二百六十二話 同じ道を歩む者
「……勝った……あいつに、ダンナが勝ったんだ! 」
キハンは、高らかに声を上げる。
彼女の視線が向かう先は、セアレウス。
セアレウスは、地面に倒れたまま動く気配は感じられない。
キハンは、セアレウスと三つ編みの少女の戦いに終止符が打たれたのだと判断していた。
その戦いの勝者は、三つ編みの少女。
キハンは、セアレウスから視線を外し、彼女に目を向けた。
「……あれ? 」
そして、キハンは首を傾げる。
三つ編みの少女の反応は、彼女が思うものと違っていたのだ。
勝者であるはずの三つ編みの少女は、口を閉ざしたまま、ただ立っていた。
その顔は、セアレウスが倒れる方に向けられている。
三つ編みの少女は、セアレウスはじっと見つめていた。
「ダ、ダンナ、勝負は終わった……んだよね? なんで、突っ立てんの? 」
「……」
三つ編みの少女は答えなかった。
じっとセアレウスを見つめているだけである。
三つ編みの少女の心情が読めないキハンは、彼女と同じように、セアレウスに目を向けた。
何度見ても、キハンが思うことは同じである。
砂に塗れ、力なく横たわるセアレウスは、もう立ち上がることはない。
勝者は、三つ編みの少女であると。
「……ん? 」
夜の暗闇が空に広がりつつある中、キハンは眉を寄せた。
何が起きたかは理解できないが、場の雰囲気が変わったことを感じ取ったのだ。
「……そう……そうだよ」
その時、閉ざされていた三つ編みの少女の口が開かれた。
彼女の言葉を耳にし、キハンは三つ編みの少女に顔を向ける。
「あんたは……あたし達は、そうしなきゃいけない……」
「な、何を言っているんだ? もう戦いは終わって……」
三つ編みの少女の言っていることが分からず、キハンが、彼女の顔が向いている先に目を向けると――
「え……」
彼女は、目を開いたと同時に、思わず後ろへ一歩下がってしまった。
今のキハンの目には、彼女にとって衝撃的なことが起きているからだ。
「う、嘘だ……そ、そんなこと……だって、あんなに……」
驚愕に顔を歪ませながら、一歩また一歩とキハンは後ろへ下がっていく。
「でも、あたしはまだ、あんたを認められない。だって、これからが本当のあたし達の戦いだもんね……」
三つ編みの少女は弧炎裂斬刀を構えると――
「セアレウス」
視線の先、そこで立ち上がろうとする者の名を呼んだ。
セアレウスは地面に手をつき、体を押し上げている。
苦悶の表情を浮かべつつも、彼女の顔は三つ編みの少女に向けられており――
「ま……まだです……」
その目は、まだ曇っていなかった。
足に力を入れ、セアレウスは徐々に立ち上がっていく。
苦悶の表情を浮かべつつ、その目は三つ編みの少女を見据えている。
「うあっ……ぐっ……」
ダメージにより足を崩し、座り込みになったが、寸でのところで彼女は踏ん張った。
今の彼女の足はガクガクと震え、気が緩めばアックスエッジを手放しそうになる。
満身創痍であった。
そんな状態でも、立ち上がろうとする彼女は今、どんなことを考えているのだろうか。
立ち上がろうとしている以上、恐らく三つ編みの少女を倒すことを考えているのだろう。
(あ、あの子には負けられない……でも、どうしてでしょうか? )
三つ編みの少女に負けたくない。
彼女はそう思うと同時に、疑問に思っていた。
戦う以上、負けられないのは当然だが、その理由よりも三つ編みの少女に負けたくないという気持ちなのだ。
(どうして、あの子に……見ず知らずのあの子に、ここまで負けたくないと思うでしょうか……)
セアレウスは、どこからその気持ちが湧いてくるのかが分からなかった。
疑問を抱えつつ、セアレウスは頭が下がらないよう首に力を入れる。
そうして、三つ編みの少女を見続けた。
(わたしは……あの子を知っている? いや、誰かに似ている? )
セアレウスは、三つ編みの少女が誰かに似ていると思った。
「うっ!? 」
その時、ダメージによるものなのか、セアレウスの瞼は閉ざされてしまった。
目を開けようと、彼女が力を入れ、瞼が開かれた時――
(え……わたし? そ、そんな……こんなことって……)
三つ編みの少女の立っていた所に、自分が立っている光景を見た。
自分と瓜二つの姿が、自分を見ているのだ。
(あ……あの子はわたし……わたしとあの子は同じ? )
セアレウスは、三つ編みの少女に自分の姿を見たのだ。
似ていると言えるものではない。
もう一人の自分と言えるほど、ほぼ同じに見えたのだ。
そのことに戸惑うセアレウスだが、やがて目に映る自分の姿は別の姿に変わっていく。
「……!! 」
その消えていく光景の中に、答えはあった。
三つ編みの少女に戻る途中、一瞬だけイアンの姿が現れたのだ。
「そうか! あの子は、兄さんと……」
三つ編みの少女は自分と同じ、イアンと深く関わりのある人物である。
セアレウスは、三つ編みの少女の中にあるイアンの姿を見ることで、それをようやく理解した。
しかし――
(でも……ロロットさん、キキョウさん、ネリーミアさんの三人の特徴と一致しない。一体、誰なんでしょうか? )
三つ編みの少女が、誰であるか分からなかった。
不思議なことに、セアレウスは、彼女が誰であるかを認識できていなかった。
この時、彼女はようやく立ち上がることができた。
「やっとか。もうちょっと、早く立ち上がりなよ」
「……! 」
三つ編みの少女の声を耳にし、セアレウスはまだ戦いの途中であったことを思い出す。
それと同時に、自然と彼女はアックスエッジを構えていた。
セアレウスの姿を見て、三つ編みの少女は笑みを浮かべていた。
彼女はどこか、セアレウスが立ち上がてくることに期待しており、その期待通りになったことを嬉しく思っているのだ。
嬉しく思うと同時に、彼女は懐かしくも思っていた。
立ち上がるセアレウスの姿が一瞬、自分が憧れる水色の少年に見えたからだ。
(ただ妹を名乗ってるわけじゃあなかった。あんたは本物だ。なら、あんたを倒すには、この技しかない)
三つ編みの少女は、石突を打ち下ろし、弧炎裂斬刀を地面に突き立てる。
真っ直ぐ地面に立つ弧炎裂斬刀の柄を両手で掴み、その周囲をグルグルと回りだす。
やがて、三つ編みの少女は、弧炎裂斬刀の柄に横からぶら下がった状態で回転しだした。
回転する度にその勢いはどんどん増していく。
「これは……まさか、ダンナはこの勢いを利用して攻撃するつもり!? 」
凄まじい勢いで回転する三つ編みの少女を見て、キハンは顔を引きつらせた。
今の三つ編みの少女の状態から放たれる攻撃の威力を想像したのだ。
「あんたは! あたしが持つ最強の技! 大車輪で倒す!! 」
大車輪は、三つ編みの少女にとって最強の技である。
この最強の技を持って、何度でも立ち上がってくるであろうセアレウスを、完全に叩き潰すつもりであった。
「最強……なら、わたしも! 」
セアレウスは、右腕を空へ突き出すと――
バシュ!
右手から水を噴射させ、アックスエッジを真上に飛ばした。
噴射された水は収束し、細長い縄の形状となり、アックスエッジの柄に絡みつく。
セアレウスは、水の縄が絡みついたアックスエッジを頭上で振り回した。
「はあっ! 」
突き刺さった弧炎裂斬刀を引き抜き、三つ編みの少女は、セイレウス目掛けて勢いよく飛ばされる。
回転の勢いは速度となり、目で捉えるのがやっとなほど、速い速度で飛んでいく。
「水縄回転っ! 」
対して、セアレウスは頭上で振り回していたアックスエッジを下げ、体を使って回転させ始めた。
体を回転させて振り回されるアックスエッジは、さらに加速していき――
「斧撃!! 」
向かってくる三つ編みの少女に目掛けて、振り回された。
そのタイミングは絶妙で、アックスエッジは三つ編みの少女と激する。
ガァン!!
「うわっ!? 」
金属と金属が激しくぶつかり合う音が響き渡り、その強烈な音に、キハンは思わず耳を塞いだ。
アックスエッジが迫る直前、三つ編みの少女が弧炎裂斬刀を振り下ろしたのだ。
結果、アックスエッジは弾き飛ばされ、速度は若干落ちたものの三つ編みの少女は止まらない。
「勝った!! 」
振るわれたアックスエッジ――水縄回転斧撃を防いだことにより、三つ編みの少女は勝利を確信した。
「……!? 」
しかし、一瞬でそれが思い違いであると、三つ編みの少女は思い知らされる。
セアレウスは、右腕と同じように、左手のアックスエッジにも水の縄を絡みつかせ――
「大二連!! 」
体を一回転させると、三つ編みの少女に目掛けて振り回したのだ。
長く伸びた水の縄が絡みついたアックスエッジは――
ガンッ!!
三つ編みの少女に打ち込まれた。
「うああっ!! 」
三つ編みの少女は、弧炎裂斬刀で防いだものの、流石に二度は受けられなかった。
大車輪によって生み出された速度が完全に殺されたのだ。
「ぐっ……! 」
複数回、空中で回転した後、三つ編みの少女は、地面に叩きつけられる。
二撃目の水縄回転斧撃と、地面に打ち付けられた衝撃を受けたが、彼女はすぐに立ち上がった。
しかし、その間にもセアレウスは次の攻撃の準備をしていた。
「さらに! これがわたしのとっておき!! 」
彼女は、左右の水の縄を後ろへ引き、二丁のアックスエッジを後方へ飛ばされる。
長く伸びた水の縄が絡みついた二丁のアックスエッジは、遥か遠くまで飛んでいき――
「ぐっ……」
それらに引っ張られ、セアレウスの傷ついた体に痛みが生じる。
それでも彼女は、腕を大きく振り回し――
「ぐ……ううああああああ!! 」
痛みを吹き飛ばすように叫び声を上げた。
水の縄に引っ張られ、アックスエッジは高々と振り上げられた。
そして――
「水縄伸双斧撃!! 」
長大な斧と化した二丁のアックスエッジは、三つ編みの少女に目掛けて、振り下ろされた。
「あははっ! すごい。アニキの技……そのまんまだ……」
三つ編みの少女は、自分に目掛けて振り下ろされるアックスエッジを見て笑い、頭上で弧炎裂斬刀を横に構える。
ガァン!!
その瞬間、再び金属が激しくぶつかり合う音が響き渡った。
「くっ……」
二丁のアックスエッジが弧炎裂斬刀を激突した瞬間、セアレウスは両膝を地面につけた。
それと同時に、水の縄はただの水になり、アックスエッジと共に地面へ落ちる。
倒れまいと体に力を入れるセアレウスの目には、弧炎裂斬刀を頭上に構えて立つ三つ編みの少女の姿があった。
彼女の頭は僅かに下がっており、前髪が影となって顔の大半が見えない。
見えるのは口元だけで、彼女の口は笑っていた。
やがて、三つ編みの少女は、仰向けに倒れた。
「……!! 」
その時、セアレウスは彼女の名前を叫びたかったが、誰か分からないため、それは叶わなかった。
セアレウスは、それがとても悲しく思えた。
「……」
キハンも口を閉ざしたまま、ただ顔を俯かせて立っていた。
やがて、沈みかけていた夕日は、地平線の向こうへ消えていった。
周囲が暗闇に包まれても、しばらく彼女達は、その場から動くことはなかった。
「……ん」
三つ編みの少女は、目を覚ました。
体はだるく、意識は朦朧としている。
そんな状態でも、彼女は――
「あんたか……セアレウス」
自分を背負っている者が誰か分かった。
「あ……起きましたか」
三つ編みの少女が起きたことに気づくと、セアレウスは足を止めた。
「うう~重い~……早く前に進んでくれ~」
彼女の後ろには、弧炎裂斬刀を重そうに抱えるキハンがいた。
「……ここは? 」
「ロートロアの酒場です。今、宿を取ったので二階に行くところです」
彼女達は今、ロートロアの酒場と宿屋を兼業している店屋の中にいた。
そして、意識の無い三つ編みの少女を寝かせるため、部屋がある二階に行く途中であった。
「あたしと戦った後なのに、元気だね……」
「そんなことないです。体はボロボロですよ。体力があるだけです」
「あんまり、変わんないよ……」
セアレウス向けて、三つ編みの少女は呆れた声を出した。
気力のある声を出したセアレウスだが、時々体のバランスが崩れている。
体力があるとは言うものの、人を背負う力は残されていないはずだった。
「それより、二階に行くの? 」
「はい。そのつもりですが? 」
「まだ、行かなくていい。そこに座ろう」
三つ編みの少女は、テーブルに指を差した。
そのテーブルに目を向けた後、セアレウスは三つ編みの少女に顔を向ける。
「いいのですか? 」
「うん。聞きたいことがあるんでしょ? 」
「……分かりました。キハンさん、あなたは先に休んでください」
「うう~……そうさせていただく…」
フラフラと弧炎裂斬刀を抱えながら階段を上るキハンを見た後、セアレウスはテーブルに向かった。
先に三つ編みの少女を椅子に座らせると、その向かいにセアレウスは座った。
「もしかしたら……ですけど、あなたは兄さん……イアンという人に会ったことがありますか? 」
「……あるよ。ちょっと前にね……」
体がだるい中、三つ編みの少女はそう答えた。
「やはり、そうですか。よろしければ、お名前を聞かせてもらえませんか? 」
「……」
セアレウスの問いに、三つ編みの少女は答えなかった。
「……どうしたのですか? 」
その様子を不思議に思い、セアレウスは訊ねた。
「……今のあたしに名前は無い。だから、名乗れないんだ」
「そう……ですか……」
三つ編みの少女の言葉に、セアレウスは納得した。
彼女の言葉をよく聞けば、おかしいことを言っているのが分かるだろう。
しかし、そう思えないほど、妙に納得してしまうのだ。
「今度はこっちから、質問させてもらうよ。あんたは、何をしに来たの? 」
顔を俯かせるセアレウスに、三つ編みの少女は問いかけた。
「……あ……はい。私がこの国に来たのは、ロロットさんの手伝いをするためです」
「……そっか」
セアレウスの答えを聞くと、三つ編みの少女は息を吐きながら、そう答えた。
三つ編みの少女は、店内を見回し――
「あはは……もうこんなところまで、広まってるんだ……」
乾いた笑いをこぼすと、ある方向に指を差した。
セアレウスが、その指の先に目を向けると、その方向は壁であった。
その壁には、多くの紙が無造作に貼られている。
「あんたが、探してる人……そこにいるよ……」
「え……? 」
セアレウスは、三つ編みの少女の言葉を聞き、立ち上がる。
その後、紙が貼られている壁に向かって歩きだした。
「そんな……嘘……ですよね……」
壁の前に立つと、セアレウスは探した。
壁に貼られた紙に目を通していくセアレウスは思っていた。
こんなところに、ロロットの名前は無いと。
「……あ……ああああああ……」
しかし、そこにロロットの名前はあった。
それを見つけた瞬間、セアレウスは膝から崩れ落ちた。
「なんで……どうして、そこにいるのですか! 」
床に手をついた状態で跪いた彼女は、そう叫んだ。
壁に貼られた紙には、三つの項目が書かれている。
その三つとは、名前と顔の絵と数字だ。
この三つは、紙によって異なるが、全部に共通するものがある。
それは、[WANTED]という文字だ。
この文字が書かれた張り紙には、探している罪人の名前と顔の絵が記載される。
条件によって変わるが、大半がその人物を殺した者に、張り紙に記載された数字の金額が支払われる。
張り紙に記載されているのは、賞金首と呼ばれる者達だ。
この中に、ロロットの名前と彼女の顔が描かれた張り紙があるのだ。
「……あんたになら、話せる」
「……! 」
三つ編みの少女のその言葉を聞き、セアレウスは跪いたまま、振り返った。
「あたしは、どうしてそいつの名前がそこにあるのかを知っている……」
すると、三つ編みの少女は、セアレウスの後ろに立っていた。
「……信じられないかもしれないけど……聞いて……くれる? 」
顔を伏せたまま、そう問いかけてきた三つ編みの少女に――
「……はい……」
セアレウスは、頷いた。
2016年12月25日――誰?
最強……なら、私も! → 最強……なら、わたしも!




