二百八十三話 決戦 コウユウ 対 リオダイナ
試合開始から少し前。
コロシアムの観覧席にて、セアレウスは闘技会場に立つコウユウを見つめていた。
そこには、キハンもおり、セアレウスと同じようにコウユウを見ていたが――
「まさか、クーティも来るなんてね」
顔を横に向けて、そう言った。
彼女の隣の席にはゴートがおり、さらにその隣にはクーティがいた。
「コウユウさんの最後の試合ですから。私も応援したいです。あと、私が行くって言わなかったら、お父さんは来なかっただろうし」
「うるせぇよ。ったく、店を休みにするはめになっちまった」
「来たかったくせに」
「けっ」
ぶすっとした顔をするゴート。
クーティが誘拐されたこともあってか、ゴートは彼女から離れることを避けたかった。
つまり、コロシアムに来るつもりはなかった。
しかし、コウユウの最後の戦いを見届けたい気持ちがあり、それを察したクーティが来たいと言ったのだ。
そんなことがあって現在に至るわけで、ゴートの言う通り誰もいない宿屋は休業となっている。
「あはは、クーティには敵わないね。それで、まさか二人も応援に来てくれるとは……」
キハンは、反対方向に顔を向けた。
その方向のキハンの隣にはセアレウスがおり、さらにその奥には――
「ふん。コウユウが優勝するかなんて……少しどうでもいい。だけど、セアレウスさんが応援しているからな」
「もはや、貴殿等は他人ではない。我らもコウユウ殿を応援したいのだ」
ミュレイザーとミチクサマルがいた。
彼女達はゾロヘイドを去ることなく、町に残っていた。
コウユウが優勝できるか気になり、その結末を見届けにここへ来たのだ。
「どんな理由でも、来てくれて嬉しいね。なんせ、ダンナを応援してるのは、オイラ達くらいだから」
キハンは、そう言うと周りを見回す。
観覧席で声を上げる観客達は皆――
「リオダイナ! リオダイナ! 」
「行けーっ! 獅子獣人! 最強の獣人の力を見せてくれーっ! 」
リオダイナばかりに声援を贈っていた。
その声援の中から、コウユウの名を聞き取ることはない。
「それは無理もねぇよ」
キハンの声を聞き、ゴートが口を開く。
「あの獣人最強と謳われる獅子獣人で、その種族の強さを信頼されてか賭けは二番人気。さらに象獣人の大男を一撃と倒したとくりゃ、誰もがあいつが勝つって思うさ」
「でも、ダンナだって、ミチクサマルやミュレイザーと戦って勝ってるんだ。もっと、人気が出てもいいんじゃない? 」
「確かに、聞いた話じゃ二人共強かったんだろう。だが、サルちゃんは苦戦してたみたいだが? 」
「う、うん」
「うむ。正直、拙者は自分が勝つと負ける直前まで思っていた」
「本当、惜しいところで負けたな。チクショー」
ゴートの問いかけに、キハンとミチクサマルは頷き、ミュレイザーは顔をしかめた。
「俺からしてみれば、サルちゃんの試合の方が面白い。けど、そんなサルちゃんは強くは見えない。獅子獣人のガキに勝てるとは思えねぇんだわ」
「勝てると思わなきゃ、応援しないってこと? 」
「そうさ。可能性の無いことは極力したくない。出来ないのなら無駄だからな。それが人ってもんさ」
「そりゃ……そうだけどさ……」
キハンは、ゆっくりと顔を動かし、闘技会場のコウユウに目を向けた。
「……ま、そう思わない人も少なからずいるがな」
ゴートは僅かに頬を吊り上げると、隣に座るセアレウスに目を向けた。
彼女は、ずっとコウユウに目を向けたまま、何も言葉を発することはなく、試合が始まっても変わらないだろう。
時は進み、試合開始直後。
互いに拳をぶつけ合った後、リオダイナが優勢となった。
彼女の攻撃の速度はコウユウよりも速い。
さらに目で捉えきることが困難な彼女の神速の拳によって、コウユウに攻撃を行う隙を与えない。
コウユウは、リオダイナの拳を躱すか防御するかのどちらかしか出来ない防戦一方の状況に陥っていた。
ゴッ! ガッ! ドゴッ!
闘技会場から、リオダイナの拳がコウユウの腕に当たる音だけが響き渡る。
リオダイナが優勢となってから、状況は変わらない。
否、彼女にとって優勢かどうかは分からなくなってきていた。
何故なら、優勢から更に良い展開にならないからだ。
つまり、停滞している。
そうなっているのは、コウユウが反撃を開始している等ということはなく、リオダイナ自身に原因があった。
彼女は今、コウユウに警戒しており、苛烈に攻め立てることができないのだ。
リオダイナにとって、コウユウは一度戦った相手。
手の内の多くを知っている相手に、何故警戒をするか。
それは、コウユウは以前使った力――身外甲を使っていないからだ。
今のコウユウは、身外甲を纏うことなく、リオダイナの攻撃を防御していた。
身外甲の補助無しでは、リオダイナの拳を完全に防御することはできない。
行使しなければ、腕にダメージが蓄積していくだけで、使わない理由は、リオダイナには思い当たらない。
そのうち、埒があかないと思ったリオダイナは仕掛けることにした。
リオダイナは、引き戻した右の拳を勢いよく前に突き出した。
今までコウユウにぶつけていた拳の数々は、リオダイナにとって軽い攻撃。
大した速度ではなく、威力もない。
しかし、今突き出した拳は、彼女の本気が垣間見える強力な一撃。
正真正銘の神速の拳であり、目に捉えるのはほぼ不可能。
さらに、まともに受ければ一撃で失神するほどのリオダイナの持つ必殺の技の一つであった。
パンッ!!
闘技会場に、乾いた強烈な音が響き渡った。
「ははっ! 」
この瞬間、リオダイナは笑った。
自分がコウユウを警戒していた理由、コウユウが身外甲を使わなかった謎が分かったからだ。
リオダイナはコウユウの顔に目掛けて、拳を突き出した。
しかし、その拳は僅かに逸れ、コウユウの頬を切るだけに終わった。
コウユウがリオダイナの拳を払い、軌道を逸らしたのだ。
「は……」
目を見開き、驚愕の表情でリオダイナを見つめるコウユウ。
気のせいというようなレベルの話だが、身外甲を纏えば、振るう腕の速度は落ちてしまう。
コウユウは、リオダイナの神速の拳を防ぐため、身外甲を使わなかった。
全身に身外甲を纏うより危険な手段である。
肝心の神速の拳を見切ることは、今のコウユウに出来るはずもなく、勘に頼っていた。
しかし、リオダイナに攻撃をするチャンスを作るためには、こうするしかなかった。
結果、コウユウの勘は神速の拳を捉え、間一髪で攻撃を逸らすことに成功した。
この瞬間こそがコウユウが待ち望んでいたもの。
コウユウは、リオダイナの胸ぐらを左手で掴むと――
「うおりゃああああ!! 」
左頬に目掛けて、右の拳を突き出した。
パンッ!!
先ほどと同じく、乾いた強烈な音が響き渡った。
「くっ……! 」
コウユウが悔しげに歯を食いしばる。
「ふっ」
対して、リオダイナは笑を浮かべていた。
今度は、リオダイナがコウユウの拳を弾いたのだ。
「……! 」
リオダイナの手が自分の左腕に伸ばされる光景目にし、コウユウはすかさず彼女の胸ぐらを離した。
その瞬間、リオダイナが回し蹴りを放ち始める。
蹴りの軌道が頭を通ると、瞬時に判断したコウユウは腕で顔を防御する。
しかし、リオダイナは足を振り回す瞬間、その足の膝を折り畳む。
頭の守りを固めたコウユウに対応し、蹴りの軌道を変えることにしたのだ。
折りたたまれた足はコウユウの正面で止まると、一気に伸ばされ――
ズドンッ!
「うぐっ……!! 」
彼女の腹を思いっきり蹴り飛ばした。
腹に衝撃を受け、呻き声を上げるコウユウ。
蹴り飛ばされた勢いで、後方へ突き飛ばされるも両足に力を入れて耐える。
その結果、後方へ五歩ほどの距離を下がっただけで済んだ。
「ふん」
リオダイナは鼻を鳴らすと、コウユウを蹴り飛ばした足を下げる。
この時、彼女の足に攻撃が通った感触はなかった。
蹴られる時、コウユウは腹を身外甲を纏っていた。
頭を腕で守りにかかったコウユウは、腹の辺りに身外甲を纏う準備をしていたのである。
ここで、リオダイナはコウユウの身外甲の用途に目星をつけた。
それは保険である。
極力攻撃は腕で防ぐようにし、それが不可能な場合に身外甲で防御する。
防御する手段を増やすことで、リオダイナの神速の拳に対抗したのだ。
そして、狙いどころである部分を強固な身外甲で妨げられるのは、リオダイナにとって悩ましいことであった。
「……」
闘技大会で初めて、リオダイナは考え出した。
敵を倒すにあたって、どうすれば良いかを考えることはリオダイナにとって経験が少ない。
はっきり言ってしまえば苦手であり――
「……! 」
コウユウに攻撃を仕掛ける隙を与えてしまう。
リオダイナに拳を叩き込むべく、彼女に接近するコウユウ。
この時もコウユウは、拳に身外甲を纏わない。
コウユウのただの拳が、リオダイナに向かっていくが――
ガッ!
コウユウの拳はリオダイナの腕に阻まれた。
間髪入れず、リオダイナの頭を狙って、コウユウが蹴りを放つが――
ガッ!
リオダイナは防御する。
猛攻と言うべきコウユウの連続攻撃の中、リオダイナはビクともしなかった。
今、コウユウを倒す効果的な方法を考えているリオダイナ。
それによって隙が生じているものの、コウユウの攻撃を防ぐのに支障はなかった。
つまり、コウユウ程度の相手ならば、生じても問題の無い隙であった。
リオダイナとコウユウには、それほど実力差がある。
それに目をつけたリオダイナは、考えることをやめ、コウユウに顔を向けた。
「……!? 」
目と目が合った瞬間、コウユウは攻撃をやめ、防御の構えを取った。
彼女が見たリオダイナは獰猛な表情を浮かべており、本能的に体が防御の構えを取らせた。
その瞬間、リオダイナは飛びかかる勢いで接近し、コウユウに猛攻撃を仕掛けたのだ。
絶え間なく繰り出される拳や蹴りは、試合開始直後の軽いものではない。
一つ一つが必殺の一撃であり、防御に成功したとしてもただでは済まなかった。
「うぐうううう!! 」
攻撃を受ける度に、コウユウに大きなダメージが蓄積されていく。
このリオダイナの攻撃は、思考により生み出されたものでなければ、策もないただの力押しである。
しかし、その考えなしの力押しは、コウユウに対して効果的な攻撃だ。
リオダイナは、種族の基礎能力を筆頭に、あらゆる面でコウユウを上回っている格上の存在だ。
彼女が本気で攻めれば、格下の存在であるコウユウはひとたまりもないだろう。
リオダイナが拳を止めた時、コウユウは――
「はぁ……はぁ……」
体中に拳や蹴りを受け、全体的にボロボロであった。
服は所々がほつれ、血が滲んでいるところもある。
両足は震え、立っているのもやっとの様子だ。
あと一撃でも拳を叩き込めば、コウユウが立ち上がることはないだろう。
そう思うリオダイナだが――
「我が一族の格言……瀕死の獲物を前にしても全力を尽くす……」
そのような曖昧な思い込みを信じ、手を抜く行為をすることはない。
リオダイナは、自分の肩を抱きしめるような構えを取り、彼女の体が金色に輝き始める。
やがて、彼女の周囲に金色に輝く風が渦巻き始め、黄金の竜巻となり――
「アウレア アネモストロヴィロス!! 」
リオダイナが両腕を振るった瞬間、コウユウに襲いかかる。
獅子獣人リオダイナが持つ中で最強の技が繰り出されたのだ。
ワアアアアアア!!
観覧席から、一際大きな歓声が湧き上がる。
闘技会場に黄金の竜巻が吹き荒れ、試合の決着――初級クラスの最強が決まる瞬間が来たと興奮しているのだろう。
そんな者等とは対称に、キハン達は黙ってコウユウに目を向けていた。
黄金の竜巻に巻き上げられ、絶対絶命のコウユウだが――
(コウユウさん、諦めないで! )
(ぐっ……これは……いや、サルちゃんなら……)
(おいおいおい! あともうちょいだろ? あの済ました猫女の顔に、一発かましてやれよ)
(コウユウ殿、まだ諦めるのは早いでござる)
クーティ達は、コウユウが負けるとは思っていなかった。
(まだ……ダンナは終わっちゃいない)
特に、キハンがこの中で誰よりも気持ちが強かった。
(オイラは知ってるよ。試合の合間に、この技を攻略する修行をしてたのを)
コウユウが、アウレア アネモストロヴィロスに対応する修行をしていたのを知っていた故に、キハンはそう思えた。
「……え……? 」
しかし、キハンの表情は凍りついたかのように固まった。
この中で一番コウユウを知り、信頼している者はセアレウスだ。
その彼女がコウユウを見つめる顔は――
「そ……そんな……」
信じられない光景を見たような顔をしていた。
今のコウユウの状況にセアレウスは絶望しているのだ。
「な……オオダンナ! あんた……ダンナのことを! 」
そんなセアレウスの様子を見たキハンは席から立ち上がり、彼女を怒鳴ってしまう。
今のセアレウスの姿が、キハンには許せなかったのだ。
「あんたが一番ダンナのことを――い、いや……オオダンナ……まさか……」
しかし、すぐに頭に上がっていた血が下がり、キハンは血の気が引いた顔になる。
セアレウスが気づいたことを察したのだ。
「お……おい、アオちゃんにネズミちゃん。一体どうしたってんだ? 」
状況の分からない者達を代表して、ゴートが二人に訊ねた。
すると――
「……失敗です」
セアレウスが表情を変えることなく、口を開いた。
そして、ゴートの返事を待たずに彼女は――
「コウユウは失敗しました。あのままでは……負けます……」
と続けた。
セアレウスの言葉を聞き、キハン達は先ほどと同じように、コウユウを見ることは出来なかった。
巻き上げられたコウユウは、風に吹かれた塵のように、黄金の竜巻の中で転がっていた。
セアレウスがリオダイナに敗北した時と同じである。
コウユウは、黄金の竜巻の中で姿勢を保つことができていないのだ。
次話 十章 コウユウ編 完結予定
二人の戦いの結末は…




