二百五十三話 魔族領の長
――夕暮れ。
日の光は赤みがかり、魔族領北部にそびえ立つ門も、この時は赤く染まる。
「うわああああ!! 」
その門に、男性の悲鳴が響き渡る。
「なんだ! 」
「敵か! 」
その叫び声の元へ、二人の魔族がやってくる。
二人共、手に槍を持っていた。
「な、仲間が何者かに……」
叫び声を上げたであろう魔族の男が、指を差す。
その指先には、倒れ伏す二人の魔族がいた。
倒れてはいるが外傷は見当たらず、生きている可能性が高かった。
「やはり敵か! 」
駆けつけてきた一人の魔族は、槍を構えながら周囲を警戒する。
「……」
もう片方の魔族は、倒れ伏す魔族を見つめた後――
「何故、ここにいるのですか? パレッド様」
と、体を震わせるパレッドに目を向けて訊ねた。
ここは、門と言っても、門の上部である。
そこは、門を空から越えようとする者がいないか見張るために作られた場所である。
倒れ伏す魔族も駆けつけてきた魔族も、空を見張ることが任務の魔族だ。
ここにいるのは、当然である。
しかし、ここにパレッドがいることはおかしい。
故に、この魔族はパレッドに、ここにいる理由を訊ねたのだ。
「……」
訊ねられたパレッドは、何も答えることはなかった。
代わりに彼がした行動は、指を差すこと。
今度は、訊ねてきた魔族の後方に指を差した。
「……後ろ? 」
パレッドの行動がいまいち分からないまま、魔族は後ろに振り向く。
「うっ…ぐぐっ…」
すると、後ろに振り向いた彼の目に映ったのは、何者かに首を締められる魔族であった。
その魔族は、共にここへ駆けつけてきた魔族である。
苦しげに呻き声を上げる魔族の後ろには、水色の髪の魔族がおり、その者が手前の魔族の首に手を回していることが確認できる。
「くそっ!! おまえが侵入者か! 」
魔族は、仲間を助けようと槍を構える。
「パレッド様、ここにいる理由は後で聞きます。今は、我らの加勢を」
「あいよ」
魔族にそう返すと、パレッドは――
「うっ!? 」
槍を構えていた魔族の首に手を回し、首を強く締め付けていく。
「悪いね。今、俺はこっち側なの」
「ううっ……」
首を絞められた魔族は、言葉を発することなく目を閉じ、手にしていた槍を手放した。
もう動かなくなったことを確認すると、パレッドは魔族から手を離す。
「ふぅ……やっぱ、ここに俺がいることを疑うか…」
「うまくいったからいいではないか」
手で頭を掻くパレッドに、水色の髪の魔族――イアンがそう声を掛けた。
「だいぶ倒したが、まだやるか? 」
イアンがパレッドに訊ねる。
今、彼らがいる門上及び壁の上にいる魔族は、広く空を見張るためか点々と配置されていた。
そんな彼らをイアンとパレッドは倒して回っていた。
「……いえ、このぐらいでいいでしょう。後は、ロシさんとマコリアさんを待って、砦に行くだけです」
「そうか…」
パレッドとイアンは、ロシとマコリアを待つことにした。
ロシとマコリアを待つこと一時間。
ロシとマコリアに合流し、四人はバレッグルの砦を目指した。
門から砦までは、それほど時間はかからない。
彼らが砦に辿り着いたのは、門を出てから二時間過ぎた頃である。
もう夜になり、辺は暗くなっている。
目の前の砦を見上げるものの、正面の扉とその周りの外壁しか目に映ることはなかった。
「はぁー……けっこう高いっスね…」
マコリアが上を見上げながら、そう呟いた。
ダークビューを行使し、暗闇の中でも目が見えている状態のようだった。
「高いのか……それは、ともかく。本当に正面から入ってもいいのか? 」
マコリアからパレッドに視線を向けると、彼にそう訊ねた。
「前も言った通り、バレッグルは油断してるはずです。あと、敵が正面から入ってくるなんて考えないでしょう。今、入れば誰もいないはず」
「なるほど、今は絶好の機会。楽に敵の不意をつけるてことですか」
パレッドの言葉を聞き、ロシがうんうんと頷いた。
「だいたい分かった。じゃ、正面から堂々と入ってやろうか」
イアンはそう言うと、片方の扉の押す。
ギギギ…
イアンの背の二倍ほどの大きな扉が、音を立ててゆっくり開いていく。
開かれた扉の先には、広い部屋があった。
手が届くとは思わないほど天井は高く、百人のに人が入っても、まだ余裕がありそうなほど広い。
部屋の奥と左右には別の部屋に繋がっているであろう通路があり、奥の通路は階段であった。
「ここが砦のエントランス……玄関ですね」
部屋の中を歩きながら、パレッドがそう言った。
「はぁ……奥の階段を上がっていけば、バレッグル様がいる部屋に行けます…」
「なら、階段を上がるとしよう。パレッド、もう吹っ切れたのではなかったのか? 」
パレッドのどこか暗い雰囲気が気になったイアン。
「吹っ切れたっていうか、開き直ったんですけどね。やっぱ、俺ここにのこっちゃダメですかね? 絶対、なんか言ってくるよ…」
「なんだ、そんなことか。安心しろ、バレッグルとやらは倒す……いや、倒さねばならんのでな」
「うーん……本当は、倒して欲しくはないんですがね……やっぱ、自分の命の方が大事だわ。応援してまーす」
隣に立つイアンに、パレッドは声援を送った。
「……ああ」
イアンは、パレッドの適当な声援を受け取った。
「……最近の子って、組織よりも自分優先ですよね…」
「そりゃそうっスけど、マコっちはこいつみたいに薄情じゃないっスよ」
イアンとパレッドの後方で、ロシとマコリアがそう呟く。
「……イアンさま。あの子、いちいち一言多くない? 今のうちに注意しとかないと、将来不安だぜ? 」
「……あれは自分で気づかないと分からん。そんなことより、今はバレッグルだ。さっさと階段を上がるぞ」
イアン達は奥の通路へ向かい、階段を上がり始めた。
延々と続く螺旋状の階段を上がりきると、イアン達四人の前に一つの扉が現れる。
そこが砦の最上階に位置する部屋であり、バレッグルのいる部屋であった。
「ここが……言わなくても分かりますか。あー怖い怖い…」
「ここで引き返すのは無しだぞ」
落ち着きのないパレッドにそう言うと、イアンは扉を開いて中に入った。
パレッド、ロシ、マコリアもイアンに続き、彼等はゾロゾロと部屋の中に入っていく。
「……!? 」
部屋の奥にある椅子に座っていたバレッグルは、目を見開いたままだ。
急に入ってきたイアン達に、思わず呆然としてしまった様子である。
程なく、バレッグルの視線はパレッドに向けられる。
この時、バレッグルの視線に気がつき、パレッドが嫌そうな表情を浮かべたのは言うまでもない。
「パレッド……一体、どうしたというのだ? 」
「あ……えーと、これはですね――」
「ちゃんと報告は聞いたか? お前を倒しに来たのだ」
説明をしようとしたパレッドをよそに、イアンがバレッグルにそう言った。
「……? なんだ、この娘は……いや、待て。倒しに来ただと!? まさか、貴様が! 」
バレッグルは勢いよく椅子から立ち上がる。
彼が立ち上がると同時に、イアンは戦斧を、ロシはメルガフロラクタを。マコリアはトライアンダッグを手に取る。
「流石に、戦うのは勘弁してくれよっと…」
パレッドはイアン達の後ろに下がった。
「そのまさかだ。ようやく会えたな、バレッグルとやら」
イアンは戦斧を構えつつ、驚愕の表情を浮かべるバレッグルを見据えた。
「パレッドオオオオ!! 」
バレッグルの怒号が周囲に響き渡る。
「うひー、やっぱ怒鳴るよねー」
その声を聞きたくないパレッドは耳を塞ぎながら、そう呟いた。
「お前、敵を連れてきてどういうつもりだ! 」
「だって、しょうがないじゃないですか。僕、この水色の魔族の服来ている娘に、命握られてるんですよ」
怒鳴るバレッグルに、パレッドは口を尖らせながら言葉を返す。
「だからどうした! 命を捨てる覚悟で主を守る気概がお前にはないのか! 」
「え? 無いけど、悪いなとは思ってます。これは本当です」
「な…なにぃ!? くそっ! 優秀だと思って取り立てたが、本当はこんなやつだったか! くそっ! もう、くそと言う他ない! くそっ! 」
バレッグルは頭を掻きむしりだした。
「あはははは!! なんか滑稽っス! 」
「うーむ、私は笑えませんね……新人の性格はよく把握しとないと…」
マコリアは大笑いし、ロシは口を閉じて難しい表情を浮かべていた。
「そもそもだ! 何故、俺を狙う? 侵入者と聞いているが、この魔族領の土地を開放するためか? 魔族に恨みでもあるのか? 」
バレッグルは左右の腕を大きく広げると、イアンに向けてそう訊ねる。
「いや、この魔族領の中から出られない魔法に掛かったしまったのだ。その解除方法は、お前を倒すことだと教えられて、ここに来た」
「地縛魔法……セーサの仕業か! 余計なことをしおって! 」
バレッグルは左右の手を握り締め、体を震わせる。
「……あ」
しかし、程なくして、彼は手を開き、バッとイアンに顔を向ける。
「き、貴様達、ヴァンホーテン姉妹には会わなかったのか? 」
そして、恐る恐る訊ねた。
この時、バレッグルは、体中が冷え切っていた。
何故なら、イアン達がここにいる理由の中に、彼が考えたくもない理由があるからだ
「ヴァン……ああ、会ったな。武器を壊したらどこかへ行ったぞ」
「な、なにぃ!? 」
バレッグルは驚愕した。
まさかヴァンホーテン姉妹を退けるとは思っていなかったからだ。
それと同時に――
(ヴァ、ヴァンホーテン姉妹と戦って生き残った!? そ、それにダガドガ部隊も……こ、こんな奴達、強いに決まってる)
イアン達に恐れを抱いた。
一地域の魔族領の長を任されるバレッグルは、戦いの実力もある。
ここの魔族領の管理者達では、彼を倒すことはできないだろう。
しかし、ダガドガ部隊とヴァンホーテン姉妹の二人には、バレッグルの実力は及ばない。
それはバレッグル自身が分かっていることであり、イアン達に勝てないと思ってしまったのだ。
「う……うぎぎっ…」
バレッグルは、イアン達に目を向けながら横に歩き、近くに立てかけてあった自分の槍を手に取る。
自分よりも、強いと思っても死ぬことは諦められないのだ。
「俺はこの魔族領の長なんだ……何がなんでも、敗れるわけには……ここを退くわけにはいかんのだ! 」
槍を両手に持って、構えるバレッグルは、イアン達に向けてそう言い放った。
「……色々と問題のある人のようでしたが、立派……ですね。皆さん、油断しないように」
「油断大敵ぃ! 了解っス! 」
「ああ、何が起こるか分からんからな」
ロシ、マコリア、イアンの三人はそれぞれの武器を構え直し、前方に立つバレッグルを見据える。
「あー……本当に悪い気がしてきた。でも、今の俺には何もできないしね。しょうがないよね」
直に戦いが始まるという雰囲気を感じ取り、パレッドは何となくそう呟いた。
その程なくして――
ギィィィ…
部屋の扉が開かれた。
そのことに、イアン達四人とバレッグルは気づき、皆一斉に扉に目を向ける。
「……? これは……」
そこに立っていたのは、灰色の髪の少女だ。
その少女の頭には角、背中に翼、腰の辺りから伸びる尻尾。
一目で魔族であると分かる特徴を持ち、穂先が三又に分かれた黒い槍を背負っていた。
「ヴィオリカ……おお、ヴィオリカか! 魔族領の外の偵察が終わったのだな。よくぞ、この場に来てくれた。急げ、他の者達を呼んで来い。この者らは、侵入者だ」
魔族の少女――ヴィオリカの登場に笑みを浮かべながら、バレッグルは彼女に命令した。
「侵入者……人間と……魔族? 」
バレッグルの命令を耳にしていたが、ヴィオリカは動かなかった。
バレッグルの部屋に人間と彼に武器を向ける魔族がいるという状況を飲み込めずにいたのだ。
それがいけなかったのか。
はたまた、ここに来たのがヴィオリカであったことが、イアンとバレッグルの双方にとって、良くないことであった。
「水色の髪の魔族? ……いや、違う! 貴様は、イアン! 」
ヴィオリカは、イアンの存在に気づくと翼を大きく広げ――
「貴様ああああ!! 」
黒い三又の槍――ディベリネアを突き出しながら、羽ばたいていく。
彼女が向かう先にはイアンがおり――
「ヴィオリカ……くっ! 」
イアンは、突き出されたディベリネアを戦斧で防ぐ。
しかし、突撃してきた勢いは防ぐことができず、イアンは羽ばたくヴィオリカに押され――
パリーン!!
ヴィオリカと共に、部屋の窓を突き破って、部屋の外へ出ていった。
その窓から先は暗闇である。
イアンとヴィオリカは砦の外に出たのだ。
「イアンさん!? 」
「ちょ、何あいつ!? 」
「なーんか、めんどくさいことになったぞぅ…」
ロシ、マコリア、パレッドの三人は、イアンとヴィオリカが突き破った窓に目を向ける。
「な……あいつ、俺の命令を……」
バレッグルも三人と同じように破られた窓に目を向け、唖然としていた。
しかし、そうしているのはほんの少しの間だけ。
程なく、バレッグルは体を震わせると――
「どいつもこいつも、何の役にも立たん連中ばかりだ!! もういい! 俺が全部やる、貴様達一人とて逃がさんぞ! 皆殺しだああああ!!」
と叫んだ。
ゴオオッ!!
それと同時に、彼の体から黒い霧のようなものが噴き出す。
その量は多く、一つの炎となってバレッグルの体を包み込んでいるように見えた。
「げぇ!! すごい魔力っス! こいつ、けっこう強いんじゃ……」
「こんなバレッグル様は見たことがない……っていうか、皆殺し? 俺もやばいんじゃね? 」
マコリアとパレッドが身構える。
黒い霧のようなものは、バレッグルの魔力であり、二人はその強大さを感じ取ったのだ。
「さらに手強くなったと、判断できますね。二人共、目の前の敵に集中です。イアンさんを気にかけていると、痛い目に遭いますよ」
ロシは、マコリアとパレッドの二人にそう言いつつ、もう一本のメルガフロラクタを左手に持った。
2016年12月11日――誤字修正
うまく言ったからいいではないか → うまくいったからいいではないか




