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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
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二百三十八話 石の弾丸

 東から西へ、真っ直ぐ伸びている坑道の道。

その下には、広い空間にイアンはいた。

マコリアと離れた今も、彼女の行使した魔法――ダークビューの効果は消えず、彼の視界は、闇の中であるにも関わらず、明瞭である。

今、イアンの目の前には、妖精と思わしき、一人の少女が立っていた。


(名前が無い。おまえ達は皆、名前が無いのだな…)


その少女の顔を見ながら、イアンは心の中で、そう呟いた。


(生まれてから、名前というものが必要なくて…)


少女は、申し訳なさそうに、顔を俯かせる。


(ふむ……ならば、名前を付ける必要があるか…)


イアンは、腕を組んで、思考に耽る。

しばらく、姿勢を変えることなく、動かなくなるイアン。


(おお…自分のために思い悩んで下さるとは……)


そんな彼の姿を見て、少女は感激したようで、体を震わせていた。

やがて、組んでいたイアンの腕は解かれ、彼は視線を少女の顔に向ける。


(……ランガ…というのは、どうだ? )


(ランガ……ランガ軍曹! はっ! 有り難く頂戴します! これより、自分はランガと名乗ります! )


少女――ランガは、姿勢を正し、右手を上げつつ肘を曲げ、その手の先を自分の額に向けた。


(気に入ったようで何より……それで、その手は何なのだ? )


イアンは、ランガの取る仕草が気になり、彼女に訊ねる。


(はっ! これは、敬礼というものであります! 上官にする挨拶のようなものです! )


(上官? おまえを部下にした覚えはないが……)


(……自分の中では……失礼、名前は何と? )


顔をしかめた後、ランガはイアンに名前を訊ねた。

彼は、まだ彼女に名乗っていなかったのだ。


(ああ、言ってなかったな。イアンだ)


(イアンさま……自分の中では、イアンさまは上官であります! )


(うぅむ……好きにしてくれ…)


少し思うことがあったが、言っても無駄だろうと判断し、イアンは諦めた。


(して、おまえは、オレに力を貸してくれるのか? )


(それは、もちろん。では、早速……)


ランガがイアンに歩み寄ってくる。

そして、彼女は右手を前方に突き出し、イアンの体に触れた。


(むむっ、もう二人の我が同胞……と、聖獣殿と契約していましたか! 流石であります! )


(流石……流石なのか? )


ランガに賞賛されるイアンだが、彼はよく分からなかった。


(……)


その後、ランガはじっとしたまま動かなくなった。

イアンが彼女の顔に視線を向けると、額に薄らと汗が滲んでいることに気づく。

何があったのか、イアンは一応訊ねることにした。


(……どうした? )


(……いや……なかなか……すごい感じになって……すごいであります…)


(……他の奴等みたいに、素直にしょぼいと言えば良かろう)


(ええっ!? そ、そんな失礼なことを……わ、我が同胞が失礼を…)


イアンの体に触れながら、ランガは頭を何度も上げ下げした。


(いくら、イアンさまの能力がゴミクズほどのレベルだからって、はっきり言うのは、あんまりだと思います! )


(うぅむ……おまえが一番ひどいぞ…)


イアンは、僅かに顔を歪めて、悲しい表情を浮かべた。


(それで? おまえは、オレのどこを使うのだ? )


(……左目にしましょう。少し時間が掛かるであります…)


イアンにそう伝えた後、ランガは動かなくなった。

しばらくすると、彼女は右手を下げ、イアンから離れる。


(これで、イアンさまもランガの能力…の一部を使えるであります。こちらへ…)


ランガは体を丸めると、コロコロと転がりながら、坂を登っていく。


(どこへ向かうつもりだ? もしや、出口に案内してくれるのか? )


(いえ、違うであります。出口は、また後で案内しますが、先に魔物の巣へ向かいであります)


イアンが訊ねると、ランガはそう答えた。


(魔物の巣? 何故だ? )


(ここに住み着いた魔物を倒しつつ、ランガの力の使い方をレクチャーするであります。詳しく説明する必要があるので…)


坂の上に辿り着き、直立した姿勢になると、ランガはそう答えた。








 ランガの後についていくと、多数の穴の一つにイアンは足を踏み入れた。

その穴は通路のようで、先を目指して進んでいると、別の空間に出た。

そこは、イアンが落下して辿り着いた空間より、狭い場所で――


(……魔物の巣? )


魔物も物珍しい物の無い、何もない場所であった。


(ちゃんといるでありますよ)


直立で立つランガが、上の方へ指を差す。

イアンは、彼女が差した指の先に、目を向けると――


「うっ…!? 」


顔を引きつらせた。

ランガが指を差した先は、この空間の天井部分。

その天井部分には、びっしりと黒い何かが佇んでいた。


(あれは、ケイバットと呼ばれているコウモリ型の魔物の群れであります)


ランガが、指を差したまま、イアンにそう伝えた。

ケイバットとは、ランガの言うとおり、コウモリ型の魔物である。

この魔物は、この山だけではなく、世界各地の洞窟で目撃されている。

頭から足下までの高さは、一メートルほどだが、翼はそれよりも長く、翼を広げる姿はより大きく見える。

血を吸うことはなく、噛み付き、突進等しか攻撃方法は無い。

しかし、それは単体でのみ言えること。

群れに遭遇し、戦闘になった場合、何の策も無く囲まれてしまえば、集団で襲われ、手練の戦士でもひとたまりもにだろう。


(流石に数が多すぎるであります。少し、数を減らすであります)


ランガは、拳を握った状態の両手を、ケイバットの群れに向けて突き出した。

その後、両手の人差し指と中指を前に伸ばし――


(ストーンレインショット! )


と、ランガが叫ぶ声がイアンの頭に中に響いた。

すると、ランガの伸ばされた両手の指先に、光る茶色の魔法陣が浮かび上がる。


ババババッ!


その魔法陣から、石が連続して発射されていく。

発射された石の速度は凄まじく、真っ直ぐ飛んでゆき――


「ギキッ――!? 」


「キィ――!? 」


逆さまの状態で、天井に張り付いていたケイバット達の体を貫いていく。

ランガは、広範囲に石が飛ぶよう、あらゆる方向に左右の手の指先を向けていく。


「凄まじいな。一方的ではないか…」


次々と、落下するケイバットの死体を見て、イアンは思わず、そう呟いた。


(……ふぅ、だいぶ数が減った…であります)


やがて、ランガは左右の腕を下ろし、石の発射をやめた。

びっしりと天井に張り付いていたケイバットの大半は、地面に転がり、生き残ったケイバットの数は、十匹ほどまで減っていた。

その生存したケイバットは攻撃を仕掛けられたことに興奮し、あちこちを飛び回っている。


(残りをイアンさまに倒してもらいます)


(…‥だが、あの手の魔物には、オレの攻撃は当たらない)


(今までは、そうだったのでしょう……しかし、今は自分の力を使えます。ちょっと…失礼します)


ランガは、体を丸めてコロコロと地面を転がり、イアンの元へ向かう。

彼に辿り着くと、ランガは転がりながらイアンの右肩によじ登った。


(まず、左目を閉じて、照準! と言います)


「照準」


イアンは、ランガの指示に従った。

すると、イアンの左目の前に、魔法陣が浮かび上がる。

その魔法陣は、ランガの指先に現れたものと同様に、光る茶色である。


(……これでいいのか? )


イアンが、ランガに訊ねた。

魔法陣は、イアンからは見えないのだ。


(ちゃんと、出来ているであります。そのまま、左目を閉じつつ、ケイバットを見てください)


イアンは、飛び回っているケイバットの一匹に顔を向けた。


(左目が真っ直ぐケイバットに向くように……そう、その感じで、ランガ・ストーンショットと言ってください)


「ランガ・ストーンショット」


イアンが、口でそう言うと――


ババババッ!


左目の前に発生した魔法陣から、石が飛び出した。

連続して石が発射され――


「ギッ――!? 」


そのいくつかが一匹のケイバットに命中する。

石は、ケイバットの体を軽々と貫いていた。


「おお! ランガのように、石が出た」


石を発射できたことに、イアンは思わず、声を上げた。


(初めてなのに、当てるとは、流石がであります! )


ランガがイアンに賞賛の声を送る。


(弾を撃ち出す武器は使ったことがあるのだ。あと、これ…首に来るな…)


イアンが首を捻る。

ストーンショットは、左目の魔法陣から石を発射する。

その時、石を発射した衝撃が発生し、その度にイアンの首を僅かに痛めつけていた。


(おおっ! 射撃の経験がありましたか! 道理で……と、言ってる場合ではありませんね)


イアンの元に二体のケイバットが向かってくる。

心が落ち着き、攻撃してきたイアン達へ、反撃をしようというのだ。


(来たか……ならば、ストーンショットで撃ち落とすか)


イアンは、二体のケイバットに顔を向けて見据える。


(いや別の石弾(せきだん)を使いましょう。奴らの接近を待ってください)


(なに? ストーンショットだけではないのか? )


右肩にしがみつくランガに、驚愕した表情を向けるイアン。


(イアンさまは、現在……三種類の石弾を使えます。ケイバットが接近します。イアンさま、前を向いてください。)


ランガの声に反応し、イアンは前方に顔を向ける。

二体のケイバットは、二十メートルほど手前まで迫っていた。


(……そろそろであります。ランガ・ショットブラストと、言ってください)


「ランガ・ショットブラスト! 」


ザアッ!!


イアンが、声を上げた瞬間、左目の魔法陣から、無数の石弾が一斉に発射された。

その石弾の一つ一つは、目で捉えるのがやっとなほど小さい。

一斉に発射されたことによって、イアンの目の前から広範囲に撃ち出され、やがて霧のように消えていった。

ストーンショットと違って、攻撃範囲は広いが、その分射程が短いようである。


「……石の霧……霧のように石を吹き付けたな。あと…これも、少し首に来る…」


ショットブラストを放った後、イアンは手で首を押さえながら、そう呟いた。

そして、接近していた二体のケイバットが消えていることに気づく。


(ランガよ、ショットブラストは外してしまったのか? )


ケイバットの死体が見つからないことから、イアンは攻撃が外れたと思っていた。

しかし――


(いえ、ちゃんと当たりましたよ。ショットブラストが、跡形もなくケイバットの体を削ってしたった…のであります)


ランガは、イアンにそう返した。

ショットブラストは、無数の小さい石弾を勢いよく一斉に吹き付ける技である。

その一つ一つの石弾が、対象物、あるいは対象となる者の体を削っていくのだ。


(ケイバット程度の魔物の体なら、跡形もなく肉体を削ることができますが、ショットブラストを攻撃目的で使うことは少ないと思われます)


(どういうことだ? )


(ショットブラストは、射程範囲のものを削り取ることができる…魔法か飛び道具を防ぐのにも使えるであります)


(なるほど。防御が困難な攻撃を防ぐのに、使えるわけか)


(その通りであります! さ、この調子で他のケイバットを倒しましょう! )


その後、イアンは、ストーンショットを使って、残りのケイバットを撃ち落としていく。

次々と、ケイバットが地面に倒れていくが――


(……む? )


残り一匹というところで、ストーンショットが放たれなくなった。


(ああ、残弾が尽きたようでありますね…)


(残弾……やはり、そういうのがあったか…)


イアンは、僅かに肩を落とした。

強力な能力には、制限がつく。

そのことをイアンは、思い出したのだ。


(ストーンショットは五十発、ショットブラストが二発、三つ目の石弾が一発……になるであります)


(……ということは、ショットブラストと、その三つ目とやらが、それぞれ一発ずつしか残っていないのか…)


イアンは、最後の一匹のケイバットに目を向ける。

そのケイバットは、イアンから遠く離れた位置を飛んでおり、近づいてくる気配はなかった。


(……三つ目を使うしかないか。それで、何と言えばいい? )


(ロックピアス…‥ですが、これは装填…‥準備が必要であります。とりあえず、ロックピアス装填と言ってください)


「むぅ……ロックピアス装填」


イアンがそう言うと――


カチッ!


頭の中で、何かが開いた音が響いた。


(今の音は? )


(装填が開始された音であります。それから、だいたい五分後に装填が完了します)


(五分後だと? 時間がかかる…)


イアンは、僅かに顔をしかめた。


(あと、装填してから、ロックピアスが発射されるまで、他の石弾は使えません)


(……制限が凄まじいな。その分の見返りはあるのだろうか…)


イアンがそう思っていると――


「キキッ!! 」


ケイバットが旋回し、イアンに向かって飛んでいく。


(くっ…こんな時に……)


(せっかく装填したのだから、今は躱すしかありません。イアンさま、頑張って! )


(危険だと、判断したら斧で迎撃するからな)


イアンは、ランガへそう言葉を送ると、突進してきたケイバットを横に飛んで躱す。

その後もイアンは、突進を繰り返すケイバットを躱し続ける。

装填を始めてから、五分経った時――


ガコン!


イアンの頭の中で、何かが転がる音が響いた。


(イアンさま! 装填完了です! 発射する時は、ロックピアスと! )


(分かっている! )


イアンは、突進してきたケイバットを躱し――


「ロックピアス! 」


振り向きざまに、そう言い放った。


ズドンッ!


激しい音と共に、先端の尖った石弾が発射される。


「ぐわああっ!! 」


それと同時に、イアンの首に凄まじい衝撃が走る。

発射した主をよそに、石弾は飛び去っていくケイバット目掛けて飛んでいき――


「――!? 」


そのケイバットの頭部に命中した。

ケイバットは悲鳴を上げる間もなく絶命し、地面に倒れ伏した。

石弾は、ケイバットの頭部を貫き、その奥の壁面に深々と貫いていった。


(見ましたか? イアンさま! 凄まじい威力でしょう……って、どうしたでありますか? )


ロックピアスの威力に、歓喜の声を上げるランガだが、イアンはそれどころではなかった。

彼は、手で首を押さえながら、蹲っているのだ。


(これは……痛い…できれば、使いたくない…)


ロックピアスが発射される衝撃は、イアンの首に激痛が走るほどの負荷がかかる。

故に、イアンは、もう使いたくなかった。


(え、えぇ……慣れたら、連射できるようになるでありますよ? )


(慣れるまでに、死んでしまう…勘弁してくれ…)


イアンは、しばらく首を押さえたまま動けなかった。




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