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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
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二百三十九話 妖精の脅威 放たれる石弾の嵐

 

 (そういえば、おまえはちゃんと見えているのか? )


歩くイアンは、ランガにそう訊ねた。

ケイバットの群れと戦った後、イアンとランガは、広い空間に戻り、別の通路に入っていた。

今の彼は通路を歩いている最中で、三人の人間が横に並べば、塞がってしまうほどの幅である。

しかし、高さには余裕があり、天井に頭をぶつける心配はなかった。


(……? どういうことでありますか? )


ランガが、首を傾げる。

彼女は今、イアンの右肩にしがみついた状態である。

どうやらランガは、その場所が気に入ったようだった。

上官と呼ぶ者の肩にしがみつくのは、失礼な行為になるだろう。

しかし、イアンはあまり気にしていなかった。

考えられる理由の一つとして――


「キィ!! 」


(む? またケイバットだ…)


(何度目でありますか……ストーンレインショット! )


ババババッ!!


「ギッ――!? 」


このように、ランガは魔物を手っ取り早く倒してくれるからだろう。

その見返りとして、イアンは何も言わないのだ。


(……視界のことだ。オレは今、暗闇の中でも昼間のように見ることが出来る魔法がかかっている。おまえもそういう類の何かをかけているのか? )


(そういうことでありますか。何もかけていませんよ)


(ほう、それはどういうことだろうか? )


(どういう……って、分からないであります。考えたことがないので…)


暗闇の中でも問題なく見える理由は、返ってこなかった。


(自分は妖精……という者でありますからね。人とは、違う体の構造をしているのでありましょう…)


(うーむ……見えるから、見えるのだろうということか? 本当に、不思議でいっぱいだな。おまえ達は…)


イアンは顔を横に向け、ランガの顔を見つつ、そう考えた。


(それは、お互い様でありますよ。自分も気になっていることがあります)


(ほう? それは、なんだろうか)


イアンは、歩く足を止めずに、ランガの声に集中する。


(では……何故、あそこにいたでありますか? )


(……あの広い空間のことか。実は……)


イアンは、坑道を通る理由と、広い空間にやったきた経緯をランガに説明した。


(はぁ…道が崩落したでありますか……なんか、揺れてるなと思ったら、それか…)


ランガは、坑道の道が崩落したことに気づいていなかった。


(意外だな。てっきり、崩落したのを察知して、オレの元に来たのだと思っていたぞ)


(それは、違うであります。自分は、上官の気配を近くに感じ、その気配を辿っただけであります)


(また上官か……本当に、分からん…)


ランガの言葉に、イアンは僅かに顔をしかめた。

彼女が使う言葉は、同族であろうリュリュやサラが比較にならないほど、イアンにとって意味不明であった。


(それはそうと、イアンさまは、西に向かうでありますか…)


頭の中で響いたランガの言葉は、何か含みがあるような言い方であり――


(なんだ? 何かあるのか? )


イアンは、それが何であるかを問いただすことにした。


(はっきりと言うことはできませんが、西の方……遠い場所から嫌な気配を感じるであります。恐らく…いえ、十中八九…イアンさまにとっては、良くないものでしょう…)


すると、曖昧な返答が返ってきた。

西に行けば、碌な目に遭わないだろうという推測しか立てられなかった。

従って――


(むぅ……アロクモシア。或いは、道中にその気配とやらが及んでいないと良いのだが…)


イアンは、そう願うことしかできなかった。








 ランガの指示に従いながら、通路を歩くイアン。

度々現れるケイバットや――


(ランガ。あれは何だ? )


(マイティスパイダーでありますな)


マイティスパイダー等の魔物と戦いながら、上を目指して進んでいた。

マイティスパイダーとは、クモ型の魔物だ。

全長一メートルほどで、全高は三十センチほどの大きさである。

ケイバットと同様に生息地が広く、適応能力が高いのか、あらゆる環境で目撃されている。

その環境によって、僅かに生態が異なると言われており、この坑道内に生息するマイティスパイダーは巣を作り、得物を待ち構えることはない。

他の魔物と同じように、自分で得物を探し回る習性を持っていた。

それでも糸はちゃんと使っており、常に臀部から出ている。

目に見えなほど細いが頑丈で、道に迷わないための道標や命綱として使用されている。

その他、様々な魔物と戦いながら進むうちに、イアンとランガは、広い場所に辿り着いた。

そこはイアンが落ちてきた場所、つまり、本来進むべき道であった。


(ようやく辿り着いたか…)


(お疲れ様であります。後は、この道を真っ直ぐ進むだけでありますね)


(そう……だが、まだだ。ロシとマコ…剥ぐれた者達と合流しなければならない)


イアンは、幅の広い道の先に目を向ける。

一方の道の先は奥が見えず、その反対であるもう一方の道の先に目を向けると、やはり何も見えなかった。


(ランガよ、どちらが坑道の出口だろうか? )


どちらに行けばいいのか分からないイアンは、ランガに訊ねることにした。


(どちらもでありますね。えー……あっちが西の方、こっちが東の方になります)


ランガが、指を差しながら説明した。

その説明を聞き、イアンは――


(東の方に進もう。まだ、後ろの方にいるかもしれない)


東へ続く道へ進み、引き返すことにした。


(そうでありますか。なら、こちらに行くとしましょう)


(ああ)


イアンは、東の方角に体を向け、歩き始めた。




 東へ続く道を選んだイアンは、順調に道を進んでいると言える。

何故なら、魔物と遭遇することなく、意外にも、この道が崩落の影響をあまり受けていないからだ。

道が塞がれていないことを見るに、イアンが落下した穴くらいしか、崩落したところは無いようであった。


(……ふむ…)


イアンが足を止め、下の方に目を向ける。

その視線の先に、自分が落下したであろう大穴があった。

穴の直径は広く、飛び越えて進むことが出来ないほどである。


(ここが崩落した所でありますか……)


(ああ、この穴から落ちたのだ。しかし、思ったよりもでかいな…)


(そうでありますな。自分、考えたでありますが、恐らくイアンさまのお仲間さん達は、迂回して進んだのでは? )


(オレもそう思う。なら……)


イアンは後方へ体を向けた。

これにより、イアンの体が向いている方角は西である。


(あの二人は、この先の道に出てくるかもしれない。今度は、こっちに向かって進むとしよう)


イアンは、西へ続く道を進み出した。


(うーん……余計な心配でありますが、こうして何度も行き来を繰り返す可能性が、あるかもですなぁ…)


イアンの右肩にしがみつくランガは、僅かに苦笑いを浮かべた。


(そうならないことを祈ろう。あいつらにも通信ができると、その苦労はないのだが…‥あ、そうだ)


その時――


ドォォン!!


進行方向の先から、轟音が鳴り響いてきた。

その轟音を耳にした瞬間、イアンは走り始める。


(うわぁ! な、何かが起こったようでありますな)


走るイアンから振り落とされないよう、必死に彼の右肩にしがみつくランガ。


(ああ。その中に、オレの仲間がいるかもしれん。急ぐぞ)


(い、急ぐのは、もちろんのことでありますが、さっきは何を思いついたので? )


(オレとおまえで手分けをすることだ。今、それをする必要はなくなったかもしれんがな)


走る速度を緩めることなく、イアンはランガの問いかけに答えた。

程なく、イアンの視界に、大型の魔物の姿が目に入る。

その魔物は、巨大なムカデの姿をしていた。


(はぁ!? あんな奴、この山…洞窟の中にはいないでありますよ!? )


イアンの頭の中に、驚愕するランガの声が響いた。

ランガは、その魔物を見たことが無いようであった。


(そうなのか……む! )


イアンは、鎌首をもたげるムカデの近くに、二人の人影を見た。

走ることで、その人影が徐々にはっきりと見えるようになり――


「ロシ! マコ! 」


その二人が、ロシとマコリアであることが分かった。

ロシはメルガフロラクタを、マコリアはトライアンダッグを手にしていた。


「イアンさん!? やはり、無事でしたか!」


「後ろにいたっスか!? 元気そうで、安心したっス! 」


イアンの声を聞き、二人が反応する。


「キッシャアアア!! 」


その間にも、魔物は二人に目かげて、首を突き出して攻撃してくる。


「むっ! 」


「このっ……感動の再会に水を差すなっス」


ロシとマコリアは、跳躍することで魔物の攻撃を躱した。


「無事…‥ではないが、これで合流できたな」


その二人の元に、イアンが辿り着く。


「それで、あの魔物はなんだ? 」


「イアンさんが落ちた穴があるのですが……」


「見てきた。あそこは、通れないな。やはり、迂回していたのか? 」


「そうっス。それで、通路? みたいな道を進んでいる途中で、あいつが現れたんっスよ」


マコリアが、エストックビーダーの先を魔物に向ける。


「……って、イアン先輩。その肩に乗っかってる…女の子は何なんっスか? 」


イアンを見るマコリアは、ランガの存在に気づいた。


「こいつは、ランガ。落下した先で会った妖精だ。無論、オレ達の味方だ」


「妖精……って…」


イアンの返答に、マコリアは表情を曇らせる。


(イアンさま、状況の確認はそれくらいに。今は、魔物を倒すことが先決であります)


(分かっている)


ランガの声に反応し、イアンは魔物の方に体を向け、ホルダーから戦斧を取り出す。


(と、言いましたが、ここは自分にお任せを…)


イアンの頭の中で、ランガの声が響くと、彼女がイアンの右肩から下りた。

そして、コロコロと転がりながら移動し、イアンの前方に立つ。


「む、何かする気だな? 二人共下がれ」


「妖精……という種族は、あまり知りませんが、見た目に反して、強い力の気配を感じますね」


イアンの声に従いロシが、イアンの後ろへ下がるが――


「……巫女の前ですら、滅多に姿を現さない妖精を……やはり、イアン先輩は、あいつと同じ…」


マコリアは、動かなかった。

考え事をしているようで、イアンの声が耳に入っていない様子である。


「キシャアア!! 」


そんな彼女に目掛けて、魔物が首を突き出し、口に並ぶ無数の牙で噛み付こうとする。


「くっ……何をしているのだ…」


イアンは、マコリア目掛けて走り出し――


「魔物の攻撃が来るぞ! 」


彼女の腕を掴んだ。


「え……イ、イアン先輩!? 」


イアンに自分の腕が掴まれるまで、イアンの接近に気づいていなかった。


「二人共、早く逃げてください! 」


イアンとマコリアに目掛けて、ロシが声を上げる。


「ちっ! 」


その声を聞き、イアンは――


「え……」


マコリアを自分の後方へ投げ飛ばした。

投げ飛ばされたマコリアは、何故、そうされたのかが分からなかった。

頭が真っ白の状態のまま、マコリアは、ふとイアンの方へ目を向けた。


「……! 」


すると、ようやく自分の状況を理解した。

今、イアンの前には、魔物の頭が迫っていた。

そして、イアンは避ける素振りを一切見せず、戦斧を構えて立っているのである。

彼は、マコリアを庇ったのだ。

しかも、魔物の首を止めるために、その場に留まり続けているのである。

その彼の後ろ姿を見て、マコリアは罪悪感でいっぱいになった。


「ゴロゴロ…」


ズドドドドッ!!


しかし、イアンに魔物の頭が衝突することはなかった。

ランガが、魔物の頭に目掛けて、無数の石弾を撃ったことにより――


「ギッイイイイ!? 」


それを受けた魔物が首を引っ込めたのである。


(ランガよ、遅いぞ)


(申し訳ありません。準備に時間がかかったであります)


ランガは、イアンに謝罪の言葉を送る。

そのランガの両手の指先の他に、多くの魔法陣が浮かび上がっていた。


(……その大量の魔法陣を作るためか? )


(はっ! その通りであります! 確実に仕留めたいので)


ランガはイアンにそう返すと、魔物に体を向け――


(全力を出させていただきます。ランドスリップサルボー! )


と、言い放った。

それと同時に、一斉に魔法陣から大量の石弾が撃ち出される。

魔法陣によって、石弾の形状や速度が異なるが、皆、魔物に目掛けて飛んでいく。

発射された石弾は、魔物の体を貫き、抉り、弾き飛ばしていく。


「――!? 」


その怒涛の攻撃に、魔物は悲鳴すら上げることはできなかった。


(……ふぅ…)


やがて、ランガが石弾を撃つことをやめた。

今の彼女の攻撃によって、魔物が倒されたかどうかは、言うまでもないだろう。

ランガが石弾を発射した方向には、魔物の肉片が転がっているだけであった。


「……ははは…これは、もう笑うしかありませんね…」


ロシが顔を引きつらせたまま、笑っていた。

強さの次元があまりも違うため、彼の言うとおり笑うしかなかった。


(やはり、やり過ぎ……と思えるほど、強いのだな。おまえ達は…)


イアンは、ランガに言葉を送りつつ、マコリアの元へ向かう。


「魔物は、ランガによって倒された。マコ、さっきは放り投げて悪かったな。怪我は無いだろうか? 」


マコリアの前で腰を下ろし、イアンはカバンの中に手を入れた。

怪我を治療する道具を探している様子である。


「…………いえ、怪我は無いっス。イアン先輩のおかげ…‥っス…」


しばらく呆けていたマコリアだが、程なくそう口にした。


「……見たところ……マコの言うとおりのようだな」


イアンは、立ち上がると、マコリアに手を差し伸べる。


「……」


マコリアが立つのを手助けするために差し出されたのであろうが、彼女はその手を掴まなかった。

ただ、差し出されたイアンの手を見ているだけであった。


「……一つ…いいっスか? 」


しばらくして、マコリアがイアンに訊ねる。


「イアン先輩は、自分を何だと思っているっスか? 」


「な、なんだ、いきなり……」


イアンは、マコリアの問いかけに戸惑いつつ考えてみる。


「……ふむ。オレは自分をイアン・ソマフだと思っている」


「……? それは、どういうことっスか? 」


マコリアは、イアン答えの意味を問いかけた。


「どういうこともない。オレは、オレだ。それ以外の何かであるつもりはない」


「…………そうっスか」


マコリアは、そう呟くと差し出されたイアンの手を取り、立ち上がった。


「……」


立ち上がってもなお、マコリアはイアンの手を離さず、その手を見続けている。


「……うまく言えないっスけど、イアン先輩に会えて……イアン・ソマフという人が、この世界にいてくれて良かった…と、思うっス」


「ん? よく分からないが、大げさだな。オレのような者など、世界にはいくらでもいるだろう」


「あはは…そう…だといいっスね」


マコリアは微笑むと、イアンの手を離し――


「さて! 早く坑道を出るっスよ! 」


西へ続く道の先を目指して歩き始めた。


「……イアンさん、なんか……マコさんの雰囲気が変わりましたね」


ロシがイアンの隣に立ち、そう呟いた。


「そうだな……少し変わったようだな。何があったかは知らんが」


「ええ。でも、いい雰囲気になったと思いますよ。流石、イアンさんですね」


「褒められる意味が分からんが、良しとしよう」


イアンはそう言うと、マコリアと同じように、西の道を目指して歩き始める。

ロシもイアンに続いて歩き出し、ランガは再びイアンの右肩にしがみついた。

この時、後ろを歩くイアン達には見えないが、マコリアは微笑んだままであった。







 西へ続く道を真っ直ぐ進むイアン達の目に光が入る。

その光を目指して進み続けると、彼等は坑道の外に出ることができた。

外に出たイアンが開口一番、言った言葉はこうだった。


「……東側とは、だいぶ景色が違うのだな…」


坑道の外に出て、見えた景色は、緑が極端に少ない荒野であった。

見渡す限り荒野が広がっており、砂を巻き上げているのであろう茶色の風も見受けられた。


「アロクモシアがあるヒリアソス山脈の西側は大部分が荒野っスよ」


「そうなのか? こんな荒野の中、よく国が作れたな…」


「アロクモシアの近くには海がありますからね。他国と貿易することで栄えたのでしょう」


「ああ、そういえば港があり、そこを目指しているのだった。さて……」


イアンは空を見上げて、太陽に目を向けた。

太陽は、真上から少し進んだところにあった。


「まだ日が落ちるまで時間がある。少しだけ、先に進むとするか」


イアンがそう言うと、三人は荒野に向かって歩き出す。


(イアンさま~お達者で~)


一人、ランガが立ち止まっていた。


「ランガ……ああ、リュリュ達のように、離れられないのだな…」


イアンは顔を振り向かせ、ランガを見る。

彼女はイアン達に向かって手を振っていた。


(ランガよ、おまえがくれた力は……使う時が来たら、使うとしよう)


イアンは足を止め、手を振るランガにそう言葉を送った。


(何でありますか、その言い方は! じゃんじゃん使ってくださいよ! )


(首を痛めるから嫌なのだ。そのうち、おまえを呼び出さる日が来るだろう。その時に、存分に力を使ってくれ)


(はっ! 分かりました! その時は、なんなりとお呼び下さい! )


ランガは姿勢を正して、敬礼をした。


(うむ。では、またな)


(また会える日を楽しみにしているであります! )


ランガの声を聞くと、イアンは再び歩き出した。


「あの妖精さんに別れの挨拶を? 」


イアンの隣を並び歩きながら、ロシが訊ねてくる。


「いや、再会の約束というやつだ」


ロシの問いかけに、イアンはそう答えた。

荒野という不毛な大地を進むイアン達だが、彼等の歩く道は、太陽に照らされて明るくなっていた。




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