将校達に見せると――


「お、同じだと!? 同じ思考だというのは、本当だったか! 」


二枚の羊皮紙には同じ言葉が書かれていた。

この結果から、キキョウとセアレウスを疑う者はいなくなっただろう。

兵ではなく将校のお題に、同じ言葉を書く事が出来たが――


(クククッ、協力ありがとうございます)


その将校もカラクリの一つであった。


「ふっ……」


キキョウが笑みを浮かべると、その将校は怪しく微笑む。

彼もキキョウの息のかかった者で、わざとキキョウを疑い、指定されたお題を出したのだ。

このようにして、根回しをした結果――


「うーむ、これは凄い者が来たな」


「武勇の方はまだ確認していないが、これだけでも流石と言えよう」


「はっはっはっ! 彼女を雇わない理由がないな! 」


完全に将校達は信じ込んだ。


「もうやる必要はないようですね」


キキョウは、そう言うと椅子から立ち上がり、将校達全員が見える位置に立つ。


「この者の優れた点をご堪能したところで、彼女を登用することに賛成の方は挙手をお願いします」


彼女の言葉に従い、将校達は手を挙げ始める。

キキョウが見回すと、この場にいる将校全員が手を挙げていた。

満場一致である。


「皆、賛成のご様子。では、この時より、セアレウスをラザートラムの兵と認め、この登用試験を終了します」


キキョウは、そう言うと将校達に頭を下げた。


「この者の配属する部隊は、また検討するということで、決まり次第連絡を――」


将校達が椅子から立ち上がる中、キキョウが彼らにそう伝えていると――


「皆の者、少しお待ちを」


ある人物が将校達を呼び止めた。

その人物の声を耳にし、将校達は動きを止め、彼に顔を向ける。

キキョウも彼に顔を向け――


「おや? イサナマス殿。来てくださいましたか」


微笑みを浮かべながら、声を掛けた。

部屋から出ようとする将校達を止めたのは、来ていなかったイサナマスであった。

キキョウが登用試験の終了を告げた時になって、ようやく彼はこの場に訪れたのだ。

イサナマスは、部屋の出入り口に立ち――


「キキョウ……殿。私の聞き間違えか? セアレウスなるものの登用試験は確か明日のはずでは?」


と険しい表情で、キキョウに問いかけた。

彼に対して、微笑みを浮かべ、余裕の態度を取るキキョウ。

しかし、彼女の心境は――


(ちっ、どこからか嗅ぎつけて来たか。本当、嫌な奴……面倒なことになったわね……)


と、穏やかではなかった。

このイサナマスという男は、キキョウと同じこの国の軍師である。

彼は、ラザートラムにて、キキョウのことをよく思っていない人物の筆頭だ。

登用されてから瞬く間に、軍師に任命されたことが気に入らないのだろう。

そんなイサナマスという人物をキキョウは嫌っており、自分を邪魔する厄介な人物として警戒していた。




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