二十四話 分かれ道
リュリュと別れたイアン達は、ファトム山を下っていく。
山のほとんどの魔物は、先の戦闘により倒してしまったため、何事も無く道を進むことができた。
その最中イアンは、ガゼルに妖精のことについて、話を聞いていた。
「妖精というのは、伝承で語られる幻の種族です」
「ふむ……それで? 」
「以上です」
「は? 」
イアンは、ガゼルの返答を受け、間の抜けた声を出した。
「目撃情報が無いのです。僕たちは彼女を妖精と呼んでいましたが、それは彼女の姿が伝承に出てくる妖精の特徴と一致したからです」
「では、リュリュは妖精に似た何か……そういうことも考えられるか? 」
「いいえ、彼女は妖精で間違いないでしょう。僕の目に狂いがなければ…」
「ん? よくわからないな。何故、おまえは断言できる? 」
「そのうち分かりますよ」
「? 」
イアンは、ガゼルの返答に首を傾げることしかできなかった。
――夕刻前。
快調に道を進むことができたイアン達は、ファトム山を抜けると、広大な平原が広がっていた。
フォーン平原――
フォーン王国北部に広がる平原地帯で、王都フォルム、都市カジアル、その他数多くの町村がこの平原地帯の中に存在している。
そのため、フォーン王国といえば平原という印象が強い。
王都フォルムや都市カジアルが保有する騎士団の巡回により、魔物による被害は最小限に保たれていた。
ここまで来れば、依頼は達成したも同然――と、中年冒険者が言っていた。
その平原地帯に足を踏み入れたイアン達は、数十分ほど歩いたところで街道に出る。
そのまま街道に沿って進み、ようやくイアン達は都市カジアルに到着した。
彼らが、カジアルの門をくぐる頃には、既に日が沈んでいた。
門をくぐった先にある広場に、イアン達はいた。
日が沈んでいるにも関わらず、広場を行き交う人々で賑わっていた。
「皆さん、お疲れ様です。無事、カジアルに到着することが出来ました。報酬をお受け取りください」
タトウはイアン達に、硬貨が入った袋と羊皮紙を渡してくる。
中を確認すると8000Q分の硬貨がそこにあった。
「この紙はなんだ? 」
「それは、依頼達成証明書です。この都市にあるギルドへ持って行けば、あなたの評価が上がることでしょう」
タトウが、羊皮紙を持って首を傾げるイアンに教えた。
依頼達成時の報酬の受け取りには、いくつかの形式がある。
ギルドの受付に、依頼達成の報告を行い、あらかじめ依頼人が、ギルドに渡した報酬を受け取る。
依頼達成時に依頼人から報酬を受け取り、後からギルドに報告を行う。
この二種類が一般的であり、冒険者はギルドに依頼達成の報告の義務があり、報告をしなければ依頼未達成とみなされ、冒険者の評価が下がり、冒険者ギルドから厳しい処罰が課せられる。
そのため、依頼達成時に証拠となるものが無い、或いは、証拠と呼ぶには曖昧なものに対して、依頼人の承認が必要となる。
その承認となるものが依頼達証明書である。
「あー、だからオラには無いべか」
プリュディスが合点がいった顔をした。
「ちっ、こんなんじゃあ割に合わねぇぜ。ガキと依頼なんかやるもんじゃねぇってことを改めて痛感したぜ。あばよ、これでお別れだ」
中年冒険者は、報酬と証明書をもらうと広場の奥へ消えていった。
「……あいつ、嫌い」
ロロットは、中年冒険者の背中を睨みつけていた。
「まぁ、そう言うな。オレ達を死んだことにしたのが気に入らないのだろう? 仕方ない、あの状況じゃ死んでもおかしくなかった」
「特にオラがな!! 」
「ぐ!? まだ根に持っていたか…」
プリュディスが、イアンの頭を小突くと、腰を降ろしてロロットの視線に顔を合わせる。
「オラ達は、危険な場所に行く以上、ああなることは覚悟していたはずだべ。助かる見込みが無い者は切り捨てる。それも正しい判断だべ」
「どんな時でも、アニキを信じるって決めた。でも、アニキを……大事な人を見捨てるなんてこと、もうしたくない。もう…嫌なの…」
「だったら強くなるべ。そうすれば、イアンとずっと一緒にいられるべよ」
プリュディスはそう言うと、ロロットの頭をクシャクシャと撫で、立ち上がる。
「そろそろ、オラも行くべ」
「あっ! 待ってください。プリュディスさん、これをどうぞ。イアンさんとロロットちゃんも」
「何だべこれ!? 」
「これは…」
「きれい…」
ガゼルがイアン達に渡したのは、イアン、プリュディス、ロロットが描かれた、手の平に収まるほどの小さい紙だった。
まるでその空間を切り取ったように、鮮明に描写されていた。
「ガゼルは絵が描けるのか…しかも、こんな小さい紙に…」
「僕の特技でして…記念にもらってください」
「すげぇべ! 大切にするべよ」
「ああ、大切に保管しよう」
「うん」
紙をしまった後、イアン達は改めて向き合う。
「…じゃあ、そろそろ行くべ。まず鎧を買いたいべ」
プリュディスはまだ、ヘルムと薄着の服という格好だった。
「ああ」
「また、会いましょう」
「またね、みんな」
プリュディス達はそれぞれの道、プリュディスは騎士団、ガゼルは魔法学校がある方へ歩いて行った。
イアンとロロットは、それらの背中を見送っていた。
「イアンさんは、これからどうするので? 」
「お! タトウか…まだいたのか」
タトウが話しかけてきた。
「オレは、しばらくはこの都市で冒険者として依頼をやるつもりだ。タトウは、ここで店を開くのだったか」
「はい、これからその店にする建物に行くところです。その前に、イアンさんに渡したい物がありまして…」
「オレに…? 」
タトウは、手に持った物をイアンに手渡す。
それは、白く光るアクセサリーだった。
「アクセサリーとは、持ち主の能力を上げたり、特定の攻撃を軽減したりできるものです」
「ほう…それで、このアクセサリーにはどんな効果が? 」
「ありません」
「ん? 」
イアンは首を傾げる。
タトウは何故こんなものを――と。
「そのアクセサリーは、高価な宝石を用いて作ったのですが、何の効果も発揮しないのです」
「何故、オレにこれを? 」
「妖精に懐かれるイアンさんを見て思ったのです。あなたになら、このアクセサリーの真価を発揮できるのではと」
「買いかぶりすぎだとおもうがな…そもそも、元から力など無いのかもしれんぞ」
「いいえ、イアンさんになら……ひょっとすると、イアンさんにしかできないかもしれません。私にはわかります」
「目当ての宝石を間違えた奴が言うのか…」
「それは……忘れてくださいませ」
タトウは頭を掻いた。
イアンは、アクセサリーをグッと握った。
「貰っておこう。もし、効果が分かったら教えに来る」
「ええ、お願いします。では、今度はアクセサリー屋としてあなたを待ちます」
「ああ、そのときはよろしくな」
タトウは手綱を引くと馬車は、広場の奥にある路地の方に入っていった。
「さて、ロロット」
「なに? アニキ? 」
ロロットはイアンに顔を合わせる。
「腹が減ったな。食付きの宿屋を探して今日は休むぞ」
「うん! 」
イアンとロロットは宿屋を捜すため、広場を抜け、宿泊街に足を向ける。
ふと、路地を歩くイアンは振り返った。
そこにはい誰もいない。
「……寂しいものだな」
「アニキ? どうしたの? 」
「いや、何でもない。さて、ここの料理はどんなものか…」
イアンは前を向き、歩き出だす。
あの二人は進みだした。ならば、自分も進まなくては――
路地を進むイアンは、その一歩一歩を踏みしめるように歩いていた。




