表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
247/355

二百四十六話 倒れ伏す野心


 「ジョン様、こちらの部屋をお使いください」


メレモレの屋敷の中。

その一室の扉の前に、マヒュートとイアンはいた。

彼等のいる廊下の窓から見える外の景色は赤い。

時は経ち、今は夕方である。

昼食後、会話をしていたイアンとマヒュートだが、それからも会話を続けていた。

その会話の内容のほとんどは、マヒュートの自慢話であり、イアンにとってどうでも良いことであった。

しかし、そんな中でも、イアンは自分に有益な情報を聞くことができていた。

それは、対象者を魔族領に閉じ込める魔法についてだ。

この魔法について分かったことは、まず、この魔法は地縛魔法と呼ばれる魔法であること。

地縛魔法対象となる者に魔法をかけ、指定した範囲から出られなくする魔法だ。

解除方法は、術者に魔法を解いてもらうか、術者を倒すかのどちらかで、相手の行動を制限する魔法の中でも強力である。

指定の範囲は基本、術者が任意で決めることができる。

魔族は地縛魔法を特殊な使い方をする。

それは、親となる者の地縛魔法を子となる者が使用することだ。

単身で地縛魔法を使う時、指定できる範囲はその術者の力による。

力が強い者が使えば、ある程度は広い範囲を指定できるが小規模である。

しかし、一つの地縛魔法を複数の者が共有していれば、その人数分だけ、指定できる範囲は広くなる。

つまり、力の弱い者でも複数の者と共有して使えば、広大な範囲を指定することができる。

だが、この使用方法には欠点があり、親と子の関係が影響している。

一つの地縛魔法を共有するのだが、この地縛魔法を持つ者は、親となる者だ。

この親となる者は魔法を解除することができるが、子となる者は、たとえ自分が魔法を行使したとしても、解除することはできない。

子となる者ができることは、親の地縛魔法を使うだけで、解除はできないのだ。

そして、一番の欠点は、親となる者が倒されれば、魔法が解除されること。

子となる者を倒しても範囲が狭くなるだけで、魔法の解除には至らない。

しかし、親となる者が倒されれば、子となる者が何人いようが、魔法は解けるのだ。

マヒュートは、この魔法の子となる者の一人で、親となる者はバレッグルという魔族だ。

バレッグルは、この魔族領に駐留する魔族の統率者で、この魔族領の最北端にいるとのこと。

以上が、イアンがマヒュートに聞き出したことである。


「明日は、私めが村を案内します。では、ごゆっくり…」


「ああ…」


頭を下げるマヒュートにそう返すと、イアンは部屋の中に入った。

イアンが借し与えられた部屋には、ベッドとタンス等の家具が置かれた埃一つ見当たらない綺麗な部屋であった。


「さて、どうしたものか…」


イアンは、ベッドに腰掛けると、これからのことについて考える。

一番に考えることは、村の人達のことだ。

イアンが見た限り、村の人々は、管理者であるマヒュートのことをよく思っていない。

マヒュートも人を人として見ておらず、その考え方から、村の人々の扱いはまともではないことが伺える。

村の人々を救うのならば、マヒュートを討つべきだろう。

しかし――


「他にも魔族はいるか……その後が問題だな…」


マヒュートが倒れた後が問題であった。

もし、マヒュートを倒したとしたら、別の魔族が管理者として、やって来る可能性があった。

その場合、前管理者が倒されたことにより、さらに村の人々の扱いがひどくなることも考えられる。

故に――


「……この件は、下手に手が出させないな…」


イアンは、マヒュートを倒すことに消極的になった。

一人の旅人である自分が、どうこうできることではないと判断したのだ。


「今、オレが目指すのは魔族領の北……そこにいるバレッグルを倒すことが目的。明日の村の案内が終わったら、この村を出るとしよう」


イアンは、これからやることを決めると、ベッドに寝転がった。


「……む! 」


ベッドに寝転がって数秒後、イアンは、村を救う一つの考えを思いついた。


「もしかしたら、マヒュートを倒した後も何とかなるかもしれん……が、苦労を強いられることになるな…」


その考えには問題があり、すぐに実行しようと決断することは、出来ないものであった。







 ――朝、あと二、三時間で昼になる頃。


イアンは、マヒュートに村を案内されていた。

マヒュートは、村のあちこちを回りつつ、その場その場で、村の良いところをイアンに紹介していた。

その姿は、良いことをしているように見えるが、紹介の最後には必ず――


「これも私が指示をしたことでございます」


という言葉を言っていた。

イアンと共に村の者も彼の紹介を聞く時があり、その時の村は笑顔を浮かべているが、不自然なものである。

その村の者の様子から、マヒュートは村の者がやったことを、あたかも自分がやったかのように言っているのだ。


「そうか……すごいなぁ、マヒュート殿は…」


イアンは、マヒュートの紹介に適当に相槌を打っていた。

そして、イアンはほとんど同じことしか言っていない。


「お褒めに預かり光栄でございます」


しかし、マヒュートはイアンの適当な相槌にも嬉しそうに答えていた。

村の案内が始まってから、このような流れが続き――


「ちょっと、いいか? 」


村の畑に来た時、イアンはそこにいる村の者に声を掛けた。

そこは、荒野のように殺風景ではあるが、盛られた土から作物の葉が伸びており、畑としての機能をしっかり持っていた。


「は、はい…」


イアンに声を掛けられた村の者は、恐る恐る返事をする。

イアンのことを魔族だと思っているのだ。


「悪いが、育てた作物を分けてくれないか? 」


「あ…はい。少々お待ちください…」


村人は、そう言うと、収穫した作物を取りに走った。


「ジョン様。あなたのようなお方が、低俗な人間にあのような態度を取られるのは…」


イアンが走り去る村の者の背中を見ていると、マヒュートが話しかけてきた。

魔族、それも貴族であろうイアンの村の者に対する態度が気に入らないようであった。


「ああ、すまない。魔族…貴族としての作法は、まだ未熟でな…」


「左様でございますか。ならば、今後はお気を」


「うむ…気をつけるとしよう…」


「お待たせしました! 」


マヒュートと適当に会話していると、先ほどの村の者が大量の作物を抱えてやって来た。

両手に抱えられている作物は、村の者の顔が見えないほど山盛りであった。


「……そんなに持ってこなくても良かったのだがな…」


イアンは、その山の作物を一掴みすると、肩に掛けていたカバンの中にしまった。


「これで充分だ。ありがとう、もういいぞ」


「は、はい」


村の者は、ふらふらと山になった作物を抱えて、この場を去っていった。


「またジョン様は……ところで、ジョン様は変わった武器をお持ちですね」


マヒュートの目に、イアンの腰にある戦斧が目に入った。

彼の口ぶりからすると、魔族の中でも斧を使う者があまりいないことが伺える。


「斧か? これが一番使いやすいのだ。おかしいか? 」


「いえ、そんなことはありません。インベリアルデーモンの方々の中にも、斧を得物とする者はいますし、私は良いと思いますよ」


「ほう、インベリアルデーモンとやらの中に…」


「マヒュート様ーっ! 」


その時、空から男の声が聞こえた。

イアンが空を見上げると、こちらに降下してくる翼を持つ魔族の者が現れた。

その魔族の男は、イアンの着る服と同じものを来ており、片手には黒い槍を持っていた。


「貴様は……偵察の者か。何のようだ? 」


マヒュートは地面に降り立った魔族の男に、そう訊ねた。


「はい。東にある人間共の砦に侵攻したセーサ様から連絡がなく、様子を見に行ったのですが…」


「セーサ…あいつが選ばれたのか。それで? セーサの奴は、何をしていた? 」


「人間共の砦より西の荒野……そこで死んでおりました…」


「なんだとっ!? 」


「……」


魔族の男の言葉を聞き、マヒュートは驚愕し、イアンは眉をピクリと動かした。


「あのセーサが人間に……人間共の砦は、どうなった!? 」


「健在でございます。セーサ様は……恐らく人間に殺されました…」


「……! くっ…セーサが殺られるとは……それで、ここに来たのは、オレにそのことを伝えるためか? 」


「ええ。あと不可解なことがありまして…」


「不可解なこと? 」


魔族の男の言葉に、マヒュートは怪訝な表情を浮かべた。


「セーサ様は、何故か裸の状態で死んでいたのです」


「裸の状態? 何も着ていなかったのか? 」


「ええ、何も……ところで、マヒュート様。そちらの方は、どなたでしょうか? 」


魔族の男は、イアンを見つめながらマヒュートに訊ねた。

彼は、マヒュートを見つけた時から、イアンのことが気になっていた。


「こちらは、ジョン・ソルマース様だ」


「ソルマース……聞いたことのない姓ですね…」


魔族の男は、顎に手を当てながら、そう答えた。

本当に、魔族の中にそんな姓は存在しないので、知らないのは当たり前である。


「ふふ、覚えておいて損はないぞ。この方は、昨日このメレモレに来てな。その時の彼女は――」


「……! 」


マヒュートが昨日の話をし始めた時、イアンが動いた。

彼は、ホルダーに手を伸ばすと、そこから戦斧を取り出して振り上げたのである。


「なっ!? 」


その突発的な行動に驚きつつも、魔族の男は槍を構える。


ズバッ!!


イアンはマヒュートの体を戦斧で切りつけると、後ろに跳躍して距離を取った。

魔族の男の槍が突き出されたため、それを躱すためである。


「……え…」


戦斧で切りつけられたマヒュートは呆然としていた。

彼の胸から腹に掛けて肉が切り裂かれ、そこから大量の血が噴き出す。

そして――


「ジョ……ジョンさ…ま……どうし……て……」


マヒュートは、そう口にすると地面に倒れ伏した。


「マヒュート様! マヒュート様、返事を! 」


槍をイアンに向けながら、魔族の男はマヒュートの名を呼ぶが返事は無い。

マヒュートは死んだのだ。

彼は、死ぬ最期までイアンのことをジョンと呼び、イアンが魔族ではないことを知らないまま死んでいった。


「死んだか……呆気ないものだな…」


倒れ伏すマヒュートを見つめながら、イアンはそう呟いた。

一撃では仕留められないと、イアンは思っていた。


「黙れ! さては貴様、殺害したセーサ様から我らの制服を奪い、マヒュート様を欺いていたな! 」


魔族の男は、槍を引き絞りつつイアンに向かっていく。


「二人も我が同胞を殺害した罪は重い! ここで死ね! 」


イアンの目の前まで接近した魔族の男は、そのまま真っ直ぐに槍を突き出した。

このままいくと、槍はイアンの体を貫くだろう。

しかし、イアンは当たる直前で槍を横に躱すと、魔族の男の斜め前に立ち――


「ふっ! 」


戦斧を魔族の男の腹に目掛けて、横降りに振るった。

この時、イアンは戦斧を逆に持っており、魔族の腹には戦斧の背の部分が当たっていた。


「ぐふっ…! 」


腹にダメージを受け、魔族の男は地面に膝をつく。


「くっ……何故、殺さん…! 」


自分の腹を手で押さえながら、魔族はイアンを睨みつける。

その時、彼は自分が感じた疑問を叫んでいた。

戦斧の刃が、腹に向けられていたら、この魔族の男を倒すことができた。

しかし、イアンはそれをしなかったのである。


「そんなことは、答える義理はない」


イアンは、魔族の男へそう答えると、踵を返した。


「一つ言っておこう。オレは、お前らの主……バレッグルを倒すつもりだ」


「な…なんだとっ!? 」


イアンの言葉を聞き、魔族の男は驚愕の声を上げる。

そして、その言葉は聞き捨てならないものであり、彼は必死に立とうと足に力を入れるが、一向に立てる気配はなかった。


「くそっ…そんなこと…させるものか…」


「阻止できるものならしてみろ……と、バレッグルに伝えておけ。じゃあな…」


イアンは、背中を向けたまま魔族の男にそう言うと、走り去っていった。


「待て! 逃がす……ものかっ! 」


魔族の男の絞り出すような叫び声を背中に受けながら、イアンは村の中を走る。

そんなイアンを村の者達は、驚いた表情で見ていた。


(これで、本格的にオレは窮地に陥ったわけだ)


走るイアンは、そんなことを考えていた。

魔族の男を殺さなかったのは、イアンが考えた策である。

彼は、堂々とマヒュートを倒すことで、魔族領にいる魔族達の注意を自分に向けることを考え出していた。

そうすれば、魔族達はイアンを探し出すことに躍起になり、村の人々が魔族に痛めつけられる可能性は、少なくとも低くなるだろう。

魔族の男がやって来ることは、想定外の出来事だが――


(うまくいったな)


イアンは、上手く出来たと思っていた。

しかし、これでイアンは魔族領の中にいながら、追われる身となる。

大変なのは、これから先のことであり――


(……これからが大変だ……さて、どうなることやら…)


イアンはそのことを承知はしているものの、具体的にどうするかは考えていなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ