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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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二百八十八話 裏表

 人間のキキョウが家として使っているこの建物には、いくつかの部屋がある。

その中に、人間のキキョウが自室として使っている部屋があり、そこに入る。


「待って。この部屋に入る前に靴を脱いでください」


「靴を……分かりました」


部屋に入る前に、人間のキキョウに促され、セアレウスは靴を脱ぐ。

戸惑ったもののすぐに動くことができたのは、人間のキキョウの靴を脱ぐ姿を見たからだろう。

セアレウスは彼女の動きに習って、靴を脱いだのだった。

その部屋は本棚に囲まれており、隅にある足の短いテーブルの上には、スクロールが山のように積まれていた。

この部屋に入った時、セアレウスは――


(人間のキキョウさんは、学者をやっているのでしょうか)


という印象を持った。

そして、床に目を向ければ、セアレウスは靴を脱いだ理由が少しだけ理解出来た。

部屋の床一面に、布で出来たカーペットが敷かれていた。

人間のキキョウは、このカーペットを靴で汚さないために靴を脱いでいるのだと推測できる。


「さ、座りましょう」


人間のキキョウは、部屋の中にあったクッションを二つ持つと、そのうちの一つをセアレウスに渡した。

人間のキキョウは、それを自分の下に敷いて座る。

セアレウスも彼女に習ってそうした。

二人は、向かい合ってクッションの上に座っている。

クッションは平たいため、カーペットの上に座っているようにも見えなくもない。


「あら、ごめんなさいね。ここに椅子ないんですよ。どこから持ってきますか? 」


座る時は、だいたい椅子の上であるセアレウス。

今の座り方に慣れておらず、どこか落ち着かない気分であった。

そのことを人間のキキョウに悟られたのだった。


「いえ、問題はありません」


「そう。なら、このまま話を……ああ、座り方は楽にしていいですよ」


セアレウスの座っている姿を見て、人間のキキョウは、そう言った。

今、セアレウスはクッションの上に、畳んだ足を下にして座っている。


「それは正座という座り方。慣れていない者がそれをやれば、足が痺れてしまいますよ」


人間のキキョウは、クッションの上で正座をしている。

セアレウスは、彼女に習って正座をしていた。


「いえ、あなたがこの座り方をしているのであれば、わたしもそれに習うべきです」


「そんなことはないですけどね。本当、真面目な人ですね」


人間のキキョウは、呆れた声音で、セアレウスにそう返した。


「あはは、たまに言われますね」


真面目と言われ、苦笑いを浮かべるセアレウス。

セアレウスは意識して真面目に振舞っているわけではない。

彼女にとって、良いと思える行動をしたまでで、普通にしているだけなのだ。

ここで、改めてセアレウスは人間のキキョウを見た。

彼女の髪は、腰までの長さで、クセがなくサラサラと真っ直ぐ下に垂れている。

色は明るい栗色で、部屋を照らすロウソクの光により、キラキラと輝いているように見える。

彼女が着る裾の長いローブは淡い赤色をしており、袖の周りや襟に模様がある。

そして、彼女の顔は端正な顔立ちをしている。

落ち着いた様子もあり、大人びた雰囲気があった。

しかし、時折見せる特げな笑みは、どこか子供っぽい。

大人の女性という彼女の見た目からして、それが魅力とも受け取れるが、セアレウスはこれを違和感として感じていた。


「では、このまま話をさせて頂きます。まず、ここにどうやって来ましたか? 」


「ラザートラムにどうやって、忍び込んだ……ということですか? 」


「その通り。それを話してください」


「……分かりました。では、まず城郭の中には……」


セアレウスは、ラザートラムの外から人間のキキョウの家に行くまでの出来事を話した。


「ふぅん、なるほど。排水口から、城郭の中に入って来たと……」


一通り話を聞き終えた後、人間のキキョウは関心するように呟いた。


「はい。城郭の上は越えられないと思ったので」


「ふむ。そこまではいいとして、魔法で鉄柵を開けられるとは考えなかった。ありがとう。参考になったわ」


「はぁ……もしかして、わたしに忍び込めと指示したのは、国の防衛の穴を見つけるためですか? 」


礼を言ってきた人間のキキョウに、セアレウスはそう訊ねた。


「……それもあるわ。でも、一番は……いえ、何でもありません」


「……? そうですか…」


言葉を濁されたものの、セアレウスは頷いた。


「ところで、キキョウさん。あなたは、ここで何をしているのですか? 」


今度は、セアレウスが人間のキキョウに質問をする流れとなった。


「ブリス村で私のことを聞いたのなら、当然の疑問ですね」


「はい、不思議ですよ。ブリス村で先生と呼ばれていたあなたが、どういった経緯で、こうしてラザートラムにいるのか……官僚としているのかが…」


「官僚……ときましたか」


人間のキキョウは、袖の中から扇を取り出すと、それを開く。


「ふふっ、なかなか良い線をいっていますね」


そして、口元を扇で隠しつつ、そう言った。

扇に遮られ、セアレウスには見えないが、人間のキキョウは笑みを浮かべていた。


「まぁ……けれど、立派な家々が立ち並ぶこの第二城郭の中に家を持ち、国の防衛を気にするところから、私が官僚か何かだと思うのは妥当であると言えるでしょう」


「ええ。その点から、あなたがこの国の官僚であると思いました。それで、その経緯というのは? 」


「……それを話すのは、後にしませんか? 」


再度問いかけたセアレウスに、人間のキキョウは、そう提案した。

今、口元を隠していた扇は下げられ、彼女の顔は顕となっている。

そんな人間のキキョウは僅かに笑みを浮かべつつ、セアレウスを真っ直ぐ見つめていた。

彼女に対して、セアレウスは怪訝な表情を浮かべていた。


「え……? 後にするというのは? 」


提案の意図が分からないため、セアレウスは訊ねる。


「その方が都合が良いからです。それに、あなたが一番知りたいのは、人間のキキョウ()ではないキキョウの居場所でしょう? 」


「……はい。では、キキョウさんの居場所を教えてください」


セアレウスは、人間のキキョウの提案に乗ることにした。


(都合が良い? )


しかし、納得がしていなかった。


「いいでしょう……と、その前に」


人間のキキョウは扇を閉じ、それをセアレウスに突きつけ――


「これから言うこと……獣人のキキョウのことについては、誰にも喋ってはいけません」


と、言った。

その時の人間のキキョウの表情は険しい。

睨みつけるよう見つめ、セアレウスを威嚇しているようであった。


「わ、分かりました。でも、何故ですか? 」


人間のキキョウの気迫に押されつつ、セアレウスが訊ねる。


「後に理由は分かります。彼女は存在しない者として扱いなさい。分かりましたか? 」


「……はい」


セアレウスは、ゆっくりと頷いた。


「結構。では、キキョウに会わせてあげます」


「は……えっ!? 」


人間のキキョウの言葉に、セアレウスは耳を疑った。

獣人のキキョウの居場所を教える手筈であった。

しかし、人間のキキョウは、獣人のキキョウに会わせてやると言ったのだ。

まるで、この場に獣人のキキョウがいるという口ぶりである。

それをセアレウスが訊ねる前に、人間のキキョウが動いた。


「……!? 」


目の前の光景に、セアレウスは驚愕の表情を浮かべた。

驚くべきことに、人間のキキョウがぐにゃぐにゃと姿を変え始めたのだ。


「ふふふっ……」


そのセアレウスの顔が面白いのか人間のキキョウだった者は笑う。

やがて、人間のキキョウだった者は、ぐにゃぐにゃとした得体の知れない姿から、別の姿へと変わっていく。


「あ……」


その過程を見ているセアレウスは、人間のキキョウが言っていたことを理解した。

セアレウスの目の前に――


「初めまして……というのは、何か変ね」


白い獣人の少女が現れたからだ。

頭からピンと伸びる長い耳、銀色に輝く髪、赤い目を持つ彼女は紛れもなく――


「あなたが……キキョウさん……だったのですか…」


セアレウスが探していた獣人のキキョウであった。







 人間のキキョウが言った通り、セアレウスは獣人のキキョウに会うことが出来た。

否、ようやくキキョウが妖術を解いたのだ。

彼女が持つ妖術の中に、真似鏡像というものがある。

それは、周りの者に自分の姿を別の人物に見せるというもので、彼女はずっと自分の姿を人間のキキョウの姿にしていたのだ。


「ややこしい話だけれど、人間のキキョウの真の姿は、この獣人のキキョウであったと。ここはお分かり? 」


「は、はい。分かります。えと、服も変わるのですね」


キキョウの着ている服を見ながら、セアレウスは、そう言った。

今のキキョウが着ている服は、ローブではない。

かつて、イアンと別れる前と同じ服装、独自にアレンジが施された行灯袴を着ていた。


「あれは、化けた私に与えられた物。寸法が合わないのよ。それで、私に何のようかしら? 」


ちなみに、キキョウが化けた姿は人間の大人の女性のため、実際の彼女とは背丈が違う。


「あ、はい。わたしは、あなたの課題を手伝いに来ました」


「課題……なるほど」


セアレウスの返答に、キキョウは僅かに頬を吊り上げた。


「頼もしいわ、セアレウス。貴方という存在が来たおかげで、私は楽が出来るもの」


「そうですか! それは何より……ですが、課題は、どういうものなのですか? 」


「あら? もしやと思ったけれど、知らかったのね。私の課題は、この島の戦乱を終わらせることよ」


「戦乱……そういうことですか! もしかして、あなたがラザートラムにいるのは……」


「そのまさか。このラザートラムとベアムスレトの戦争をラザートラムの勝利という形で終わらせるためよ」


課題の達成条件を話した後、キキョウはセアレウスにここまでの経緯を説明した。

キキョウは修行の地より、課題指示された時から、トライファス島の状況を聞かされていた。

その時の情報を元に、キキョウはラザートラムとベアムスレトの二国間の戦争を人間対獣人の戦争であると定義した。

戦乱を終わらせるには、人間か獣人のどちらかの勢力に加わなければならないと判断したキキョウは、ラザートラム側に加わることに決めた。

その理由は――


「理由は……色々と話さなければいけないことが多い。長くなる。追々話すわ」


ということで、後回しにされ、今は分からないことであった。

ラザートラムに加わることに決めたキキョウだが、彼女は獣人である。

敵対する側の種族の者であるため、そのままラザートラムの門を叩けば、敵とみなされ拘束されてしまうことが予想された。

そのため、キキョウは人間に化けていたのである。

よって、問題なくラザートラム側に加わることが出来るかに思われるが、まだ問題はある。

それは、人間であろうとラザートラムが得体の知れない者を雇うかどうかだ。

つまり、信用に値する人物か有能な人物を示さなければならなかった。

そこで、キキョウは知恵者として、自分をラザートラムにアピールすることにした。

その方法は、ラザートラムに近いブリス村で過ごすことであった。

そこで知恵者として振る舞えば、どこからか噂が広まり、向こうからやってくるのだと考えたのだ。

キキョウの思惑通り、ラザートラムから使者が現れ、無事ラザートラムの勢力に加わることができたのだ。


「頭が良いということでスカウトされて官僚になるなんて。キキョウさんはすごいですね」


「官僚……とも言えるのかしら。正しくは、軍師よ。あと、最初は軍師ではなかったわ」


今のキキョウに与えられた役職は軍師である。

勢力に加わった時から、彼女がこの役職に就いたわけではない。

それは功績を讃えられた結果であった。

キキョウが加わった時、ラザートラムは劣勢で、大平原の多くがベアムスレトの支配地域であった。

獣人の力は人間を上回っており、俊敏さも優っている。

それだけで手強いのに、ベアムスレトの兵は鶴翼の陣を組んでいた。

鶴翼の陣とは、敵軍に向かってVの字に広がる陣形で、敵を包囲に適している。

獣人と鶴翼の陣の組み合わせは抜群で、ラザートラム側は兵の力に負けて押し返すことができず、あっという間に包囲され、多くの兵を失ったという。

キキョウが軍師となる前に他の軍師もいたのだが、その時効果的な策を出せずにいた。

そのおかげで、何の役職もないキキョウに活躍の機会が訪れたのだ。

獣人の鶴翼の陣を打開するために、彼女が考えたのは車懸りの陣だ。

この陣形は円状に舞台を配置し、グルグルと回るように移動しながら進む。

回ることによって、先頭の部隊を次々と交代させながら戦うことが出来る。

この陣形で鶴翼の陣に挑んだ結果、ラザートラム側がべアムスレトの兵を押し返すことができた。

いくら屈強な獣人でも体力というものがある。

交代しながら戦うラザートラム側に対して、ベアムスレトは同じ兵が戦い続けており、体力の消耗が激しかったのだ。

こうしてラザートラムはベアムスレトを徐々に押し返していき、現在の大平原が二分されている状況になった。

陣形を変えただけで戦況を覆したキキョウは、その功績を讃えられ軍師に任命されたのだった。


「ベアムスレトの奇襲部隊を撃退したこともあったけれど、これは軍師になったあとね。ま、ざっと説明すると、こんなものよ」


「すごいです。でも、本当にわたしがいなくてもなんとかなりそうな感じがありますね」


キキョウの話を聞き、セアレウスはそう思っていた。


「規模は小さいけれど、国同士の戦争よ。私も何とかなると思っているけれど、簡単には行かないわ」


「そう……ですね。でも、わたしはキキョウさんに、どう手伝いをしたらいいか……」


「それは、私が考えるわ。というか、考えたわ」


キキョウは、そう言うと閉じた扇を再びセアレウスにつきつけた。


「貴方、私の部下になりなさい」


「キキョウさんの部下ですか。分かりました。よろしくお願いします」


セアレウスは、あっさりとキキョウの提案に従い、頭を下げた。

手伝い方が分からない以上、断る理由が無いからだ。


「ええ、よろしく……と、言いたいところだけれど、まだ早いわ」


「え!? どういうことですか? 」


バッと顔を上げるセアレウス。


「私という推薦はあるものの、それだけでは他の者は納得できないわ」


「キキョウさんと同じように、わたしが雇うに相応しい人物であると証明する必要があるということですか」


「ええ。少し待ちなさい」


キキョウは、そう言うと立ち上がってテーブルの方へ向かった。

テーブルに着くと、スクロールを広げ、そこに何かを書き始めた。

しばらくした後、キキョウがスクロールを持って戻ってくる。


「待たせたわね。これをお持ちなさい」


「これは? 」


首を傾げつつ、セアレウスはスクロールを受け取った。


「明後日の朝までに、そこに書かれていることを暗記してくること。そうすれば、問題なく皆に認めてもらえるでしょう」


「分かりました。頑張ります」


セアレウスは返事をすると、さっそく暗記に取り掛かるが――


「待ちなさい」


キキョウによって、止められた。


「言い忘れてたようね。一回、ラザートラムから出てちょうだい」


「……え? 」


「今、貴方は不法入国しているのよ? そんな奴が平然と出てきたら、拘束されてしまうわ」


「あ……なるほど」


セアレウスは、キキョウの言うことを理解した。

見覚えの無い者が国の中にいたとすれば、不審人物で拘束されてしまうだろう。

一旦、ラザートラムから出て、キキョウが推薦した者として正式に入り直す必要があるのだ。


「はぁ……分かりました。では、もうっ――うわっ!? 」


立ち上がろうとしたセアレウスは転んだ。


「……はぁ、だから言ったのに……」


カーペットの上で横たわるセアレウスを見て、キキョウは呆れた声音で、そう呟いた。

セアレウスの足は痺れており、しばらく彼女は立ち上がることが出来なかった。




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