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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 石身の勇士編
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二百七十一話 神速の拳

 ――昼、もう太陽が真上を通過してから二時間ほど時が経つ。

ゾロヘイドのコロシアムは、三回戦目であるCブロックの試合でも観客の歓声に包まれていた。


「がんばれー! オオダンナー! ダンナー! 」


その歓声の中に、キハンの応援の声が混じっている。


「く、くそぅ、ここからじゃあ、声なんて届かないよ」


キハンは、眉を吊り上げてしかめっ面をする。

自分のいる場所は観覧席の奥で闘技会場から遠い。

故に、彼女の声が闘技会場にいることはない。


「でも、オイラはちゃんと二人を見てるからね! がんばってよー! 」


それでも、キハンが応援をやめることはない。

それから彼女は、周囲に観客の歓声に負けないつもりで、声を上げ続けた。

そんなキハンが応援するセアレウスとコウユウの状況はというと良好である。

素手で戦う二人は、自分よりも攻撃範囲の広い武器を持つ相手に苦戦するも、窮地に陥ることはなかった。

複数の者が相手でも負けることはない。

戦士達が入り乱れる中で二人が残り続けているのは、この数日間の修行の成果と言えるだろう。


「あの水色の髪の娘、なかなかの強さだ」


「ああ。ただ、素手で戦う戦士のようだが、あんな動きは見たことない。どこの国の拳法だ? 」


「素手で戦う奴は、そいつだけじゃないぜ。あの猿人の娘もそうだ。戦い方が似てるし……もしかしたら、シソウの国の人達かもな」


セアレウスとコウユウは、一部の観客に注目されていた。

その理由としては、二人の扱う拳法が彼らにとって見たこともないものだからだろう。


(へへっ、あの二人が考えた拳法だってことは、夢にも思わないだろうね)


そういった観客の声を聞く度に、キハンはそう思いつつ不敵な笑みを浮かべる。

キハンは、二人が考えたとしていたが、実際は、ほんどの技をセアレウスが考え、さらにその大半は架空の物語の本から抜き出したものである。

オリジナルの拳法であることは想像できるだろうが、ここまで推測出来る者はいないだろう。


「……」


二人の妙とも言える拳法に注目していたのは、観覧席の観客達だけではない。

闘技会場にいる者の中にもおり、彼女は手が空いた時に、二人のどちらをじっと見ていた。

同じ素手で戦う者として、二人の拳法は興味深いのだ。





 「石撃連打拳! 」


コウユウが、左右の拳を連続で突き出す。

彼女の拳は身外甲に包まれており、纏う鉱物は石。

コウユウが繰り出した技は、まさに多数の石が投擲されたかのようであった。

その石の拳が向かう先は、六人の戦士達。

彼等は、コウユウに襲いかかってきた者達だが、彼女が放つ石の拳により、逆に打ちのめされてしまう。

六人は大きく吹き飛び、例外なく闘技範囲の外へ出ていった。


「大したことない! 次、あたしに挑んでくる馬鹿はいないのか! 」


突き出していた拳を引き戻し、次の備えてコウユウは拳を構える。

しかし、彼女の前にも後ろにも名乗りを上げる者はいない。


「……本当に、もういないのか……」


コウユウが周囲を見回すと、自分の周りには誰もいなかった。

遠くの方、セアレウスのいる方に目を向ければ、彼女は他の者達と戦っている。

その他の者は、見当たらない。

Cブロックの試合も終わりが見えてきたのだ。


「セアレウスは……大丈夫そうだね。てことは、トーナメントに出るのは、あたしとあいつだけ……って、言うにはまだ早かったね」


周囲を見回していたコウユウの目が止まる。

その彼女の目が向いている先には、金色の獣人の少女がいた。

金色の獣人の少女は腕を組んだ状態で立っており、自分から動く様子はない。

そのため、あまり目立つことはなく、コウユウは彼女の姿を見逃していた。


「……気に入らないやつ。偉そうにして、自分が強いとでも? 」


コウユウは彼女の態度が気に入らなかった。


「おい、そこのお前」


従って、彼女は――


「暇そうじゃん。あたしも、相手がいなくて暇だからさ。戦おう(やろう)よ」


金色の獣人の少女に戦いを挑んだ。


「……」


すると、金色の獣人は何も発することなく、拳を構えた。

その体勢は、戦いに備えたことの証。

つまり、コウユウの誘いを受けるということだ。


「そうこなくちゃ」


コウユウは笑みを浮かべる。

そして、金色の獣人の出方を伺うため、じっと彼女を見ることにした。

彼女も同じことを考えているのか動かない。

両者見つめ合ったまま、動くことはなかった。

戦いを知らぬ者がいれば、ただじっとしているだけに見えるが、もう二人の戦いは始まっている。


(動かない……か。なら、あたしから行ってみるか)


コウユウは、金色の獣人が動かないことに痺れを切らす。

彼女は、身動(みじろ)ぎすらしない金色の獣人の少女に向かって走り出した。

そして、コウユウは彼女の目の前に到達した。

それまで、金色の獣人は何もしなかったのだ。


「たありゃあ!! 」


コウユウが、目の前の少女の顔に目掛けて、右の拳を突き出す。

身外甲を纏っていないただの拳だ。


ガッ!


「……! 」


コウユウの眉がピクリと動く。

彼女の右の拳は真っ直ぐに突き出されており、その先は、金色の獣人の右腕であった。

彼女の拳は防がれたのだ。

身外甲を纏ってはいないとはいえ、コウユウの力は、一撃でも人の頭蓋骨を粉砕するほどの破壊力を持つ。

多少の加減はしているものの、彼女の力をその身に受ければ、たとえ防御したとしても影響はあるはずだ。

しかし、彼女の目の前に立つ金色の獣人は、何の反応もない。

ただ無表情にコウユウを見下ろすだけで、ダメージを負った様子は見られなかった。

そんな彼女の様子を見て、コウユウは――


「こんのおおおお!! 」


退くことなく、更に彼女へ攻撃を加える。

連打拳や回転蹴り等、修行で編み出された技を繰り出していくが、どれも大したダメージを与えることなく防がれてしまう。

猛襲と言うべきコウユウの激しい攻撃に、金色の獣人の表情が変わることはなかったが――


「こんなものか……」


閉ざされていた口が開き、一言そう呟いた。


バンッ!!


「が……!?」


その瞬間、激しい音と共に、コウユウの体が浮かび上がる。

宙を舞うコウユウは、弓なりに体を曲げた体勢のまま、後ろへ下がっていく。

その体勢から推測すると、どうやら腹に攻撃を受けたようだった。

ダメージを受けた本人であるコウユウも、それは理解出来る。


(なんだ!? こいつ……今、何を……)


しかし、何をされたかは分からなかった。

予想だにしなかった攻撃により、彼女の思考は定まらない。

ようやく、彼女の頭が回るようになったのは、地面に着地した時であった。


(そうか。あいつ、あたしの腹に拳を入れていたのか)


コウユウが腹を押さえつつ、金色の獣人の少女に目を向けると、彼女が右の拳を引いている仕草を見ることができた。

そこから、右の拳で攻撃されたのだと判断したのだ。

ここで、コウユウは自分の身に何が起きたのかを把握することができたが、問題は解決していない。


(なんて奴だ……あいつの拳は、あたしには見えないってこと…)


何をされたのかを瞬時に認識できないほどの速い攻撃。

金色の獣人は、高速の拳を持っており、それを打開しなければ、彼女に勝つことはできない。

コウユウは、やっとそのことに気づいた。


「まだ立つか」


「……! 」


金色の獣人の少女がコウユウに迫る。

数十歩ほど離れた場所にいたにも関わらず、彼女がコウユウの目の前に到達は早かった。

敏捷性においても、彼女は高速であった。


「くっ! 」


急激な接近により、コウユウの反応は遅れた。

それにより、彼女が行える行動が制限される。

接近された今の状況で、金色の獣人が放つ高速の拳を躱すのは極めて困難である。

目にも止まらない高速移動ができるのなら話は別だが、コウユウには不可能であった。

故に、彼女に残された行動は防御。

しかし、防御するにしても、高速の拳が相手だ。

見切らなければ、防御しても無駄である――


「身外甲!! 」


が、それを必要としない防御の手段をコウユウは持っていた。

それは、全身に身外甲を纏うこと。

持続時間と身動きが取れないことで難はあるが、全方向の攻撃を防御することができるのだ。

全身を石の灰色に染められたコウユウが、金色の獣人の攻撃を待ち受ける。

その一瞬の間もなく――


ドゴッ!!


コウユウは、顔に強い衝撃を受けた。


「ぐうっ! 」


ダメージは無いが、その衝撃によって、コウユウは後方へ突き飛ばされてしまう。

砂塵を巻き上げながら後ろへ下がった彼女は、突き飛ばされる前の位置から二メートルほど離れていた。


「ぐ……攻撃は防げたけど……」


身外甲を解いたコウユウが、呻くように呟いた。

防御することはできたが、まだ金色の獣人の攻撃は驚異であった。

このまま、全身に身外甲を纏って彼女の攻撃を防ぐことは可能だ。

しかし、その度にコウユウは突き飛ばされてしまう。

闘技範囲外に押し出される危険があるのだ。

コウユウは、その危険を恐れてか、金色の獣人に向かって駆け出した。


「ん……」


金色の獣人の眉が僅かに動いた。

ここで、コウユウが自分に向かってくると想像していなかったのだ。

今、彼女がコウユウに対して、僅かな驚きと――


「愚かだ……」


呆れた感情を持っていた。


「おりゃああああ!! 」


コウユウが金色の獣人の顔に目掛けて、右腕の拳を突き出したが、当たらなかった。

金色の獣人が頭を横へ傾けて躱したのだ。

そして、攻撃を躱した彼女は反撃を行うため、自分の右の拳を握り――


バンッ!!


下からコウユウの顎を殴り飛ばした。

殴り飛ばされたコウユウは、顔を上に逸らしたまま、宙に体を浮かせる。

先ほどと似たような光景で、異なるのは腹ではなく、顎に拳を受けたこと。

あともう一つある。


「む……う……? 」


それは、金色の獣人が怪訝な表情をしていることだ。

真上に振り上げた彼女の拳に、痛みがあるのだ。

人を殴れば痛みを伴うものだが、その痛みではない。

石のような硬い物を殴った時のような痛みを彼女は感じていた。


「……! 」


その痛みの正体に気づいた時、コウユウは既に地面の上に立っていた。

顎を殴られてからすぐ、身を翻して地面に着地していたのだ。


「ふぅ、やっぱり顎を狙ってきたね」


そう言いながら、コウユウは右腕を振りかぶる。

顎に拳を受けたにも関わらず、コウユウにダメージを負った様子は見られない。

それは何故かというと、答えは簡単だ。

顎に身外甲を纏っていたのである。

コウユウは拳を放つ際、金色の獣人が反撃に顎を狙ってくると予測していた。

否、あえて顎に狙ってくるように、その部分が隙だらけとなる攻撃をしたのだ。

これは、セアレウスがコウユウへ度々やっていた戦法。

何度もこの戦法を受ける中で、コウユウも出来るようになったのだ。


「これが、あたしの本命! おりゃああああ!! 」


コウユウは、振りかぶっていた拳を金色の獣人目掛けて突き出した。

その拳は灰色で、身外甲を纏っている。

さらに、手加減なしの本来の彼女の力が乗った一撃である。


「ぐ…おおっ!? 」


その一撃を腹に受けた金色の獣人は、後方へ突き飛ばされる。


「どうだ……って、嘘っ!? 」


渾身の一撃を放ち、満足げに笑みを浮かべたコウユウだが、すぐにその表情は崩れた。

その理由は、想像するに容易いことだろう。

金色の少女は、コウユウの一撃を耐えたのだ。

彼女は腹に拳を受けたにも関わらず、すぐに体勢を立て直している。

その姿にダメージを負った様子は見られず、ただ後ろへ突き飛ばしただけのようであった。


「面白かった」


金色の獣人はそう言ったと同時に、コウユウの目の前に立つと――


「ぐっ……ああああ!! 」


先ほどのコウユウのように振りかぶった拳を彼女の腹に叩きつけた。

腹に拳を受けたコウユウは叫び声をあげながら、その場に蹲る。

同じ腹にダメージを受けたというのに、二人の反応の差は、雲泥の差と言えるほど大きく違っていた。

この差を端的に言えば、実力差であろう。


「ううっ……」


力を振り絞り、コウユウは顔を上げ、金色の獣人の顔を見上げる。

無表情に見下ろしてくる彼女の表情には、勝った喜びの感情が見られない。

コウユウは、彼女との実力差を身にしみて感じていた。

しかし、実力差以外の何かの差も、金色の獣人の表情から感じていた。


「なかなか面白い奴だな、お前……名前は? 」


コウユウを見下ろす金色の獣人が、そう訊ねた。


「……コウユウ…」


「そうか……」


金色の獣人はコウユウへ拳を振り下ろしたが――


「……もう少しでこちらは終わる……待てないのか? 」


と、呟いて寸でのところで拳を止めた。

そして、ゆっくりと拳を下ろし、後ろへ振り返る。

金色の獣人が体を向けた先には――


「待てないですね。申し訳ないとは思いますが、これからわたしと戦ってもらいます」


拳を構えるセアレウスの姿があった。

金色の獣人の視界に、セアレウス以外の者は立っていない。

残っているCブロックの出場者は、コウユウ、セアレウス、金色の獣人の三人だけになったのだ。


「くっ……セアレウス……」


立ち上がろうとするコウユウだが、腹のダメージは抜けず、立つことはまだ出来ない。

ほぼ戦闘不能の状態だが、気絶もしてなければ、闘技範囲の外にも出ていない。

まだ、敗北条件には当てはまらないのだ。

しかし、判定を行う役員次第では、敗北とされてもおかしくはない。

そうであるにも関わらず、誰ひとり役員が声を上げないのは、コウユウが運の良いという状況にあるということだ。

さらに運の良いことがある。


「……いいだろう。その代わり、(われ)を楽しませてくれよ」


それは、セアレウスと同じブロックであったこと。

コウユウは彼女のおかげで、闘技大会の予選を通過することができるのだ。




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