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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
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二百五十一話 双頭大剣の一端

 ヴァンホーテン姉妹――

そう呼ばれる彼女等は、傭兵である。

請け負う依頼の多くは、戦闘や破壊行為を行うものばかりで、それらを遂行する実力を持っている。

傭兵を生業とする者や、彼女等に依頼をすることの多い魔族達には、彼女等の名前は知れ渡っている。

この両者が共通して持つ印象は、彼女等がかなりの実力者であることだ。

たった三人で、何百という数の騎士達で構成された騎士団を壊滅させたり、多くのAランク冒険者を葬ったこと等、多くの武勇伝があり、彼女等の実力を裏付けしているのだ。

そして、彼女等が有名なのは武勇だけではない。

ヴァンホーテン姉妹という名を知る者、特に傭兵達には、とある彼女達の悪名が知れ渡っている。


「その風貌から察するに、男狩り……ヴァンホーテン姉妹で間違いないですか? 」


太陽が真上を過ぎて数時間経った頃。

荒野に立つロシが、前方の女性達に向かって、そう訊ねた。


「へぇ……あたい達の悪名を知ってるなんてね。あんた、同業者だね? 」


牡牛に跨るディスターが、頬を吊り上げながら、そう答えた。

彼女達の悪名は、男狩り。

そう呼ばれる所以は――


「ディスター姉さま、その方……もしや双頭大剣のロシ・タキュウトではないでしょうか? 」


「ロシ・タキュウトだって? へへっ! もし本当にそうだとしたら、久々の大物が手に入るねぇ! 」


「ふふふ、ロシ・タキュウトなら、調教のしがいがありますわね」


彼女等が気に入った男性を攫い、自分達の奴隷にすることであった。

攫われる男性に共通することは、強いこと。

ヴァンホーテン姉妹は、強い男性を打ち負かし、自分達に屈服させることを最大の喜びとしていた。


「男狩りは、噂じゃなかったようですね。あなた方の期待通り、私がロシ・タキュウトです…」


ロシは、そう言うと背中のメルガフロラクタの柄に手をかける。


「こ…こんなところで……ヴァンホーテン姉妹に会うなんて……」


その隣に立つマコリアは、ディスターとメルの姿を見て、顔を引きつらせていた。

ロシとマコリアは門へ向かう途中、ディスターとメルに遭遇してしまったのだ。

ヴァンホーテン姉妹という名を知るロシとマコリアが戦々恐々としている中、ディスターとメルは牡牛から飛び降りる。


「本当にロシ・タキュトかい!? じゃあ、あたい達のことを知ってるみたいだし、やること分かってるよねぇ? 」


「ふふ、期待しておりますわ」


荒野に立った二人は背中に背負っていた武器を手に取った。

ディスターが手にしたのは巨大な棍棒。

丸太のように太い鉄の塊で、多くの突起物が鉄の塊から伸びている。

メルが手にしたのは、巨大な斧。

彼女の背丈ほど長い柄の先に、蝶の羽のように対になった巨大な斧の刃がある。

二人は、それらの巨大な武器を軽々と手にしていた。


「くっ……やるしかないっスか…」


マコリアは、トライアンダッグに手を伸ばす。


「マコさん、待って」


しかし、ロシに止められる。

彼は片手を横に広げ、マコリアを制止するような仕草を取っていた。


「ロ、ロシさん、どういうことっスか? 」


「申し訳ありませんが、マコさんは見ているだけにしてください」


ロシに止められた意図が分からず、戸惑うマコリアに、彼はそう答えた。


「……はっきり言いますが、この戦いに参加すれば、マコさん……あなたは死ぬでしょう」


「……!? 」


ロシの言葉に、マコリアは息を詰まらせた。

ロシは、ヴァンホーテン姉妹とマコリアの実力を比較し、マコリアがこの戦いについていけないと判断したのだ。

それは、足で纏いという捉え方もでき、マコリアはそういうことだと感じ、息を詰まらせたのだ。

しかし、彼女が反論をすることはない。

彼女自身、自分が場違いであると思うほど、ヴァンホーテン姉妹との実力差を感じていた。

故に、マコリアができることは、ロシの邪魔にならないよう一歩後ろに下がることであった。


「……一つ約束して欲しいことがあります」


マコリアが一歩下がるのを見たロシは、ディスターとメルに顔を向け、そう言った。

ディスターとメルは、武器を手にしながらも構えることはない。

ロシの言葉を聞く姿勢を取っていた。


「こちらの女の子は戦いに参加しません。なので、手出ししないようお願いします」


「へっ! 元から興味ないっつの」


「むしろ有難いですわ。雑魚を叩き潰す労力を消費しなくて…」


ロシの言葉を耳にすると、デイスターとメルはそう答えた。

その時、メルが笑みを浮かべつつ、マコリアに鋭い視線を送り――


「ひっ…!? 」


その視線を感じたマコリアは体を震わせた。


「二人が話の分かる人で助かりました…」


ロシが、メルの視線からマコリアを守るように、彼女の前に立つ。

そして、一本のメルガフロラクタを右手に持ち、さらにもう一本のメルガフロラクタを左手に持った。


「さて、お嬢さん方……まさかとは思いますが、二対一ぐらいで、自分達の方が有利だと思っていませんよね? 」


メルガフロラクタを両手に持ったロシは、微笑みながらそう言った。


「言うねぇ、ロシ・タキュウト! もちろん、有利だとは思っちゃいないよ! 」


「ええ。あなたのレベルなら、複数の戦士と同時に戦うなんて、珍しくないでしょうからね! 」


ディスターとメルは、巨大な武器を振りかぶりながら、ロシに向かって走り出した。

彼女らの顔は嬉々としたものであった。




 殺風景極まりない荒野に、幾多の金属音が鳴り響く。

その音の発生源は、ロシの持つ二本のメルガフロラクタだ。

彼が振るうメルガフロラクタに、ディスターとメルの武器がぶつかり合うことで、金属音が鳴り響いている。


(ちょっと無理をしたと思ったけど、けっこういけますね)


二人が振るう巨大な武器を捌く中、ロシはそんなことを思っていた。

忘れがちだが彼は今、病に犯されている。

そのせいで、ロシは僅かに体力が落ちている状態だ。

故に、二本のメルガフロラクタを使って戦うことは、無茶であると思われたが、あながちそうでもなかったのだ。


(でも、油断はできません…)


しかし、それで調子に乗るロシではない。

二人の攻撃を防ぎつつ、彼は力をセーブしていた。


(なんだろうねぇ、この軽くあしらわれている感じは…)


ロシのメルガフロラクタに、自分の持つ巨大な棍棒をぶつけつつ、ディスターはそう考えていた。


(これが彼の実力? まさか、そんなはずはありませんわね)


メルも同様のことを考えている。

二人は、ロシが力を出し切っていないことに気づいていた。

しかし、力を出しきれていないのは、彼女らも同様である。


「……! もらった! 」


ロシの隙を見極め、メルが巨大な斧を振り下ろす。


「うっ!? 」


しかし、メルは咄嗟に巨大な斧を引き、盾のように構えた。


キィン!


その瞬間、ロシの右手に持つメルガフロラクタが、メルの持つ巨大な斧の柄を突いた。

彼の攻撃を受け、メルは僅かに後ろへ下がる。


「喰らいな! 」


メルに向けて、メルガフロラクタを突き出しているロシの背後から、ディスターが巨大な棍棒を振り下ろしにかかる。


「あ、ああっ!! 」


その光景を目の当たりにし、マコリアは思わず声を上げてしまった。

攻撃の隙を突いた一撃。

複数の者を相手にする際に最も気をつけなくてはならない一瞬である。

その隙を突かれた絶対絶命の状況に、多くの者は為す術がない。

ロシはというと、その中には含まれない。

ロシは、体を後ろに引き、左手のメルガフロラクタを頭上に掲げる。


ガッ!


それにより、ロシはディスターの巨大な斧を受け止めた。


「なにぃ!? 」


ディスターの表情が、驚愕の色に染まる。

何故なら、ロシは片手に持つメルガフロラクタで、巨大な棍棒を受け止めたからだ。

ロシがそれを成し遂げられたのは、メルガフロラクタで受け止めた部分にある。

彼の持つメルガフロラクタは、巨大な棍棒を持つディスターの手が近い位置にある。

そこは、巨大な棍棒の先端に比べて、力がかかりにくい場所である。

ロシは、ここを狙って、メルガフロラクタを掲げたていたのだ。

そして、ロシは次の行動に移る。

相手の攻撃を防いだ後にする行動の一つ、反撃である。

ロシは、突き出していたままのメルガフロラクタを、自分の背後に向かって突き出した。

そのメルガフロラクタの切っ先が向かう先は、ディスターの顔面。


「くっ…!! 」


ディスターは、頭を傾けることで、メルガフロラクタを躱す。

ロシの反撃は、回避されたのだった。

しかし、そこでロシは止まらない。

ロシは、そのままの体勢で体を横回転させる。


「ぐっ!? 」


この回転により、ディスターは弾き飛ばされる。

ディスターを弾き飛ばしたことを確認すると、ロシは回転を止め、メルの方に向けて右手のメルガフロラクタを突き出す。


「うっ…」


メルガフロラクタを向けられたメルは、思わず動きを止めてしまう。

彼は、メルガフロラクタを突き出すことで、メルに牽制したのだ。


「ちっ! これが双頭大剣…ロシ・タキュウトかい…」


地面に着地したディスターが、そう呟いた。


「こんな扱いをされたのは、初めてです。なんなのでしょうか? 」


後方へ飛び退りながら、メルがそう呟く。

二人共、言葉とは裏腹に、笑みを浮かべていた。


「強いて言うのなら、経験でしょうか? なかなか言葉にしにくいものですね」


ディスターとメルを交互に見ながら、ロシはそう言った。

今、ディスターとメルはロシを挟むように立っている。


「経験か…なるほど。そう言われると納得がいくねぇ…」


「ここまで経験を武器にして戦う方は、そうはいません。流石はロシ・タキュウト…と言ったところでしょうか…」


武器を構える二人から、剣呑な雰囲気が放たれる。


「……」


その雰囲気を感じ取ったロシの頬に、一滴の汗が滴り落ちる。

彼は、無茶をすることなく、相手に力を出させない戦い方をしていた。

一見、二人を圧倒していたロシだが、彼なりに全力を出していたのである。

しかし、彼女らはこれから更に力を出すつもりである。

そうなれば、ロシは無茶をせざるを得ない。

病を煩い、体力の落ちているロシにとって、ここまでが限界であり、これから先は無茶の領域であるのだ。

いつ何が起きても可笑しくはないこの領域は、今のロシにとって非常に避けたいものであった。


「お遊びは終わりってことで…」


「これからは、ヴァンホーテン姉妹として戦いますわ」


ディスターとメルは、同時に武器を構える。

連携攻撃。

集団で戦う者達の強みの一つであり、それを受ける側が個であるならば、ひとたまりもない。

それを彼女等はロシに仕掛けようというのだ。

そして――


「さぁ、どうする? ロシ・タキュウト! 」


「お覚悟! 」


二人は、それを実行する。

ロシを挟むように、二人は同時に駆け出した。


「くっ、やはり無茶をしなければいけませんか! 」


カチッ!


ロシは二人を迎え撃つためか、二本のメルガフロラクタの柄頭を合わせる。

メルガフロラクタ―デュアル。

今のロシにとって最大の無茶な戦い方を強いるメルガフロラクタの形態である。

ロシは、メルガフロラクタ―デュアルを構え、二人の攻撃に備える。


「「「……!! 」」」


ロシ、ディスター、メルの三人は、ある方向に顔を向けた。

その方には、二つの黒い影が見え――


「メル! 」


「ちっ! 邪魔を…」


ディスターが足を止め、メルは後ろに飛び退った。


ヒュ!


すると、メルの眼前にとてつもない速度で何かが通過する。

その何かは、荒野の向こうへと消え去っていく。

それを見届けたディスターとメルは、黒い二つの影を睨んだ。


「ふざけた真似をしやがって! 」


「しかも、魔族……どういうつもりですか? 」


ディスターとメルは、近づいてきた二人に向かってそう言った。


「え、えーと……」


一人の男は、しどろもどろになり、隣の少年に目を向ける。


「もちろん、お前達の邪魔をしたのだ」


少年は、そう言うと後ろ腰から戦斧を取り出し、ロシの隣に並び立つ。


「ロシに無茶はさせれない。悪いが、片方はオレの相手をしてもらうぞ」


少年――イアンはそう言うと、メルに体を向けて、戦斧を構えた。

門から引き返したイアンとパレッドがやってきたのだ。

先ほど、メルの眼前を通り過ぎたのは、イアンの放ったロックピアスである。

イアンはメルを仕留めるつもりで、石弾を放ったのだ。


「イアンさん、無茶です。先ほどの魔法を躱されて分かったと思いますが、彼女等は強いです…」


ロシはそう言いつつも、ディスターに体を向け、イアンと背中合わせの状態になる。


「承知の上だ。無茶をしなければならないことは理解している。だが、その無茶を全部請け負うのは辛いだろう? 」


「……死なないでくださいよ…」


ロシは、イアンにそう言うと、ディスターに視線を向ける。


「…‥ま、ロシ・タキュウトとサシで勝負できて、あたいは嬉しけどねぇ…」


巨大な棍棒を構えながら、ディスターはメルに視線を向ける。


「……」


メルは、何の感情も表さない表情で、イアンを見つめていた。


「メルがどう思ってるかは知らないよ! 」


ディスターは、そう言うとロシに向かって駆け出した。


「……」


メルも、イアンに向かって駆け出す。


「来ます! 本当に死なないでくださいよ! 」


「分かっている! 」


ロシにそう返すと、イアンも駆け出した。

向かう先は、メル。

彼は、自分よりも強いであろう彼女に、正面から向かっていった。




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