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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 石身の勇士編
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二百七十八話 思い出の赤い帯

 ――夕方。


この日行われるトーナメントの試合が全て終わった。

そのため、多くの者がコロシアムを後にする。

自分が泊まる宿屋に帰る者もいるが、大半はこのソルジャーガーデンに留まる。

ソルジャーガーデンには大きな酒場があり、皆そこへ行くのだ。

今日、行われた試合を肴に酒を飲むために。


「ゴートさん、ここへ寄って行くのですか? 」


その酒場の前にセアレウス達はいた。


「おう、ちょっくらな。悪ぃけど、クーティには遅くなるって言っておいてくれ」


訊ねたセアレウスに、ゴートはそう言うと酒場の中に入っていった。


「行っちゃいましたね」


「んん? ゴートは、ここに何の用があるって? 」


セアレウスの横に立つコウユウが訊ねる。


「情報収集……みたいなことを言っていましたよ」


「ふーん、今日は他の試合も見れたし、わざわざゴートがやる必要はないと思うけどな」


訊ねたにも関わらず、セアレウスの答えに対するコウユウの反応は、興味なさ気であった。

コウユウ自身が言うように、今日彼女が意識を失うことはなかった。

故に、今日は他の試合を観戦することができていた。


「情報収集とか言ってたけど、自慢じゃないの? ほら、あの人賭けでダンナに賭けてたじゃん。このままダンナが勝てば、ゴートの一人勝ちだもんね 」


セアレウスとコウユウの後ろに立つキハンが、半目で呟いた。


「……それもありますか……ね? まだ、コウユウが勝つとは決まっていないのですが……」


「……」


セアレウスの言葉に、コウユウが何も言うことはなかった。

ただ、神妙な顔つきで前を向いているだけである。

そんなコウユウの姿にキハンは――


「オオダンナ……その……ダンナが勝つって信じてないのかい? 」


と、コウユウを憂うように言った。


「そんなことはないです。でも、コウユウが必ず勝つとは言えません」


「そりゃそうだけど……」


「キハン、セアレウスの言ってることは正しい。あたしが優勝するのは、まだ厳しい。リオダイナ(あいつ)や象獣人の戦いを見て分かったよ」


コウユウは、キハンを諭すように言った。

今日のリオダイナは、魔法学校の学生の少年。

火の魔法を得意とする少年の攻撃範囲は広い。

剣や槍などの近接攻撃をする者には、圧倒的に有利であった。

一方的に魔法を放つ彼の戦いは、観客達にとってはつまらないが、彼の勝率は高い。

賭けで少年に賭けた者は多く、彼を応援する声は大きいものであった。

しかし、少年はリオダイナに負けた。

さらに言うと、決着はこの日行われた試合の中で一番早い。

どのような戦いが繰り広げられたか簡単に表現すると、少年が自分の魔法を披露し、リオダイナが拳を突き出したとなる。

リオダイナは、少年の魔法を全て躱し、一撃で彼を倒してしまったのだ。

あまりの呆気なさに、その時の観覧席はシンと静まり返った。

魔法による広範囲攻撃が通用しない。

この時より、リオダイナは象獣人と並んで、大会優勝の有力候補となっていた。


「リオダイナは相変わらずだったけど、象獣人の方も油断できない。こいつらに勝つために、修行をしないと」


コウユウは、そう言うとこの場を去ろうと歩き出す。


「待ってください、コウユウ。今日……いえ、明日の午後まで休みましょう」


そんなコウユウをセアレウスが呼び止める。


「休む? そんな暇ないでしょ」


「焦ってはいけません。意識があるとはいえ、ダメージはあるはずです。無理をしては、次の試合に支障が出てしまいますから」


「……分かったよ」


コウユウは足を止めると、セアレウスの元に戻ってきた。


「それで、どんな修行をするか考えていたりするの? 」


セアレウスならば、何かを思いついているかもしれない。

そう思い、コウユウは彼女に訊ねた。


「えーと……だいたい……ですかね」


しかし、その答えは曖昧な返事であった。


「……? あんたにしてはハッキリしないね。何か問題でも? 」


「いえ、そういうことではありません。修行をする時までには、ちゃんとするので心配はしないでください」


「そうか、何かあったら……いや、何でもない」


何かを言いかけ、コウユウは首を振った。

今の彼女は、拳を握り締めていた。


「……お腹減った。そろそろ帰ろう」


その後、コウユウは気持ちを切り替えるようにそう言うと、宿屋に向けて歩き始めた。


「そうしましょう」


「今日は、何が出るかなぁ」


コウユウに続いて、二人も歩き始める。


「……そういえば、変な試合だったなぁ…」


その途中、キハンが呟いた。


「ああ、コウユウの次の試合でしたか。確かに、おかしな試合でしたね」


その呟きにセアレウスは同調する。


「おかしな試合? 試合じゃなかったでしょ。あれは」


二人の呟きを耳すると、コウユウはそう言い――


「試合が始まってすぐに降参するとか。何をしに来たんだって言いたいよ」


と続けた。







 ――次の日の朝。


セアレウス達三人は、食堂のテーブルに座っていた。


「ふわぁ、今から何すんの? 」


欠伸をしつつ、コウユウがセアレウスに訊ねる。

三人は、ここで今日の予定を考えていた。

とは言っても――


「何するの? オオダンナ」


コウユウとキハンは何がしたいということはなく、セアレウスの話を聞くだけである。


「ソルジャーガーデンを見て回りましょう」


「ん、分かった」


「せっかくここへ来たもんね。行かなきゃ損ってやつだ」


故に、セアレウスの意見に反対することはなかった。


「お、なんだ。やっと、ソルジャーガーデンに行くのか」


そこへ、厨房の方からゴートがやってきた。


「はい。おすすめの屋台とかはありますか? 」


「それは、言えねぇな。見て回んのが目的だろ? 自分達で探しな」


「あ、それもそうですね」


「おう。そんで、頼みてぇことがあるんだが」


「頼みたいこと? 」


セアレウスは首を傾げた。


「「……? 」」


コウユウとキハンも首を傾げる。

すると――


「どうせ、お酒を買ってこい……とかなんでしょ? お客さんに、そういう頼みごとをしちゃいけないよ、お父さん」


クーティもセアレウス達の元へ来て、ゴートを嗜めるようにそう言った。


「ちげぇよ。なぁ、アオちゃん達。クーティも連れてってくれないか? 」


「えっ!? 」


ゴートの申し出に、クーティが驚きの声を漏らす。


「クーティさんをですか? 構いませんよ。良いですよね? 二人共」


「ん」


「もちろん」


三人は申し出を断ることはなかったが――


「ちょ……ダメだよ。今日もお店の手伝いしなきゃ」


クーティは、行く気ではないようであった。


「何言ってんだ。毎年、あそこに行くのを楽しみにしてんじゃねぇか。今年は、まだ行ってないんだろ? 」


「うっ……でも……」


クーティは、周りを見回す。

客は来ないとゴートは言うが、そんなことはない。

少ないながらも、セアレウス達以外にテーブルに座る者達はいた。


「ふん! 今日も客は少ねぇよ。俺一人でも充分だ。ほら、行った行った」


「……なら、お小言に甘えて……」


「お言葉な」


「うっ……」


ゴートに言い間違いを指摘され、クーティは顔を赤くする。

その後、セアレウス達に体を向け――


「えと……お願いします」


と、頭を下げた。


「はい、こちらこそ。では、行きますか」


「あ……ちょっと、待ってください。準備してきますので」


クーティは、そう言うと厨房の奥へ向かった。


「出かける時の服に着替えに行ったな。悪いな、ちょっと時間かかるぞ」


「いえ……あと、その……優しいですね」


「ん? ああ……最近は一人で店を任せてたからな。あいつにも遊ぶ時間は作らねぇと、そのうち雷をとされかねんからなぁ……」


「うーん……コロシアムに来るのは、ほどほどにしませんか? 」


渋い顔をするゴートに、セアレウスはそう提案せずにはいられなかった。





 準備を終えたクーティがやってくると、セアレウス達はソルジャーガーデンに向かった。

この時期のソルジャーガーデンにある屋台の数は多い。

闘技大会が開かれ、多くの人々が集まるからだ。

売り出す物は大会に関係がある物がよく売られているが、他の物もある。

土産として買われることがあり、様々な物がここで売られているのだ。


「色んな物が売られてますね」


ソルジャーガーデンに並ぶ屋台の数々を眺めながら、セアレウスが呟いた。

今、セアレウス達三人とクーティはコロシアムの前の広場にいる。


「うん。色々あって、毎年売られてる物が違うから面白いですよ」


「へぇー! そりゃ毎年楽しみになるよね」


「だけど、すごい人の数だ……」


皆が盛り上がる中、コウユウだけが憂鬱な表情をしていた。

彼女達がいる広場には、道に隙間が見えないほど人で溢れかえっていた。


「コウユウさんは、こうゆう人ごみが苦手なのですか? 」


クーティが心配そうな表情で、コウユウに訊ねる。


「苦手な方かな。まぁ、あたしのことは、気にしないでいいよ。それで、セアレウス。ます、どこに……」


コウユウがセアレウスに声を掛けようとすると――


「……あれ? いないし……」


彼女の姿は見当たらなかった。


「どこに……って、キハンもいない」


辺りを見回しても見つけることはできず、キハンの姿も見当たらなかった。

コウユウの傍にいるのは、クーティだけである。


「はぐれましたか。どうしましょう? 」


「うーん……あの二人なら、はぐれても問題ないかな。こっちはこっちで屋台を回ろう」


「そうですか。では、どこへ行きます? 」


「ん、特にない」


「え……」


コウユウの即答に、クーティは呆気に取られた。


「屋台の物に興味ない。だから、あんたの好きなところに行きなよ」


「は、はぁ。じゃあ、行きましょうか」


困惑しつつ、クーティは歩き始め、コウユウは彼女の後ろをついていった。

初めは、ついてくるだけのコウユウに慣れないクーティだったが――


「あ! 髪飾りが売ってます! コウユウさん、行きますよ! 」


そのうち慣れて、あちこちとコウユウを連れ回すようになった。

クーティは、興味を持った屋台目指して走っていく。


「ちょ! はぐれるから走るな! あたしは、あんたの荷物で前がよく見えないんだから! 」


大量に積み重なったクーティの荷物を持つコウユウは、ついていくのに精一杯であった。


(くそぅ、セアレウスの奴。休むとか言ってたけど、全然休みになってないぞ)


心の中で、どこかへ行ったセアレウスに悪態をつくコウユウ。


「む! 」


クーティの元へ向かっていたコウユウだが、ふと彼女は足を止めた。


「…………気のせいか? 誰かに見られていたような気がしたけど……」


彼女は、誰かの視線を感じていた。

しかし、今は感じることはなく、周りに怪しい人物は見当たらなかった。


「……おっと、いけない。別の屋台に行っちゃう前に、追いつかないと」


程なく、コウユウはクーティの元へ向かうのを再開した。

ふらふらと人を躱しながら、彼女はようやくクーティの元に辿り着いた。


「はぁ……ここは、飾り物屋か」


クーティがいた屋台は、耳飾りや首飾り等を取り扱う店であった。


「やぁ、猿人のお嬢さん。その子の付き添いのようだが、あんたも見るかい? 」


屋台の店主がコウユウに話しかけた。


「……戦闘に役に立つ物はあるか? 」


「戦闘……もしかして、アクセサリーのことか。悪いけど、うちは扱ってないよ」


「そうか……」


一応、屋台に並べられた商品を眺めていたコウユウだが、それらに視線を外す。

その代わりに、隣に立つクーティに視線を向けた。

彼女は、商品である髪飾りを試着し、鏡で確認している。


「うーん……どうだろ? コウユウさん、これ似合います? 」


難しい顔をした後、クーティはコウユウに意見を求めてきた。

彼女が付けている髪飾りは、桃色の花の装飾が付いたもの。


「……良いと思う」


コウユウは、それがクーティに似合うと思った。


「じゃあ、これを買いましょう。すみません、これをください」


クーティは、髪飾りを外すと店主にお金を差し出した。


「まいど! 」


「えへへ、早速帰ったら付けようかな」


包みに入った髪飾りを受け取り、クーティは上機嫌に笑みを浮かべる。


「コウユウさんは、こうゆうものは買わないんですか? 」


すると、彼女はコウユウは、そう訊ねた。


「必要ない。役に立つアクセサリーだったら、買うんだけどな」


「はぁ、そうですか。でも、髪飾りくらいは買った方が良いと思いますよ。今付けているのけっこうボロボロですし……」


「え……うそ…」


コウユウは抱えていた荷物を下ろすと、三つ編みに束ねた髪を自分の目の前に持ってくる。

すると、髪を束ねている赤い帯は所々がほつれ、見るからにボロボロであった。


「本当だ、どうしよう。なんで、今まで気付かなかったんだろう。直せないかな……」


ボロボロになった赤い帯を見て、コウユウは悲しげな表情を浮かべた。


「直せると思いますけど、この辺では……やっぱり、大切な物なんですか? 」


「うん。アニキ……大切な人から貰った物なんだ。この三つ編みもその人から教えられたもので……」


「そうですか……」


クーティもコウユウと同様に悲しげな表情を浮かべる。


「……あ、そうだ! 」


しかし、何かを思いついたのかクーティの顔はすぐに明るくなった。


「やっぱり、髪飾りを買いましょう」


「……どういうこと? 」


コウユウはクーティに顔を向けると、怪訝な表情を浮かべる。


「その赤い帯は治すまで大切にしまっておいて、代わりに別の物をつける……のはどうでしょうか? 」


「なるほど……分かった。じゃあ、この中から選ぼう」


コウユウは頷くと、並べられた商品の髪飾りを眺める。


「これだ! 」


「早っ!? 」


そして、数秒も時間をかけることなく選び、手に取った。

それは、拳を象ったプレートの装飾が付けられた黒い帯であった。


「ほ、本当にそれでいいんですか? 」


コウユウの選んだ髪飾りに、顔を引きつらせるクーティ。


「なに? あたしが良いんだからいいじゃん」


「い、いやーそうなんですけど……独特すぎるデザインというか、誰もそんなの買わないというか……」


「えぇ? あたしが買うのに、そんなこと関係ないでしょ。というか、店主。これは売れてないのか? 」


コウユウが店主に訊ねると――


「ああ、これですか。珍しいことに、今日一個売れましたよ」


買った人物がいることが分かった。


「ほら、他にもいるんだって」


「えー!? もうはっきり言いますけど、ダサいです。これのどこがいいんですか? 」


「そりゃ、この拳の形でしょ。これを付ければ、なんか腕力上がりそうじゃない? 」


「上がりませんよ。さっき、アクセサリーは扱ってないって言ってたじゃないですか」


「ああ、そういえばそうだっけ。じゃあ、いらないや。良い形なんだけどな」


コウユウは、興味が無くなったのか手にした髪飾りを元の場所に置く。


「髪留められれば、何でもいいや。選んでよ、クーティ」


「はぁ……分かりました。私が選んだほうが良さそうですもんね……」


ため息をつくと、クーティは髪飾りを眺め始めた。

そうすること一時間。

時間をかけて選び出されたのは、丈夫な素材で出来た赤いリボンだ。

結局、すぐボロボロになるであろうということで、見た目は二の次となったのであった。







 首飾りを買った後も、コウユウはクーティと共に屋台を回った。

そして、昼を過ぎた頃に、二人が広場へ行くと――


「あ、クーティさん! と……コウユウ! やっと見つけました」


「はぁ。二人共すぐいなくなるんだから」


セアレウスとキハンに合流することができた。

一瞬、セアレウスがコウユウの確認に遅れたのは、コウユウの持つ荷物のせいで顔が見えなかったからである。


「まったく、いなくなったのはそっちだよ」


二人の言葉に納得がいかず、コウユウは顔をしかめた。


「なんにせよ、合流できて良かったです。とはいっても、お互いに屋台は充分見回ったみたいですね」


「そう……ですね。そっちの荷物は少ないように見えますが……」


クーティはセアレウス達を見ながら、そう返した。

荷物の多いクーティとコウユウに対し、セアレウスとキハンの荷物は紙袋一つであった。


「オオダンナ、けっこう本を買ってたんだけど、全部読んじゃってね。今日買ったのに、もう売っちゃったんだよ」


「一回読んだら充分なものばかりでしたので」


「本読みに来ただけかよ。本屋なら別にあったでしょ……」


ため息混じりに、コウユウはそう言った。


「いえいえ、本を読んでいただけではありませんよ。ちゃんと、買い物をしました。ほら」


セアレウスは、手に持っていた紙袋を見せつけるように、コウユウの前に突き出した。

よほど良い物を買ったのか、セアレウスの目はキラキラと輝いていた。


「良い髪飾りを見つけましてね。思わず買ってしまったんですよ」


そう言いつつ、セアレウスは紙袋を開け、中に手を入れる。

そして、その中から取り出されたのは――


「じゃーん! 見てください、コウユウ。これを付ければ、力が……というか拳の威力が上がりそうじゃあないですか? 」


拳を象ったプレートの装飾が付けられた黒い帯だった。


「あー……そう。良かったね」


コウユウはセアレウスにそう言うと、隣に立つクーティに視線を向ける。


「あなた達のセンスはどうかしてます……」


すると、コウユウの思った通り、クーティは顔を引きつらせて、そう呟いていたのだった。




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