二百七十七話 黒翼の襲撃者
ゲロ注意
――次の日。
「これより、初級クラス本選のトーナメント二回戦第一試合を始めます。両者、前へ! 」
初級クラスのトーナメントの試合が続行される。
最初の試合は――
「西、猿人のコウユウ! 東、背翼鳥獣人のミュレイザー! 」
コウユウの試合である。
そして、相手はセアレウスの言った通り、背翼鳥獣人であった。
「……」
試合開始の合図が出されるまで、コウユウは対戦相手であるミュレイザーを見据える。
ミュレイザーは、黒い翼を持った背翼鳥獣人だ。
コウユウは知る由もないが、彼女はカラスの背翼鳥獣人である。
カラスの背翼鳥獣人は、頭が良く集団戦闘を得意とされている。
そんなミュレイザーの服装は、全身黒色の服だ。
身軽さを重視しているのか、鎧は付けておらず計装である。
武器にもその傾向があり、彼女の武器は二本の鉄の棒で、それぞれ両腰に下げられている。
その鉄の棒は、長さのことなる二股に分かれた打撃部が特徴的な武器で――
(どんな攻撃をしてくるか、分からん奴だな……)
初めて見る種族であり、見たことのない武器を持つミュレイザーは、コウユウにとって、未知の相手であった。
「両者、準備はよろしいですか? 」
「うん」
「あいよ」
「では、始め! 」
コウユウとミュレイザーが互いに睨み合う中、ようやく二人の試合が始める。
その瞬間――
「うおおっ! 」
右の拳を振りかぶりながら、コウユウがミュレイザー目掛けて飛び出した。
「うお!? 先手必勝ってわけか! 」
向かってくるコウユウに、ミュレイザーは驚く。
未知の相手であるミュレイザーに対して、コウユウは彼女を知ろうとしなかった。
その代わりにコウユウが仕掛けたのは速攻。
ミュレイザーの行動、特に空に飛ばれてしまえば、コウユウに不利な戦いとなるだろう。
そうなる前に、彼女を倒してしまおうとコウユウは考えたのだ。
「りゃああ!! 」
ミュレイザーの顔に目掛けて、コウユウの右の拳が突き出される。
コウユウの速攻に驚いた様子のミュレイザーだが――
「ほっ! 」
流石はシード枠と言うべきか、彼女は頭を傾けて、コウユウの拳を躱した。
その瞬間、ミュレイザーは自分の両腰から、鉄の棒を引き抜くとそれらを振るい、コウユウへ反撃を仕掛ける。
ガン! ガン!
左右の手に振られた二本の棒は、コウユウの左腕に弾かれる。
「硬い!? 身体強化の魔法かぁ!? 」
ミュレイザーは、硬い岩に攻撃を加えた手応えを感じた。
コウユウは、左腕に身外甲を纏っていた。
「もらった! 」
今の二人の距離は、互いに前へ足を踏み出すことができないほど短い。
この距離で、コウユウがミュレイザーを捕まえることは容易いこと。
コウユウは左右の腕で挟み込み、ミュレイザーを体を掴もうとした。
「うぐっ! 」
抵抗できないのか、ミュレイザーは呻き声のような不気味な声を漏らす。
(よし。こいつに飛ばれるまえに、カタが着きそうだぞ)
その彼女の様子を見て、コウユウは自分の勝利を確信する。
そして、今のミュレイザーは攻撃を弾かれて間もなく、すぐにコウユウに鉄の棒を振るうことはできない。
ミュレイザーの様子を見なくても、決着が着くことは誰だって分かることであった。
しかし、これから起こることは、誰にも想像できないことであろう。
「ぐえっ!」
突然、ミュレイザーが苦しみだした。
まだ、彼女を掴んでおらず、コウユウは怪訝な表情を浮かべる。
次の瞬間――
「オエエエッ! 」
ミュレイザーの口から、何かが吐き出された。
「わっぶ!? 」
その何かをコウユウは顔に受けていまい、思わず両腕を引っ込めてしまう。
「うええっ!? くっさ! 何だこれ? 何だこれぇ!? 」
顔に受けた物は、かなり嫌な臭いのするもので、何をされたか分からず、コウユウはパニックに陥る。
「かははははは!! それ、さっきあたしが食ったパンの残骸だよ! 」
すると、上の方からミュレイザーの声が聞こえてきた。
彼女が吐き出したのは、普通に吐瀉物であった。
窮地から脱する手段として、ミュレイザーは未消化の物を吐き出すことがある。
他のカラスの背翼鳥獣人の名誉のために説明すると、この行動を行うのは彼女だけで、カラスの背翼鳥獣人の習性ではない。
「げぇーっ!? 汚い汚い! 色々と汚いって! これ反則じゃないの! 」
慌ててコウユウが顔を拭い、空を見上げると案の定、ミュレイザーは空を飛んでいた。
「はぁー? あたしに言わせれば、魔法の方がよっぽど反則に見えるよ。それで……」
コウユウを見下ろしながら、そう言うと――
「飛ぶ前に、あたしを倒したかったみたいだけど、今どんな気持ち? 」
ミュレイザーは、意地悪く頬を吊り上げた。
「くそっ……」
彼女に反して、コウユウは悔しげに表情を歪めた。
形勢逆転。
あっという間に、コウユウは不利な状況に陥ったのだ。
「かっはははは! 今のあんたは、地を這うネズミに見えるよ! さぁーて、これからどう料理してやろうか」
これから始まるのは、ミュレイザーにとって圧倒的に有利な戦い。
彼女が笑うのは、その戦いにより無残な姿となったコウユウを想像しているからであった。
翼を広げ空を舞っていたミュレイザーは、地面に向かって急降下する。
地面に激突するかに見えたが、その直前で彼女は方向転換。
地面に対して水平に飛行し、コウユウの元へ向かっていく。
「速い! ここは、身外甲! 」
前方から接近するミュレイザーの攻撃に備え、コウユウは全身に身外甲を纏った。
地面の砂を巻き上げつつ、凄まじい速度で飛行するミュレイザー。
彼女は、コウユウとすれ違い様に二本の鉄の棒を振るった。
ガン! ガン!
二本とも、容赦なくコウユウの顔に命中したが、身外甲に守られている今、彼女にダメージは無い。
「ふん! そんな棒きれじゃあ、あたしに傷はつけられない! 」
コウユウはそう言いつつ、後ろに振り返った。
その方向へミュレイザーが飛んでいったからだ。
「なっ!? いないだって!? 」
しかし、コウユウが振り返った先に、ミュレイザーの姿は見えなかった。
見上げても、彼女の姿を確認することはできない。
「どこ見てんだよ! 」
すると、ミュレイザーの声がコウユウの背後から聞こえてきた。
「うぐっ!? 」
その瞬間、コウユウは後頭部に強い衝撃を受ける。
ミュレイザーが後ろから、コウユウの頭を蹴り飛ばしたのだ。
この攻撃が成功したのは、ミュレイザーが宙返りをしたからである。
彼女が宙返りをしたのは、鉄の棒で攻撃しつつ、コウユウの横を通り過ぎた後。
コウユウが後ろを振り返るだろうと予測し、さらにその背後にミュレイザーは回ったのだ。
「かはははは! ばーか! ばーか! 」
ミュレイザーはコウユウを罵倒しつつ、空へ舞い上がっていく。
「ぐっ! く、くそっ! 」
前のめりに倒れたコウユウは、すぐに立ち上がったが、ミュレイザーは既に彼女の届かないところまで上がっていた。
「空に逃げやがって……」
空を飛ぶミュレイザーを見上げながら、コウユウは悔しげに表情を歪めた。
ミュレイザーの戦い方は、一撃離脱戦法を基本としている。
急降下により加速した飛行で敵に接近し、攻撃を加えると、反撃を受ける前に空に逃げてしまうのだ。
そうすることにより、彼女は地面にいる敵に対し、一方的に攻撃を仕掛けることができる。
しかし、逃げた先――空へ逃げたとしても、敵がそこへ届く攻撃手段を持っていれば、一方的という有利な状況は無くなる。
彼女にとって、弓を扱う者や攻撃魔法を得意とする魔法使い、自分と同じく空を飛ぶ者は、自分が有利にならない戦いづらい相手になるだろう。
残念ながら、その者らにコウユウは当たらない。
さらに、ミュレイザーの速度に完全についてこれないため――
(あいつ、嫌いだ! 大っ嫌いだ! )
コウユウにとって、かなり相性の悪い相手であった。
彼女が心の中で悪態をつく中、再びミュレイザーが急降下する。
その後、地面に激突する直前で方向転換し、コウユウに向かって飛行する。
「身外甲! 」
ミュレイザーの攻撃に備え、コウユウは腕を交差し、防御の構えを取った。
「はっ! また、それか。地を這うネズミっていうより、亀だな。お前は」
嘲笑うかのようにそう言うと、ミュレイザーは再び、すれ違いざまに二本の鉄の棒を振るう。
今度は、コウユウの腹に鉄の棒が打ち付けられた。
「うっ! ぐっ! 」
すると、コウユウは呻き声を漏らし――
「なんだって!? 」
ミュレイザーは驚愕した。
コウユウへ振るった鉄の棒の手応えが、生身の体へ打ち付けたものであったからだ。
「へっ……全身に身外甲を纏ったままじゃあ、動けないんでね」
驚愕するミュレイザーを見て、コウユウが笑みを浮かべる。
彼女は、全身に身外甲を纏うフリをしていたのだ。
そうする目的は――
「よく近寄ってきた! これで、お前を捕まえてやる! 」
やはり、ミュレイザーを捕まえることであった。
凄まじい速度で襲いかかるミュレイザーの攻撃を見切ることは、コウユウにとって困難である。
故に、どこへ攻撃が来るか分からないため、全身を身外甲で覆うのが無難だ。
しかし、それでは反撃が間に合わない。
コウユウは、防御をするフリをしつつ、反撃をすることを考え出したのだ。
「今度こそ! 」
コウユウの伸ばされた右手が、ミュレイザーの服を掴みにかかる。
「させるかって! 」
しかし、ミュレイザーは、いつまでも驚愕しているままではない。
彼女は左腕を横に振るい、コウユウの右手を振り払った。
その後、ミュレイザーは翼を羽ばたかさて、真上に向かって飛んでいく。
逃げることを優先したのだ。
「くそっ! 地を這うネズミ風情が! 」
空に舞い上がったミュレイザーは、下方を見下ろしながら声を荒げる。
それは、コウユウのフリを見抜けなかったからか。
「へへっ、しっかりしろよな。逃げきれてないじゃあないの」
否、自分の左足にしがみつくコウユウに向けて言ったのだった。
右手を振り払われたコウユウだが、すぐさま左手をミュレイザーに伸ばしていた。
結果、ミュレイザーの左足を掴むことができ、今の状態に至る。
ミュレイザーは、自分より格下であろうコウユウに、してやられたことに苛立っていた。
「この……ふ、ふんっ! 間抜けめ」
しかし、ミュレイザーは急に冷静になる。
そして、更に高く飛び――
「もう一度言ってやる。この間抜けが! お前、考えなしにあたしに掴まったな? 」
ミュレイザーは、コウユウにそう言った。
「考えなし? そんなことはない」
「三度も言わせるな、間抜けぇ。下を見てみろよ」
「……高い」
ミュレイザーの言われた通り、コウユウが下を見下ろすと、遥か下に闘技会場の地面があった。
もはや、自分の影が見えないほど、彼女達は高いところを飛んでいる。
「この高さから落とされたら、流石のあんたもタダじゃあ済まないだろ? 言うなら、今のうちだよ」
「何を? 」
「降参しますって言葉だよ。言えば、ゆっくり下に降ろしてあげる」
ミュレイザーは、コウユウに降参を申し出ることを要求した。
彼女の言う通り、この高さから落とされれば、全身に身外甲を纏ってもコウユウは重症を負ってしまう。
さらにこの状況で、ミュレイザーを倒してしまったら、空を飛ぶ手段がなくなり、地面へと落下してしまうだろう。
ミュレイザーに掴まったコウユウは、相手を追い詰めるどころか、逆に自分が追い詰められてしまっているのだ。
「ほら、早く言いなよ。あと、ここは風が強いから、声は大きくね」
意地悪く笑みを浮かべながら、ミュレイザーがコウユウへ降参することを促す。
「声を大きくか……じゃあ、言ってやるよ……」
コウユウはそう言うと、息を吸い――
「やってみろよ、クソ鳥! 」
と、声高らかに言い放った。
「よく言った、クソネズミ! 途中で気が変わっても、あたしは知らないからな! 」
コウユウの物言いに、再び激高すると、ミュレイザーはコウユウを蹴り落としにかかる。
「このっ! このっ! 早く、落ちろ! 」
コウユウの体を蹴り続けるミュレイザー。
手加減は一切なく、彼女の右足がコウユウの体に打ち付けられていく。
「ん? どうしたの? あたしを蹴り落とすんじゃあないの? 」
平気な様子で、コウユウはミュレイザーに問いかける。
「うるさいっ! 黙れ! このっ! このっ! 」
コウユウを怒鳴りつつ、必死に右足を振り続けるミュレイザー。
「何? このへっぽこな蹴りは? 身外甲を纏うまでもないよ!」
コウユウは未だに平気な様子で、ミュレイザーを煽り続ける。
実際、ミュレイザーの蹴りがコウユウに効いていないわけではなく、一発ごとにダメージが蓄積されている。
しかし、その一発一発が大したことではないのだ。
「くそっ! 蹴りにくいところに……いるから……」
それは、ミュレイザーが呟く通り、コウユウが蹴りづらいという要因もある。
だが、一番の要因はコウユウが打たれ強いからだ。
(誰かさんのせいで、打たれ強くなったなぁ……まぁ、良いんだけどさ)
ミュレイザーの蹴りを耐えながら、コウユウは、そんなことを思っていた。
「はぁ……はぁ……」
しばらくすると、ミュレイザーの息が上がり始め、高度も徐々に下がっていく。
彼女は、コウユウを蹴り落とすことに夢中になり、空を飛ぶ体力も使ってしまったのだ。
(悔しいけど、一旦下に降りて立て直そう。地面に降りれば、こいつは油断して、手が緩むはず。その隙に脱出するんだ)
そんなことを考えつつ、コウユウに蹴りを入れるのをやめ、ミュレイザーは下へ降りていく。
(やっとか。それで、もういいかな)
ようやく、地面に自分の影が見えたところで、ミュレイザーの左足にしがみついていたコウユウは――
「ほっ! 」
ぶら下がり始めた。
「うぐっ!? 何考えてんだ、お前! 」
それにより、急に左足が重くなり、ミュレイザーがコウユウを怒鳴りつける。
「何考えてるって、あんたを倒すことだよ! 」
「なっ――!? 」
コウユウは、ミュレイザーの左足を掴んだまま、前に回転をし始めた。
コウユウを軸に、荷車の車輪のように二人は回転しながら、地面へと落ちていく。
「なあああああああ!? 」
振り回されるミュレイザーは、体力を消耗しており、抵抗することができない。
コウユウは、それを狙っていた。
ミュレイザーの体力を削ぐために、コウユウは彼女にしがみついたのだ。
「ぎぇええええ! お前、このままあたしを地面に叩きつけるつもりか!? 」
「見て分からないの? 」
回転する中、二人は会話をする。
「ま、待て待て待て! あたし死んじゃうよ! 殺したら、失格になるぞ! いいのか!? 」
会話は、説得に変わった。
命の危機を感じたミュレイザーは、コウユウへ攻撃をやめるように説得する。
「え? 風でよく聞こえないよ? こういう時は、どうするんだっけ? 」
「ぐうっ……やめてくださいお願いします! 」
ミュレイザーは目一杯、声を上げた。
「え? 聞こえないよ」
ミュレイザーの声は、コウユウに届かなかった。
否、コウユウは聞こえないフリをしていた。
そして、無慈悲にコウユウはミュレイザーを地面に叩きつけにかかり――
「ぎゃああああああ! 」
地面が迫っていく光景を目にしながら、ミュレイザーは絶叫する。
しかし、ミュレイザーが地面に叩きつけられることはなかった。
「ふんっ! 」
先にコウユウが地面に着地し、ミュレイザーが地面に激突する直前で腕を止めたからだ。
「ふうっ、足に身外甲を使ったけど、ちょっと痛いね」
そう言うと、コウユウはミュレイザーから手を離す。
「あ……た、助かった……」
ミュレイザーは、自分が生きていることに安堵すると、そのまま意識を失った。
そして――
「オエエエエッ! 」
回転の影響か定かではないが、ミュレイザーは嘔吐し、彼女の頭の周りに吐瀉物が広がっていく。
「うえっ! 最後まで汚い奴。審判、こいつ気絶してるよ」
吐瀉物を見て表情を歪めつつ、コウユウは審判に声をかける。
「…………うん、気絶してますね。初級クラス本選トーナメント二回戦第一試合。勝者、コウユウ!」
すると、役員はミュレイザーに近寄ることなく、目視だけで彼女が気絶したと判断し、高らかに声を上げ、試合の決着を告げた。
「気持ちは分かるけど、ちゃんと確認しなよ……」
役員を半目で見つつ、コウユウはそう呟いた。
一撃離脱戦法に翻弄されつつも、コウユウはミュレイザーに勝利することができた。
二回戦を突破したことで、残りの試合数はあと二回。
三回戦は準決勝となり、大会の終わりがようやく見えてきたのだ。
――観覧席。
役員により、試合の決着が告げられ、観客達の歓声が湧き上がる。
「やった! これであと二回勝てば、ダンナの優勝だ! 」
「はい。ですが、これからも油断は出来ませんよ。今、コウユウには、自分の打たれ強さに頼る傾向が――」
「いいじゃねぇか! 今は素直に喜ぼうぜ! おーい! サルちゃんよーぅ! よくやったぞー!」
コウユウの勝利に、セアレウス達は特に他の観客達も湧いていた。
他の観客達は試合を見ているだけで、まだコウユウに興味を持つ者は少ない。
しっかりコウユウを見る者は、セアレウス達ぐらいだろう。
「あいつが……次の相手か」
「ああ。親分の試合が終わったら、すぐに報告するぞ」
しかし、コウユウを意識する者は他にもいた。
その者等も観覧席に座っており、闘技会場を歩き去るコウユウに目を向けていた。
「見た目に反して、力が強く打たれ強い。念入りに作戦を立てる必要があるな。親分が勝つために」
「ああ。他の者には、奴の情報収集をさせよう。どこかに弱点があるはずだ」
その者等は程なく、観覧席を後にした。




