二百四十八話 パレッドとダガドガ
「報告は以上です。では、失礼します」
伝令兵の魔族は踵を返すと、部屋の扉に向かって歩き出す。
「はぁ…」
彼が部屋から出ていくのを見届けると、パレッドは体を脱力させた。
イアンは、パレッドの座る椅子の後ろから出ると、彼の隣に立ち――
「だいたい分かるが、ダガドガ部隊というのは、強い連中のことか? 」
と、パレッドに訊ねた。
「その通り。ダガドガ部隊は、この魔族領の精鋭部隊です」
「精鋭部隊……そんなのが出てきたか…」
パレッドの返答に対して、イアンの反応は薄い。
イアンは、先ほどの伝令兵とパレッドの会話により、おおよその察しはついていたのだ。
「隊長の……ダガドガを筆頭に、実力のある魔族達で構成された部隊です。アロクモシアとの戦いまで、奴らの出番は無い方針だったのですが……」
「オレ……オレ達を始末するために、部隊を出動させたわけか…」
「はい……よほどイアンさま達を早急に倒したいと思っているみたいですね。バレッグル様は…」
「ふむ……では、どうするか…」
イアンは顎に手を当てた。
その仕草をするイアンは、何か考え事をしているようである。
「どうするって……どういうことです? 」
イアンの仕草を見たパレッドは、彼にそう訊ねた。
今のパレッドは僅かに顔を引きつらせている。
「無論、どうにかせねばならんだろう。オレの連れのピンチなのだからな」
「うっ、やっぱり……」
イアンの返答に、パレッドは苦い表情を浮かべる。
「ん…なんだ、嫌なのか? 」
「いえ、滅相もございません! 」
イアンに軽く肩を叩かれ、パレッドは姿勢を正しつつ、精一杯にイアンへ答えた。
「しかしですね。どうにかすると言っても、俺の力はアテになりませんよ…」
その後、パレッドはどうしようもないと言わんばかりにそう言った。
「なに? お前はそこそこ偉いのだろう? 何とかならんのか」
「分かってるじゃないですか。そこそこ偉いだけじゃ、ダガドガ部隊はどうにもできいってことですわ」
パレッドはそう言うと、椅子から立ち上がり、部屋の扉に向かって歩き出す。
「残念ながら、俺に力はありません。まぁ、イアンさまを匿うくらいならできるんで、適当な時期になったら、出て行ってください。なるべくなら、早めにお願いしますよ」
「……いや、出来るはずだ」
「へぇ!? 」
扉に手をかけたパレッドだが、イアンの言葉に聞き、勢いよく顔を振り向かせる。
何もできないと言ったはずなのに、イアンができると言い出したのだ。
(待ってくれよ。ダガドガ部隊……特にダガドガなんかと関わりたくないってのに…)
パレッドは、できるできない関わらず、消極的であった。
それは、彼がダガドガという人物と、関わりたくないという個人的な理由から来ている。
しかし、自分の命を握っているイアンがやると言ったら、やらないわけには行かないので――
「……な、何かいい方法でも思いついたのですか? 」
恐る恐る、イアンが何を思いついたのかを聞いておくことにした。
パレッドの表情は固い。
本当は聞きたくたいのだ。
「いや、何も思いついていない」
「は? 」
結果、イアンが口にしたのは、パレッドを唖然とさせる言葉であった。
イアンは、何の策も考えていなかった。
(なんだ、こいつ。出来るはずって言ったじゃん。何か思いついたんじゃあ……ん? ってことは……ま、まさか…)
では、先ほどの彼の言葉は、どういう意味だったのか。
この時、パレッドの額から一滴の汗が滲み出し、頬を伝って滴り落ちた。
彼が察したことは――
「死にたくはないだろう? どうにかする方法は、お前が考えるのだ」
このイアンの言葉の通りである。
彼が言わんといしていたことは、パレッドが良い方法を考えれるはず、ということであった。
「ええええええ!! 」
パレッドは思わず、叫び声を上げた。
「ちょっと待ってください! お、俺が考えるんですか!? 無理ですって! 俺、馬鹿ですよ!? 」
そして、イアンに近寄ると、必死にダガドガ部隊を倒す策を考えるという難を逃れようとする。
「このでかい町を任されているのだ。そんなことはないだろう」
「いやいやいや! それは、だた運が良くて世渡り上手だったからであって……」
「世渡り上手ならなんとかなるだろう。なに、人間死ぬ気になれば、できるだろう」
「え……ええぇ…」
何の根拠があるのか、楽観的なことを言うイアンに、パレッドは何も返すことはできなくなってしまった。
(お、俺……人間じゃないんだけどおおおお!! )
言い返すことのできないパレッドは、心の中で叫ぶだけで精一杯であった。
イアンから無茶を言われた後、パレッドはそのことばかりを考えていた。
自分の生死が関わることであるため、彼が必死になるのは当然のことである。
しかし、必死になろうがなるまいが、考えが出ない時は出てこないもの。
イアンに考える時間を要求したパレッドは、未だに良い考えは思いつくことはなかった。
(うおお…ダガドガ部隊をぶっ倒して…或いは、撤退させて、イアンの仲間を助けて、人間の手助けをしたことを責められない良い方法は無いのかああ…)
考え始めてから、パレッドはこのような感じで良い考えを出そうとしていた。
控えめに言っても、欲張りすぎである。
こんな考えでは、録に良い考えが思いつくことはなく、考え始めてから二日の時が経った。
「パレッドよ。あれから二日経ったが、良い策は思いついたか? 」
その日の朝、イアンは机に突っ伏しているパレッドに、声を掛けた。
「……」
しかし、返事は無かった。
「おい、起きろ。そして、何を思いついたかを言え」
「……まだ……です。時間をください…」
再びイアンが声を掛けると、パレッドは机に突っ伏したまま、そう答えた。
彼の声は、死に際の者のような気力の無いものであった。
「むぅ…そうか。なら、ロシ達の居場所を調べることはできるか? 」
「……居場所? 」
机に突っ伏していたパレッドは、顔を上げ、自分の横に立つイアンの顔を見上げる。
「こうなれば、ダガドガ部隊とやらより先に見つけるのだ。そうすれば、ひとまずは何とかなるだろう」
「……」
イアンの言葉を聞いたパレッドは半目で、彼の顔を見つめた。
(え? なら、初めからそうすれば良かったじゃん。もっと早く言えよ…)
彼は、そんなことを考えていた。
「む…今、何か嫌味なことを考えていなかったか? 」
「いえ、流石の対応力だなぁと感服しておりました! 」
「……まあ、いいだろう。それより、できるのか? 」
パレッドの心根を何となく察したイアンだが、今は見逃すことにした。
「できます。フライゴールがまだいるので、そいつらに探させましょう」
「なら、早速――」
バァン!!
その時、パレッドの部屋の扉が勢いよく開かれた。
「「……!? 」」
突然の出来事に驚愕し、イアンとパレッドは扉の方向に顔を向ける。
なんお前触れもなく扉が開かれるなど予想だにしなかったため、二人はただ、顔を向けることしかできなかった。
「お、やっぱここにいたか。邪魔するぜ」
二人が顔を向けた先には、片足を前に突き出した体勢の魔族の男がいた。
その体勢から、勢いよく扉が開かれたのは、彼が扉を蹴り飛ばしていたことが推測できる。
彼は片足を下げると、何の遠慮もなく部屋の中に入ってくる。
「……ダ、ダガドガ…」
パレッドは驚愕した表情のまま、そう呟いた。
彼の視線は、部屋に入ってきた魔族の男に向けられており、口にした名は彼のことを指していた。
パレッドの部屋に入ってきた魔族の男は、ダガドガであった。
彼は、ニメートルを越えるほどの大男で、それに見合った強靭な肉体と翼を持っている。
従来の魔族達と同じように燕尾服のような服装ではあるが、その服の上から胸当てや籠手などの武具を見につけている。
「へぇ、あいつが隊長の言っていた…」
「ははっ…おっと、思わず笑っちまった…」
ダガドガの後ろから、複数の魔族達が入ってくる。
彼等は、ダガドガの部下達である。
彼らもダガドガと同じような武具を見に付けており、ダガドガには及ばないものの、彼らの体も逞しいものであった。
「あん? 今、てめぇ、呼び捨てにしたか? 」
パレッドの呟きを耳にしたのか、ダガドガはピタリと足を止め、パレッドを睨みつける。
ダガドガが足を止めたことにより、後方の魔族達も足を止めた。
「……! い、いや……ダレドガさんを呼び捨てにするなんて、有り得ないですよ! 」
パレッドは、ニコニコと笑み浮かべながらそう言うと――
「いやぁ、お久しぶりですね! 同じ領地に配属されていたなんて、知りませんでしたよ」
その表情のまま、ダガドガの元へ歩み寄った。
「へっ、本当かよ」
ダガドガはパレッドを睨みつけたまま、そう言ったが――
「へなちょこのくせに管理者かよ。しかも、なかなかでけぇ町を任されてるじゃねぇか。ええ? 」
にやけた表情を浮かべ、パレッドに肩を回した。
「……! 」
パレッドは、ダレドガから離れようと、少しだけ体に力を入れたがビクともしなかった。
「ははは…運が良かっただけですよ。精鋭部隊の隊長をしてるダガドガさんの方がすごいですって! 」
「当たり前だ、バカ野郎。そんで、聞いてるはずだがよぉ、バレッグルのおっさんの命令で、侵入者の捜索なんて任されちまってよ」
「は、はぁ…に、人間というのは、本当に迷惑な生き物ですよね。お疲れ様です」
パレッドはチラリと後方へ視線を向けながら、そう答えた。
彼の後方には、イアンが立っており――
「……」
イアンは、じっとパレッドとダレドガを見つめていた。
「おいおい、パレッドちゃんよぉ。俺は、そんな言葉を聞きたいわけじゃあねぇぜ? 俺たちは、人間の捜索で疲れてんだよ。分かるだろ? 」
「さ、さあ? 申し訳ありませんが、僕程度の頭では、ダガドガさんのお考えを察することはちょっと…」
「はあ? そっか、分かんねぇか。そりゃ、そうだよな! お前、まだ女と遊んだことねぇもんなぁ! はははははは!! 」
「「はははははは!! 」」
ダガドガが笑い声を上げると、ダガドガの部下達も笑い声を上げた。
「……あ……あははははは!! 」
パレッドも彼らに合わせて笑い声を上げるが――
「おめぇは、笑ってんじゃねぇよ! 」
「はぐっ!? 」
ダガドガに腹を殴られ、苦悶の表情を浮かべる。
「女を寄越せっつってんだよ、マヌケが。こんなでけぇ町なんだから、いくらでもいるだろうが」
「げほっ、げほっ……それは…できません…」
腹を抱えるパレッドは、咳き込みながら、ダガドガに答える。
「町の者とは、手を出さないという約束をしており、その見返りとして、上手く町が回って――」
「だから、どうしたってんだよ! 十人や二十人そこら、どうにでもできるだろうが! 」
ダガドガは、パレッドの言葉に聞く耳を持つことなく、拳を振り上げる。
「ひっ…! 」
殴られると思い、パレッドは思わず、身を縮こませたが――
「うっ!? 」
彼が殴られることはなかった。
パレッドの体が後ろに引っ張られたことにより、ダガドガの拳を回避したのである。
「……イ、イアン…」
何事かと後ろに顔を向けると、パレッドのすぐ後ろにイアンが立っていた。
彼の手はパレッドの襟を掴んでいる。
イアンがパレッドの襟を引っ張ったのだ。
「……あん? なんだてめぇ…」
空振りした拳を引くと、ダガドガはイアンを睨みつける。
「……オレは、こいつの部下だ」
「部下だと? っていうか、こいつよく見たら……」
ダガドガは何かに気づくと、イアンの体のあちこちに視線を向ける。
そして、最期に彼の視線が向いたのは、イアンの顔であった。
「けっ! パレッドのくせに、良い女を部下にしやがったなぁ! 男装させてんのは、おめぇの趣味かよ! 」
ダガドガはそう言うと、イアンの元を目指して歩き出す。
「おう、生意気な面してんな。お前」
そして、ダガドガはイアンの前に立った。
「悪いな。その生意気な面とやらは、生まれつきだ」
「うあっ!? 」
イアンはダガドガにそう返すと、パレッドを自分の方法へ投げ飛ばす。
パレッドは録に受身を取ることができず、尻餅をついてしまう。
「そんなことより……パレッド…さんを痛めつけるか、女と遊ぶためにここに来たのか? そんな暇があるのなら、自分に任されたことをしっかりとや…や、やりなさい」
ダガドガの顔を見上げながら、イアンは辿たどしくそう言った。
途中、自分がパレッドの部下であったことを思い出し、丁寧な言葉を使おうとするイアンだが、相変わらずであった。
「へっ、いうじゃねぇか! 気に入った! お前、俺の相手をしろ」
ダガドガはニヤリと頬を吊り上げて笑みを浮かべると、イアンの顔に目掛けて、ゆっくりと腕を伸ばす。
「……あ…」
イアンの後方から、その光景を見て、パレッドは小さく声を上げた。
どこかで見たような光景だと思ったからである。
そう思った理由は、彼の過去にあった。
パレッドはダガドガと、子供の頃から関わりを持っていた。
その時の二人の関係は、虐められる側と虐める側である。
言うまでもなく、前者がパレッドで後者がダガドガだ。
当時から力の強かったダガドガは、自分よりも力の弱いパレッドに暴力を振るうなどの虐める行為をしていた。
その始まりとして、ダガドガはパレッドのおもちゃを奪い、それを破壊した。
今、パレッドの目に映る光景は、その時の思い出と重なっていた。
(……や、やめろよ…)
パレッドは心の中で、そう呟く。
昔の思い出と重なったことで、彼はイアンを助けなくてはと思っていた。
しかし、彼の体は震えるだけで、動こうとはしない。
彼の意思よりも恐怖心の方が勝っているのだ。
やがて、ダガドガの手はイアンの顔のすぐそこまで達してしまう。
(……くそっ! )
その時、パレッドが行った行動は、目を瞑ることであった。
「で、伝令! 」
その時、部屋の外から、男の声が聞こえていきた。
「あ? 」
その声を耳にし、ダガドガは手を引っ込めて、後ろに振り返る。
イアンもパレッドもダガドガの部下達も、ダガドガと同じ方向に目を向けた。
すると、そこには、一人の魔族が立っており、彼の発した言葉から、伝令兵のものであることが分かる。
「ダ、ダガドガ様もいらっしゃいましたか。では、パレッド様とダガドガ様のお二人に報告します! 」
伝令兵の魔族は、床に膝をつけると――
「このルクリラより、南東に霧形影族の娘と人間の男の侵入者二人を発見しました! 只今、他の偵察兵と交戦中。至急、応援をお願いします! 」
と、言った。
彼の口ぶりから、侵入者の二人であろうマコリアとロシに苦戦をしているようであった。
「ふん! やっと、見つかったか。おい、帰ったら俺の相手をすることを忘れるなよ」
ダガドガは、イアンに指を突きつけながらそう言うと――
「野郎共! サクッと終わらせるぞ!! 」
部下達に号令を出し、部屋の外へ出ていった。
「「おおっ!! 」」
ダガドガの部下達は一斉に声を上げた後、ダガドガの後についていく。
「ダガドガ様の部隊なら、あの者達もひとたまりもないか。パレッド様、これで安心ですね! では、私はバレッグル様の元へ戻ります」
伝令兵の魔族もパレッドの視界から消えていった。
「あいつらの場所が分かったか。奴らの後を追うぞ」
イアンも部屋を出ようとしたが、パレッドが追ってこないことに気づいて振り返る。
すると、パレッドは尻餅をついたままであった。
「何をしてる? オレ達も行くのだ」
「……あ…ああ…」
パレッドはイアンに手を引かれることで、ようやく立ち上がった。
「……どうかしたのか? どこか、悪いところを痛めつけられたか? 」
パレッドの様子が変だと感じ、怪我がないかイアンは彼の体を見回し始める。
「い、いや、怪我は無いです……俺は、大丈夫…です……」
そう答えるパレッドは、顔を俯かせる。
「……イアン…さまは、どうして俺を庇ったんだ? 」
すると、パレッドは抑揚の無い声でイアンに訊ねた。
「見ていて、ただ気分が悪かっただけだ……が、オレが今、お前にしていることも、奴と変わらないか…」
「いや……イアンさまは違う……あんな奴とは違うんだ…」
「……そうか…」
パレッドにそう返したイアンは、部屋の外へ出て廊下の上に立つ。
「良い……お前は、ここにいろ。そんな状態じゃ、まともに考えることもできんだろう。だが、魔法が掛かっていることは、忘れるなよ」
イアンはそう言うと、走り出そうとしたが――
「…いや、俺も行く」
パレッドの声を耳にし、踏み出した足をその場に留めた。
「……と、とういうか、引っ張って行ってください…あ、足が動きません…」
しかし、パレッドは部屋を出ていなかった。
未だに部屋の中におり、彼の両足は震えていた。
今の彼は、足がすくんで動けないようであった。
「……世話のかかるやつだ」
イアンは部屋の中に戻り、パレッドの袖を掴む。
パレッドを引っ張って部屋の外に出たイアンだが、思ったよりも彼の体は重かった。
本当に、パレッドは自力で足が動かせないのだ。
「こんな状態なら、残っていた方がいいだろうに……何故、行くと言った? 」
イアンはパレッドに訊ねる。
「……今の自分が情けなくてですね……何でもいいから、自分を変えたかった…から、でしょうかね…」
すると、パレッドはそう答えた。
イアンは真っ直ぐ前に顔を向けたまま、パレッドの言葉を聞く。
パレッドが話す時は、なるべく彼の顔を見ることにしているイアン。
しかし、この時は言葉だけで充分であった。
2016年11月24日――文章修正
俺は力はありません → 俺に力はありません




