二十八話 魔族との会遇
イアンは、ベティの依頼を受けた後、フィーピル遺跡に向かうためカジアルを後にした。
フォーン平原を歩くイアンの後ろをベティが歩いていた。
「そういえば、何故オレを指名したんだ? 」
イアンは、依頼を受ける前から抱いていた疑問を口にした。
「イアンくん、ファトム山に行ったことがあるんでしょ? 」
ベティは、イアンの問いに答えた。
「ああ。だが、何故それをお前が知っている? 」
「知らないの? 結構噂になってるのよ、イアンくんは」
「オレが? 」
「ファトム山を越えた冒険者の中に、水色の髪をした美少女がいたって。それで、その娘をフィーピル遺跡に行く時の護衛にしようと、ギルドで色々調べたの」
「美少女……」
その言葉に、複雑な表情を浮かべるイアン。
それに構わず、ベティは話を続けた。
「それで、びっくりしちゃった! まさか、E-ランクだなんて思わなかったもの」
「それを知ってもなお、オレを選んだ理由は? 」
「ファトム山を越えれたっていうことは、それなりに実力があるってこと。私は、イアンくんが本当は強い冒険者なんじゃないかって思ったの」
「……ほう」
「あと安かったから」
「それが真意だろう…」
イアンは、呆れてため息をついた。
フォーン平原を西に進んでいたイアンとベティは、フィーピル遺跡に到着した。
遺跡の周りは、石畳で舗装され所々に、崩れ掛けた柱が建っている。
特に目に付いたのは、遺跡の前方に建っている門のような建造物だ。
両側に建った石柱の上に、横にした石柱を被せたような作りをしており、イアンが見上げるほど高かった。
その門をくぐり、遺跡の入口に続く階段を上がる。
「到着! じゃあ今から遺跡の中に入るから、もし魔物がいたらよろしくね」
「ああ、任せておけ」
イアンとベティは遺跡の中へ進んでいった。
遺跡の中には、魔物はいなかった。
そのため、イアンはやることもなく、遺跡の壁などを松明で照らしながら、調べているベティの背中を見ていた。
普段の彼女とは打って変わって、真剣に調査を行っていた。
学者さながらの姿である。
「ああ、学者だったか…」
イアンは、ベティに聞こえないよう呟いた。
そして、学者である彼女に、自分が探している物について聞くことにした。
学者なら何か知っているかもしれない、そう判断したのだ。
「ベティ、黄金の斧というのに心当たりはないか? 」
「え? 黄金の斧? 聞いたことない。イアンくんは、それに興味があるの? 」
ベティは調査を中断せず、イアンの問いに答えた。
「興味というかそれを探しているのだが」
「うーん…私は、フォーン王国の歴史中心に研究しているのだけど、黄金の斧についての記録や伝承は見たことないよ。もしかしたら、この大陸には無いんじゃない? 」
「参ったな…」
どうやら、手がかりがまったくない代物のようだ。
イアンは、黄金の斧に近づくどころか、逆に遠くなってしまったような気がした。
数十分後、ベティは両手を上げて、大きく伸びをした。
「よーし、調査終了! イアンくん、帰るよ! 」
「そうか、何か分かったのか? 」
「わかんないことがわかった! 」
「……そうか」
イアンは、適当に言葉を返した。
「ああー! イアンくん、私を馬鹿にしてるでしょ? 一流の学者にだってわかんないこともあるのよ! 」
ベティは、頬を膨らませてイアンに抗議する。
すると、学者の顔になってイアンに言った。
「この遺跡、人間が作ったものじゃないのは確かよ。でも、どの種族が作ったかわからないの」
イアンとベティが遺跡の外へ出た時、空は赤く染まっていた。
「ん? どうしたの、イアンくん? 」
階段を降りようとしたベティをイアンが左手で制した。
イアンの顔を見ると、いつもの涼しい顔ではなく、険しい表情を浮かべながら空を見ていた。
「おまえの言うとおり……かもしれないな…」
ベティは、イアンの視線の先へ顔を向けた。
「――!? 」
「あいつらなんじゃないか……この遺跡の製作者は」
ベティは、驚愕した。
そこには、コウモリのような翼を生やした人物がこちらを見下ろしていた。
数百年前、魔王の配下に下り、数多の魔物達を率いて人々を苦しめた種族がいた。
魔王が倒された後、その種族は忽然と姿を消した。
その種族の名前は――
「ま、魔族!? 」
魔族がそこにいたのだ。
イアンは、空に浮かぶ魔族と対峙していた。
頭から二本の角が生えており、腰のあたりから細長い尻尾が伸びていた。
服は、燕尾服のような服を着ており、魔族は、その襟を正しながら口を開いた。
「久しぶりに来てみれば…変な輩がいますね」
魔族は、イアンを睨みつけていた。
「そこの女はともかく…そこの青いお前」
魔族は言いながら、右手を上に伸ばす。
「お前は不愉快だ! 」
バッ!
右手が振り下ろされ、手の平から紫色の稲妻が放たれた。
振り下ろされた右手はイアンの方ではなく、魔族の下の方に向いていた。
稲妻が地面に当たり、魔法陣が刻まれる。
周辺の地面が沈み、紫色に光る魔法陣の中から二メートルほどの石像が現れた。
「貴様には、この程度で充分でしょう。せいぜい泣き喚きながら無様に死んでください」
魔族はそう言うと、紫電となって消えていった。
「グギャアアアア!! 」
魔族が、この場を去った瞬間、石像が咆哮をあげながら動き出した。
石像は、ファトムデビルに似ているが、翼は背中にあり、石の鉤爪を持った腕を生やしていた。
魔物は跳躍し、翼で羽ばたきながら空を舞った。
「ガ、ガーゴイル!? 」
「知っているのか? 」
石像に向かって呟いたベティに、イアンが問いかける。
「うん、遺跡の中やその周辺に出没する魔物よ。調査しに来た学者が襲われるのをよく耳にするわ。そう…ここ以外にも彼らの遺跡はあるのね…」
うんうんと一人頷くベティ。
「ベティ、遺跡の中に隠れていてくれ」
「イ、イアンくん!? 一人で戦うつもりなの? 無理よ! ガーゴイルは強いわ、ここから逃げて誰かの助けを――」
「いや、それには及ばない」
ベティの言葉を遮って、イアンが言った。
「オレを強い冒険者だと思ったのだろう? それを証明してやろう」
「でも……わかったわ。無理…しないでね」
ベティは、イアンに反論できなかった。
イアンの顔が笑っていたからだ。
ベティは、イアンの指示に従って遺跡の中に入っていった。
「早速、こいつが試せるとはな」
イアンは、ガーゴイルに向き直ると、斧が固定されたホルダーへ手を伸ばす。
空いていた三番目のスロットには、真新しい斧が固定されており、その刃を光らせていた。




