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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
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二百四十一話 魔女の嫉妬

 荒野地帯に暮らす人々の中で、ある噂が囁かれている。

その噂とは、荒野の中央付近に何者かが住んでいるというものであった。

荒野の中央へ目を向けた時、建物のような影が見えることがあるのだ。

建物が本当にあると言う人もいれば、見間違いと言う人もおり、真偽は定かではないので、噂のままである。

しかし、実際には荒野の中央付近に建物は存在する。

それは、石造りの砦のような建物で、近辺には、謎の人影が立っている。

その人影の正体は、砂で出来た人形で、砦の中にも存在している。

人形によって、動きが異なり、砦の中の人形は大半が動き続けているが、外の人形は動いていない。

外の人形は、番兵のようであった。

これたの人形は一人でに動いているものではない。

術者によって製造され、当てられた命令をこなしているのだ。

その術者は、砦の最上階部分にいた。


「おお…鏡よ、鏡よ…」


砦の最上階にて、一人の女性がウロウロと歩きながら、何事かを呟く。

その女性は、長く赤い髪を持ち、黒いドレスを身に付けていた。

彼女がいる部屋は、広くベッドやタンス等の家具が置かれ、その中にドレッサーがある。

女性は、そのドレッサーの前でウロウロと歩いており、そのドレッサーに付いた鏡に話しかけているようだった。


「この世で一番美しい女性と言えば……」


女性はそう言うと、足を止め――


「あたしでしょ!? 」


勢いよく首を振り回し、鏡に顔を向けた。


「それは、もちろん…」


すると、鏡から男性の声が発せられた。

不思議なことに、喋ることが出来る鏡であるらしい。


「うっふっふ! 」


返ってくる返事が、自分の期待通りのものだと思い、女性は胸を張った。


「全然違うわ! 自惚れんな、この年増ァ!! 」


しかし、返ってきたのは、彼女の期待していた返事ではなく、罵声であった。


「あれー? 」


女性は、体を大きく仰け反らせて、床に仰向けで倒れる。


「世界にはなぁ、おまえより美しい女性なんて、ゴロゴロいるんだよ! なぁにを言っとるんだ、このババアは…」


鏡の罵声は、まだ続いていた。


「ちょ、ちょっと待って! せめて、何位にランクインしているか聞かせてちょうだい」


女性が上体を起こして、鏡に懇願する。


「圏外じゃボケ! 」


「がーん!! 」


女性は、上体を倒し、再び仰向けになった。


「……そろそろ世界一になると思ったのに……あんまりだわ…」


女性は、両手で顔を覆う。

この女性は、定期的に鏡に自分が世界で一番美しい女性であるかを聞いている。

結果は、いつも同じであり、その度に彼女は床に仰向けになっていた。


「……あと、いつも思うけど年増とかババアって酷くない? あたし、まだ十九よ? 」


「おれの基準じゃあ、十八越えたら皆ババアよ。ちなみに言うと、悔しいことにベストエイトにもベストスリーにもババアがいる……おまえよりもババアのババアがな!! 」


「悔しいー! というか、あんたの言い方腹立つーああああ!! 」


女性は、床の上でジタバタと暴れる。

しばらく、暴れていたが、やがておとなしくなり――


「……こういう時は、範囲を狭めて自尊心を保つに限るわ。鏡よ、鏡よ…」


立ち上がると、再び鏡の前をウロウロと歩き回る。


「この荒野で一番美しい女性と言えば……」


女性はそう言うと、足を止め――


「あたしでしょ!? 」


勢いよく首を振り回し、鏡に顔を向けた。


「それは、もちろんあなたで――」


「うっふっふ! 」


今度こそ、自分が期待していた言葉が返ってくると思い、女性は胸を張る。

この時、女性は絶対の自信を持っていた。

何故なら、この質問は鏡に聞く度に、自分だと答えるからだ。


「ございま……せんっ! 」


「うふふ! そうでしょ。この荒野では……って、あれー? 」


しかし、返ってきた返事は、またも自分の期待していた言葉ではなかった。

女性は再び、体を仰け反らせて、床に仰向けになる。


「……あー…その、なんだ……まだベストスリーには入ってる。いいじゃないか、あんたは頑張ったよ…」


「急に優しくなるなぁ! 」


女性が勢いよく立ち上がり、肩を怒らせながら、鏡の前に向かう。


「この質問では、いつもあたしが一番だった! それなのに、ベストスリー? あたしが何位で、あと誰がいるの!? どんな娘よ! それともババア! 」


女性は、鏡の前に立って捲し立てる。


「まぁ、落ち着けって。あんたが二位で、一位がいる。それがこの方だ」


鏡は女性の姿を映していたが、ぐにゃりと映す面が歪むと、別の人物を映した。


「はぐっ! 」


女性が奇妙な声を上げて、唇を噛み締める。

映された人物は、自分でも綺麗な人だと思ったのだ。


「そうだよな~綺麗だよな~…何で今まで気付かなかったんだろ? 世界美人ランキングに入ってない娘なんだよ」


「ふぐっ!? そ、それはつまり、世界で美しい人ランキングに乗るってこと? 」


「ま、そうだな! 」


「く、くぅ~…世界には、こんな娘がいたんてね…」


女性は、鏡に映る人物を睨みつける。

否、羨ましそうに見つめていた。


「……それで、この荒野にこの娘がいるってことね? 」


「おう。ここから北の方にラクゴックの村があるだろ? その西に行ったところを歩いているぜ」


鏡は再び映す面を変える。

映し出したのは、先ほど映した人物が荒野の上を歩く姿であった。


「……ふふっ…」


鏡を見つめながら怪しく笑うと、女性は踵を返しタンスの方へ向かっていく。

そして、タンスの中から黒いローブを取り出して羽織り、部屋の窓の前に立った。


「おっと、久々に魔女らしいことをするのかい? 」


「ええ……あたしは今、嫉妬しているもの。これで動かなきゃ、魔女の名が廃るわ…」


女性は、鏡にそう返すと、窓の側に立てかけてあった箒を手に取る。


「この荒野に来た彼女に感謝を…お礼に後悔させてあげる! 」


女性はそう言ったと同時に、窓から飛び降りた。

しかし、落下する最中に、箒に跨ると女性の体が浮き始める。


「イーヒャッヒャッヒャッ!! 」


そして、箒に跨りながり奇妙な笑い声を上げながら、北の方へ飛んでいった。


「荒野の魔女ベルドリカ……奴に目を付けられたんじゃあ、あの娘もおしまいだな。はぁ……せっかく、世界で美しい人ランキングの上位に入ったんだけどなぁ…」


主のいなくなった部屋の中で、鏡は残念そうに一人呟いた。








 ――昼を過ぎた頃。


荒野から見える空には雲一つなく、強い日差しが干からびた大地をさらに乾かさせる。

その乾いた土に足跡を付けながら、三人は西を目指して歩き続ける。

イアン達は今、荒野を歩いており、ラクゴックの村を出て、二日の時が経っていた。


「宿屋のオヤジが言うには、四日…早くて三日だったか? そのくらいで、次の村に着くと言っていたな」


三人の中で、先頭を歩くイアンがそう呟いた。


「そうですね。やはり、どのくらいで着くというのが分かっているのと、分かっていないのでは、全然違いますね」


イアンの呟きに、一番後ろを歩くロシが答えた。

三人の足取りは、ラクゴックの村に着く前と比べて軽いものであった。


「ひぃ…ひぃ…気のせいだと思うっスけどね…」


しかし、足取りが軽くなっても、過酷な環境を歩いているのには、変わりはない。

三人の中で一番体力の無いマコリアは、息を切らしていた。


「むぅ……さっき、休憩したばかりなのだが…」


マコリアの様子に、イアンは僅かに眉を寄せ、足を止めた。


「ひぃ…いや……大丈夫っス……まだまだ…ひぃ……はぁ…」


「……大丈夫には見えませんね」


「うむ。どうも、日差しにやられたみたいだな……あそこで休むとしよう」


辺りを見回すと、近くに地面から突き出た小さな岩山があった。

イアンは、その岩山の影で休むことを考えたのだ。


「あの岩なら、影に入って涼むことができますね。マコさん、あそこまで行けますか? 」


「ひぃ…あそこまでなら、なんとか…」


「……しばらく休憩だな」


イアン達は岩山に向けて進み出した。

その最中、マコリアの足取りはふらふらとしたものであった。

そんな彼女を見てイアンとロシは、不安げな表情を浮かべずにはいられなかった。




 岩陰に入り、一時間の時が経つ。


 「あー…」


影の中で、マコリアは横になっていた。

顔には、湿った布を被せており、ぐったりとしている。


「……もう一時間は、休憩する必要あるだろうな」


横になるマコリアを見つめながら、イアンがそう呟いた。


「ええ。万全の状態になるまで回復しないと、またバテてしまうかもしれませんから…」


「うむ。ロシは平気そうに見えるが、無茶はするなよ? 我慢は良くないことだ」


「それは、心得ています。その時は、ちゃんと言うので、心配はいらないですよ」


ロシは、微笑みながら答えた。


「なら、いいが……」


ロシの返事を聞くと、イアンは荒野の先へ目を向けた。

目に映るのは、地面と青い空だけで、ずっと見ていると気が遠くなるのを彼は感じた。


「……む? 」


その時、イアンは何かを感じ、辺りをキョロキョロと見回す。


「……! 」


ロシも周りを見回し始めた。


「ロシ……これは、なんだろうか? 」


「……風…ですかね? だんだん風が強くなっている気がします…」


イアンの問いに、ロシはそう答えた。

今、イアン達の周囲に、風が吹き始めたのだ。

最初はそよ風程度の強さであったが、次第に強くなっていき――


ザアアアッ!!


砂を巻き上げるほどの強風へと変化していった。


「くっ……砂嵐というやつか! マコ! 」


強風により、巻き上がる砂の中、腕で顔を覆いつつ、イアンはマコリアの姿を探す。


「イアンさん! マコさんは、私に任せてください! 」


砂で視界が遮られ、ロシの声だけが聞こえた。


「マコはいたのか? 」


「はい! なので、イアンさんは自分を――」


ロシはイアンに向けて声を上げていたが、風がより一層強くなり――


「くっ……」


彼の体の下には、横になったマコリアがおり、ロシは彼女を守るのに、精一杯であった。


(マコさんは大丈夫ですが、イアンさんは……)


強風と打ち付ける砂に耐えながら、ロシはイアンの心配をする。

しばらくの間、強風は続き――


「…………え? 」


強風は無くなった。

風が徐々に弱まっていったのではなく、消え去ったかのように、急に止んだのである。

その止み方があまりにも不自然であったため、ロシの口から間の抜けた声が出たのだ。

呆然としながらも、ロシはゆっくりと顔を上げる。


「……イアンさん? 」


周りを見回したロシは、そう呟いた。

彼の傍には、横になったマコリアがいる。

ロシが、身を挺して守ったおかげか、彼女に怪我は見られなかった。

しかし、ロシがホッと息をつくことはなかった。

自分の周囲どの方向を見ても、イアンの姿が見えないからだ。







 「……むぅ…」


イアンは、ゆっくりと目を開ける。

何故、自分は寝てしまったのだろうという疑問が思い浮かでいたが、その理由は分からない。


「……」


目を開けたイアンが上を見上げると、縄で縛られている自分の両手首が目に入った。

両手首を縛る縄は、天井へと真っ直ぐ伸びている。

次に下を見ると、ふらふらと揺れる地面が目に入った。

これらのことから、イアンは、自分が吊るされていることを理解した。


「なんだ? 何故、こんなことに……」


イアンは、自分が捕らえられた理由が分からなかった。


「ん~? 目に砂が入って、何も見えなくなった? 」


すると、イアンは女性の声を聞いた。

声が聞こえた方向、正面に顔を向けると、そこには女性の姿があった。

女性は椅子に座っている。


「おまえは? それに、ここは…」


女性に訊ねながら、イアンは周りを見回した。

それにより、ここが石煉瓦で出来た建物の一室であることが分かり、ベッドやタンス、ドレッサーがあることから、この女性の部屋であると推測できる。


「ここは、私の砦……一応名乗っておくか。あたしの名前はベルドリカ。魔女よ」


女性――ベルドリカは、自分の胸に手を当てながら名乗った。

彼女の頬は僅かに吊り上がっており、自分の名か肩書きに絶対の自信があるように伺えた。


「……まじょ? まじょとは何だ? 」


「ふふふ、驚い…って、あれー? 」


ベルドリカは、椅子に座ったまま後ろに倒れ、床に仰向けになった。

表情は、間抜けな顔に崩れてしまったが、すぐにしかめっ面になり、椅子ごと体を起こす。


「魔女とは何だ? って何? 知らないの? 魔女」


「知らない……だから、聞いているのだ…」


「はっー世間知らず……よく今まで生きてこれたわね」


ベルドリカは、呆れた目でイアンを見る。


「うむ、死にそうな目には、何度も遭っているが、なんとか生き延びてきた」


「へ、へぇ、けっこう苦労してんのねぇ~…って、違う、違う! 」


ベルドリカは、自分の顔の前で何度も手を振る仕草をする。


「魔女って言うのは、強い魔力を持った女のことよ」


魔女とは、彼女の言うとおり、強力或いは膨大な量の魔力を持つ女性のことを指す。

種族関係なく、優れた魔力を持ち、それを利用した魔法を行使する者ならば、魔女と呼ぶに相応しい人物である。

かつては、親も魔女である者が多く、魔女の血を受け継いだ者しか魔女になられないという風潮があったが、最近はそうでもない。

それに加え、魔女騎士等の何かと複合した名を名乗る者もいるという。


「それで魔女か。けっこうまんまだな…」


「お黙り! 普通は、魔女と聞けば怖がるか、驚くものなのよ」


「そう言われてもな……それで、魔女がオレになんの用がある? 」


イアンが、ベルドリカに訊ねた。


「……」


すると、彼女は何も答えることはなく、不思議そうにイアンを見つめるだけであった。


「……? どうした? 」


「……ん? いや、何でもないわ。あれ、何か聞いてた? 」


「オレに何の用があると聞いたのだ」


「ああ、それはもちろん、あんたの美しさに用があるのよ」


「は? 」


イアンは思わず、間の抜けた声を出した。


「あんたには、世界に通用するほどの美しさがあるの。でも、真にそれを持つに相応しい人物がいるの……それがあたしよ」


「……」


「ふふっ、怖くなってきたかしら? でも、本当に怖いのはこれから……」


ベルドリカは椅子から立ち上がると、両腕を広げた。

すると、イアンの周囲に砂が舞い上がり――


「今から、あんたの血を搾り取るのよ! そして、その血を飲めば、あんたの美しさは私の物になる」


その砂は杭の形に変化する。

イアンは、砂で出来た複数の杭に囲まれた形となった。

ベルドリカは、この砂の杭で、イアンを串刺しにするつもりである。


「砂……もしや、あの時の砂嵐は…」


自分に切っ先を向ける砂の杭を見て、イアンは、ベルドリカが砂嵐を引き起こしたのだと理解した。


「くっ、訳も分からない理由で、とんでもない奴に狙われたか。しかし、悪いがオレは――」


「お黙り! あんたが口にして良いのは、悲鳴だけよ! 」


ベルドリカは、イアンの言葉を遮るように、声を荒らげた。

そして、何を思ったのか、彼女はイアンの目の前に立ち――


「そんな無表情で殺されても、こっちはつまらないのよ。もっとギャンギャン泣き喚きなさい」


イアンのズボンに手をかけた。


「何をするつもりだ? 」


「裸にひんむいてやるのさ! そうすりゃ、あんただって恥ずかしくって泣き喚くだろう? イーヒャッヒャッヒャ!! 」


ベルドリカは、笑い声を上げると、イアンのズボンを掴む手に力を込めるが――


「ん……んん? これって……なに? 」


股間に妙な膨らみがあることに気づいた。

それは自分には無いものであり、やたらと気になるものであった。


「……オレは、男だ…」


ベルドリカが首を傾げていると、イアンがそう呟いた。


「……まさか…そんな顔、男とか…」


その呟きに、ベルドリカは乾いた笑いを漏らした。

その時――


「あ…すまん。よく見たら、本当に男だわ、そいつ」


ドレッサーに付いてる鏡が、ベルドリカに向けてそう言った。


「え、男なの? あ、そっか。それで、私には無いものが……って、あれええええええ!? 」


すると、ベルドリカは大きく体を反らせて、床に仰向けに倒れた。

その拍子に、杭の形をしていた砂も形を崩す。


「……今、誰かの声がしたような…」


イアンは、部屋を見回し、自分と目の前で倒れるベルドリカ以外の人物を探す。

しかし、部屋の中に別の人物は見えなかった。


「おう、美少年。オレが声を出したんだぜ」


「む…また…どこにいるのだろうか? 」


「おれは鏡よ。ドレッサーんとこのさ」


イアンは、ドレッサーについている鏡を見る。

その鏡は、何の変哲もないただの鏡に見えたが――


「そうそう。今、あんたはおれを見ているぜ」


それが、声の主であるようだった。


「喋る鏡か……初めて見た」


「だろうな。だが、それはこっちも同じだぜ」


鏡はそう言うと、映す面を歪ませる。

すると、様々な女性の姿が鏡に映し出し、最後にイアンの姿が映し出された。


「まさか、ここまで女みたいな男がいるなんてさ、驚きだよ。言われるまで、気付かなかったぜ」


「むぅ……鏡にすら女に見られるのか…」


イアンは項垂れた。


「ま、元気出せって。もう、ベルドリカはあんたを殺そうとはしないだろう」


「なに? そうなのか? 」


鏡の声を聞き。イアンは顔を上げる。


「ああ、安心していいだろう。こいつは、女から搾り取った血を飲むことで、より強く綺麗になる。だが、男の血では、そうはならない」


「そうか…」


鏡の言葉を聞くと、イアンは仰向けに倒れたまま、ベルドリカに目を向ける。


「……早く起きてくれないだろうか…」


彼女に目を向けたまま、イアンは疲れたような声でそう呟いた。

その後、イアンは起きたベルドリカに謝罪され、ロシとマコリアのいる場所へ戻してもらうこととなった。




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