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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
251/355

二百五十話 強敵襲来 ヴァンホーテン姉妹

 

 「まだダガドガ部隊と連絡がつかんのか! 」


魔族領の最北端、そこにある砦に、一人の魔族の男の怒号が響き渡る。

その魔族の男は、砦の最上階の部屋で装飾があしらわれた立派な椅子に腰掛けていたが、今は立ち上がって前方を見下ろしつつ、その目は険しいものである。


「はっ! 侵入者討伐のため出発をしてから、一度も連絡がありません。その上、侵入者についての情報も上がりません」


怒号を上げた魔族の男の前方、そこに跪く、偵察兵の魔族がしっかりとした物言いをする。


「ぐっ……一体、どうなっているのだ」


魔族の男――バレッグルは唇を噛み締めた。

彼は、この荒野地帯に侵攻している魔族達の司令官である。

頭に生えた角や、背中の翼、細長い尻尾等、一通りの魔族の特徴があり、その体型は肥満気味だ。

司令官を任せられるほどの実力を持っているが――


「このままでは、奴らが俺を殺しにやって来る……早急に始末してくれよ……」


少々気が弱く、自分の目を守るのに精一杯になる人物であった。


「……申し上げにくいのですが…」


「な、なんだ? 」


申し訳なさそうな顔をする偵察兵の魔族に、バレッグルは嫌な予感を感じた。


「荒野のどこを探しても、ダガドガ部隊らしきものは見当たりません。その上、偵察兵の数も減っています。恐らく……恐らくなのですが――」


「言うな! 聞きたくない! 我が精鋭達なのだぞ!? そんなわけがあるか! 」


偵察兵の魔族の言葉を遮るように、バレッグルは声を荒げさせた。

ダガドガ部隊は、人間の侵入者に倒された。

そのことをバレッグルは信じたくないのだ。


「しかし、そうは言っても、もしものことを考えて行動せねば、奴らはきっとバレッグル様の前に現れてしまう…かもしれませぬ…」


「ぐっ……それは、そうだが…」


バレッグルは、顔を俯かせる。

そして、侵入者を始末する策を考えるが――


(……ダメだ……何も思いつかぬ…)


今のバレッグルは、妙案を思いつくことはなかった。

それ以前に、ダガドガ部隊を使うことが、バレッグルにとって一番の策であった。

故に、それを潰されることなど彼の頭にはなく――


(各地の管理者を集結させるか? いや、奴らがダガドガ部隊を倒したとすると、厳しいぞ……)


他の策を思いついたとしても、うまくいくとは思えなかった。


「……ダガドガ部隊をアテにはできなく、侵入者の尻尾が掴めない以上、ここで迎え撃つしかないか…」


考えるのを諦め、バレッグルが椅子に腰掛けた時――


「バレッグル様! 来客でございます! 」


一人の魔族の男がやってきた。

彼は、バレッグルの部下であり、この砦で働く魔族である。


「なんだ? こんな時に…」


バレッグルは煩わしそうな顔で、魔族の男を見る。


「それが……ヴァンホーテン姉妹でございます…」


「なっ…!? 」


「なに!? ヴァンホーテン姉妹だと!? 」


魔族の男の言葉に、偵察兵の魔族とバレッグルは驚愕した。

バレッグルは椅子から、勢いよく立ち上がると、魔族の男の目の前に立つ。


「あのヴァンホーテン姉妹が、この砦に来ているのか!? 」


「はい。下の階にいらっしゃいます。こちらにお呼びしましょうか? 」


「いい! 俺が行く」


バレッグルはそう言うと、部屋を出て階段を下っていく。


「あの姉妹がやってくるとは……俺はついているぞ! 彼女等の協力が得られえば、ダガドガ部隊などもうどうでもいい! 」


螺旋状に続く階段を下りながら、バレッグルはそう呟く。

やがて、彼は下の階に辿り着き、広い空間に出る。

そこは、砦のエントランスの部分で――


「あ! バレッグルおじ様。お久しぶりです」


「ん? なんだい、わざわざ上から下りてきたのか」


その中央に、二人の女性が立っていた。


「メル殿! ディスター殿! よくぞ参られた! 」


バレッグルは危機とした声を上げながら、二人の元に駆け寄っていく。

メルとディスターと呼ばれた二人は、獣人である。

二人の共通する部分として、頭には短い角と黒色の獣のような耳が生え、腰の辺りから白く細長い尻尾が生えている。

二人共身長が高く、胸がかなり大きく、見る者を引きつける体つきをしている。

身につけている衣類の布面積は少なく、水着を着ているようである。

その衣類には、白と黒の模様がある。

この模様は彼女等の種族を象徴するもので、彼女等は牛獣人のホルスタイン族と呼ばれる種族であった。

その他、この姉妹には個々の特徴がある。


「……? 」


あまりのバレッグルの喜びように、長い黒色の方のホルスタイン族が首を傾げる。

彼女の名は、メル・ヴァンホーテン。

メルはヴァンホーテン姉妹の三女で、巨大な斧を得物とし、背中にはその巨大な斧を背負っている。


「ははっ、そんなにあたい達に会いたかったってわけかい! 」


白色の短い髪のホルスタイン族が、頬を吊り上げる。

彼女の名は、ディスター・ヴァンホーテン。

ディスターはヴァンホーテン姉妹の次女で、巨大な棍棒を得物とし、メルと同じように、その巨大な棍棒を背中に背負っている。


「本当よく来てくれた……しかし、フリーシアン殿が見当たらないが……」


バレッグルが周りを見回しながら、彼女等に問いかけた。

ヴァンホーテン姉妹は、三姉妹である。

その長女に、フリーシアン・ヴァンホーテンという女性がいるのだ。


「お姉さまは、私達とは別に動いているわ」


メルが、バレッグルの問いに答える。


「あたい達は、何の依頼も受けてないから、適当にぶらついてたんだ。そんで、バレッグルおじさんがこの近くにいるって聞いていてね。それで、ここに寄ってったんだよ」


「そうか……なら、俺に協力してくれるか? 」


バレッグルの表情から、笑が消え去る。


「「……」」


彼に合わせてか、メルとディスターも神妙な顔になる。


「実は今、この魔族領に人間の侵入者がいてな。俺を殺しにくるんだ。そいつらの始末を頼みたい。確証は無いが奴らは……我が魔族領の精鋭であるダガドガ部隊を倒したかもしれん…」


「へぇ! なかなか腕の立つ連中のようじゃないか! 」


「ええ、期待できますね、ディスター姉さま」


バレッグルの言葉を聞き、ディスターとメルは嬉々とした声を上げる。

その二人の様子を見て、乗り気であると思い、バレッグルはホッと息を吐く。


「それで……その侵入者の中には男はいるのかしら…」


「……!? 」


しかし、メルの言葉により、彼の表情は凍りつく。


「おじさんは、昔からの付き合いだから報酬は取らないけどねぇ……モチベーションの上がらないことは、したくないもんだ。だろ? 」


ディスターがニヤニヤと笑みを浮かべながら、バレッグルに詰め寄る。


「あ……その…」


バレッグルは、しどろもどろになりつつ、周りを見回す。

すると、自分の後ろに先ほどの偵察兵の魔族がいることに気づき――


「し、侵入者の中に男はいるのか? 」


その偵察兵の魔族に問いかけた。


「は…はい! 一人、とても腕の立つ人間の男がいると聞いています」


「き、聞いたか? 男はいる! 行ってくれるか?」


偵察兵の魔族の言葉に、再び表情に笑みを戻すバレッグル。


「もちろん。強い男がいるんじゃあ、行くしかないよ。それで? どこにいるんだい? 」


ディスターに問われると、バレッグルは偵察兵の魔族に顔を向ける。


「せ、正確には分かりません…が、この砦より南からやってくる可能性があります」


「じゃあ、その辺で待ち伏せするのがいいだろうね。行くよ、メル」


「はい、ディスター姉さま」


ディスターとメルは、バレッグル達に背を向けると、砦を後にした。


「は…ははは! やったぞ! これで安心だ…」


二人が歩きさっていた方向を見つめながら、バレッグルは笑う。

彼は、ヴァンホーテン姉妹に絶対の信頼を置いていた。

絶対、侵入者――イアン達を始末してくれると。







 ダガドガ部隊を撃破した日から二日後。

イアンはパレッドと共に、ルクリラにある庁舎の最上階の一室にいた。

その部屋は、いつもパレッドの使う部屋である。


「いやぁ、魔族領にいながら、快適にすごせるとは思いませんでしたよ」


そこには、ロシと――


「そうっスね! 流石、イアン先輩っス! 」


マコリアの姿があった。

ダガドガを倒した後、イアンとロシ達は合流を果たしたのだ。

それから、このルクリラの町の中で過ごしていたのである。


「お仲間と合流して良かったじゃないですか。だから、もうここに留まる必要は無いのでは? イアンさま」


机に座るパレッドが、隣のイアンに問いかける。

彼は未だに、魔族の服を身につけている。


「それもそうだな。ロシ、マコリア。二人共、旅の疲れは癒えたか? 」


イアンがロシとマコリアにそう訊ねる。

この町に留まっている理由は、二人を休ませることであった。

互いに、状況を伝え合った時に、ほぼ休みなくイアンを探していたことを聞いたため、イアンは二人に休息が必要であると判断したのだ。


「ええ。充分休ませてもらいました」


「準備オッケーっス! 早く、バレッグルとかいう奴を倒して、ここから出るっスよ! 」


イアンの問いかけに、二人は元気よく答えた。


「よし。では、明日の朝ここを出るとしよう。パレッド、準備を怠るなよ」


「お達者でー……って、え? なに? どういうこと? 」


イアンの言葉に、パレッドはハッと表情が固まる。


「どういうことって、お前もオレ達と共に行くのだ」


「え、ええー!? もう良くない? 俺、ダガドガをぶち殺したし……もう良くない!? もうなんの役にも立ちませんぜ!? 」


「役に立つかどうかは、俺が決めることだ。ダガドガ部隊を倒す策を考えたのだから、バレッグルを倒す策も考えられるだろう」


「い、いやぁ…それ無茶って言うんですよ? そ、そうだ! そこの方、魔族と一緒なんて、嫌ですよね? 」


パレッドがロシにそう訊ねる。


「え? そんなことはありませんよ」


すると、ロシはにっこりと微笑みながら答えた。


「うわー、思ったよりも魔族が嫌われてない……そ、そっちのお嬢さんは、流石に……」


「全然ウェルカムっスよ? 魔族さんは、誰にも相手にされない嫌われ者って聞いてるんで、可哀想だからよろしくしてやるっス」


「うわぁ、ムカつく~…霧形影族とかいうマイナーな種族に、下に見られたの初めてだわ~」


パレッドはぐったりと、机の上に顔を伏せた。


「……いや、待てよ! 俺がいなくなったら、誰がここの管理すんの!? 」


その直後、パレッドは勢いよく顔を上げる。


「それに関しては安心しろ。入れ」


イアンが部屋の扉に目を向けると――


「グギャ! 」


そこから、一体のゴールが入ってきた。

そのゴールは、魔族の服を来ており、サイズが合わないのか所々が敗れかかっている。


「名付けて、パレッドゴールくんだ」


自分の隣にやって来たゴールを紹介するイアン。


「よく似せてるだろ? こいつがお前の代理をする。だから、安心していいぞ」


「グギャ! 」


パレッドゴールくんは、任せてと言わんばかりに、元気の良い返事をした。


「……いや、安心できないです。もういいや、どうにでもしてください…」


色々と言いたいことがあったパレッドだが、言っても無駄だと思い、諦めたのだった。




 ――翌日の朝。


イアン、ロシ、マコリア、パレッドの四人は、ルクリラの町の北にいた。

そこには大きな門があり、ここをくぐると荒野に出られる。


「よし、じゃあ行くとするか」


「……あ、待ってイアンさま」


イアンが足を踏み出したところで、パレッドが彼に声を掛けた。


「二手に別れた方がいいかもしれません」


「二手だと? どういうことだ? 」


パレッドの言葉に、イアンは首を傾げる。


「このまま真っ直ぐ北に行けば、バレッグル様のいる砦に着きます。でも、その前に門があるんです」


「砦を守る門ですか。あなたと一緒ならば、通り抜けられるのでは? 」


ロシが、パレッドにそう訊ねる。


「いや、それが厳しいかもしれないんです。俺がいたとしても」


バレッグルが住まう砦の南には、巨大な門がある。

砦を目指すには、この門を越える必要がある。

そして、この門は砦を守る最終防衛線でもあるため、番兵の審査は厳しいものである。

魔族だけなら問題はないのだが、人間が一緒となると、そこを通り抜けられない可能性があるのだ。


「それで、二手に別れるって、どういう感じっスか? 」


「まず、俺とイアンさんが門に行って、制圧するんです。そうすれば、ロシさん達も門の向こう側に行けます」


マコリアの疑問に、パレッドはそう答えた。


「はぁ…思ったよりも乱暴ですね。制圧すると言っても、あなた方二人で大丈夫なのですか? 」


ロシが心配そうにパレッドを見つめる。

イアンとパレッドの二人に対し、門にいる魔族達の戦力は分からない。

パレッドの口にしたものは、無謀な策であった。


「そこは俺達が魔族ってことを利用するんです。それで、門の中に入って仲間だと思わせつつ各個撃破……できれば、何とかなるはず! 」


「ああ、それでイアン先輩達っスか。でも、うーん……」


「パレッドよ、それしか思いつかないのか? 」


不安そうなマコリアの様子に、イアンはパレッドにそう訊ねた。


「残念ながら。それに、戦力の少ない俺達は無茶の一つでもしなきゃ、バレッグル様には勝てないよ」


「だそうだ。これで行くしかない」


「……なら、イアン先輩達を信じるしかないっスね…」


マコリアは納得したようで、ゆっくりと頷いた。


「ということで、俺とイアンさんが先に出ます。ロシさん達は……二時間経ったぐらいに出発してください」


「分かりました」


「分かったっス」


「じゃ、行きましょうか。イアンさま」


ロシとマコリアの返事を聞くと、パレッドは歩き始めた。


「パレッドよ、オレが言うのも何だが、吹っ切れているな。バレッグルが倒されてもいいのか? 」


パレッドの横に並ぶと、イアンは彼にそう答えた。


「本当、イアンさまが言うなって話ですよ。まぁ、バレッグル様がやられても、別のところに飛ばされるだろうし、だいたい人間に命握られてましたって言えば、何とかなりますわ」


「……けっこう楽観的だな…」


「いや、そう考えないとやってられないですよ。まったく…」


口を尖らせながら歩くパレッド。

彼は、どう事が運んでも自分は大丈夫だろうと、思うことにしていた。

否、思うだけではなく、そうなるよう行動するつもりであった。







 イアンとパレッドがルクリラを経ってから、半日過ぎた頃。

二人が立つ前方には高くそびえ立つ門と、左右に果てしなく続く壁がある。

イアンとパレッドは門の目の前に辿り着いていた。


「ひぃ、着いた……ちょっと休憩しませんか? 」


僅かに呼吸が乱れたパレッドが、イアンに休憩を提案する。


「いや、そんな暇はないだろう。二時間経てば、ロシ達がやってくる。それまでにカタをつけるぞ」


「ひぃー…四時間にすれば良かった」


パレッドはそう呟くと、止まっていた足を再び動かし始める。

彼が向かうのは門の前。

そこには、番兵の魔族が立っており、彼に門の中に入る旨を伝えようとしていた。

しかし、番兵の魔族はパレッド達に近づくと、腕を交差させる仕草をする。


「あ…今はダメだ」


その仕草を見たパレッドは足を止めた。


「どういうことだ? 」


番兵の取った仕草を知らないイアンが、パレッドに訊ねる。


「中から、出てくる者がいるみたいです。それで門が開くので、外にいる俺達は動くなってことですわ」


パレッドがそう答えてから程なくすると、門がゆっくりと開いていく。


「モオオオオオッ!! 」


「ブルルルッ!! 」


すると、開かれた門から、勢いよく二頭の牛が飛び出した。

その二頭の牛の頭から生える角は大きいため、牡牛であることが推測できる。

その二頭の牛は、それぞれ背の高い獣神の女性を乗せていた。


「……なんだ? 今、牛に乗っていた女達が背負う武器…どちらもでかかったな…」


牛が走り去った方向を見つめながら、イアンはそう呟いた。

イアンが注目したのは、彼女等が背負う武器であった。


「エロい格好の姉ちゃん達でしたね……ん? 今のって、ホルスタイン族の装束……」


パレッドが注目したのは、イアンとは別のところであった。

彼は、彼女等が身に付ける衣類に目がいっていた。

その衣類は珍しい柄をしており――


「ま、まさか! 」


パレッドには、その柄に思い当たることがあった。

彼は走って番兵の元に向かい――


「い、今、出てった二人は誰だ? 」


番兵に詰め寄った。


「あ…パレッド様!? こちらにおいでになる予定は聞いていないのですが――」


「いいから、さっきの二人が誰かを教えろ! 」


パレッドは番兵に構わず、問い続ける。


「あ…あの方達は、ディスター様とメル様……ヴァンホーテン姉妹でございます…」


「……! 」


番兵の言葉を聞くやいなや、パレッドは走り出した。

向かう先は、ヴァンホーテン姉妹が走り去っていった方向である。


「パレッド、何があった? 」


走るパレッドに追いつくと、イアンは彼にそう訊ねる。


「やばいです、イアンさま。このままだと、ロシさん達が危ないです」


「なに? 先ほどの二人が関係しているのか? 」


「はい……彼女等は、ヴァンホーテン姉妹…」


走るパレッドの頬を一滴の汗が滴り落ちる。

その汗は走るパレッドにしては、かなり冷たいものである。

そんな汗を流すパレッドは、前方に目を向けたまま――


「ダガドガなんて、目じゃないくらい強い傭兵です。正直、四人でも……」


そう呟いた。

パレッドは、言葉の途中で口を閉ざしていた。

その先に続く言葉が何であるかは、容易に想像できるだろう。




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