二十七話 斧は、空に届くのか
ロロットが、一人で冒険者ギルドに行った日。
今日もイアンは、フォーン平原のとある林の中で、薬草採取依頼をこなすために来ていた。
朝、カジアルを出発し、昼には薬草を収集し終わるくらい、イアンは薬草摘みが上達していた。
イアンは、薬草採取に必要な薬草の見分け方、生息地の特徴、を把握していたのだ。
しかし、依頼が終わったはずのイアンは、未だに林の中にいた。
「……」
イアンは、戦斧を右手に持ち、林の上部を見つめていた。
そこには、枝から縄で吊るされた丸太があった。
「ふっ! 」
イアンは、右手に持った戦斧を丸太目掛けて投げつけた。
くるくると回転しながら飛んだ戦斧は、丸太に当たって地面に落ちる。
「…ダメだ。当たるようにはなったが、威力が弱い」
イアンは、落ちた斧を拾う。
先程から、イアンがやっているのは、空を飛ぶ魔物と戦うための対策である。
ロロットが、強くなろうと思い悩むように、イアンも悩んでいた。
フォトム山でのファトムデビルとの戦闘で、空を飛び回るファトムデビルに為す術がなく、危うく殺されそうになった。
その苦い経験から、イアンは飛翔性魔物に対する攻撃を考えようと思ったのだ。
しかし、名案が浮かぶことはなく、ひたすら戦斧を投げているだけで、イアンの曇り顔が晴れることは無かった。
一般的な飛翔性魔物の対策として挙げられるのは、弓矢と魔法である。
魔法には、空に届かないものも一部存在するが、基本どちらも射程が広いのだ。
では、近接武器を得意とする者は、どう対処するかというと、弓矢か魔法を扱う者を雇うか、投擲武器を用意して戦うかのどちらかである。
イアンが、やろうとしているのは後者であった。
だが、イアンの持つ武器は戦斧であり、投擲に向いた武器ではない。
そのため、充分な力が発揮できず、当たったとしても威力に期待ができないのだ。
「…今日は、ここまでだな」
イアンは、丸太を片付けて林を後にした。
依頼の達成をギルドへ報告した後、宿屋に戻る途中、イアンは住宅街を歩いていた。
この辺りは、平民階級の住宅街で、建物の老朽化に伴い、あちこちで改修工事をおこなっていた。
コーン! コン! コン!
高いところから何かが落ちる音がした。
イアンが、音のした方を見ると、工事で使う道具が散乱していた。
その上部には、腰のベルトから伸びたロープに引っ張られている若い男性がブラブラと浮いていた。
どうやら改修工事を行うための仮設足場から落下したようだ。
「あっぶね、安全ロープが無かったら死んでたぜ…」
若い男性がブラブラ揺れながら項垂れていた。
彼の腰のベルトから、伸びたロープの先はフックが付いており、仮設足場の所々に、張られている太いロープの一間隔に引っ掛けてあった。
「待ってろー! 今行くからな! 」
ぶら下がっている男性の、親分であろう年老いた男性が若い男性の元へやって来る。
その間、ベルトから伸びるロープのフックを、太いロープに掛け替えながら移動していた。
「……その手があったか! 」
イアンは、そう呟くと道具屋のある方に向かった。
「……遅いな」
イアンは、武器屋に行った後、ロロットを待っていた。
時間が経った今、窓の外は暗くなり、イアンのいる宿屋の食堂は静寂に満ちていた。
そこへ、キャドウが水差しを持ってやってきた。
「クク…心配なさらずとも、お連れさまは大丈夫でしょう。クク…水をお注ぎましょうか? 」
イアンの了承を得ると、キャドウはグラスに水を注いだ。
「クク…一日では、終わらない依頼もございましょう…」
「そう…だな」
イアンは、グラスを口に運んで水を飲んだ。
――翌日。
イアンは、依頼を受けるため、冒険者ギルドに来ていた。
いつもの依頼を受けるため、依頼書を取って受付へ向かった。
「いつもの薬草採取だ」
「イアンさま、お待ちしておりました。本日、あなたを指名した依頼がございます」
「オレを? 」
「はい、依頼人がお待ちしています。こちらへ」
イアンは、掲示板のある広間を抜け、たくさんの部屋が並ぶ通路へ案内された。
「こちらの部屋です」
いくつかある部屋の一つに案内される。
「失礼」
「おお、やっと来た! 」
イアンが、ドアを開けると女性が立ち上がる。
その女性の身長は高く、イアンよりも少し大きいくらいだった。
服装は、ギルドの受付スタッフが着ている服に近い。
女性は、伸びきった長い髪と大きく膨らんだ胸を揺らしながらイアンに近づいて来る。
「へぇ~イアンちゃん、女の子だったんだ~かわいい~」
「……」
イアンは、ドアをそっと閉じた。
「ちょ!? なんで閉めるの? 開けて! お姉さん悪い人じゃないから! 何もしないから~」
ドアの向こうで女が何か言ってる。
「オレは女じゃない」
「えっ!? 男の子なの!? 」
「そうだ。残念だったな」
イアンは、溜息をつくとドアを開けた。
冒険者ギルドには、依頼人待ち合い室というものがいくつか存在する。
依頼人の身分により、区分けされており、イアンとその依頼人の女は、民間人用の部屋に居た。
「初めまして! 私は、ベティ」
「そうか…で、依頼とは? 」
「あっ! イアンくん、よく見たらまつ毛クリンってなって――ああああ! 立たないで! まじめにやるから帰らないで~」
ベティが、まったく話を進めないので、イアンは立ち上がり、ドアの方を向こうとした。
しかし、ベティが真面目に話をすると聞き、席に座り直した
「……頼むぞ」
「 オッケー、オッケー! 私が、あなたに依頼したいのは護衛なの」
「護衛か… どこに行くんだ? 」
「ここから、西にあるフィーピル遺跡。私、学者なの! 」
ベティは、えっへんと胸を張って言った。




