二十六話 いとしい子には槍で教えよ
なんとか一話に収めたかったので、今回は長めです。
イアンと勝負をした次の日。
敗北したロロットは一人、冒険者ギルドに来ていた。
イアンはロロットと勝負をする際、条件をつけていたのだ。
「いいか、オレが勝ったら、俺とは違う依頼を受けろ」
条件は、イアンと異なる依頼を受けることであった。
E-のイアンには、薬草採取のような依頼しか受けられず、強い魔物のいる場所へは行かない依頼が大半であった。
ロロットはDランクになり、この辺の魔物が相手にならないほど強い。
そう判断したイアンは、ロロットにDランクの依頼を受けさせて、より強くなってもらおうと考えた。
今、ロロットの冒険者ランクは、Dランクである。
ロロットのDランクプレートを貰ったのは、昨日の薬草採取依頼を受ける時だった。
受付のスタッフがロロットの情報を確認したところ、Dランクに上がる分の功績を充分上げていたのだ。
本当ならば、タトウの依頼達成の報告をした時に、Dランクのプレートをもらえるはずだった。
しかし、イアン達がまとめて依頼達成報告を行ったため、その時のスタッフが見落としていたそうだ。
不手際を謝りながらスタッフは、ロロットだけにDランクプレートを渡した。
イアンは、自分はどうなるか聞いたが、E-ランクが昇格するには条件があるらしい。
その条件とは、一定期間経たねば、いくら功績を上げても、ランクをあげることができないというもの。
この条件は、冒険者ギルド発足時に、無謀な新米冒険者が危険な依頼を受け、命を落とすことを防ぐために作られた条件である。
後に定められた、Eランクの細分化により、この条件はE-ランクだけに適用されることとなった。
そのため、早期にランクを上げたいがために、E-ランクにならないよう実績を積んでから、冒険者になる者が一般的となっていた。
ロロットは、イアンの意図を察してはいるが、依頼をやるだけで強くなるイメージが湧かなかった
とりあえず、魔物と戦えば少しは強くなれると思い、魔物討伐の依頼書に手を伸ばした。
「「あっ…」」
ロロットの他にも、依頼書に手を伸ばした者がおり、手が重なった。
重なった手の主を見ると、20代くらいの若い人間の女性が、ロロットの顔を見て口を開けていた。
「ごめんなさい、私もこの依頼を受けようと思って…」
「あ…いや、あたしも…」
「うーん…じゃあ、一緒に受けましょう。えーと、名前を聞いてもいいかな? 私は、アレクシア」
アレクシアと名乗る女性の喋り方は、幼い子供に話掛けるように優しかった。
「ロロット」
「ロロット…ロロちゃんね! よろしく」
こうして、ロロットはアレクシアと、魔物討伐の依頼を行うのだった。
討伐対象の魔物は、マンティスと呼ばれる虫の魔物であった。
マンティスは、一メートルほどの大きさで、両前足は鎌状になっており、人間の指を切り落とせる切れ味を持っている。
その魔物が、フォーン平原の一帯に大量発生したのを、目撃した近隣の村人による依頼であった。
そして、依頼人立会いのもと、ロロットとアレクシアは魔物の討伐を開始した。
「ふぅ…」
魔物を仕留めたロロットは、一息ついた。
討伐を開始してから、あっという間に、マンティスの群れは全滅した。
アレクシアが大半を仕留めたおかげである。
しかし、ロロットも五体くらいのマンティスを仕留めていた。
「うん、楽勝! 」
ロロットは、この魔物に苦戦することなく戦えたことを喜んだ。
アレクシアは、依頼人から依頼達成証明書を貰うとロロットの元へやって来る。
「依頼証明書も貰ったことだし、行こ」
「ちょっと待って、ロロちゃん」
ロロットは、カジアル向けて歩きだそうとした時、アレクシアに呼び止められる。
アレクシアの声音が、さっきまでとは別のものになっていた。
「さっきの戦い…あれは何? 」
「あれ…って? 」
ロロットが恐る恐る聞き返す。
アレクシアは、溜息をつくと呆れたように言った。
「あのひどい戦い方は何だって聞いてるの。あんな戦い方じゃ、すぐ死ぬよ」
「あんなって…じゃあどう戦えばいいの? 」
「へー、わからないんだ。一緒に冒険してた人はいなかったの? 」
「……いる」
「じゃあ、そいつ無能ね。こんな簡単なことも指摘できないなんて」
「なっ…!? アニキは無能じゃない! 」
ロロットは、イアンをバカにされたと思い、激昂した。
「じゃあ、それをあんたが証明しなさい」
アレクシアは、背中から武器を取り出した。
彼女の使う武器は、ロロットと同じ槍。
柄は黒く、その先の槍頭は真っ直ぐ伸びていた。
アレクシアは、その槍を両手で持って中段に構える。
ロロットは、アレクシアに一撃を与えるべく、動き出す瞬間――
「…!? 」
ロロットは動けなかった。
喉元に、槍頭を突きつけられているからだ。
「ほらね、死んじゃった」
槍を突きつけながら、アレクシアが呟く。
ロロットは、アレクシアの視線から逃れるように目を逸らす。
逸らした先で目に映ったのは、体をズタズタにされた少数の魔物の死体と、あまり傷のついていない大量の魔物の死体だった。
よく見ると、あまり傷のついていない魔物の喉に穴が空いていた。
フォーン平原の小川が流れる林の中に、アレクシアとロロットは来ていた。
「あんたは、槍を持っているのよ。棒じゃないわ 」
アレクシアがロロットに指摘したのは、槍の使い方だった。
ロロットは、これまで槍を振り回して使っていた。
それも一種の槍の使い方ではあるが、本来の使い方は、突くものである。
「振り回すなら、棒でもできる。でも、それだと槍の利点を殺してしまうばかりよ」
「利点? 」
ロロットが、首を傾げる。
「リーチよ。あなたの使い方だと、振りかぶった時と振り切った時にそれが死んでしまうわ。その時に攻撃を受けたことない? 」
「…あっ! 」
ロロットは、心当たりがあった。
イアンとの勝負で、ロロットが敗北を喫した瞬間は、振りかぶった時だった。
「心当たりがあるようね。じゃあ、自分がどうあるべきか分かった? 」
「槍で突けるようになる…」
「そう、でも忘れないで。それができて普通だから。というわけで、あんたが槍を普通に使えるまで帰さないから」
「え!? でも…かえ―」
「帰さないから」
アレクシアは、有無を言わせなかった。
「わ、わかった。どうすればいい? 」
「それは――」
――数十分後。
ロロットは、槍を持って小川に立っていた。
流れる水の中にいる魚を見つめ、槍を突く。
バシャ!
槍は、魚を掠めることなく、川底の砂利に突き刺さった。
「そろそろ昼なんだけど……ああ、まだ一匹も捕まえられないか」
林の奥からアレクシアがやってきた。
彼女が、ロロットに指示したのは魚獲りだった。
昼が近いから、昼食にしよう――そういうことらしい。
アレクシアを見ると大量の魚が入った袋を手に持っていた。
「魚が…いっぱい…」
「ああ、これ? 全部、私のだから。食べたかったら自分で獲ってね」
「うぅ…鬼め…」
この日、ロロットが魚にありつけることはなかった。
――翌日の夕方。
この日の昼も魚にありつけることはなかった。
せめて、夜には魚を食べられるようにしなければ。
ロロットは、川の中を見つめる。
多くの魚が縦横無尽に泳ぎ回っている。
ロロットは、一匹一匹の動きを観察し、槍を突き刺す。
バシャ!
川底に槍が到達する。槍頭には一匹の魚が突き刺さっていた。
「やった…! やっとごはんが食べられる! やったぞー! 」
バシャバシャと小躍りしながら喜ぶロロット。
その様子をアレクシアは、林の中から見ていた。
「あれ? 思ったより早い… 」
――そのまた翌日の昼。
昨日から、コツを掴んだロロットは、順調に魚を獲っていた。
「ロロちゃん、今ので何匹目? 」
「20匹目! 」
「……じゃあ、そろそろいいか…」
「? 」
呟いたアレクシアにロロットは首を傾げたその瞬間――
「…!? 」
アレクシアが、槍をロロットに向けて突き出した。
カン!
ロロットは、それを槍の柄で受け止める。
「いきなり何!? 」
「ふふ…」
アレクシアは、ロロットを突き飛ばすと、連続で槍を突き出した。
キン!キン!キィン!
ロロットは、連続で襲いかかる槍頭に、自分の槍の槍頭を当て、アレクシアの攻撃を防いだ。
(へぇ、やるじゃない……じゃあ、これはどうする? )
アレクシアは、心の中で感心すると、連続する槍の速度を上げた。
「くっ…早く―!? 」
ロロットは、アレクシアの速度についていけなくなり、撃ち漏らした槍が、ロロットの顔目掛けて向かってくる
ザシュ!
顔を傾けたロロットの頬に、アレクシアの槍が掠めた。
ロロットは、後ろに飛んで距離を取り、頬を触る。
頬から微かに血が流れていた。
アレクシアは、ロロットを殺しにきたのだ。
「う…ぁ…」
死――それを連想したロロットは、恐怖で足が竦んだ。
「……」
槍を振って、槍頭に付いた血を払うと、中段に槍を構えて近づいて来る。
「…ア…アニキ… 」
あまりの恐怖に、自分が慕う人物の名を口にした。
その時、ロロットは思った。
(アニキは、あの時に…こんな…)
ロロットは、イアンが魔物のハサミに挟まれている光景を思い出していた。
その時、イアンも自分と同じ感情を抱いていたのかと。
しかし、ロロットそれを否定した。
イアンは、諦めていなかったからだ。
諦めなかったからこそ、絶望的な状況を打開できたのだ。
(あたしも…アニキみたいに…)
ロロットは、戦意を取り戻し、槍を持ち上げて上段に構える。
(ふーん…それはまだ、見せてない構えなのだけれど…)
アレクシアは、少し警戒をする。
だが、もう少しでアレクシアの間合いにロロットが入る。
そして、間合いに入った瞬間、アレクシアは突きを放った。
「…今! 」
同時に動いたロロットは、槍を思いっきりアレクシアの頭上へ投げた。
「え…!? しまっ―」
アレクシアが一瞬、頭上を通る槍に気を取られた隙に、ロロットは槍を躱し、アレクシアの両手首を掴んだ後、体を回転させ懐に潜り込む。
後ろからロロットを覆いかぶさるような姿勢になったアレクシア。
「おおおおお!!」
「ぐっ――は…ぁ」
ロロットは、体を前に倒し、しっぽでアレクシアの腹を持ち上げると、前方の地面へ叩きつけた。
叩きつけられたアレクシアは、背中を打ち付けられぐったりしていた。
「こ、降参…参ったわ」
「約束通り、もう帰っていいわ」
小川の脇にある岩に腰掛けて、アレクシアが依頼達成証明書を渡してくる。
「えー、まだ何も教えてもらってないよ」
「見えたでしょ? 」
「え? ああ、そいうこと? 」
ロロットは、納得した。
さっき、ロロットを襲ったアレクシアの技の数々、それが彼女の教えたことだった。
「基本は教えたから、後は自分で頑張りなさい」
「うーん、魚獲って、殺されかけただけのような」
「死に物狂いがいいのよ」
「お、鬼…」
満面の笑みで物騒なこと言うアレクシアに、ロロットは戦慄する。
早くアレクシアから開放されるため、ロロットは踵を返す。
「あっ! 待って」
「ひっ!? まだ何か? 」
「そんなに怖がらなくても……ちょっと聞きたいことがあるの」
アレクシアは、立ち上がるとロロットに近づく。
ロロットは、少し後すざりする。
「うっ……さっき、槍を投げて私の注意を逸らしたけど、よく考えたわね。でも、浅はかだわ。私が止まらなかったらどうしてたの? 」
「知らない! 」
「知らないってあんた…」
「アニキの真似をしただけだから。せめて、アニキみたいにならないよう遠くに投げた」
「……アニキさんは、どうなったの? 」
ロロットは、顔を真っ赤にする。
「じ、自分の投げた木の棒に当たった」
あの時は、笑ったロロットだったが、今はとても恥ずかしかった。
「……ぷっ…あはははははははははは!!」
アレクシアは、腹を抱えて笑いだした。
「いやーこの前、アニキさんを無能呼ばわりして悪かったね。無能じゃなくてバカだ。くくく、あはははは!!」
「いや、あんまり変わってないよ! くっそぉ、もう帰る!!」
ロロットは、いつまでも笑い続けるアレクシアに背を向けて歩き出した。
ひとしきり笑ったアレクシアは、林の中で一人呟いた。
「…あんたみたいな人がもう一人いるみたいよ」
アレクシアは、空を見上げた。
そこには誰もいないが、彼女は物憂げな表情を浮かべ、囁いた。
「ねぇ…アデル」




