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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 石身の勇士編
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二百七十四話 刀を操る戦士

 闘技大会が開催されてから一週間後。

多くの者が待ちに待った時がやってくる。

闘技大会初級クラス本選。

数百人の中から勝ち抜いてきた本当に強い者達の戦いが始まるのだ。

故に、この日の観覧席は、これまで以上に盛り上がっている。

それは今日が初級クラスの本選の日だからだろう。

初級クラスは、名の知れ渡っていない戦士達の戦いだ。

多くの観客達は、彼らの戦いが観たいがためにここにいる。

一概には言えないが、名も無き戦士が初めて強者と認められる瞬間に立会いたいのが、その理由。

つまり、後に名が知れ渡るであろう戦士の、躍進するきっかけとなった戦いをこの目に収めたいのだ。

図らずも闘技大会で優勝した者が有名になるのは、その者等が他の者に、そのことを自慢して回るからだと言っても過言ではないだろう。


「予選の時よりも人が多い気がしますが、何とか良い席を取れましたね」


「う、うん。運が良かったね」


観客で混み合う観覧席の中に、セアレウスとキハンはいた。

二人が会話している通り、彼女達は、闘技会場に一番近い最前の席を取ることが出来た。


「それで……なんで、ゴートさんもここにいるんですか……」


セアレウスの隣には、キハンと――


「おう。見たいからに決まってんじゃあねぇか」


ゴートがいた。

宿屋の店主である彼がこの場にいることに、セアレウスとキハンは困惑していた。


「見たいからって……宿屋の方は大丈夫なの? 」


「あ? おまえら以外に客来ねぇし、休みなのも同然よ」


「えー……じゃあ、今宿屋にいるのクーティだけ? 」


「ま、一人でも大丈夫だろ」


「うーん……これは、帰ってからクーティさんに叱られることが想像できます」


こめかみを手で押さえながら、セアレウスが呟いた。


「それより、やっぱサルちゃんの人気は少ねぇのな。俺としては、ありがたいんだがね」


「……? どういうことですか? 」


「ん? ネズミちゃんも知らねぇのか? 」


「知らないよ。一体、何のことですか? 」


「はぁ、お前らソルジャーガーデンを散策しないのか。大会の本選が始まると同時に、賭け事を始める屋台があるんだよ。ほれ」


ゴートは、ズボンのポケットから一枚の紙切れを取り出した。

そこには、コウユウの名前と数桁の数字が記載されている。


「ああ、誰が優勝するかを予想して、勝てばいっぱいお金が貰えるやつね」


「初めて聞きました。大会の役員からは、そんなこと聞いてませんよ? 」


「そりゃそうだろ。非公式でやってんだから」


「あ……なるほど……」


セアレウスの顔が引きつる。

ゴートの言う通り、ソルジャーガーデンには、闘技大会の優勝者を当てる賭け事を行う店が出店している。

そこでは、上級、中級、初級のクラスごとに行う賭け事が分けられている。

その中でも初級クラスが人気で、参加する人数が多く、賭けに勝った時の返ってくるお金の数も一番多い。

闘技大会が開催される度に行われており、何故だか大会の役員が取り締まることはなかった。


「ああ、くそっ! オイラ達もやっておけば良かった。宿屋のおっちゃん! その店は、どこにある? 」


自分も賭けに参加しようと、キハンがゴートに訊ねた。


「生憎だが、もう受付は終わってる。気づくのが遅かったな」


「ええーっ! オイラもダンナに賭けとけば……」


キハンは落胆し、ガックリと肩を落とす。


「へへへ、そんなに落ち込むなよ。サルちゃんが勝ったら、おまえ達にも、うまいもん食わせてやるからよ」


「ええっ!? 本当? でも、分け前もちょっと欲しいな~」


「あん? 欲張りだな。ま、いいけどよ。ガハハハハ!! 」


ゴートは気分よく大笑いをした。

そんな彼の横で、セアレウスは神妙な面持ちをしていた。

その表情のまま、セアレウスはゴートに顔を向ける。


「さっき、コウユウは人気が無いと言っていましたが、他に強い人もいるようですね。例えば――」


「象獣人の男か? それとも、獅子獣人のガキか? この二人が人気トップとトップツーだ。そんで、何でサルちゃんに賭けたかを聞きてぇのか? 」


「……はい」


セアレウスは、ゴートの問いかけに深く頷いた。

すると、先ほどまで笑顔であったゴートの顔も神妙なものとなる。


「うちの宿に泊まった奴が、闘技大会の本選に出たら、そいつに賭けるって決めてんのさ。強いの弱いの関係無しにな」


「ゴートさん……」


「へへっ、それにしても今年はツイてるぜ! アオちゃんよ、サルちゃんは勝っちまうんだろ? 」


不敵な笑みを浮かべるゴートにセアレウスは――


「はい! コウユウは、きっと……きっと、勝ちますよ! 」


と、答えた。


「へへっ、期待してるぜ」


セアレウスの答えに、ゴートは満足げに笑みを浮かべた。


(……でも、今のままでは難しい……と思いますが……)


しかし、セアレウスは自信満々の言葉とは裏腹にそう思っていた。

そんなセアレウスは、闘技会場の方へ視線を向ける。

今は、初級クラス本選の開会式を行っており、予選を通過した出場者達が横に並んでいる。

そこには、コウユウもいるが、セアレウスが見ているのは彼女ではない。

セアレウスが見ているのは、コウユウの最も高い壁になるであろう人物。

獅子獣人のリオダイナに向けられていた。







 闘技大会初級クラスのブロックは、AからGブロックまである。

一ブロックから二名が選ばれるため、本選に出る出場者は十四名となる。

その十四名で、トーナメントが行われるのだ。

まず、一回戦は十二名の出場者が戦う。

他の二名は一回戦が無く、二回戦目から戦うことになるシード枠の者だ。

その枠にコウユウは入らず、一回戦目から彼女は戦うことになる。


「これより、初級クラス本選のトーナメント一回戦第一試合を始めます」


闘技会場の中央に立つ役員の声が、コロシアムに響き渡る。

その役員は鳥獣人の者で、自分の声を広く伝えることが得意な種族だ。

役員の発した声は、闘技会場にいる出場者のみならず、観覧席の奥の方にも届いている。


「両者、前へ! 」


役員を挟むように向かい合っていた二人の出場者が、一歩前に進み出る。


「西、犬獣人のミチクサマル! 」


二人の出場者の間に立つ役員が片腕を広げる。

その腕が広げられた方に立つのは、犬獣人の少女。

名をミチクサマルと言い――


「東、猿人のコウユウ! 」


彼女が一回戦のコウユウの相手であった。

コウユウとミチクサマルが向かい合う中、役員は一歩後ろに下がる。


「両者、準備はよろしいですか? 」


「うん」


「うむ」


役員の問いかけに、コウユウとミチクサマルは頷いた。


「では、始め! 」


二人の了承を確認すると、役員は声を上げ、闘技会場の隅の方に向かった。

それと同時に、ミチクサマルは鞘から剣を抜き、コウユウは拳を構える。


(変わった剣……キキョウが使ってる剣と似てる……)


ミチクサマルが持つ剣を見て、コウユウはそう思った。

彼女が両手で持つ剣は、幅がかなり狭く弓なりに反り返った形状をしている。

その見た目から、素早く触れる剣であると、コウユウは判断した。


(あと犬獣人……か…)


武器を目にした後、コウユウはミチクサマルの容姿に目を向ける。

頭には、三角状の尖った耳が生えており、長い髪を後頭部で一つに纏めている。

腰の辺りからふさふさとした尻尾が伸び、ゆらゆらと揺れていた。

一目見て、犬獣人だと分かる犬獣人らしい特徴を持っている少女であった。

しかし、それ以上に目を引くところがある。


(服も……あんまり見ないやつだ。これもキキョウに似てる)


それは、彼女の服装だ。

ミチクサマルの服は、キキョウの着ていた服と似た形状をしていた。

異なるのは、肩から袖が無いのと、腰から足首までを覆う袴にスリットが入っていないところだ。

ミチクサマルの持つ武器と身に付ける衣服は、とある戦士の服装のそれである。

その戦士の知名度はあまり無く、知っている者は知っているといった微妙な表現をされている。





 「コウユウの相手は、刀使い……サムライですか」


観覧席のセアレウスが、ミチクサマルを見て、そう呟いた。

彼女は、知っている者であった。


「サムライ……って、なに? 」


知らない者であるキハンが、セアレウスに訊ねる。


「コウユウの相手が持つ武器が見えますか? あれは、(かたな)と言います」


「カ、カターナ? 」


「違います。カタナです」


セアレウスが、キハンの刀の呼び方を指摘する。


「ほう、やるねぇアオちゃん。カターナなんて武器を知ってるとは」


刀という武器を知るセアレウスに、ゴートが関心する。


「だから、カタナですってば! 」


セアレウスは、ゴートにも刀の呼び方を指摘した。

刀やサムライを知るその界隈に詳しい人(マニア)は、正しい呼び方をしないと気分を害す者が多い。

セアレウスもその中の一人であった。


「サムライは、刀を使った戦いを得意とする戦士です」


「ふーん、強いの? 」


「あんま、見たことねぇけど、強いよな? アオちゃん」


「ええ。まず、武器である刀が凄いです。切れ味は凄まじく、硬い岩を綺麗に真っ二つにしてしまうほど……と、わたしの読んだ本に書いてありました」


同意を求めるように聞いていたゴートに、セアレウスは頷きつつ、そう答えた。


「ほ、本か……本当かなぁ? なんか、いまいち信じられないなぁ……」


本で得た情報を話すセアレウスをキハンは、あまり信じられなかった。

キハンに構わず、セアレウスは話を続ける。


「そして、サムライの強みは、その身のこなしにあります。最低限の動きで攻撃を躱し、素早く強力な攻撃を行う……ずば抜けた敏捷性と必殺の一撃を持つ戦士です」


セアレウスは、そう言うとコウユウに目を向け――


「一回戦目にして、かなり手ごわい相手との戦いになりましたね、コウユウ」


と、険しい表情で言うのであった。







 コウユウは、拳を構えたまま動かない。

それは、彼女の前方にいるミチクサマルも同様であった。

しかし、素手のコウユウとは違い、ミチクサマルには刀という武器を持つ。

彼女は、それを正面に構えていた。


(なんだ? 動き辛いぞ)


そんな彼女を見て、コウユウは動くに動けなくなっていた。

ミチクサマルに隙が見当たらず、攻撃を行うタイミングを掴めずにいるのだ。

しかし、コウユウは、自分が動けずにいる理由がそれだとは気づかない。

故に――


(もういい! なるようになれだ! )


攻撃をするべきではないと思いつつ、無理やり仕掛けることにした。

コウユウは、ミチクサマルに向かって真っ直ぐ走り出す。


「……! 」


向かってきたコウユウに反応したのか、ミチクサマルの眉が僅かに動く。

すると、ミチクサマルは両手に持つ刀を振り上げた。

刀を振り下ろして、コウユウへ攻撃するつもりであろう。


(動いた! あたしを迎撃するつもりか! )


ミチクサマルを見るコウユウも、そうであると判断した。

しかし、コウユウは足を止めない。

迎撃される前に、ミチクサマルへ攻撃をしようと考えているのだ。


「なっ!? 」


コウユウがミチクサマルの十歩前ほどの距離に近づいた瞬間、闘技会場から驚愕の声が上がった。

その声を発したのは、意外にもコウユウであり、彼女は驚いたのだ。

その原因は、ミチクサマルがコウユウへ接近したこと。

今、コウユウの目の前には、ミチクサマルがいるのだ。

とは言っても、迎え撃つために、逆に近づいてくることは想像できることで、驚くほどのことではない。

では、何故、コウユウが驚いているのかというと、接近してきたミチクサマルの動きがあまりにも速かったからだ。

そして、もう一つ驚くべきことがある。

それは、ミチクサマルが持つ刀がいつの間にか下げられ、横に振りかぶられていることだ。

これが何を意味するかというと、攻撃の軌道が変わったということである。

コウユウの驚いた反応から想像できるだろうが、彼女は、このミチクサマルの動きに対応できていない。

従って――


「ぐうっ……! 」


コウユウは、ミチクサマルの攻撃を受けた。

ミチクサマルの攻撃とは、振りかぶった刀を横になぎ払う行動。

コウユウは、薙ぎ払われた刀を横っ腹に受けていた。

しかし、幸いなことに、その一撃は軽いもので、耐えられないものではない。


「お……りゃああああ! 」


すぐさまコウユウは、反撃することにした。

目の前に立つミチクサマルの顔に目掛けて、拳を突き出した。

コウユウとミチクサマルの距離は極めて近い状態である。

この距離で突き出された拳を躱すのは容易ではないが――


「嘘っ!? 」


ミチクサマルは躱した。

しかも、首を横に傾けただけで、体は動いていない。


「ぐっ……!? 」


拳を躱されたことに驚いたコウユウだが、彼女にそんな暇はなかった。

拳を引き戻そうとした瞬間、その拳を放った右の肩に痛みが生じたのだ。

その時、ミチクサマルはいつの間にか、刀を上に振り上げた状態をしている。

その体勢は、もう攻撃をし終わった後のものであり、コウユウは自分が攻撃されることに、まったく気付かなかった。


(肩を……まずい! )


故に、コウユウの頭の中に、反撃をするという考えは存在しなかった。

コウユウは、左腕を盾にしつつ、後方へ下がっていく。

この時、ミチクサマルの攻撃を受け続け、戦闘不能の状態にされる自分の姿が思い浮かんでいた。


(このままじゃ、負ける……)


そして、今の自分では勝てないと思った。


「ふぅ……」


コウユウとは裏腹に、ミチクサマルは余裕のある様子である。

彼女は追撃を仕掛けることなく、再び刀を正面に構えた。

ここで、追撃を仕掛けるほど、勝負に焦る必要は無いという判断をしたのだろう。

この一戦で、両者共に相手と自分の実力の差を知ることができていた。

どちらが上であるかは言うまでもなく、ミチクサマルである。

その差に武器の有無は関係無い。

あったとしても、ここでそれを問題にしたところで意味はないのだ。

コウユウが勝つには、この場でミチクサマルとの実力の差をどうにかするしかないのだから。

その方法を見出すとすれば――


(戦いの工夫か……)


セアレウスの言っていたそれであると、コウユウは考えていた。




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