表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
256/355

二百五十五話 イアン 対 ヴィオリカ

 バレッグルが倒された時から少し遡った頃。


パリーン!


その時とは、イアンとヴィオリカが窓を破って、外に出た頃だ。


「ああああああ!! 」


イアンにディベネリアを突き出しながら、ヴィオリカが叫ぶ。

このままどこまでもイアンを押し出しそうなほど、ディベネリアを持つ手に力が入っていた。


「ぐ……このっ! 」


ガキィン!


いつまでも押されるつもりはないと言わんばかりにイアンは、戦斧に力を入れる。

それにより、ディベネリアを弾くことができ、イアンはヴィオリカから開放される。

イアンは、そのまま下に落下するが、幸いにも別の棟へ繋がる通路の屋根の上に着地することができた。

ヴィオリカは翼を羽ばたかせながら、屋根の上の降り立つ。

二人は、十メートル程の距離を挟んで向かい合うように立っていた。


「……イアン、我輩の忠告を無視したな」


ヴィオリカは、ディベネリアを縦に持ち、石突を屋根の上に乗せる。


「忠告……む、確か魔族領には入るなと言っていたか…」


イアンは、戦斧を下げながら、ヴィオリカに答えた。


「そうだ! それを無視するとは……貴様、どういうつもりだ! 」


ヴィオリカは、イアンを睨みつける。

自分が忠告したことをイアンが守らなかったことに、怒りを覚えているようだった。


「どういうつもりも……入ってしまったのだから、仕方ないだろう」


「仕方ない……その程度か…」


ヴィオリカは顔を俯かせてそう呟くと――


「ふざけるな! 貴様との決着を我輩がどういう気持ちで心待ちにしていたのか、お前に分かるものか! 」


手にしたディベネリアを横に振るいながら、怒鳴り声を上げた。


「……ああ、分からないな。どうして、オレに執着する? そもそも、お前の忠告など、オレが聞いてやる義理はない」


怒りを顕にするヴィオリカに対し、イアンは無表情で言葉を返す。


「くっ……」


イアンの言葉に、更に頭に血が上ったヴィオリカだが、寸でのところで怒りを静める。


「……そうか。貴様には、分からないよな。敗者の気持ちなど、勝者の貴様には……」


「勝者? 」


ヴィオリカの呟きに、イアンは首を傾げた。


「あの時だ。サナザーンで貴様と戦い、我輩は負けた。その雪辱を晴らそうと、再び戦う時は必ず勝とうと思い続けてきたのだ」


「……ああ、あの時か」


イアンは、サナザーンを旅した日々の一部を思い浮かべる。

セロイ村の奥で、イアンはヴィオリカと戦った。

二人の戦いは、イアンがヴィオリカの持つディベネリアを弾き飛ばしたところで幕を閉じた。

ヴィオリカが言うには、この戦いは彼女の負けであるらしい。


「お前に死なれたら、我輩の雪辱が晴らせなくなる。だから、貴様に忠告したのだ。魔族領には、入るなと」


「なら、もういいだろ? こうして戦うことになったのだから」


「ふん、いいものか。貴様との再戦がこのような場所とはな。我輩は不満だ」


「不満? 何がだ? 」


「足元をよく見ろ。こんな場所では、対等に戦うことはできんだろう」


ヴィオリカがそう言ったため、イアンは自分の足元を見る。

今、イアン達が立っている場所は、屋根の上。

地面から十メートル以上の高さがあり、翼の無いイアンが足を滑らせてしまえば、ただでは済まないだろう。


「……そんなことか」


イアンはそう言うと、ヴィオリカに視線を戻す。


「そんなことだと? 」


彼の言葉を耳にしたヴィオリカは眉を寄せた。


「この程度、オレにとってはそんなことだ」


「ほう、地の利など己の戦いに影響しないというのか。面白い」


ヴィオリカは、広げていた翼をたたみ出す。

それは、自分が翼は使わなこと、つまり飛ばないという意が込められた仕草であった。

自分が不利な状況にも関わらず、それをものともしないイアンに負けたくないという気持ちから、ヴィオリカはそうしたのだ。


「……? 何をしている? その背中に生えた翼を使わないのか? 」


しかし、イアンは何故彼女が飛ぼうとしないのかが理解できなかった。


「貴様と同じ土俵で戦う……我輩の気持ちが分からなかったか? 」


「ああ、そういうことか」


ヴィオリカに説明され、イアンは彼女が飛ばない理由を理解した。


「それで、オレに勝つのではなかったのか? 」


しかし、イアンは彼女の気持ちを良しとはしなかった。


「オレは、それほど弱く見えるか。お前はさぞ、強くなったのだろうな」


むしろ、イアンは少しだけ怒っていた。

ヴィオリカに舐められているのだと思ったのだ。

故に、彼の言葉には刺があった。


「な、なに!? 貴様と対等に戦いたいという我輩の気持ちが分からないというのか! 」


「それが余計というのだ」


怒鳴るヴィオリカに、イアンはそう答えると――


「理由の分からん考えは捨てて、本気でこい。もうオレの前に現れないよう叩き潰してやる」


戦斧を構えた。


「……ふん! 分かった。貴様こそ、負けた時に文句を垂れるなよ! 」


戦斧を構えて立つイアンに対し、ヴィオリカは翼を広げて飛び上がる。

暗闇の中、静かに二人の戦いが幕を開けた。







 夜空を背に羽ばたきながら、ヴィオリカは空を舞う。

その彼女の飛ぶ速度は徐々に上がっていく。

イアンは、空を飛び続けるヴィオリカを見ているだけである。

程なく、ヴィオリカが動き出す。

飛ぶ速度が最大にまで上がったのか、イアン目掛けて急降下をし始めたのだ。

真上から降下するヴィオリカは、イアンの頭に目掛けてディベネリアを突き出している。

このままでは、イアンは頭から串刺しになってしまうだろう。

もちろん、イアンはそうなる未来は御免である。

ヴィオリカが迫る直前、イアンは前方に跳躍した。

彼が直前で回避したことにより、ヴィオリカはディベネリアを屋根に突き刺してしまうかに思われたが――


「はあっ! 」


その直前に体を丸めながら回転し、屋根に向かっていた自分の進行方向を無理やり、イアンへと変更させる。

落下攻撃を躱したイアンに追撃をしようというのだ。

イアンは彼女の方向転換に気づき、振り向きながら戦斧を下から上へ振り上げる。


ギンッ!


ヴィオリカはその時、ディベネリアを突き出していたため、戦斧により上へ弾かれる。

この瞬間、イアンは素早く戦斧を引き戻し、すぐに次の攻撃を繰り出さる体勢を取っていた。

その次に繰り出す攻撃は、戦斧を横に振るうこと。

イアンは、無防備となったヴィオリカの腹を切り裂こうとしていた。

ここで、ヴィオリカが取った行動は翼を羽ばたかせること。

この行動と、上半身を僅か前に倒し、体を地面と水平にすることで、イアンの戦斧を回避する。

戦斧を回避されたイアンは、戦斧を振り上げた後、ヴィオリカの頭に目掛けて振り下ろしにかかる。

ヴィオリカは素早く体勢と整え、通路の屋根の上に着地し、イアンが戦斧を振り下ろしにかかる一瞬を狙って――


「そこだ! 」


その戦斧にディベネリアを突き出した。


「ぐっ!? 」


ディベネリアの穂先は三つに分かれている。

その穂先と穂先の間の谷になった部分に押さえられ、イアンの戦斧を動きを止めてしまう。

ヴィオリカがディベネリアを持つのは右手。

彼女は左手を広げると――


「ニードルスマッシャー! 」


そこから黒い刺を出し、イアンの胸に目掛けて突き出す。

その黒い刺は、闇魔法の一種で、体に穴が開くほど強力な魔法であった。


「リュリュスパーク! 」


イアンは、戦斧を手放すと、突き出された黒い刺を雷撃を纏った右手で払いつつ、左手でホルダーから戦斧を取り出す。

彼が左手に持つ戦斧の攻撃を恐れ、ヴィオリカは翼を羽ばたかせて後退する。

その最中、突き出されたディベネリアを思いっきり引く。

ディベネリアの穂先には返しがあり、これでイアンの頬を抉ろうというのだ。

しかし、その攻撃はイアンに躱されてしまう。

以前、その攻撃を受けたのをイアンは覚えていたため、顔を横へ逸らすことで攻撃を躱したのだ。

イアンは彼女を追うことなく、落下する戦斧を右手で掴む。


「……」


ヴィオリカは、すぐイアンへ攻撃することなく彼を見つめていた。

体を直立させた状態で空を飛び、ゆっくりと横へ移動している。

次はどう攻撃を仕掛けようかと考えているようであった。

対して、イアンはヴィオリカを見つめるだけである。

足場の少ないイアンは、空を飛ぶヴィオリカに対し、どうしても受身になってしまう。

それでも、イアンは反撃に徹しようとしていた。

彼にも一応空を飛ぶ能力がある。

それは、サラファイアなのだが、あと使えるのは片足一回のみ。

これに頼る戦い方は、流石のイアンでもやろうとは思えなかった。

互いに睨み合う状態がしばらくの間続き、二人の周囲は静寂に包まれる。

やがて、この静寂は破られることになるが、それを破った者は、意外にもイアンであった。

イアンは、右手に持つ戦斧を思いっきり振りかぶる。

上半身が捻れるほど振りかぶっており、傍から見れば大袈裟に見える。


「……? 」


ヴィオリカも彼が大袈裟に戦斧を振りかぶっているように見え、またその意味が分からなかった。

分からないが故に警戒するが、ヴィオリカはイアンのやろうとしていることを推測していた。

それは、やはり反撃である。

自分が攻撃した時に、反撃をしようとしているのではと推測を立てているのだ。

故に、ヴィオリカはイアンの正面から真っ直ぐ向かっていく。

途中まで彼の思惑に乗り、反撃を回避するためだ。

このヴィオリカの接近に対し、イアンはピクリとも動かない――


「ふっ! 」


かに思われたが、彼は動いた。

ヴィオリカに戦斧が届くよりもまだ距離が離れている頃、彼は振りかぶっていた戦斧を振るったのだ。

それに怪訝な表情をしていたヴィオリカだが、すぐにその表情は驚愕の色に染まる。

何故なら、高速で回転する戦斧が自分の目の前にあるからだ。

イアンが振りかぶっていたのは、戦斧を投擲するためであった。

ヴァンホーテン姉妹が三女、メルの動きを参考にし、戦斧を投げようと考えていたのである。

この予想外の行動に一瞬、体を硬直させたヴィオリカだが、すぐにディベネリアを引き、自分の前で縦に構える。


ガッ!


ディベネリアを盾にすることで、投擲された戦斧を防いだが、これはイアンの想定内の結果だ。

走り出したイアンは、弾かれた戦斧を右手で手に取り、ヴィオリカに目掛けて振るう。

今、ヴィオリカがいるのは、通路の屋根の上。

イアンの行動範囲内におり、彼のとって絶好の機会である。

さらに、ディベネリアを縦に構えるヴィオリカは、すぐに反撃する体勢に移ることができず、そのままの状態で構える。


ガンッ!


イアンの右手に持たれた戦斧が、ヴィオリカの持つディベネリアに叩き込まれる。

間髪入れることなく、イアンは左腕を振り上げ――


ガンッ!


左手に持つ戦斧をディベネリアに叩き込んだ。


ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!


イアンの左右の戦斧が、ディベネリアを交互に打ち付けていく。


「ぐうっ……」


一撃の一つ一つが重く、打ち込まれる度に、ヴィオリカの体に衝撃が走る。

そのせいで羽ばたけないのか、ヴィオリカはイアンの戦斧から逃れることができなかった。

しかし、彼女にも好機が訪れる。

さらに強い一撃を放とうとしたのか定かではないが、イアンがヴィオリカから離れたのだ。

この一瞬の機会を見逃さず、ヴィオリカはディベネリアを構え――


「もらったああああ!! 」


イアン目掛けて力強く突き出した。


「……!? 」


この時、ヴィオリカの背筋は一瞬にして凍りついた。

彼女が見ているのは、イアン。

そのイアンの目が、一瞬光ったように見え、自分が彼の思惑に乗ってしまったことに気づいたのだ。

気づいたときにはもう遅く――


「サラファイア…」


イアンの必殺の一撃が放たれる。

イアンは、体を捻りながら右足を上げつつ、その足下から炎を噴射させる。

その後――


「レッグアックス! 」


シュゥゥゥゥ!! 


噴き出す炎の形状を斧にし、突き出されたディベネリアの柄に振り回された。

赤く光る右足を振り回したイアンは、ヴィオリカに背を向ける体勢になる。

彼の背中と、ヴィオリカの間の屋根の上に――


カラン! カラン!


切断されたディベネリアの半分が落ちる。

切断部分は赤くなっており、屋根の上を転がると地面へと落下していった。


「あ……我輩の……ディベネリアが……」


自分の武器が破壊されたことにより、ヴィオリカは絶望する。

余韻に浸ることなくイアンは、体を回転させながら、戦斧を振るい――


「……! うああああああ!! 」


ヴィオリカの体を切り裂いた。

一瞬、イアンの攻撃に反応したヴィオリカだが、戦斧の勢いを受け、吹き飛んでいく。

吹き飛んだヴィオリカは屋根の上に仰向けを向けに倒れた。


「……ふぅ…」


倒れたヴィオリカを見て、イアンは二丁の戦斧をホルダーにしまい――


「武器は壊され、お前は倒れた。この戦い、オレの勝ちだ」


と、倒れるヴィオリカに向けて言い放った。

二人の二度目の戦いは、再びイアンの勝利で幕を下ろしたのだった。




2016年12月17日――誤字修正


吹き飛んだヴィオリカは屋根の上に青を向けに倒れた → 吹き飛んだヴィオリカは屋根の上に仰向けを向けに倒れた


ヴァンホーテン姉妹は三女 → ヴァンホーテン姉妹が三女


投擲された戦斧を不正だが → 投擲された戦斧を防いだが

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ