二十三話 ファトム山 5
ルガ大森林で別れてからようやくイアン達は合流した。
「おまえ達 こっちだ」
イアンは、タトウ達に自分の後方に来るよう促した。
タトウ達はそれに従い魔物の大群から脱出した。
「イアンさん! やはり生きていましたか! 」
「アニキ! アニキ! 」
ガゼルとロロットがイアンに駆け寄る。
「オラもいるべよ…」
「あなたもよく無事でしたね。というか、すごい格好ですね」
二人にスルーされたプリュディスに、タトウは馬車の上から声を掛けた。
「久しぶりだなおまえたち。積もる話は後でするとして、こいつらを何とかするぞ」
イアンは戦斧を構える。
「イアンさん、さっきの落雷はあなたの力でしょうか? その力でルガ大森林の時も助かったのですね」
ガゼルがイアンに訊ねた。
「力? いや、そんなのはオレにはない。さっきのはあいつの仕業だ」
イアンは空に指を差した。
その先を目で追うと、羽根の生えた少女が空を舞っていた。
「え…? まさか、妖精? 」
「そのようだが、詳しくはわからん」
ガゼルは、驚いた。
イアンの返答が、自分の思っていたのと違うものであったこともそうだが、それよりも彼が、妖精を味方につけていることに驚いた。
「妖精とどうやって仲良くなったんですか? 」
「ん? あっちから寄ってきた。……魔物が徐々に動き始めた。行ってくる」
イアンは、ガゼルに言葉を返すと、魔物の大群に向かって走り出す。
「え? あ、え? 」
ガゼルは、理解が出来ないまま唖然としていた。
「アニキ! あたしも戦う!」
ロロットが、共に戦おうと声を掛けた。
「いや、いい。おまえたちは、戦い疲れただろう。そこで休んでおけ」
「そうだべ。遅れてきたオラたちに、名誉挽回の機会をくれ」
イアンとプリュディスが答えた。
「選手交代だべ! おめぇらの相手はオラたちだ! 」
魔物の大群は、イアン達の前方に広がっていた。
イアンとプリュディスは真っ直ぐ大群に突っ込み、ある程度中に進むと左右に別れた。
「プリュディスの援護をしてくれ。さっきより弱い稲妻で頼む」
イアンは、上空を飛ぶ妖精の少女に命令する。
「……! 」
少女は、イアンに了解の意を念じて伝えるとプリュディスの方に飛んでいった。
イアンは、魔物を戦斧で叩き切りながら大群の中を進む。
ファトムウルフ等機動力のある魔物がいるが、密集してうまく動くことができず、戦斧の餌食になっていく。
一方、プリュディスの方は、大剣で多数の魔物をまとめてなぎ払っていた。
「うおりゃあああ! 」
大剣により魔物はえぐれ、吹き飛ばされていく。
「ギャオウ! 」
「グゥゥア! 」
プリュディスが大剣を振り抜いた時にできる隙を突いて、魔物が襲いかかってくる。
「……! 」
しかし、妖精の少女が放った稲妻により、魔物の歯がプリュディスに届くことは無かった。
イアンとプリュディスが大群を通り抜ける頃には、魔物の数は数十匹まで減っていた。
魔物は一匹も逃げる素振りを見せずイアン達を威嚇している。
「ふむ。これだけ数を減らされても逃げないのか」
「全部倒すしかないべ。イアン、もう一頑張りだ」
「ああ」
――数分後。
魔物の大群は、イアンとプリュディス、妖精の少女との戦闘によって全滅した。
大群の死体の山にいるイアン達に、ガゼル達は向かう。
「アニキ! 」
「ロロット…久しぶりだな」
イアンは、駆け寄ってきたロロットの頭を撫でた。
「わっ!? アニキ? 」
頭を撫でられたロロットは、驚きの声を上げる。
「悪い。最近、人の頭を撫でるの多くてな…つい、癖でやってしまった」
「く、癖? 」
ロロットが疑問に思っていると、妖精の少女が空から舞い降りて、イアンに頭を差し出す。
「こいつ、頭を撫でられるのが好きでな」
「……♪ 」
イアンに、頭を撫でられている妖精の顔は幸せそうであった。
「…そっか」
ロロットは、寂しそうな顔をした。
「それにしても、この魔物の数はなんだべ? オラ達が山登ってる時に、こんな数の魔物に襲われたことなかったべ」
「あっ! そういえば。タトウさん、先程拾った宝石のことを説明してもらえますか? 」
プリュディスの言葉で、魔物の大群に襲われる原因と思われる宝石を所持したタトウに問いかけた。
タトウは、申し訳なさそうに言った。
「それが…私にもわかりません。わたしがわかるのは、この宝石がとても価値のある宝石だとしか…」
「価値とは? 」
「はい。私がアクセサリー商人をやっているのはご存知でしょう? わたしには分かるのです。この宝石は、とてつもない能力をもったアクセサリーの材料となることが」
「そうですか…」
ガゼルは、タトウに相槌を打った。
タトウがこの山を通りたがっていた理由、それはこの宝石が目当てだった。
都市カジアルに、店を移すことを決めたタトウはある日、ファトム山の噂を聞いた。
伝説の魔物がいる、自分は一人であの山を登った等のよく聞く噂なら聞き逃していたが、それは違うものだった。
紫色をした宝石があの山にあるという噂だった。
その宝石の特徴は市場には出回らず、あるかどうかわからない宝石だと言われるものと同じだった。
タトウはその宝石をずっと探していた。
この宝石を材料にし、最高のアクセサリーを作り上げ、己の名を世に知らしめるようと思っていたからだ。
「……! 」
「ん…どうした? 」
タトウの話を、ぼうっと聞いていたイアンの袖を引っ張り、妖精の少女は念じかけて来た。
「ふむ……そうか。タトウ、その石はおまえの思っている宝石ではない」
「えっ!? 」
驚愕するタトウに構わず、イアンは話を続ける。
「その石は、魔物を呼び寄せる危険な石だ。この山に、強い魔物がいるのもその石がこの地中深くに埋まっているからだ。たまたま地上に出ていたその石を、おまえが拾っただけだ」
「そんな…!? 」
タトウは、崩れ落ちた。
そんなタトウに、イアンは手を差し出した。
「返そう…その石では良いアクセサリーは作れまい」
「……わかりました」
タトウは、イアンに石を渡した。
イアンはその石を、遠くに投げようと腕を振り上げようとしたが、妖精の少女に止められた。
「どうした……なに!? 頂上に置いてくる…だと」
妖精の少女はこくりと頷くと、イアンから石を受け取った。
どうやら、魔物を引き寄せるこの石がこの辺にあると、この辺りに魔物が密集して危ないらしい。
比較的人の立ち寄ることがない山頂に置くのが良いとのこと。
「……! 」
「一人で充分…か。確かにお前は強いからな。だが、おまえを待つことはできない。ここでお別れだ」
イアンがそう言うと、妖精の少女は首を横に振った。
「……! 」
「なに!? 呼べば来るだと…? しかし、なんと呼べば…」
しばらく、イアンは悩むとポンと手を叩き、妖精の少女に言った。
「いい名前を思いついた。リュリュ、オレはおまえをそう呼ぼう」
「……リュリュ! 」
リュリュは、イアンに名付けられた自分の名を口にした。
「リュリュ、命を助けてくれたお礼にしては安いかもそれないが受け取ってくれ。いい名前だろ? 」
「リュリュ! 」
リュリュは、嬉しそうな顔をして空に舞い上がる。
「リュリュ! 何かあったらおまえを呼ぶ! そうしたらまた力を貸してくれ! じゃあ、またな! 」
イアンは、リュリュに聞こえるよう大声で言った。
「リュリュ! マッテル! マタネ、イアン!! 」
リュリュは声を出してそう言うと、山頂の方へと消えていった。
イアンは、妖精を見送るとタトウに目を向けた。
タトウは、溜息をつくと、イアンに向き合った。
「残念ですが…仕方ないですね…」
「そう言う割にはそうでもなさそうだな」
「ええ、宝石は見つかりませんでしたが妖精を見ることができましから、それで良しとします」
タトウは山頂に目を向ける。
「きれいで可愛らしい妖精でしたね」




