二百六十七話 強者が集う町 ゾロヘイド
三つ編みの少女に、コウユウという名が出来た日から二日後の朝。
セアレウス、コウユウ、キハンの三人は、ロートロアとゾロヘイドの間に広がる荒野を歩いていた。
コウユウの体のダメージが回復したため、ゾロヘイドに向かうことにしたのだ。
「そういえば、キハンさんは、どうしてコウユウについてくるのですか? 」
先頭を歩いていたセアレウスは後ろに振り返り、キハンに訊ねた。
「お! オオダンナ。ようやく、オイラに興味を持ってくれたね」
「オオダンナ? 」
キハンの口にした言葉に、コウユウが僅かに首を傾げる。
「ダンナより強いってことで、オオダンナさ」
「ふーん……って、名前分かってんだから、ダンナって呼ばなくてもいいじゃん…」
コウユウは微妙な表情を浮かべた。
「それで、オイラがダンナについていく理由だったっけ? それはもう、痺れたからだよ」
「痺れた……コウユウの強さにですか? 」
「おうとも! 最近までオイラは一人旅をしていてね。そんで、この前……オオダンナに会う前さ。その時、魔物と戦ってたらダンナが現れて…」
「ああ、そんなこともあったっけ。確かあの時、おまえは魔物にビビりまくって――」
「ちょ!ちょっと待って! オイラのことはいいじゃん! ダンナが強くてカッコよかったって話でいいじゃん!? 」
コウユウの口を必死に抑えようとするキハン。
「コウユウが魔物をバッタバッタと倒していったのですね? 」
「そう! 拳一つで魔物共を倒していく様に痺れてね。自分もそれにあやかりたいと、ついてきているのよ」
セアレウスに助け舟を出されて、キハンは意気揚々と答えた。
「へぇ……コウユウに憧れるということは、キハンさんも武を極めようとする者ですか? 」
「武を極めるって……大袈裟だなぁ…」
セアレウスの問いかけに、コウユウは苦笑いを浮かべる。
「いや、一応剣を持ってるけど、極めたいのは妖術だよ」
キハンは、纏っているマントを若干広げながら、セアレウスの問いかけに答えた。
彼女の言うとおり、キハンの腰には、ひと振りの剣が下げてあった。
「妖術……確か、幻覚を見せたりとか敵を惑わすことに長けた魔法……でしたか? 」
「魔法って言っていいのか分からないけど、その通り。はあっ! 」
キハンが手を合わせ、空中で一回転すると――
ボワンッ!
キハンの姿が消え、そこにセアレウスの膝までの大きさの岩が現れた。
「妖術の中でも、オイラは、自分の姿を変える変化が得意だよ」
現れた岩から、キハンの声が発せられる。
キハンは岩に化けているのだ。
「おおっ! 本当の岩みたいです! 硬さも再現されたり――」
「まだできない! できないから、ダンナはそのでっけぇ武器を構えるのやめて! 」
「え? 」
キハンの声を耳にし、コウユウは体を硬直させた。
彼女は今、弧炎裂斬刀を振り上げた体勢で、岩に化けたキハンへ振り下ろそうとしていた。
セアレウスと同じように、岩のような硬さになっているかが気になったのだ。
「なんだ、硬くないのか。もっと早く言いなよ。危うく、また先生との約束を破るところだったって」
コウユウは、弧炎裂斬刀を下ろすと、それを背中へ回して背負う。
ボワンッ!
「危ねぇ……いや、本当。あと、岩の硬さになっても、ダンナなら砕きかねない」
元の姿に戻ったキハンは、ホッと息をついて安堵する。
「妖術を使う奴なんて、あんまりいなくて、オオダンナみたいに珍しがられるけど、オオダンナも大概だよ」
「わたし……ですか? 」
キハンに言われ、セアレウスはきょとんとした表情になった。
「あ、やっぱ、自覚無いんだ。武器とか魔法の使い方とか……色々変わったところがあるけど、まず格好が変だよね」
「……言われてみれば、確かに」
キハンの言うことに、コウユウは頷いた。
「変……あ、ああ…」
セアレウスは、自分を見回して納得した。
今の彼女の服装は、イアンの元から離れた時から変わっていない。
つまり、ベティの選んだ服を着ているのだ。
肩やふとももが意図的に露出されているセアレウスの服装は、キハン達にとっておかしな格好である。
「最初は恥ずかしかったけど、もう慣れちゃいましたね。でも……なんか、勇者のように見えませんか? 」
「え? 勇者? うーん……ダンナは、どう思う? 」
「分からないよ。少なくとも、こんな格好の奴が勇者だったら、なんか嫌だなぁ…」
「がーん!! 」
今の服装が続いているのは、勇者のように見えると言われたことが大きい。
それをコウユウに否定されたような気がして、セアレウスはショックを受けたのだ。
しばらく、落ち込んでいたセアレウスだが、そのうちに立ち直り、コウユウやキハンと他愛の無い会話を始めた。
会話をしながら、彼女達は荒野を歩き続ける。
そして、彼女達はロートロアから出発して一日と半日の時間をかけて、ゾロヘイドに辿り着くのだった。
ゾロヘイド――
ユンプイヤの荒野地帯で、一番大きな町だ。
この町の大半の建物には、白い石の建材が使用されているためか、町全体が白く見える。
その白い町並みを眺めていれば、一際目を引く建物があることに気づくだろう。
それは、町の北側にそびえ立つ巨大な円形の建物だ。
この建物は、コロシアムと呼ばれる闘技場で、大規模な闘技大会を開催することで、この町の名を世界に広めている。
「うわぁ……すごい人の数だ…」
目を丸くしながら、キハンがそう呟いた。
コロシアムの周りは広場になっており、一つの町の大きさ以上もあるというのに、そこは人で埋め尽くされていた。
この広場がある地域は、闘技大会に出場する戦士達が多く集まることから、ソルジャーガーデンと呼ばれている。
広場の他、ソルジャーガーデンには、武器や防具を扱う店や宿屋等、戦士達を顧客とした店も数多く存在している。
セアレウス達三人は、ゾロヘイドの町に入り、この場所に来ていた。
「ここにいる人達は、みんな戦士ですね…」
セアレウスが周りを見回す。
広場を歩く者達の多くは、武器を持っていた。
「……しかも、皆さん……強い…」
周りを見回すセアレウスが神妙な顔になる。
戦士達はただ武器を持っている者ではない。
皆、闘技大会に出場するに相応しい強者達なのだ。
セアレウスは、彼らが放つ剣呑な空気を感じ取っていた。
「ここに来たということは……コウユウ、あなたの課題というのは……」
「セアレウス。あんたの思っている通りだ」
コウユウは、そう言うと、前方に指を差す。
その方向は、言うまでもなくコロシアムである。
「あたしは、闘技大会に出場しに、この大陸に来たんだ。そして、大会の初級クラスで優勝する。それが、先生から出されたあたしの課題だ」
指を差したまま、コウユウはそう言った。
その瞬間――
「「……!? 」」
セアレウスとキハンの背筋が凍りついた。
一瞬だけ、自分達に視線が集まり、その視線の多くが敵意が含まれたものであったのだ。
「……コウユウ。この課題……かなり厳しいものになりますよ…」
額に浮かび上がった汗を拭いながら、セアレウスがコウユウに言った。
「はっ! 上等! これも、強くなるための修行の一環なんだ。強い相手は大歓迎だよ」
指を差していた腕を下ろすと、コウユウは歩き出した。
「早速、受付に行こう」
彼女が向かう先は、コロシアムであった。
「さ、流石、ダンナ。オオダンナ、ダンナはきっとやってくれるよ」
コウユウの頼もしい言葉に、キハンは意気揚々と、先を歩く彼女についていく。
「……コウユウなら、優勝できますよ…」
セアレウスも二人に続いて歩きだした。
この時、言葉とは裏腹に、セアレウスは浮かない表情をしていた。
(コウユウは強い……ですが、今のままで良いのでしょうか…)
コウユウの実力を認めているが、安心はできなかった。
コロッセオの入口には、受付のカウンターがあり、複数の女性が立っている。
そこで、闘技大会の出場手続きを行うようで、多くの戦士達が列を作っていた。
コロッセオに入ったセアレウス達も列に並ぶ。
コウユウ以外にも、闘技大会に出場する戦士達はいるのだ。
しばらくすると、コウユウの番が回ってくる。
「ようこそ。闘技大会に出場されるのは初めてですか? 」
「うん」
受付の女性の言葉に、コウユウが頷く。
「でしたら、初級クラスですね。お連れの方もそれでよろしいですか? 」
出場するのはコウユウだけだが、セアレウスとキハンも列に並んでいた。
受付の女性は、その二人も出場するのだと思っているのだ。
「あ……いや、二人は……」
「はい。お願いします! 」
否定しようとしたコウユウだが、セアレウスは受付の問いかけに頷いてしまった。
「え? 」
「あれ? オオダンナも出るの? 」
コウユウとキハンが驚いた表情で、セアレウスを見る。
「はい。では、初級クラスの大会に……お名前は? 」
「……コ、コウユウ…」
「セアレウスです」
「コウユウさまと、セアレウスさまが出場されるということで、登録します」
受付の女性は、手元の書類に二人の名前を書いた。
「はい、これで手続きは終了です。では、この闘技大会の進行について説明します」
受付の女性が説明を始める。
闘技大会は、どのクラスも進行方法は同じである。
まず予選は、選手を複数のブロックに分け、一つのブロックの中から二人の選手を選出するというもの。
その次に、予選で勝ち抜いた者達でトーナメントを行う。
闘技大会は、この二つの形式しかなく、少ないように思えるが、五百人以上の選手が予選で十人ほどに絞られる。
どのクラスの予選も狭き門であり、トーナメントは本当に強い者達の戦いになるのだ。
「次に、大会のルールについて説明します」
闘技大会では、武器や魔法の制限は特に無い。
どんな武器や魔法を使おうが、基本的にどうこう言われることは無いのだ。
しかし、戦った相手を殺害する、意図的に相手の体を欠損させる行為は禁止されている。
相手を降参させるか、気絶させる等の戦闘を続行できない状態させることが、闘技大会の基本的な勝利方法である。
予選では選手の数が多く、それらの判定が困難なため、いくつかの敗北条件が追加されている。
そのいくつかの敗北条件については、予選が開始される時に説明しよう。
「説明は以上です。予選は一週間後に行われますので、忘れずに来てくださいね」
闘技大会の説明が終わり、三人は受付から離れる。
その後、彼女達は、コロッセオの入口を出て、人の往来の邪魔にならないよう壁際に集まった。
「セアレウス……あんたも大会に出るのか…」
「ええ。コウユウの課題を手伝いに来ましたが、わたしも強くなりたいので」
「へへっ、オオダンナが出場しちゃあ、本当に優勝は厳しいんじゃあない? 」
「……いや、大丈夫。大刀を使わなくても、あたしはあんたに勝てる……はず…」
ビッ! ビッ!
左右の拳を交互に突き出しながら、コウユウは言った。
「そういえば、武器は使えないんだったっけ。それでも、ダンナならやれそうだね」
「本当にそう言い切れるのでしょうか? 」
「……おっと、今日のオオダンナは、いつになく強気だね」
セアレウスの呟きに、キハンは笑いかけるが――
「いえ、わたしとコウユウの対決を言っているのではありません。コウユウが優勝できるかどうかを言ったのです」
セアレウスは神妙な面持ちで、コウユウを見つめる。
「うっ……そ、そっち? でも、大丈夫でしょ。ねぇ、ダンナ? 」
「……」
「ダ、ダンナ? 」
問いかけたキハンだが、コウユウから返事が来なかった。
コウユウも神妙な面持ちで、セアレウスを見つめるだけであった。
「……今のままじゃ、ダメ……ってことだよね? 」
しばらくすると、コウユウは、セアレウスにそう訊ねた。
彼女自信も、この大会で優勝する自信はそれほどなかった。
自信を失ったのは、セアレウスも出場すると言った瞬間からである。
現時点で、コウユウはセアレウスに勝てる自信は、あまり無い。
そんな相手が大会に出てくると認識した途端に、彼女も大会で優勝出来るか不安になっていたのだ。
「そんなことはありません。ですが、大会の予選までは、一週間あります。この一週間で、強くなりましょう」
「強くなる? オオダンナ、何をするつもりだい? 」
「それは……」
「それは? 」
口を開いたセアレウスに、キハンは思わず顔を近づける。
この時キハンは、セアレウスの口から、凄いことが出てくるのだと期待していた。
「……まだ決めていません」
しかし、セアレウスはまだ方法を考えていないようであった。
「ありゃー!? 」
期待外れの返答に、キハンは転倒し、地面に転がってしまう。
「まだ、拳で戦うコウユウをあまり知りませんからね」
「じゃあ、また戦う? 」
「そうですね……いえ、今日はやめておきましょう」
コウユウの問いかけに、セアレウスはそう答えた。
「ゾロヘイドに辿り着いたばかりです。今日はもう宿で休んで、旅の疲れを癒しましょう。強くなるのは、明日からということで」
「ちぇー、あたしは今日でも良かったんだけどね」
セアレウスとコウユウは、宿屋を探すために歩き始めた。
「……あ! 待ってよ、二人共ー! 」
少し遅れて、キハンが二人の元へ走り出す。
闘技大会まで、残り七日。
果たして、セアレウスは、この短い期間の間に強くなる方法を考えることはできるのか。
いずれにしても、コウユウが強くなるかどうかは、自身の頑張り次第と言えるだろう。
お察しの通り、次回は修行しますよ。




