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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 偽鏡の知者編
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二百八十七話 侵入者 セアレウス

 ――朝。


まだ日が昇る前。

ラザートラムから北東のトライファス平原にセアレウスはいた。

彼女がいる場所には、背の高い草が生い茂っており、そこで体を伏せて身を隠していた。

目と鼻の先にラザートラムがあると言える場所だが、ここに人が来ることは滅多にない。

それ故に、今までセアレウスが巡回するラザートラムの兵に見つかることはなかった。

しかし、そんな場所でセアレウスは何をしているのだろうか。

その答えは、ラザートラム国内の探索である。

水魔法を駆使して、水の塊を遠隔操作し、城郭の中へ忍ばせているのだ。

自分が操る水の塊を介して、城郭の中の様子を見ているわけだが、これは並の者では出来ないことである。

それは、セアレウスが水魔法に長けているというような理由ではない。

彼女が水魔精であるが故、人間では無い部分が関係しているのだ。

セアレウス自身そのことを理解しておらず、自覚はない。

彼女が水魔精の力を知ることになるのはだいぶ先のことになるだろう。

話を戻し、二日間水の塊を遠隔操作したことによって、セアレウスはラザートラム第三城郭までの様子を知ることができていた。

まず、第三城郭の前、国の最北東に小さな城郭がある。

これは出兵郭と呼ばれている所で、国外へ出る兵が戦を準備する場所である。

この国の玄関口とも言えるだろう。

この出兵郭の出入り口には、常に番兵が存在し中も兵が多い。

水の塊は通り抜けることが出来るが、セアレウス自身は厳しい。

見つかってしまう可能性は極めて高かった。

その出兵郭を越えた隣に第三城郭がある。

第三城郭は、第二城郭を囲み、楕円状に広がっている。

城郭の中では一番面積が広く、全体をざっと見ただけで、セアレウスは二日の大半を費やしていた。

この第三城郭は広大なため、セアレウスは場所ごとの特徴を(かんが)み、さらに二つの区画に分けていた。

まず一つ目の区画は、軍事区画。

そこは出兵郭を抜けたすぐそこに広がっており、兵舎や武器庫などが存在していた。

軍事区画を通り抜ければ、第二城郭や後で説明する区画であるためか、出兵郭よりも警備が厳しく見えた。

第二城郭や他の区画に通ずる道の番兵や巡回する兵の数が多かったからだ。

ここも通り抜けることは、困難だろう。

そして、二つ目の区画は、住民区画である。

ここは、兵では無い一般の国民達が住む場所であった。

兵舎や武器庫などの施設はなく、民家が密集している。

そこに住む者達は、兵のような張り詰めた雰囲気はなく、大半がのんびりとした雰囲気があった。

そのせいか定かではないが、住民区画内の警備は薄い。

以上がセアレウスが調べたことである。

水の塊を遠隔操作できる範囲は、この第三城郭までなのだ。

ここまでで得た情報によって、セアレウスはまず、外から第三城郭の住民区画へ忍び込むことに決めた。

住民区画に潜伏し、そこで水の塊を遠隔操作して、第二区画を探索しようと考えたのだ。


「ふぅ……ちょっと休みますか……」


今すぐセアレウスは第三城郭に入ろうとはしなかった。

長時間水の塊を遠隔操作し、疲労が溜まっているのだ。

セアレウスは、水の塊の遠隔操作をやめた途端に眠りについた。





 ――夜。


雲に隠れがちの月がトライファス島をほんのりと照らす。

その頃になって、セアレウスはラザートラムへの侵入を試みる。

細かく言えば出兵郭からではなく、第三城郭の住民区画への侵入だ。

その理由としては、住民区画ならば、警備は薄く兵に見つかる危険性が少ないこと。

しかし、これは入ってからの話だ。

住民区画へ侵入する前に、ある障害がある。

それは、城郭を越えることだ。

ラザートラムにある城郭は石で出来た巨大な壁で高さは、十メートルを超える。

その中でも第三城郭は一番高く、二十メートルはあるだろう。

それを登らなければならないが、登る前にも障害がある。

出兵郭の出入り口以外の第三城郭の周りは、水の張った堀に囲まれている。

その堀の深さも十メートルはあり、容易に城郭へ近づくことが出来ないようになっているのだ。

ここまでしていれば、城郭を越える者はいないと思い満足するのだろうか。

どうやら、ラザートラムの者は満足しないようであった。

城郭の上部には、等間隔に矢倉があるからだ。

そこで複数の兵が篝火で周囲を照らし、侵入者がいないか見張っている。

兵の目の届かない部分は見当たらず、見つからずに城郭を越えることは不可能。

堀を越え、壁を登り、見張りの兵に見つからない。

これらのことをしなければ、第三城郭の中、住民区画に侵入することは出来ない。

はたして、セアレウスは、どのようにして城郭を越えるこというのか。

実は、セアレウスは城郭を越えるつもりはない。

彼女は、城郭の中へ入る抜け道を探し当てていた。

その抜け道とは、排水口である。

排水口とは、雨水等の水を外に出すための水路のこと。

その穴が城郭の壁に空いているのだ。

しかし、ここからの侵入の可能性をラザートラム側を考えている。

排水口から侵入を防ぐため、城郭内側に鉄柵が施されていた。

この鉄柵は、城郭の中からでしか開けられず、並みの力では破壊できないほど頑丈であった。

しかし、セアレウスに対しては無意味なものである。

何故なら、鉄柵の隙間から水の塊を侵入させ、それで鉄柵を開けてしまうからだ。

こうして、セアレウスは得意の水魔法を駆使して、第三城郭内の住民区画の侵入に成功したのだった。

住民区画に侵入したセアレウスは目星をつけていた潜伏場所に向かう。

兵に見つからず人間のキキョウの元へ向かうため、第二城郭の様子を調べる必要がある。

セアレウスは住民区画から、水の塊を遠隔操作するのであった。


――水の塊を第二城郭に侵入させてから三時間ほど。


セアレウスは、水の塊に自分の居場所から紙に記された人間のキキョウの場所を辿らせた。

第二城郭の全体を見てはいないが、そこは住民区画のように家々が立ち並ぶところのようであった。

家々の数は少なく、住民区画のどれよりも大きな建物が多かったため、貴族のような位の住む場所であることが推測できる。

そうした第二城郭の中の様子を見る中、セアレウスは人間のキキョウがいるであろう建物を見つけ出した。

それにより、遠隔操作による探索を終えたセアレウスは――


「……なんだか警備が薄いですね」


と、思わず呟いた。

セアレウスは第二城郭の中で、見回りの兵を見ることはなかった。

そして、十メートルほどの第二城郭の壁は、ただの高いだけの壁で乗り越えることは容易かった。

もう人間のキキョウの元へ辿り着いたも同然であった。


「第三城郭の警備が厳しいから……でしょうか」


警備が薄いことをセアレウスは、特に何も思うことはなかった。

実際、彼女の呟いたように、第三城郭の堅牢さを信じた上での警備の薄さである。

しかし、実際はそうであれ、この時セアレウスは、何故警備が薄いのかと警戒するべきであった。

警戒したところで、セアレウスにはどうしようも出来ないかもしれないが。





 魔法で操った水流により、セアレウスは第二城郭へ侵入した。

あとは、人間のキキョウがいるであろう建物を目指して走り抜けるだけであったが――


「……! 」


セアレウスは何かに気づき、足を止めた。

彼女が顔を向けるのは、第二城郭の壁の上。

そこに仮面を付けた見覚えのある黒い装束の者が佇んでいた。

セアレウスは見上げたまま、黒い装束の者から目を離さない。

黒い装束の者の攻撃に即座に対応するためだ。


(どうしましょう……)


セアレウスは黒い装束の者を見上げたまま、動けないでいた。

この状況において、戦闘は避けるべきである。

見張りがいないとはいえ、騒ぎを起こせば、気づかれる危険があるかだ。

そうなれば、ここまで来た苦労は水の泡である。


(あの人は何なのでしょうか……)


そして、動けない理由には、黒い装束の者が何者かが分からないこともある。

敵であるならば、速やかに何かしらの対処を行うべきである。

しかし、この黒い装束の者は――


『あと、この巻物を読む前に、謎の黒い者に襲われましたか?

あれは、特に何でもないので気にしないでください。』


人間のキキョウと何かしらの関係があるようであった。

ならば、敵対するべきではないが――


(分からない。これは確認したほうが良さそうですね)


やはり分からないため、セアレウスは黒い装束の者に訊ねることにした。

縄状の水流を第二城郭の上部に伸ばし、自分の体を引っ張りあげることで、セアレウスも第二城郭の上に立った。

黒い装束の者と少し離れた位置から――


「あの! キキョウさんと知り合いなのですか? 」


セアレウスはそう訊ねた。

返事を待つが一向に来る気配はない。

黒い装束の者は、セアレウスに顔を向けるだけであった。


「……何もないのであれば、通してもらいます」


返事を待つことをやめ、セアレウスは黒い装束の者を無視することにした。

セアレウスは無視すると決めてはいるが、まだ黒い装束の者を不審に思ったままである。

それが功を奏した。

黒い装束の者の動きに反応し、セアレウスは自分の体の前に水の膜を張った。


パシャ! パシャ!


空中を漂う水の膜に複数の水しぶきが上がる。

その水の中に、以前投擲された黒い武器が複数浮いていた。

黒い装束が投擲した武器をセアレウスは水の膜で受け止めたのだ。

セアレウウは、攻撃が来てもいいよう水魔法を出す準備をしていた。


「残念です」


黒い装束の者に顔を向けるセアレウス。

ここで、彼女は戦う覚悟をした。


「今、あなたを敵と見なしました。何のつもりかは知りませんが、わたしの邪魔はさせません」


セアレウスはそう言うと、漂っていた水の膜を左右の拳に纏まわせた。

彼女に対して、黒い装束の者は背中から刀を手に取る。

ただ立っているだけでなく、今度は腰を僅かに落とした体勢で刀を前に構えている。

その体勢と向けられた刃から、黒い装束の者から殺気が伝わってくるのをセアレウスは感じていた。





 セアレウスと黒い装束の者の戦いが始まる。

以外にも最初に動いたのは、黒い装束の者でセアレウスに向かって駆け出してきた。

目の前まで接近すると、黒い装束の者はセアレウスの腹に目掛けて、刀を突き出した。

それをセアレウスは右の拳で横へ弾く。

この時、セアレウスの右の拳は水を纏っている。

彼女には、アックスエッジという武器があるのだが、それを使う気はなかった。

武器と武器のぶつかり合う音が発生するのを避けるためである。

拳に纏う水は、一見ただ纏っているように見えるが、実際は違う。

ぐるぐると拳の周りを水流となって動いており、その勢いは激しいもの。

すなわち、激流を纏った拳である。


「……海」


「え……? 」


セアレウスが攻撃を防いだ瞬間、彼女は誰かの声を耳にした。

この状況からして、黒い装束のものであろう。

しかし、今はそれを気にしてる場合ではない。

反撃を行うべく、セアレウスは左の拳を黒い装束の者に突き出した。


「勢水拳! 」


騒いではいけないということを忘れて、セアレウスは技の名前を叫ぶ。

突き出された彼女の拳が向かう先は、黒い装束の者の右頬。

その途中、セアレウスの左の拳は黒い装束の者に防がれた。

黒い装束の者は、どこからか投擲に使っていた武器を取り出し、それで防御したのだ。

ナイフのように持たれる投擲武器とセアレウスの左の拳がぶつかり合う。

少しの間競り合っていたが――


「はあっ! 」


力が優っていたのだろう。

セアレウスが黒い装束の投擲武器を押し返した。


「……!? 」


それにより、左腕を弾かれ、黒い装束の者は体勢を崩す。

その瞬間の隙を見逃さず、セアレウスは――


「猛雨連打拳! 」


連続で拳を突き出す技を放った。

なんとか防御する黒い装束の者だが、激しく降りしきる雨のように放たれるセアレウスの拳に押され、徐々に後退していく。

それと同時に、黒い装束の者に攻撃を受ける体力も減っていく。

それを見越して、セアレウスは――


「激流回転蹴り! 」


自分の持つ技の中でも強力な技を繰り出した。

黒い装束の顔に目掛けて、セアレウスの蹴りが振り回される。

とっさに反応し、黒い装束の者は後方へ跳躍して躱そうとした。

しかし、かろうじて間に合わず、振り回されたセアレウスの足は、黒い装束の者の仮面に命中した。

その結果、仮面が宙を舞い、くるりと体を横回転させたセアレウスの目に――


「あ、あなた……! 」


黒い装束の者の素顔が映った。


「くっ! おのれ……」


顔を見られたくないのか黒い装束の者は腕で顔を隠し、この場から走り去っていってしまった。


「あ……! いえ、これで良いでしょう」


セアレウスは、逃げた黒い装束の者を追いかけようとしたが、すぐにやめた。

今の彼女の目的は、黒い装束の者を倒すことではない。

ラザートラムに侵入したところを見られてはいるが、まず人間のキキョウの元へ行くことが先決であると判断したのだ。


「それにしても……まさか、女の子だったとは……」


黒い装束の者が逃げ去った方へ顔を向けながら、セアレウスが呟いた。

彼女の素顔は女の子のもので、一見して人間のようだった。







 黒い装束の者との戦いを終え、セアレウスは急いで人間のキキョウの元へ向かった。

予期せぬ戦いがあり、予想していたよりも時間をかけてしまったが、まだ夜は明けていない。

セアレウスは、ようやく人間のキキョウがいるであろう建物に辿り着いた。

その建物は、木で出来ており、所々に装飾が施されている。

やはり大きく、その周囲には庭のような空間もあった。


「はぁ、凄いところですね。もしかして、人間のキキョウさんは高い地位の人なのでしょうか? 」


家であろう建物の大きさに、セアレウスはそう思わざるを得なかった。

玄関の扉の前に立ち、中に入れさせてもらうため、セアレウスはノックする。


「ごめんくださーい。夜分遅くに申し訳ありません。セアレウスです。会いに来ました」


誰も来る気配がなかったため、セアレウスは声を出した。

すると、閉まっていた扉が開いた。

恐る恐るセアレウスはそこか顔を覗かせてみたが、近くに誰もいなかった。

ひとりでに扉が開かれたのだ。

そうだと判断したセアレウスは、開かれた扉を閉めた。

そして、玄関の前に立ち――


「ごめんくださーい」


再び、声を出した。

すると、またひとりでに扉が開かれる。

セアレウスはまた扉を閉めた。

すると、また扉が開き、それをセアレウスが閉める。

これを何十回と繰り返すと――


「あの……いい加減に中に入ってもらえませんか? 」


家の中から一人の裾の長いローブを羽織った女性が現れた。

栗色の長髪で、頭に耳は無い。

一目見て、セアレウスが持った彼女の印象は、綺麗でいて聡明な女性。

整った顔立ちと、どことなく賢そうな雰囲気があると思っていた。


「あなたが人間の……キキョウさんですか? 」


セアレウスは、その女性が人間のキキョウであると思った。


「はい、そうです。それで、何故中に入らないのです? 」


キキョウは、袖口の広いローブの袖に包まれた腕を組みながら、セアレウスに訊ねた。

その姿勢から、苛立っている様子が伺える。


「え……勝手に家の中に入るべきではないと。あと、風か何かで扉が勝手に開いたと思っていましたが、もしや……」


「私が開けていました。中に入れという意が込められていましたが、あなたには伝わらなかったようですね」


「すみません」


セアレウスは、キキョウに頭を下げた。


「……ふぅ、あなたは相当真面目な人のようですね。いいでしょう。とりあえず、上がりなさい」


キキョウはそう言うと、セアレウスに背を向ける。


「キキョウについて教えてあげます」


「お願いします」


家の中へと入っていくキキョウ。

彼女に続いて、セアレウスもようやく家の中へと入ったのだった。




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