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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
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二百五十八話 荒野の旅の終わり

 その日、荒野の夜空を多数の白い影が飛び回っていた。

その白い影の行先は、魔族領の中にある村や町。

白い影が入った村や町からは、黒い影が空へと舞い上がり、荒野の外へと飛び去っていく。

白い影の正体は、白い服を着た魔族達だ。

彼等は、村や町にいる管理者の魔族達にある報告をしていた。

それは、バレッグルが倒されたことである。

飛び去っていた黒い影は、管理者の魔族達なのだ。

バレッグルが倒されたと聞き、魔族領は崩壊したのだと判断して撤退をしているのだ。

やがて、飛び去っていく黒い影はなくなり、程なく白い影も荒野から飛び去っていく。

支配されていた地域の人々からしてみれば、人知れず唐突に魔族領は崩壊したのだ。

彼らが、魔族から開放されたことに気づくのは、早くても朝になることだろう。

そして、その朝が来た日が、彼ら荒野の人々にとって、魔族の支配から開放された記念すべき日となる。

その日が出来たきっかけを作ったイアン達は、バレッグルを倒した後、一切の寄り道をすることなく、魔族領であった地域を去っていった。

故に、彼らの名が魔族に支配されていた人々の記憶に残ることはない。

本当に人知れず、終わったのだった。







 ヒリアソス山脈の西に広がる荒野に、一つの国がある。

その国の名はアロクモシア。

領地に海岸を保有しており、そこに港町を作り、他国と貿易することで、荒野にあっても豊かな国である。

バレッグルを倒した日から数日後、イアン達は、その港町――カラッサイアに足を踏み入れていた。


「やっと、ここへ辿り着くことができたか…」


町の入口から見える海を目にしながら、疲れ気味にイアンがそう呟いた。

カラッサイアは、崖に作られた港町であるため、北から海がある南に行くにつれて、地面が低くなっている構造をしている。

イアン達がいる町の入口は北側。

そこから、カラッサイアの町並みと海を眺めることができるのだ。


「本当、長い旅でしたね……」


イアンの隣に立つロシが、微笑みながらそう言った。


「色々あり過ぎたんっスよ。本当ならもっと早く着いたはずなんっスけどね~」


マコリアが、イアンを半目で見ながら言う。


「むぅ……悪かったと思っている。本当に……」


「いやぁ、結局無事だったから良いんっスけどね! ほら、せっかくアロクモシアに来たんだから明るく行きましょう! 」


暗くなるイアンに、マコリアは笑いかける。


「はは、マコリアさんの言うとおりですよ。さて……」


微笑みを浮かべていたロシは、姿勢を正してイアンに体を向けた。


「イアンさん、名残惜しいですが、ここでお別れです」


「……ああ、そうか。毒のことだが、もう心配は無いだろう」


イアンもロシに体を向ける。


「おっと、大事な話っぽいっスね。マコっちは少し黙ってますか」


二人の神妙な雰囲気を感じ取り、珍しく空気を読むマコリアであった。

彼女はイアンから少し離れる。


「ええ、毒の件は本当にありがとうございました。この旅で、その恩を返しきれていない気がしますが……」


「いや、ロシがいなかったら、ここまで辿りつけていなかっただろう。ありがとう、ロシ」


イアンはそう言うと、右手を上げた。


「……イアンさん、その手は…」


「傭兵団を探しに行くのだろう? その前に、ハイタッチをしよう」


「ハイタッチ……マコさんとやってたアレですか……恥ずかしいですね…」


ロシは、手で頭を掻いた後、右手をイアンに差し出した。


「握手にしましょう。私はこれで十分です」


「……そうか。これが良いというのなら、そうしよう」


イアンはそう言うと、差し出されたロシの手を握り、彼と握手を交わした。


「本当にありがとうございました。どうか、また会う日までお元気で」


「ああ。いつかまた会えるといいな」


握手をして程なく、二人は手を離した。


「マコさんも。一緒に旅をして楽しかったです。お元気で」


「それは何よりっス。ロシさんも元気でね」


その後、ロシはマコリアを握手を交わした。

そして、イアンとマコリアの二人と握手を交わしたロシは――


「では、また! 本当に元気で」


二人に背を向けて、この場から去っていった。

イアンとマコリアは、背中が見えなくなるまで、ロシを見続けていた。


「……ロシは行ってしまったが、おまえはどうする? 」


「マコっちっスか? 流石に、バイリア大陸……までは、ついて行けないっスね」


イアンに訊ねられると、マコリアはそう答えた。


「武者修行っスけど、そろそろ帰る頃っス。本当は、このままついていきたいっスけどね」


「そうか。なら、船着場で別れることになるか」


イアンはそう呟くと、町の奥の方に目を向けた。

そこは船着場であり、多くの船が並んでいた。


「そうなるっスね。じゃ……行くっスか」


「ああ」


イアンとマコリアは、船着場を目指して歩きだした。

その最中、イアンとマコリアは他愛の無い会話をする。

マコリアの話を聞きながら、イアンは多くの人々とすれ違った。

町の男、町の娘、冒険者であろう少年、怪しい商人と、多くの人物がこの町にいた。

そんな多くの人々の中でも、目立つ人物といえば、イアンであろう。

イアンとすれ違う人々は皆、彼に目を向けている者ばかりであった。


「……!? 」


突如、イアンの隣を歩いていたマコリアが足を止めた。


「どうし――」


何事かとイアンが訊ねようとした時、マコリアはイアンの袖を引っ張りながら移動をし始めた。


「お、おい、一体どうしたのだ? 」


歩く彼女の足は速く、イアンはどんどん彼女に引っ張られていく。

マコリアがイアンをつれて来たのは、家と家の間の道。

人気の無い路地裏である。


「……ふぅ、ここまで来れば、もういいっスね」


マコリアは周りに人がいないと分かった途端、イアンの袖を話して息を吐いた。


「……どういうことか説明してほしい」


イアンがマコリアの方を見ながら、そう訊ねた。


「イアン先輩、髪の赤い人を見なかったっスか? あいつは……」


説明しようとしたマコリアだが、彼女の口は開いたまま動かなくなった。

目の前にいるイアンが自分の方に指を差しており――


「なんっスか? その指は…」


何故、指を差しているかが理解できないからだ。

彼女はその理由を聞くために訊ねると――


「その髪の赤い人というのは、そいつのことか? 」


イアンは、そう答えた。


「……!? 」


彼の答えを聞き、背筋が凍りつく中、マコリアが振り返ると――


「オレがどうしたというのだ? 闇の戦士よ」


自分の背後に、赤い髪を持った少女が立っていた。

その少女は、美しかった。

その美しさは、女性と間違われるイアンに匹敵するほどのものであった。

故に、少女のことを良く思っていないマコリアでさえ、彼女から視線を外すことはできなかった。







「その服……闇の精霊教会に属する戦士のものだろう? あまり見たことはないが、確かそうだ」


少女は、マコリアを見下ろしながら、そう言った。

その少女の髪は赤く、長さは肩にかかるくらいである。

着ている服は黒いコートで、後ろ腰に二本の剣を下げている。

服と武器から、彼女が騎士であると推測できるが、実際は分からない。

背はイアンと同じくらいで、マコリアを見る少女の目は、燃え盛る炎のように赤い。

しかし、その目から彼女が何を思っているのかが読み取れないほど、空虚で冷たい目であった。


「よ、よくご存知ですね。自分、光栄です! 」


少女に体を向けると、マコリアは彼女に笑みを向けた。

彼女の口調は普段のものと比べて、とても丁寧なものであった。


「はっ、顔と口が一致していないが……どっちがお前の心なのだろうな」


マコリアの笑顔は作り物であり、少女はそれを見抜いていた。


「で? 先ほどの言葉の続きは何だ? オレがどうしたのだ? 」


少女は、マコリアに顔を近づけると、そう訊ねた。


「うっ……な、何もないですよ」


少女の顔から離れつつ、マコリアはそう答えた。

今の彼女の顔は、完全に引きつった笑顔である。


「こっちの道に用があっただけです。あなたの機嫌を損なってしまったのなら、謝罪します」


そして、マコリアは、少女に頭を下げた。


「こ、ここに来たのは観光でしょうか? 」


「そうだ。気晴らしに、船の旅をしようと思ってな。こうして、世界中の港町を見て回っている」


「なら、私のような者に構わず、観光をお楽しみください。ここには、何もありません」


マコリアは、頭を下げ続ける。

彼女の言動から、少女と関わりたくないことが伺える。

否――


「ははっ、そんなにオレを遠ざけたいのか」


マコリアは、少女を遠ざけたかった。


「……!? 」


そのことを少女に見抜かれ、マコリアは絶句する。

そんなマコリアに構わず、少女は目線を真っ直ぐに向けると――


「何も無い……とは、随分と目が節穴のようだな。あるではないか、そこに美しい花が」


少女は頬を吊り上げながら、そう言った。

彼女が見ているのはイアン。

少女はイアンを美しい存在であると認識していたのだ。

それは、マコリアが恐れていた事であり、イアンから少女を遠ざけたかった理由である。


「美しいものを独り占めにしたい気持ちは分かるが、関心はしないな。どれ、もっと近くで見つめたい。どけ」


「うっ!! 」


少女に払いのけられ、マコリアは体勢を崩して転びそうになる。


「マコリア」


「こら、君が見るべきはこっちだ」


マコリアの身を案じるイアンだが、目に前に少女が立ちはだかった。


「ほう! 見れば見るほど美しい娘だ」


イアンの目の前に立つ少女は声を弾ませた。

そして、彼女の腕は自然とイアンの体に触れようと伸びていく。


パシッ!


その手をイアンは払い――


「気安いぞ、お前」


と、少女を睨みながら言った。

少女は振り払われた自分の手をじっと見つめていたが――


「お前……オレを拒むのか」


と僅かに笑みを浮かべた。


「良い、気に入った。君の何もかもが素晴らしい」


「……オレはお前のことが気に入らないがな」


「それでもいい。いや、君はそうであって欲しい」


少女はイアンに体を向けながら一歩後ろに下がる。


「今日は、ここまでにしよう。また会える日が楽しみだ」


そう言うと、少女はイアンに背を向ける。

この場から立ち去るつもりであるがその前に――


「ブレイジット・ユリアーズ。オレの名だ。覚えていてくれると嬉しい」


と言ってから、歩き去っていった。


「ブレイジット・ユリアーズ……」


イアンは、少女の名を口にしながら、彼女の腕を払った自分の右腕を左手で押さえていた。

その部分は今は左手で隠れて見えないが、赤くなっている。

イアンはその赤い部分が熱くてたまらなかった。


「イアン先輩、大丈夫っスか? 何か変なことはされてないっスか? 」


マコリアはイアンの元に来ると、彼の体に異変がないかを見回る。


「大丈夫……だ。それより、奴は何者だ? あと、マコリアは精霊教会の者だったのだな」


「黙っていて悪かった……っス。でも、あまり……というか、まだ名乗ることを認められていなくて…」


マコリアは顔を俯かせる。


「……分かった。もうそれについて何も聞かん。だが、これだけは聞かせてくれ。奴はどういうやつだ? 」


イアンは、マコリアを真っ直ぐ見つめながらそう言った、

しばらく俯いていたマコリアだが、やがて顔を上げ――


「怖い人っス。マコっちはあいつが怖くて仕方ないっス……」


と答えた。







 路地裏を出たイアンとマコリアは船着場に辿り着いた。

そこで出港する船の情報を確認すると、すぐにバイリア大陸行きの船が出ることが分かった。


「イアン先輩が先っスか。あんまり見送るのは、好きじゃあないんっスけどねぇ」


「仕方ないだろう。船が出港する時間は、どうにも……もうすぐ船が出る。マコリア、また会おう」


イアンはマコリアにそう言うと、船に乗るために走りだした。


「あ! ちょっと! 待つっス、イアン先輩! 」


マコリアもイアンに続いて走りだした。


「色々と話ておきたいことがあるっス! まず、マコっちと仲良くしてくれて、ありがとうございました! 」


「……その言い方だと、これっきりみたいだな」


「ええっ!? やだっス!! イアン先輩はずっとマコっちの先輩でいて欲しいっス!! お願いっス!! 」


「お願いも何も、元から縁を切るつもりはない」


「絶対っスよ! あと、困ったことがあったら、マコっちを頼るっス! 絶対に力になるから! 」


「その時が来たらな。ありがとう、マコリア。思えば、おまえには助けられてばかりだった」


イアンは、マコリアに顔を向けてそう言うと、船の乗り込んでいった。

それから程なくして、イアンの乗った船は港から離れていく。


「はぁ……はぁ……イアン先輩…」


膝に手を当てて、息をついていたマコリア。

彼女は息を整えると、被っていた帽子を手に取ると、その手を何度も振るった。

マコリアは、船が見えなくなるまで腕を振り続けた。


「……またな、マコリア」


イアンは、船に乗ってからずっと船尾にいた。

彼は、帽子を振るマコリアをずっと見続けていた。

そして、彼女が見えなくなった今、彼はカラッサイアに背を向ける。


「これで、ようやくバイリア大陸に戻れる」


イアンが体を向ける先には、バイリア大陸がある。

そこは、彼が生まれ育った土地があり、冒険者となった場所がある大陸だ。

イアンにとって始まりの地とも言うべき場所である。

彼がそこに行く目的は、少女達との約束のため。


「……むっ! そこのお嬢さん、こっちへ来なされ! 」


「……? オレのことか? 」


「そうだ。こっちに来なさい」


「むぅ、オレは男なのだがな」


男に呼ばれ、イアンは渋々その男の元へ向かう。

男は机に座っており、その机には複数の紙が重ねられた状態で置かれていた。


「勝手だが、今お前さんを占っていたのだが、良くない結果が出た」


その男は占い師のようであった。


「良くない結果だと? どういうものだ」


「死……お前さんの未来は、近いうちに消えてなくなる……」


「近いうちに死ぬか……言ってはなんだが、所詮は占いだ。オレは信じない」


「申し訳ないが、わしの占いはよく当たる。そして、一度占った者の結果は変わらない。見ておれ」


占い師の男はそう言うと、並べられた紙を混ぜ始める。

そして、混ぜられた紙を重ねて行くと――


「これだ。このカードがお前さんの未来だ! 」


重ねられた一番上の紙――カードを裏返した。

すると、そのカードの絵柄が顕になる。


「……これが死か? 」


顕になった絵柄を見つめながら、イアンは占い師の男に訊ねた。


「な、なに!? ち、違うっ! もう一度だ! 」


カードの絵柄は占い師の男が想定していたものとは違っていた。

占い師の男は再びカードを混ぜ――


「これだ! って、また違う!? 」


再び重ねられた一番上のカードを裏返したが、また想定していた絵柄ではないようであった。

何度も繰り返したが、占い師の男が想定する死の絵柄のカードは出てこなかった。


「……どうやら、未来は変わったようだな」


イアンは、占い師の男にそう言うと、立ち去っていった。

もう占い師の男に付き合いきれないと判断したのだ。


「馬鹿な……おかしい。わしの占いが……」


何度やっても自分の想定した結果にならず、占い師の男は呆然とする。


「ん? 」


不意に重ねられたカードを見ていた占い師の男は、一番上のカードの下、二番目のカードを裏返してみた。


「……!? これは死のカード! 」


すると、二番目のカードは占い師が一番上に来ると想定していた死の暗示の絵柄を持つカードであった。


「……も、もしや! 」


何かを思いついたのか、占い師の男はカードを混ぜては重ね、上の二枚のカードを裏返す。

それを彼は何度も行い、あることが分かった。


「なんと……何度やっても、死のカードが二番目に来る……」


それは、死のカード二番目に来るということであった。

そして、もう一つ分かったことがある。


「あと……一番目に来るカードは、必ずこの四枚……いや、七枚のどれかだ! このカード達が、邪魔をする」


一番上のカードは、何度やっても七種類の絵柄のどれかであることだ。


「……一体、どういうことだ…」


占い師の男は、この結果が何を意味するか分からなかった。

占い師の男には分からないことだが、イアンに関して言えることがある。

それは、これからもイアンの前には、大きな壁が立ちはだかるということだ。

今まで通り、彼は、様々な手段を用いて、その大きな壁を乗り越えていくだろう。

しかし、これからは、今までとは違った乗り越え方をするかもしれない。

イアンと少女達が再開した時、その方法が分かるだろう。



九章――完


イアンの冒険はここで一区切りつきました。

この九章で実質、精霊斧士は完結になるのでしょう。

しかし、十章はあります。

イアンは出てきませんが、イアンに関わる重要な人達の話です。

その話が終わったら、またイアンの冒険が始まります。

お楽しみに。


2016年12月20日――誤字修正


ブレイジット・ユリアン → ブレイジット・ユリアーズ




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