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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
257/355

二百五十六話 突きつけられた実力差

 魔族領最北端に位置する砦。

本棟から別の棟への連絡通路の屋根の上に、イアンはいた。

そこは、先程まで武器と武器がぶつかり合う音が響き渡っていた場所だ。

しかし、今はその音は聞こえない。

彼らのいる場所には、そこを通る風の音しか聞こえなかった。

そんな静かな場所で、イアンは屋根の上に立ち、一人の少女を見下ろしている。

その少女はイアンとは異なり、屋根の上に仰向けの状態で倒れていた。

彼女は、ヴィオリカという魔族の少女で、イアンに戦いを挑み、その結果 が、今の彼女の状態である。

イアンとの戦いに、ヴィオリカは負けたのだ。


「……」


ヴィオリカを見下ろしていたイアンは、何も口にすることなく、彼女に背を向ける。

体の向きを変えたイアンの視線の先は、砦の頂上付近。

思い返してみれば、イアンがここへ来た目的は、バレッグルを倒して魔族領を脱出すること。

イアンは、バレッグルの部屋へ戻るつもりであった。


「ま……待て…」


しかし、少女の声を耳にし、彼は体の動きを止める。

誰が発したのかは言うまでもなく、その声の主はヴィオリカである。

彼女が、イアンを呼び止めたのだ。


「まだ……終わっていない…」


ヴィオリカは、そう言うと上体を起こし始める。

イアンの戦斧を受けたヴィオリカだが、彼女に目立った外傷は見られない。

どういうことかと言うと、戦斧を受ける直前、その攻撃が当たる部分に魔力を集め、魔力の盾を作り出していたのだ。

これにより、戦斧で彼女の体が傷つくことはなかった。

しかし、衝撃は防ぐことが出来ず、吹き飛ばされたのだ。


「我輩に背を向けるな。ディベネリアは壊された……が、我輩はまだ戦える…」


上体を起こしたヴィオリカは、よろめきながら立ち上がった。


「……お前はまだ、オレに挑んでくるのか? 」


イアンが振り返ることなく、ヴィオリカに問いかけた。


「その……つもりだ。貴様に勝つまで……我輩は貴様に挑み続ける…」


「……」


イアンは、顔を振り向かせて、ヴィオリカに視線を向ける。

しばらくそうした後、イアンはヴィオリカに体を向けた。


「……! ははっ! 」


イアンが自分に体を向けたことに、ヴィオリカは笑みを浮かべる。

それが、自分の挑戦を受けるサインであると受け取ったのだ。

そう思うや否や、ヴィオリカはイアンに向かって駆け出した。


「斧を抜けイアン! 」


イアンから十歩手前の辺りで、ヴィオリカは飛び上がった。


「我輩の武器は、ディベネリアだけではない! 」


ヴィオリカは、両の手のひらから黒い刺を出し、イアンへ飛びかかる。

ニードルスマッシャー。

手のひらから、闇の魔力で形成された刺を生み出す闇魔法である。

突き刺す他、切り裂く刃にもなり、闇魔法であるため接触した者の生命力を奪う特徴を持っている。

ヴィオリカは、この魔法をディベネリアに次ぐ第二の得物としていた。

飛びかかった彼女は、イアンの目の前まで接近すると、右手を突き出す。

それにより、イアンの顔を目掛けて、ヴィオリカの右手の黒い刺が向かっていく。


「またそれか。分からないのか…」


イアンは、向かってくるヴィオリカを見つめながら、そう呟いた。

ヴィオリカにその呟きが届くことはなく、彼女が自分の動きを止めることはない。

イアンはそのまま黒い刺を顔を横に傾かせるだけで回避した。


「……!? まだまだぁ! 」


一瞬、ヴィオリカは自分の攻撃を躱されたことに驚愕したが、すぐ左手の黒い刺をイアンの右肩に向けて突き出す。


「……!? 」


またも、彼女の表情が驚愕の色に染まる。

ヴィオリカが突き出した左手の刺も、イアンに当たることはなかった。

イアンが僅かに横へ移動したことで、攻撃を躱されたのだ。


「くっ……このっ! 」


以降、ヴィオリカは左右の黒い刺を交互に連続で突き出していく。

しかし、どれもイアンに躱され、彼の体に触れるどころか掠りもしない。

躍起になって、攻撃を続ける彼女には見えていない。

この時、イアンは突き出されるヴィオリカの左右の手を目で捉えていた。

つまり、攻撃の一つ一つを見ているのである。

そうすることで、ヴィオリカの攻撃を回避することができており――


「……ここだ」


彼女の隙を見つけ出し、反撃を行うことが出来る。

イアンは、体を屈ませて、ヴィオリカの顔目掛けて右の拳を突き出した。


「ぐはっ!? 」


ヴィオリカは避ける間もなく、イアンの拳を顔面に受ける。


(こいつ! 我輩の攻撃を見切っているのか! )


この時、ようやくヴィオリカは気づいた。

しかし、それでも彼女は――


「はああああ!! 」


イアンに向けて、黒い刺を突き出す。

もちろん、その攻撃はイアンに当たることはなく――


「ふっ! 」


イアンに更なる攻撃の機会を与えるだけであった。

彼は、右足を思いっきり前に突き出し――


「あ…ぐうっ!? 」


ヴィオリカの腹を蹴り飛ばした。

蹴り飛ばされたヴィオリカは、後方へ飛んでいき、再び屋根の上に仰向けの状態で倒れる。


「……ま……まだ…」


程なく、彼女は上体を起こし、立ち上がろうとする。


「……」


そんな彼女をイアンは無表情で見ていた。

無表情に見える顔ではなく、本当の彼の無表情である。

一向に気づかない、否、認めない彼女に何の感情も抱くことはないのだ。

そして、いつまでも彼女に付き合う必要は無いと判断したイアンは、彼女に向けて――


「お前は、オレに勝てない。いい加減、負けを認めろ」


と言った。


「ぐっ……」


その言葉を耳にし、ヴィオリカは顔を歪めたが、立ち上がろうとするのをやめない。

そんな彼女を見て、イアンは――


「お前は、オレより弱いのだ。分からないのか? 」


さらに、そう言った。

そう言っただけである。


「……!! 」


そうイアンが言っただけで、ヴィオリカの浮き上がっていた腰が屋根の上に落ち、彼女はぺたんと座り込んでしまった。

そして、動けなくなった。

自分が聞きたくなかった言葉、そんなことはないと思い続けた現実を思い知らされたのだ。

彼女は、か弱い少女のようにぺたんと座わったまま、上体を前に倒し両手を屋根の上に置く。


「……何故だ……何故、これほどまでに我輩と貴様の間に差があるのだ…」


顔を俯いたまま、ヴィオリカは心根を吐き出すように、そう言った。

その姿と言葉から、彼女の悔しいという気持ちがにじみ出ていた。

ヴィオリカは分かっていたのだ。

自分とイアンの実力の差に。

しかし、彼女はそれを認めたくはなかった。


「魔族の我輩の全力が、人間である貴様に及ばない……こんなことがあってはならないことなのだ…」


否、認めるわけにはいかなかったのだ。


「……そんなことを言っているから、そうなるのだ」


イアンは、ヴィオリカを見下ろしながら、そう言った。


「オレは、これまで戦ってきた。どの敵も強い奴ばかりだった」


イアンはそう言うと、ヴィオリカの目の前に立ち、右手に戦斧を持った。


「強いて言うのなら、これがお前とオレの差だろう」


イアンは戦斧を振り上げる。


「お前のような奴に付き纏われるのは、これで最後だ。じゃあな」


イアンの右手に持つ戦斧が振り下ろされる。

その戦斧の刃が向かう先は、ヴィオリカの頭。


「……」


その間、ヴィオリカは顔を俯かせたまま動かなかった。


「何をしているのですか? ヴィオリカ」


ヴィオリカの頭に戦斧が振り下ろされる直前、何者かの声が発せられ――


「……!? 」


それと同時に、イアンは吹き飛ばされた。

その時、イアンは何かに激突したような感覚を覚えた。


「ぐっ……ああっ!! 」


吹き飛ばされたイアンは、砦の壁面に背中を打ち付け、力なく崩れ落ちる。

幸いにも真っ直ぐ吹き飛ばされており、彼は屋根の上にうつ伏せの状態で倒れ落ちた。


「イアン……それに、今の声は…」


うつ伏せに倒れるイアンを見た後、ヴィオリカは顔を上に向けた。

すると、背中の翼を大きく広げたまま宙に浮かぶ一人の魔族の男の姿が、彼女の視界に入った。


「ジャバラジャン……」


その男に視線を向けながら、ヴィオリカはそう呟いた。








 「ふぅ、その様で我らが魔大公様の娘とは……あなたには、その自覚が無いようですね……」


ジャバラジャンと呼ばれた魔族の男は、ヴィオリカを見下ろしながらそう言った。


「ぐっ、自覚は……しているつもりだ。貴様、わざわざ嫌味を言いに来たのか? ここへ何をしに来た? 」


ヴィオリカは表情を歪めた後、ジャバラジャンに訊ねた。


「最近、バレッグル殿の報告がなく、この魔族領の情報が本土に伝わっていなかったようで、様子を見に行く任を私が受けたのです」


ジャバラジャンはそう言いながら、ゆっくりと降下してゆき、ヴィオリカの前に立つ。


「報告が無い? 馬鹿な……そんなことが……」


信じられないといったような表情をするヴィオリカ。


「あるから、私が来ているのです。それで? 今のこの状況を説明してもらえませんか? 」


「……」


説明するように問われたヴィオリカだが、すぐに言葉が出ることはなかった。

彼女はここ数日、魔族領の外の荒野の偵察をしており、さっき帰ってきたばかりなのである。

故に――


「に、人間が砦に来ていた。我輩はその人間を始末……するつもりだった」


と、言うだけしかできなかった。


「そうですか…」


ジャバラジャンはそう言うと、砦の頂上付近を見上げる。


「……察するに、魔族領に人間が侵入。一向に人間を始末できない彼は、この失態を隠すために、報告をしなかったのでしょう。本土への報告を怠ったこと……任された魔族領に人間の侵入を許したこと……あと、まだ見えていないその他の様々な失態により、バレッグル殿には罰が下ると思いますが……もうその必要はありませんね」


「……? 何を言っている? 」


ジャバラジャンの言葉を理解できず、ヴィオリカは怪訝な顔をする。

そんな彼女に対し、ジャバラジャンは――


「分からなかったのですか? 今、バレッグル殿は死にましたよ」


と言った。


「な……」


彼の言葉を聞き、驚愕するヴィオリカ。

その口は開いたままで、一向に言葉が発せられることはない。

何を口にしたらいいのか分からない。

文字通り、言葉を失っているのだ。


「形式上、この魔族領は崩壊しました。あなただけに責任があるとは言い切れませんが、あなたの行動次第で、バレッグル殿の死は免れたのではないですか? 」


ジャバラジャンはヴィオリカに顔を向け、呆れたような声音で彼女に問いかける。


「……」


その問いかけに対し、ヴィオリカは返す言葉が思いつかず、口を閉ざした。


「……この場を見た限り人間は少数。この程度で一つの魔族領を落とされたバレッグル殿も愚かであると思いますが、あなたも大概ですね。腹ただしいほどに……」


ジャバラジャンは、目の前のヴィオリカを見下ろしながら、そう言い放った。

彼の顔は無表情であるが、発した言葉の声音から、ヴィオリカに対して苛立ちを抱いていることが伺えた。


「それにしても……」


ジャバラジャンは、ヴィオリカから視線を外すと、今度はイアンに視線を向けた。

イアンはまだ、うつ伏せの状態で、屋根の上に倒れている。


「無性に腹ただしい……存在ですね。あの人間……」


ジャバラジャンが苛立っているのは、ヴィオリカに対してだけではなかった。

イアンを見る彼の目は、ヴィオリカを見ている時以上に冷たく鋭いものであった。







 冷たい物に触れていると感じ、イアンは意識を取り戻した。

目を開けていなくても、冷たい物の正体は把握できた。

それは、砦の連絡通路の屋根。

イアンは、自分が仰向けに倒れていることに気づいたのだ。


(一体……何が…)


今の状況に至った経緯が何であるかを考えつつ、イアンは顔を上げる。

すると、自分の前方で座り込むヴィオリカと、彼女の前に立つ魔族の男の姿を見ることができた。

それによりイアンは、魔族の男――ジャバラジャンの視線が自分に向けられていることが分かった。


(……? あの魔族の男、どこかで見たような…)


イアンは、そう思いつつ立ち上がろうと腕と足に力を入れる。


「ぐっ…!? 」


その時、彼は苦悶の表情を浮かべた。

体に痛みが生じたのだ。

砦の壁面に激突した衝撃で、イアンは体を痛めているようであった。

それでも、イアンはゆっくりと腰を上げていき、なんとか立ち上がることができた。

右手の傍に落ちていた戦斧を持ちながら。


「魔族の姿を装うとは、小賢しい真似を……むっ!? その青い髪……それに、その顔……貴様は!! 」


立ち上がったイアンの顔を見て、ジャバラジャンは驚愕の表情を浮かべる。

そして――


「は……はははははははは!! 」


高らかに笑い声を上げた。

顔を大きく歪ませながら笑う彼の姿は、見た目からの印象、普段の彼から想像できない姿のため――


「……? 」


「ジャバラジャン? 一体、どうしたというのだ……」


イアンは何事かと眉を寄せ、ヴィオリカは豹変した彼の姿に困惑していた。

そんな二人に構わず、ジャバラジャンは笑い続けていたが――


「……!! 」


突如、自分の額を自分の拳で殴りつけた。


「「……!? 」」


この行動には、イアンとヴィオリカは全く同じ反応をする。

二人は、驚愕した。


「はは……これほど、自分が愚かしい者だと思ったのは初めてです……」


ジャバラジャンは、額に自分の拳を押し付けながらそう言うと、ジロリとイアンに視線を向ける。


「まさか……自分の失態がこんな結果になろうとは……できるものなら、過去の自分を跡形もなく消し去りたい……本当に…」


「な、何を言っている? 」


ぶつぶつと何事かを呟くジャバラジャンに戸惑いつつ、ヴィオリカはそう訊ねた。


「……先ほど、あなたに言ったことは訂正します。私が一番の愚か者でした…」


ジャバラジャンの耳に、ヴィオリカの言葉は届いた。

しかし、彼の返答はヴィオリカには理解できないものであった。

そんなことを気にしていないばかりに、ジャバラジャンに異変が起こる。

彼の体から、黒い霧――闇の魔力が溢れ出した。

魔力の放出の勢いは徐々に増してゆき――


「くっ!? ジャバラジャン! 何をするつもりだ! 」


すぐ傍にいるヴィオリカが徐々に後ろへ下がっていくほど、その勢いは凄まじいものであった。


「自分の失態が帳消しになるとは思いません。しかし……」


ジャバラジャンはイアンに顔を向けたままそう言うと、彼に向けて両腕を突き出す。

手首を上に曲げ、手のひらもイアンに向ける。


「ここで奴を殺さなければ、私の気が晴れません。今度は確実に……確実に殺さなくては…」


そして、彼の左右の手のひらの前に、放出した闇の魔力が集まっていく。


「ガーゴイルを倒したのは見事。しかし、その時に死んでいたほうが良かったと後悔させてあげます。いや……」


ジャバラジャンが集める闇の魔力は球体となり、彼の身体を超えて大きくなっていく中――


「後悔し、無様に醜い醜態を晒しながら死ね! 貴様の何もかもが不愉快なんだよ!! 」


最大限に怒りを表現するかのように顔を歪ませる。

まもなく、彼はイアンに向けて、その巨大な闇の魔力の球体を撃ちだすだろう。

何もかもを破壊しつくさんと蠢く闇の魔力は、イアンにとってとてつもない驚異である。

その驚異に対して、イアンは――


「ぐっ……」


ただ表情を歪ませることしかできなかった。

メル、ヴィオリカと続き、今はジャバラジャンとの戦い。

イアンの体は、これまでの戦いで蓄積したダメージや疲労により限界を迎えようとしていた。

それに加え、ジャバラジャンの方が実力は上であるとイアンは判断しており、実際にそうである。

今、彼が撃たんとする攻撃を回避することはおろか、もしその攻撃に耐えたとしても、イアンに勝ち目は無いのだ。




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