表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 石身の勇士編
283/355

二百八十二話 いざ決勝戦

 初級クラストーナメント三回戦を終え、次の日の朝。

セアレウスはコウユウと共に、ゾロヘイドの町を歩いていた。

昨日のトドノクとの試合で、多くのダメージを受けたコウユウだが、そのダメージは回復している。

これから行う修行に差し支えることはないだろう。

そして、彼との戦いは、コウユウが勝って決勝戦進出という単純な話では終わらない。

まず、誘拐されたクーティは、セアレウス達によって無事救出されている。

幸いなことに、クーティには誘拐された時の記憶がなかったため、何かしらの後遺症を患うことはなかった。

彼女が目を覚ましたのは、誘拐があった日の夕方で、自分に起きたことは知らない。

クーティの父であるゴートが、誘拐があったことを知ったのは、彼女を宿屋に連れ帰った時であった。

キハンにより事情を知らされたゴートは――


『なんで、俺に黙ってたんだ! 』


と、自分に黙っていたことに怒ったが、すぐにキハンに謝り、その場にいなかったセアレウスを含めて、クーティ救出に関わった全員に感謝した。

その日、ゴートは眠るクーティの傍から離れることはなく、その間宿屋は休業となっていた。

これらの事件を起こした張本人であるトドノク。

彼には、しっかりと処罰が下され、二度と闘技大会に出場することができなくなり、子分達と共にしばらくの間牢屋で暮らすこととなった。

以上が、トドノクとの試合の後の出来事である。

問題は全て解決し、セアレウスとコウユウが向いているのは、先のこと。

決勝戦の対戦相手との戦いであった。


「コウユウ。あの大技の対策も大切ですが……」


「分かってる。あいつの一番の武器は拳。あの象獣人を一撃で倒したんだろ? 」


「はい。信じられないかもしれませんが、本当に一撃で倒してしまったのです」


「信じるもなにも、疑ってはない。リオダイナ……あいつなら、やっても不思議じゃない」


決勝戦の相手は、リオダイナであった。

第二試合はリオダイナと象獣人との戦いである。

試合の結果は、リオダイナの勝利。

象獣人の攻撃を一つも当たることなく、突き出した拳の一撃で倒してしまったのだ。


「修行出来るのは今日を含めて、あと二日。頑張りましょう」


「うん」


リオダイナは、彼女達にとってかつてないほどの強敵になるだろう。

だからといって、セアレウスとコウユウが怖気つくことはなかった。

その時、歩く二人の後方から――


「おーい! イアン殿ーっ! 」


と、聞こえてきた。


「「えっ!? 」」


アレウスとコウユウは、その声に反応した。

二人が思い浮かべた人物は共に、同じ人物。

イアン・ソマフである。

しかし、この場に彼がいるはずは無い。

それでも、彼の名前を聞き、思わず反応してしまったのだ。

セアレウスとコウユウは、周りを見回し、イアンの姿を探す。

もちろん彼の姿は見つからず、二人はイアンの名を呼ぶ声がした後方へ振り返った。

すると、自分達に向かって走ってくる一人の少女が目に入った。

その少女は、セアレウス達よりも背が高く、彼女達よりも歳上であると伺える。

髪型は、下ろされた髪を編み込んで二つに分けられており、明るい(だいだい)色をしていた。

服装は身軽で、どこかの組織か一族の一員であるのか、服の胸元に大きな紋章があった。


「イアン殿! お久しぶりです! 」


向かってきた少女は、セアレウスの前に立つとそう言った。


「え……」


「……あ、あれ? イアン殿? 」


イアンと呼ばれ呆然とするセアレウスと、彼女の反応に困惑し始める橙色の髪の少女。


「あ……ベ、ベルギア、この人はアニキじゃないよ」


「え……? あ、確かに少し雰囲気が違う」


コウユウによって、橙色の髪の少女――ベルギアは、セアレウスがイアンではないことを認識した。


「貴殿は初級クラスの……む? 拙者のことを知っているようだが……はて? どこかで会っただろうか? 」


「あ……それは……」


ベルギアに問われ、コウユウは暗い表情を浮かべる。

コウユウの表情を見たセアレウスは――


「あ、あの! わたしはセアレウスと言う者で、兄さん……イアン・ソマフの妹です」


と、ベルギアに自分の名を名乗った。


「お、おおっ! イアン殿の妹だったか! 道理で似ているわけだ! 」


セアレウスがイアンの妹だと知り、ベルギアは合点がいったと言わんばかりに表情が明るくなった。


「兄さんに似ていると言われて光栄です。それで、この方はコウユウと言いまして、実は――」


「いい。セアレウス」


セアレウスの言葉をコウユウが遮った。

コウユウはロロットである。

それを説明しようとしたセアレウスだが、コウユウはそれを阻止したのだ。


(何故ですか? コウユウ)


そう思いつつ見つめてくるセアレウスに構わず彼女は――


「セアレウスの言った通り、あたしはコウユウ。セアレウスとは……友人……で、あんたは……割と有名だから、名前を知っていただけだ」


とベルギアに言った。


「そうか。二人共、初対面であるのに拙者の名を知っていて光栄だ。だが、名乗らせてもらおう。拙者の名はベルギア。イアン殿に救われた者だ。よろしく」


ベルギアはそう言うと、セアレウス、コウユウの順に握手を交わした。


「色々と話したいことがあるのだが……残念ながら、これから試合だ」


「試合……闘技大会の中級クラスですか? 」


「左様。腕試しにと参加した闘技大会だが、順調に勝ち進んでいる。無論このまま優勝を目指すつもりだ」


「そうですか。優勝できるよう応援しています」


「かたじけない。拙者もコウユウ殿を応援する。確か、決勝まで進んだのだったな? 」


「うん。あたしもあんたを応援しているよ」


「うむ。互いに優勝を目指すとしよう。では、拙者はこれで」


セアレウスとコウユウとの会話を終えると、ベルギアはコロシアムの方へ走り去っていった。

しばらくの間、ベルギアの背中を眺めていたセアレウスはコウユウに顔を向ける。


「コウユウ……何故、止めたのですか? 」


「ふっ……言っても無駄だからだよ」


セアレウスの問いかけに、コウユウは自嘲気味に笑いながら答えた。


「でも……ずっとこうしていくつもりですか? 」


「ロロットに未練は無い。これからは、コウユウとして生きていく。心配はいらないよ」


コウユウはそう言うと、町の外を目指して歩き始める。


「……そう……ですか」


セアレウスもコウユウに続いて歩き始めた。

この時、セアレウスは悲しい気持ちのままであった。

先ほど見たコウユウの暗い表情が忘れられないからだ。







 町を出たセアレウスとコウユウは、荒野の修行場に辿り着いた。

修行場と言っても、そこに修行を行うための道具や地形があるわけでもなく、砂と岩だけの殺風景な場所である。

そこである必要はなく、ただ最初に修行の場に使ったというだけで、いつもこの場所に来ていた。

以前のように、リオダイナの大技を攻略するための修行を行うのだが、今日はいつもと方法が異なっていた。


「ふぅ、出来ました。コウユウ、今日はこの中で修行をしてもらいますよ」


「はぁ、相変わらず凄い魔法……よく分かんないけど」


セアレウスとコウユウは離れた位置で向かい合っている。

二人の間に、人を包み込めるような大きさの水の球体があった。

この水の球体は、セアレウスの魔法によって生み出されたものである。


「やることは前と同じで、この中で姿勢を保ってください」


「予想はしてたけど、またか。今日は、まん丸だけど、前と何が違うの? 」


「それは、やってからのお楽しみというやつですよ、ふふふ」


「うへぇ、その笑いは何なんだよ……」


笑みを浮かべるセアレウスに、コウユウはげんなりと肩を落とした。


「まぁまぁ。これもリオダイナさんを勝つため。あなたのためです」


「それは分かるよ。この中に入るのかぁ……」


コウユウは恐る恐る水の球体に近づき、ゆっくりと手を伸ばす。


「冷た……あ、そうだ。息はどうするの? 」


「我慢してください」


「我慢かぁ……何とかならんのかぁ……」


そう言いつつも、コウユウは水の球体の中に入っていく。

セアレウスとの付き合いも短くは無い。


『えーっ! 息ができるように魔法で調整してよ』


等と、抗議したところで――


『気合で何とかしてください。それも修行ですよ、コウユウ! 』


というような返事がくるのは、察してしまうコウユウであった。


「中に入りましたね。では、行きますよ! 」


(え、もう? )


コウユウの全身が水の球体の中に入ったことを確認すると、セアレウスは片腕を前に突き出した。

その瞬間、セアレウスが魔法を行使したのか水の球体の中に水流が生まれる。


(……あれ? 思ったより大したことない)


水流は球体の中心を軸に横方向にぐるぐると渦巻いている。

前回の修行と同じ水流の動きであるため、コウユウはものともしなかった。


「おさらいはする必要はなかったようですね。では、本番行きます」


しかし、それは前回の復習で、これからがセアレウスが新たに考えた修行のようだった。

横方向だけであった水流だが、縦にも斜めにも渦巻く水流が増え始める。


(うっ、うわあああああ!? )


急に増え始めた水流に対応できず、コウユウは水の球体の中であらゆる方向に転がり始める。

その様は、リオダイナのアウレア アネモストロヴィロスを受けた時のセアレウスのようであった。


「うまくいきましたね。コウユウ、この中で姿勢を保つのです」


水の球体の中のコウユウを見て、セアレウスが笑を浮かべる。

彼女は、アウレア アネモストロヴィロスの風の動きを水流で再現したのだ。

黄金の竜巻の中で、姿勢を保つにはどうしたらいいかと考えた時、姿勢を保つ力を強化するのは、以前と変わらない。

しかし、今回は環境に慣れてしまえという端的で無茶な考えで生み出された修行方法であった。

この修行を乗り切れば、アウレア アネモストロヴィロスを打破出来たと言ってもいいのだろうが――


「モガガガガガ!! 」


水の中で息が出来ないことから、本物のよりも過酷であるかもしれない。


「……あ、限界ですか」


コウユウの体に力が入っていないことに気づいたセアレウスは、彼女の体を水の球体の外に排出させる。

口から吐き出されたかの如く、勢いよく飛び出したコウユウは――


「うっ!! 」


地面に放り出され、衝撃で呻き声を上げたものの、すぐに動く気配はなかった。

この時、彼女は意識を失っていた。


「……少し休憩しますか」


セアレウスは、コウユウが起き上がるまで待つことにした。

一回で出来ないことは想定済みであり、セアレウスは特に驚くことはなく――


「それっ! それっ! 」


仰向けに寝かせたコウユウの腹を押し、彼女の口から水を吐き出させていた。

この日、この修行を行った回数は三回。

全てコウユウが意識を失ったことで中断しており――


(こ、これ……あいつと戦う前に死ぬんじゃ……)


と、薄れゆく意識の中、コウユウは何度も思っていた。







 セアレウスとコウユウが宿屋に戻る頃には、辺りは暗くなっていた。

あと残り僅かとなった今日、やる事といえば少ない。

何があるかと挙げるとすれば、夕食をとるくらいだ。

それをも済ませた今、明日に備えて、セアレウス達は就寝した。

しかし、就寝せず、宿屋を後にする者がいた。

その者は、皆が目を覚ます頃には宿屋に戻っており、誰も深夜に外へ出ていることを知らない。

この者が深夜に何をしているか、深夜に行っていることがどのような結果を出すかは、いずれ分かるだろう。

日が昇り、初級クラス本選トーナメント決勝戦まであと一日。

この日もコウユウは昨日と同じ修行を行った。

コウユウがセアレウスの修行を乗り切れたかというと、際どいものである。

最後の一回で、ようやく成功したため、アウレア アネモストロヴィロスを完全に打破できたとは言えない。

その状態で、コウユウはリオダイナに挑むこととなった。

初級クラス本選トーナメント決勝戦当日。

コロシアムには、ここ数日で一番多くの人々が集まっていた。

そして、かつてないほど観覧席から歓声が湧き上がっている。

その歓声の中、コウユウとリオダイナは闘技会場にて向かい合っていた。


「これより、初級クラス本選のトーナメント決勝戦を始めます。両者、前へ!」


「「……」」


「西、猿人のコウユウ! 東、獅子獣人のリオダイナ! 両者、準備はよろしいですか? 」


「「……」」


二人は拳を構え、口を開くことなく頷いた。


「では……始めっ! 」


ゴッ!!


試合が始まった瞬間、コウユウの拳とリオダイナの拳がぶつかりあった。

二人が口で語ることは何も無い。

示すのは己の強さであり、伝える手段は拳をぶつけること。

闘技大会初級クラスの最強を決める戦いが始まったのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ