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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
248/355

二百四十七話 大志なき者

 ――ルクリラ。


魔族領にあるメレモレの村から北西に進んだ位置にある町。

ルクリラは、魔族領にある町の中でも豊かなところである。

その要因として、一番大きいのは、この町が湖の上に立っていることだろう。

地下から湧き出る湖の上にあるため、荒野の中にあっても水に困ることなく、あらゆる恩恵が受けられるのだ。

魔族にとっても、この町は重要であり、他の村や町よりも守りは厳重である。

普段の守りの硬さに比べ、今はさらにその上を行く。

何故なら、領土侵攻の妨げ、この魔族領の統率者であるバレッグルを倒すと宣言した者が現れたからだ。




 ルクリラの町の中には、宮殿と見違えるほど大きな建物がある。

そこは、町の長の家であり庁舎であったが、今は例によって管理者である魔族の住処である。

ルクリラを管理する魔族は、この庁舎の最上階の一室を自室とし、そこにいることが多い。

メレモレの管理者マヒュート。

彼が倒されたとされれる日から、四日後の昼頃。


「な、なにー!? まだ、侵入者を捕らえていないのかー! 」


ルクリラの管理者であるパレッドの叫び声が、自室の中に響き渡る。

パレッドの服装は、多くの魔族と同じように燕尾服のような服である。

頭には二本の角があり、腰の辺りから細長い尻尾を持つ。

一見して、魔族の姿をしているが、彼の背中に翼はない。

パレッドは翼の無い種の魔族であった。

この魔族領の管理者の中で、彼は一番若く、今年に入って二十になったばかりの若者だ。

そんなパレッドは、先ほどまで机に座っていたが、今は席から立ちがっている。

その彼の様子から、よほど驚愕していることが伺えた。


「はっ! 我らは、一生懸命に荒野を飛び回り、侵入者を探しておりますが、未だに尻尾は掴めません」


パレッドの前には、膝をつく魔族がいる。

彼の背中には翼が生えており、この魔族領の中で偵察を主な任務とする者であった。

つまり、偵察兵である。


「このままではー魔族領は、イ…や、奴に滅茶苦茶にされてしまうぞ! 何としてでも、探し出すのだ! 」


「心得ております……して、パレッド様。お聞きしたことがあるのですが…」


「な、なんだ? 申してみよ」


パレッドはそう言うと、椅子に座り直した。


「ここに来た時に思ったのですが、ゴール達の数が少なくないですか? 」


偵察兵は、パレッドにそう訊ねた。

ゴールとは、魔族達の多くが使役する魔物である。

人型で、鋭い爪を持っており、背中に翼を持つ者はフライゴールと呼ばれている。


「そ、そうか? 気のせいではないか」


パレッドは上ずった声で答えた。


「え、えぇ…気のせいではないと思いますよ。この大きな町に、ゴールとフライゴールが合わせて十体ほどしか見えなかったのですが…」


「たまたまだ! いっぱいいるわ! 貴様が……いや、貴様には分からんのか? 」


「……は? 」


突然のパレッドの問いかけに、偵察兵は間の抜けた声を出す。


「は? じゃない。分からんのかと聞いているのだ! 」


ダンッ!


パレッドは、偵察兵を脅すように机を叩いた。


「え…あの…質問の意味が分かりかねます。一体、何を聞いているのですか? 」


偵察兵の者は、目を白黒させながら、そう答えた。


「ふん、もうよい! ゴール達があまり見えないのは、策の一つよ」


「策? どういった策なのですか? 」


「少しは考えろ。ガチガチに守りが厳重なところへは入ろうとしないだろ? だから、あえて手薄に見せ、油断した奴を取り囲むのだ」


パレッドは得意げな表情を浮かべる。

偵察兵に指摘されたことは、侵入者を欺くための罠であるというのだ。


「お、おお! 言われてみれば、そうですね! 流石、その若さで管理者を務める魔族は違いますね」


ようやく、偵察兵はパレッドの言わんとすることを理解し、彼を賞賛した。


「う、うむ、わかればいいのだ」


偵察兵の反応に満足がいったのか、パレッドは椅子に深く腰掛けた。


「俺は色々と考えてやっている。だから、今後はいちいち指摘することはない。あと、増援も必要ない。分かったか? 」


「分かりました。では、私は侵入者を探しがてら、次の村に向かいます」


偵察兵はそう言うと、パレッドの部屋を後にした。


「…………はあ~~~…」


偵察兵が部屋を出て行ってから、しばらくすると、パレッドは深く息を吐いた。


「これで、良いですか? 」


そして、パレッドは自分の後方に向かって、そう訊ねた。

すると、彼が座る椅子の後ろから何者かが現れる。

その者は、いきなりこの部屋に現れたのではなく、ずっとこの部屋の中にいた。

彼は、ずっとパレッドの座る椅子の後ろにいたのだ。

パレッドと背中合わせの状態で立つその者は、振り返ると――


「所々不自然なところはあったが、いいだろう。良くやった」


パレッドに向けて、そう言った。


「は、はは…お褒めに預かり光栄です……イアンさま。はぁ…」


その者――イアンの言葉を耳にすると、パレッドは暗いトーンで、そう答えた。

今のイアンは、魔族の制服を身につけている。

しかし、そのイアンをパレッドはイアンと呼んだ。

これが何を意味するのかというと、イアンが魔族を装っていないことである。

ならば、どうしてパレッドがイアンの言いなりのようになっているか。

このことを知るには、少しの時間を遡らなければならない。




 ――二日前。


マヒュートが倒されたとされる日から二日後の夜のこと。

この時、パレッドは自分の部屋にいた。


「……」


蝋燭(ろうそく)の仄かな明かりで照らされる部屋の中、パレッドは口を開いたまま動かない。

声を出すべきなのだが、彼はなかなか声を出すことは出来なかった。


「……ひっ! 」


否、彼はようやく声を出すことができる。

それは声というより、悲鳴に近いものであったが、これをきっかけに、彼は声を出すことができる。


「……お…お前が、マヒュートを殺した者…なのか? 」


彼が口を動かして言ったのは、問いかけの言葉である。

今の彼には無理なことだが、冷静に考えてみれば、この問いかけは愚問である。

何故なら――


「そうだ…お前達が躍起になって探している奴は、オレのことだ」


「……や、やはり、お前が! 」


パレッドは分かっていたからだ。

彼の目の前には、茶色のジャケットとズボンを身につけた水色の髪の少年が立っていた。

イアンである。

彼は、右手に戦斧を持ち、パレッドの目の前に立っていた。

武器を手にして自分の目に前に現れた者が、自分の同胞達を殺した奴だと、直感的に分かっていたのだ。

パレッドは慌てて立ち上がると、傍にあった槍を手に持ち、その穂先をイアンの方に向ける。


「ふ、ふん! 一人で来るとは余程、腕に自信があるようみたいだけど……者共、出合え! 出合え! 」


震える手で槍を持ちながら、パレッドは大声を上げて、自分の配下を呼ぶ。

すると、部屋の扉からはゴール、部屋の窓からフライゴールが大量に入ってきた。


「……」


魔物達に囲まれるイアンは、口を閉ざしたまま自分の周囲を見回す。

どこを見ても目に映るのは魔物で、あっという間にイアンは魔物に囲まれていた。


「は、はは! セーサ先輩とマヒュートさんを倒したと聞いて、ちょっと怖いと思ったけど、ただの人間のガキじゃん! 」


先程までイアンに怯えていたパレッドだが、フライゴールとゴールに囲まれたイアンを見て、自分の勝利を確信していた。

魔物の数は、二種類合わせて四十は存在する。

パレッドは、この数を相手に戦うイアンの姿を想像できなかった。

しかし――


「……多くて十体は残るか…」


イアンはパレッドとは違う。

自分が魔物達を倒す手順、及び結果を推測していた。


「何をブツブツと言っている! ここで口にするのは――」


「照準…ストーンショット」


ババババババッ!


イアンは、パレッドに構うことなく、左目の魔法陣から大量の石弾を撃ちだした。

頭を回しながら撃ちだされた石弾は、イアンの周囲を取り囲む魔物達の体を貫いていく。


「ひっ! ひーっ! 一体何が起こっているんだーっ! 」


石弾が撃ちだされた轟音に怯え、パレッドはただ頭を抱えて伏せるしか無かった。

やがて、イアンは最大五十発の石弾を撃ち尽くし、残った魔物は――


「……四、五……五体か。上々だ」


ゴール二体、フライゴール三体、合計五体であった。

イアンは、石弾を撃ち尽くした余韻に()ることなく、戦斧を振りかぶって、魔物達に向かっていく。

魔物達は、数秒で多くの仲間を倒されたことにより浮き足立ち――


「……ふぅ、これで零体…」


あっという間に、魔物達を全滅させた。


「え……あ…う、嘘だろ…」


顔を上げたパレッドの目に映るのは、体を撃ち抜かれた魔物と戦斧で切り裂かれた魔物の死体。

数で有利になっていたパレッドだが、今は一対一。

戦力差は対等、否――


「く、来るなああ!! 」


パレッドが圧倒的に不利であった。

彼は部屋の隅に逃げると、そこで無造作に槍を振り回していた。

パレッドに戦闘の心得はまったく無いのだ。

ならば、何故管理者を任されるほどの者なのか。

それは、彼が自分の短所を目立たないようにしてきたことと、あらゆる運が重なってできた結果である。

故に、肝心なところで何もできないのだ。


ガンッ!


「ううっ!? 」


適当に振り回していた槍は、イアンの戦斧によって弾き飛ばされてしまう。

これで、パレッドは丸腰である。

魔法は使えなくもないが、この状況においては、往生際の悪い行動だろう。

何故なら、既にイアンは戦斧を振り上げ、すぐにでも戦斧を伏せる状態にあるからだ。


(これで、俺は死ぬのか……豊かで特に何もすることもないこの町の管理者で、平和に過ごせると思ったのに……最悪だ! )


死ぬ間際に、彼が思うことはそんなことであった。

やがて、イアンの戦斧が振り下ろされる。


「……あ、やっぱやめよう」


しかし、彼の戦斧は途中で止まった。


「いってええええええ!!? 」


パレッドの左肩に少しくい込んだところで。

そのくい込んだ部分から、血が滲み出す。


「痛い! 痛い! ちょ…殺すならひと思いやってくれーっ! 」


「いや、やっぱり生かすことにした。お前を利用する」


イアンはそう言うと、パレッドの左肩から戦斧を引き抜いた。


「いぎっ!? な、なら、もっと早く決断してよ…」


パレッドは左肩を右手で押さえながら、後ろの壁にもたれかかりながら、腰を下ろした。


「そ、それで? 一体、俺に何をさせるわけ? 」


「お前には、オレの協力者になってもらう」


「協力者……? お、おう! なってやるよ! 」


パレッドは早速、イアンに協力的な態度を取った。


(チャンスだ! こいつ強いけど馬鹿だぜ! )


しかし、心の中では、イアンのことを馬鹿にしていた。


(協力的な態度を取りつつ、先輩達に倒してもうように動けるんだからよ)


それは、表面的にイアンに協力し、裏ではイアンを追い詰めるつもりだからだ。


「……」


そんなパレッドをイアンは口を閉ざしてじっと見つめていた。


(……あれ? 疑ってる? そりゃそうだよなぁ……逆の立場なら、俺も疑うもん)


イアンの様子を見て、パレッドはそう考え――


「信用できないか? なら、魔法でも何でも使って、俺が裏切らないようにしなよ。ほら」


左肩を右手で押さえつつ、どっしりと構えた。

その時、彼の左手は、イアンに見えないよう腰の後ろに回しており――


(対呪縛魔法をやっとくもんねー! どんな呪いが来ても無意味ー! )


指で、魔法の詠唱をしていた。

彼が唱えたのは、相手に制約を与える類の魔法や呪いを防ぐ魔法であった。

これで、イアンがその類の魔法を行使してきても、実際にはパレッドに掛かっていないことになる。

完全にイアンを欺くことができるのだ。


「魔法……そうか。魔法か…」


何かを思いついたのかイアンは、パレッドに右手を向けた。


「さあ、さあ、どうぞ、どうぞ! 」


イアンを騙せると確信しているパレッドは、余裕の表情を浮かべる。


「じゃあ……弱めの……」


イアンは、パレッドの頭に右手を当てると、ゴニョゴニョと何事かを呟いた。


「え? 何そのまほ――いてっ!? 」


聞いたことの無い魔法の名を聞いた瞬間、パレッドは頭にピリッとした痛みを感じた。


「よし。絶対に裏切るなよ? 」


ちょっとした痛みを与えると、イアンはパレッドの頭から手を離す。


(え? 終わり? なになにを制限する…とか言わないの? あと、対呪縛魔法が発動しなかったぞ? え……何されたの? )


あまりにも呆気なく終わったことと、掛けたはずの対呪縛魔法が発動しなかったことから、パレッドは混乱していた。

彼は知る由もないが、イアンがやったのは、ただの出力の弱いリュリュスパークである。

イアンは、それを呪縛魔法であるかのように、パレッドに使ったのだ。

これは、イアンがその場の思いつきで行ったハッタリである。

対呪縛魔法が発動しなかったということは、呪縛魔法ではないことであり、パレッドには容易に見破れるハッタリであった。

しかし、パレッドは気づかない。


(よく聞き取れなかったけど、たぶん聞いたことのない魔法だよな? ってことは、オレの対呪縛魔法が対応していない魔法だったのか!? )


その要因として上げるのならば、知識不足である。

もし、パレッドが自分の持つ対呪縛魔法に対応する呪縛魔法の種類を詳しく知っていたのなら、彼の思惑通りに事は進んでいただろう。

だが、パレッドは対呪縛魔法が呪縛魔法を防ぐということしか知らない。

対応していない呪縛魔法があるかも、と思ったが最後、彼は自分の対呪縛魔法を信じられなくなっていた。


「……あ、あの……えと…」


おずおずとイアンに、問いかけようとするパレッド。


「イアンだ」


彼に対し、イアンはあっさりと自分の本名を名乗った。


「イ、イアンさま、先ほどの魔法は、どういった効果があるのでしょうか? 」


「効果? そうだな……」


パレッドの問いかけに、イアンは腕を組んで考え出す。


「……分からん! 」


そして、途中で考えるのが面倒になった。


「ええ!? ちょ…自分の魔法なのに分からないんですか!? 」


「分からんもんは、分からん。だが、オレを裏切った時に発動する…のだろうということは確実だ。今、オレに手を上げれば分かるぞ? 」


イアンはそう言うと、戦斧を振り上げた。


「いや、いいです! 分かりたくありません! あと、直接殺しに来てませんか!? 」


パレッドは顔を引きつらせながら、左手をブンブンと振るった。


「分かればいい。さて、お前には死なれたら困る」


イアンは、パレッドの傍に腰掛けると、カバンの肩に掛けていたカバンの中を漁りだした。


「……? 何を…するので? 」


「お前の怪我を治療するのだ。大したことは出来んが、気休めにはなる。ほら、服を脱げ」


「あ…は、はい。お願いします…」


パレッドは、イアンの指示に従い、服を脱ぎだした。

程なく、イアンの応急処置が始める。


(……利用する奴だからって、敵を治療するなんてね……変わった奴だなぁ…)


応急処置を受ける中、パレッドはそう思い、じっとイアンの顔を見続けていた。








 (二日前の出来事がなきゃ、今も平和に暮らしてたんだけどなぁ)


そして時は戻り、現在。

パレッドは机に突っ伏していた。


「増援はいらないと言ったのはナイスだ。これで、しばらくはこの町で過ごしやすくなるからな」


彼の傍にいるイアンは、魔族の制服を着ている。

今、イアンはパレッドの部下ということになっていた。

こうしているのは、魔族達に怪しまれないためである。

これは、パレッドの提案で、魔族の近くに人間がいるのは不自然という理由である。


(とりあえず、そうしたけど、やっぱ不自然だよなぁ…部下が出来たなんて、誰にも言ってないし…)


それでもまだ不自然であるため、極力イアンの存在は隠す方向で話は進んでいる。

故に、先程は偵察兵から身を隠していたのだ。


「でも、まだ油断できませんよ。伝令は度々やってくるんですから」


ドン! ドン! ドン!


その時、パレッドの部屋の扉がノックされ――


「パレッド様! 伝令です! パレッド様! 伝令です!」


外からパレッドを呼ぶ声が聞こえてきた。


「こんな感じにですね」


「さっき来たばかりではないか…」


「なーんか嫌な感じですね。とりあえず隠れてください」


「分かった」


イアンは再び、パレッドの後ろに行くと、腰を下ろした。

パレッドはイアンが隠れたことを確認すると――


「入れ」


外の者に入室の許可を出した。

すると、一人の魔族の者が部屋に入ってくる。

その者は、先ほどの偵察兵と似たような姿であった。


「申し上げます! 侵入者の件なのですが、数が増えました! 」


パレッドの前に来ると、伝令兵は床に膝をついた。


「え? なんだって? 」


伝令兵の言葉に、パレッドは僅かに眉を寄せた。


「数は二人。霧形影族の子供と人間の大男です」


「む! 」


伝令兵の言葉に、イアンが反応する。

伝令兵が言った二人の特徴から、マコリアとロシの二人であると推測したのだ。


「イアンさまのお知り合いで? 」


伝令兵には聞こえない声で、パレッドがイアンに訊ねる。


「恐らく……いや、十中八九知り合いだ。オレを探しに来たのかもな」


「なるほど。なかなか愛されてますね……それで、バレッグル様にはもう? 」


イアンにそう返すと、パレッドは伝令兵に視線を向ける。


「はい、報告済みです。そして、この事態にバレッグル様は、緊急事態を発令…ダガドガ部隊の出動させました…」


「えっ!? ダガドガ部隊だって!? 」


伝令兵の言葉を聞き、パレッドは思わず立ち上がった。


「……はい…」


伝令兵は重々しく頷いた。

尋常ではない二人の雰囲気に、当たりは緊張感に包まれる。

そんな中、イアンはパレッドの椅子の後ろでじっとしているしかなかった。





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