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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
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二百三十四話 カモの砦

 ――フェニイッド水田地帯。


ここには、多くの水田があり、そこでは主に米を育てている。

この水田地帯は、柵で覆われており、一定間隔に塔のような砦が建っている。

その建物は、魔物や盗賊達から守る番人達の詰所である。

水田地帯のすぐ南の場所にも砦があり、それは砦の中でも一番大きな建物であった。


「親分ーっ! 大変だーっ! 」


「大変だ! 大変だ! 」


二人のカモの者が、石煉瓦で出来た砦の階段を駆け上がり、最上階に辿り着く。

そこには、多くのカモの者がおり、皆、三股に別れた穂先を持つ槍を持っている。

皆、一メートル半ほどの身長だが、この中に、三メートルほどの身長を持つカモの者がいる。

その者は、砦の窓から水田地帯を眺めていたが――


「グワ? 騒々しいぞ! 」


親分と呼ばれ、後ろへ振り返った。


「グワ! 親分! 」


「聞いてください! 」


二人のカモの者は、親分の前に辿り付くと、膝を床につき、カモの親分を下から見上げる姿勢になる。


「この水田に向かおうとする者がいます! 」


「ガアッ! そいつらは三人、皆強く、一人はおかしな魔法を使ってきます! 」


「ガガガアッ! なんだと! 」


カモの親分は、翼のような両手を上げ、飛び上がりそうな勢いで驚く。


「……ついに、わしにも討伐隊が差し出されたか…」


カモの親分は、顔を俯かせる。


「……ここまで、うまくやっていたのに…」


カモの親分は、後ろに振り返り、窓の方に体を向ける。


「……もう少し…だったのになぁ…」


カモの親分はそう呟き、窓から空を見上げると――


「……しみじみ…」


と、しんみりとした表情をした。


「「「……しみじみ…」」」


他のカモの者も、カモの親分のようにしんみりとした表情を浮かべた。


「……しみじみ……って、してる場合じゃないです! 」


「ガガアッ! 水田に入ろうとする者達は、すぐそこまで迫っているはずです! 」


他のカモの者達がしみじみとする中、二人のカモの者は、焦っていた。


「ガアッ!? そうか! まだ、終わっていない! 」


カモの親分は素早く、二人のカモの者達の方へ体を向けた。


「絶対に、水田には行かせない! 侵入者を迎え撃つぞ! 」


「「「ガアーッ! 」」」


カモの親分の号令により、カモの者達は一斉に声を上げ、下の階に下っていく。


「グワッ! わしは、戦闘の準備をしてくる。お前達、二人は他の砦から、少数ずつ応援を呼んできてくれ」


「「グワッ! 」」


二人のカモの者は返事をすると、他のカモの者達のように階段を下っていった。

それを見届けると、カモの親分は、自分の得物を両手に持つ。

その武器は、柄が長く、先端はハンマーのように鉄の塊があり、片方の打撃部は先端が丸く尖っていた。


「グワガアァ……わし等の邪魔はさせんぞ…」


カモの親分は険しい表情で、自分の得物の柄を強く握り締めた。







 二人のカモ者達と戦った後、イアン達は彼らの後を追っていた。

しばらく、彼等が歩いていると、水田の南側、一際大きな砦の前に辿り着いた。


「近くで見ると、でかいな…」


イアンの顔が上を向く。

砦全体の様子を見ようとすると、見上げるほどの高さがあるのだ。


「扉もでかいっスね。これは、簡単に開けられそうにないっスよ…」


マコリアが前方に指を差す。

その方向には、木材で出来た砦の扉があり、目測でも五メートルほどの高さはあることが分かる。


「これは、とてつもない重量が……ん? 」


扉を見ていたロシが何かに気づく。


「どうした? ロシ」


その様子に、イアンがロシに訊ねる。


「はい。大きな扉なのですが、よく見たら小さな扉もあります」


ロシが、前方に左手を向ける。

その方向に視線を向けると、大きな扉の中に、小さな扉があることが分かった。


「……本当だ。いちいちでかい扉を開閉させるのが面倒だから、作ったのか? 」


「理由はどうでもいいじゃないっスか。入れそうな場所を見つけたんっスから、そこから入りましょうっス」


「……うむ。それもそうだな」


イアンは、マコリアの言葉に頷くと、小さな扉の方へ向かった。

小さな扉の前に着き、手を掛けてみると――


キィ…


小さな扉は、鍵がかかっていないようで、簡単に開くことができた。


「……」


開く扉を黙って見つめるイアン。

程なく、彼は、ロシに顔を向けた。


「……慎重に行くべき……ですが、行くしかありませんね。入った時に、考えるとしましょう」


「なら、行くぞ」


イアンは、そう言うと開かれた扉から、砦の中に飛び込んだ。


「グウワッ!? 侵入者だ! 」


「ガアッ! これから、出るところだったのに! 」


「どうする? ガガアッ! 」


イアンが砦の中に入ってことで、中に集まっていたカモの者達が一斉に浮き足立つ。


「これは……どうやら、中に入って正解でしたね…」


イアンの後に、砦の中に入ったロシがそう呟く。


「ありゃー、敵さんけっこう焦ってるっスね」


マコリアも砦の中に入ってきた。


「ああ。それで、番人達は…」


イアンは、砦の中を見回す。

中は、広い空間で、カモの者達の数が五十を超えるほど、砦の中にいるにも関わらず、広く見えた。

カモの者達の大群の奥には、砦の壁に沿って伸びる螺旋階段があり、まだ上の階があることが分かる。


「いるとしたら、上の階になるか…」


イアンは、螺旋階段の先を見つめ、上の階に番人達が囚われていると判断した。


「グワワッ! 入られたのなら仕方ない! ここで、全員倒してやろう! 」


「「ガガアーッ!! 」」


カモの者達が一斉に、イアン達へ槍の穂先を向けた。


「多勢に無勢……これは、少々苦戦しますね…」


ロシが僅かに表情を歪ませる。


「いやぁ、そうでも無いっスよ」


マコリアが、トライアンダッグを取り出しながら、そう言った。


「数が多いなら減らせばいいんっスよ」


「減らす? 旋律魔法というやつか? 」


「その通りっス! ま、見ててくださいっス……」


マコリアはイアンにそう返すと、左手のトライアンダッグを掲げ、右手のエストックビーダーを振るい出す。


キン…キーン! キーン!


エストックビーダーで叩かれ、トライアンダッグが震えながら音を放つ。


「さあ、怯えて逃げ出すっス! 脅威の旋律! 」


キーン!


トライアンダッグから放たれた音が、砦の中に響き渡る。


「グガアッ!? こ、怖い! 」


「た、助けてくれーっ! 」


すると、複数のカモの者達が震えだし、手にした武器を捨て、砦の外へと走り出した。


「おお、カモみたいな奴らが、どんどん逃げていく。すごいな、マコ」


「頼もしい……ですが、敵に回すと厄介ですね…」


自分達の横を取りすぎていくカモの者達を眺め、マコリアに関心するイアンとロシ。


「グワッ!? 何故逃げる? 」


「グッウゥ……敵の魔法にやられたか…」


カモの者達が逃げていく中、その場に留まる者達がいた。

どうやら、効果が効かない者もいるようだった。


「ああー、少し残ったっスかー…でも、だいぶ減ったっスね…」


砦の中に残ったカモの者の数は、十人ほどまで減っていた。


「これなら、なんとかなりそうだな」


イアンは、そう呟くと同時に、一体のカモの者に目掛けて駆け出した。


「ガアッ! 来たか! 返り討ちにしてやる! 」


カモの者は、向かってくるイアンに向かって、槍を突き出した。

イアンは、その槍を姿勢を低くして、くぐり抜け――


「ふっ! 」


カモの者の横っ腹目掛けて、戦斧を横振りに振るった。


「ガアッ! まだまだ! 」


ガッ!


しかし、カモの者が素早く槍を戻して、イアンの戦斧を防いでしまう。


「ほう……なら、これならどうだ? 」


イアンは、戦斧を受けるカモの者の槍の柄に、自分の右足下をあてがう。


「ガアゥ? 蹴り飛ばすつもりか? 」


「そのつもりだ、サラファイア! 」


イアンは、右足下から炎を噴射させつつ――


「うおおっ! 」


槍の柄を蹴り飛ばした。


「グワワワーッ!? 」


サラファイアと同時に蹴り飛ばされ、カモの者は地面と平行に飛んでいき――


「ガワッ!? 」


「グワワッ!? 」


他のカモの者達を巻き込んでいった。


「やりますね、イアンさん! 」


ロシがイアンに賞賛の声を送りつつ――


「はあっ! 」


自分も負けじと、カモの者へメルガフロラクタを振るう。


「ガガッ! こいつら、強いぞ! 」


ロシの攻撃を受けるカモの者が、そう叫んだ。


「敵の数も減ったことだし、マコっちも前線に出るっスよ~」


トライアンダッグを構えながら、マコリアは駆け出し、イアンの隣に並び立つ。


「ここはマコっち達に任せるっス。イアン先輩は、上の階へ」


「ふむ、そうだな。悪い、ここは任せたぞ」


イアンは、マコリアの言葉に頷くと、螺旋階段目掛けて走り出した。


「上の階にも敵がいそうですが……って、イアンさん! 下がってください! 」


ふと、ロシが螺旋階段に目を向けると、階段から下の階――イアンの頭上目掛けて落下する巨体が見えた。


「……! 」


ロシの声に従い、イアンは後ろへ跳躍。


ドォンッ!!


すると、イアンの目の前に、巨大な何かが落下した。

その巨大な何かに、砦の床を粉砕され、辺りに砂煙が舞い上がる。


「くっ……なんだ? 」


着地したイアンは、砂煙を手で払いながら、落下してきた巨体に目を向ける。


「グワワ~」


やがて、砂煙が晴れ、巨体の姿が顕になる。

その巨体の正体は、巨大なカモの者で――


「ガ、ガアッ…親分! 」


「お、親分が来た! 」


他のカモの者達から、親分と呼ばれる存在であった。

カモの親分は、先端の尖ったハンマーを両手に持っており、目の前のイアンを睨みつけている。


「ガア~…侵入者共め、よくも子分達を殺ってくれたなぁ…」


「殺る? いや、まだ死んでいない…と思うぞ? 」


イアンは、自分の蹴り飛ばしたカモの者を見る。


「ううっ……」


「ガ、ガァ…」


そのカモの者は、巻き込んだ他のカモの者達と共に、遠くで伸びていた。


「グワラッ! うるさい! お前ら、そんなに米が欲しいのか! 」


カモの親分は、ハンマーを振りかぶると、イアン目掛けて振り下ろした。

イアンは、それを後方へ飛んで躱す。


ドガッ!!


カモの親分が、振り下ろしたハンマーは、砦の床に振り下ろされ、その部分を粉砕する。


「米が欲しいだと? その通りだが、まず、ここにいるという番人の安否を知りたい。彼等は、無事なのか? 」


イアンが、カモの親分に、そう訊ねると――


「ガガアッ! 何を言っている? 番人…水田の番人とは、わし等のことだ! 」







 「なにっ!? 」


イアンは、カモの親分の言葉に驚愕する。

彼等は、このカモの者達に、番人が囚われている、もしくは、殺されているのではないかと思っていたのだ。

しかし、実際には、このカモの者達が水田を守る番人であると言うのだ。


「村の人達が、丹精込めて作った米を……絶対に奪わせはしない! ガアッ! 」


カモの親分は、再びハンマーを振りかぶった。


「待て。お前達が番人であるならば、オレ達が戦う理由は無い。ただ、水田に入れない理由を知りたいだけだ」


「ガアッ! 水田に入るつもりか! やはり米目当て! 綺麗な顔して、とんでもない悪党だ! 」


カモの親分は、イアン目掛けて、ハンマーを振り下ろす。


「くっ……聞く耳持たんか…」


イアンは、カモの親分の攻撃を躱しつつ、苦い表情を浮かべる。


「はあっ! 」


「グワアッ!? 」


ロシが、強くメルガフロラクタを振るい、カモの者を弾き飛ばす。


「失敗しましたね……まさか、この方達が、番人だったなんて…」


そして、イアンとカモの親分のやり取りから、今の状況を把握する。


「ちぇ! そんなの分かるはずが無いっス! 村長は、カモが番人だなんて、一言も言ってないっスよ! 」


マコリアが、カモの親分に向かって、そう声を上げた。


「うるさ――む? あの小娘が被っている帽子……何かに似ているような…」


「ガアッ! 親分、そいつは変な魔法を使ってきます! 」


カモの親分が首を傾げていると、子分のカモの者が、マコリアを指差しながら、そう言った。


「なに? なら、早くそいつを仕留めるんだ! 」


「「「ガアッ! 」」」


カモの親分の言葉に従い、子分のカモの者達は一斉に、マコリアの元に向かい出した。

その中には、先ほどロシが弾き飛ばした者のおり――


「しまった! もっと私が引きつけておくべきだった」


ロシは、自分の行いが過ちであったと後悔した。

その間にも、カモの者達は、槍を突き出しながら、マコリアに向かっていく。


「ありゃ……これは、まずい状況ッスね…」


マコリアは、自分の周りを取り囲むカモの者達を見回し、顔に汗を滲ませる。

しかし――


「マコっちに、この力を使わせるっスか…」


その汗は、焦りから来るものではなかった。

マコリアは、トライアンダッグとエストックビーダーを腰の両側に戻すと、両腕をそれぞれ左右に突き出す。


「まだ未熟だけど……黒い霧よ、我が腕に纏い形を成せ…ダークファンタジー! 」


マコリアが何事かを呟くと、彼女の腕に黒い霧が現れる。

その黒い霧は、彼女の腕を包み込むと、獣のような形の腕に変貌した。

獣のような腕は、マコリアの腕の二回りほど大きく、霧と同じ黒い色をしていた。


「そぉーれっス! 」


マコリアは、獣の腕を振るいながら、横に回転した。

すると――


「グワワワーッ!? 」


彼女の周囲を取り囲んでいたカモの者達をなぎ払った。


「ガアアアアッ!? あ…あの、黒い霧を纏う魔法……い、異形のプルトガリオ…おまえは、異形なのか!? 」


マコリアを見ていたカモの親分は、驚愕した表情で声を上げた。


「異形? プルトガリオ? 」


イアンは、カモの親分の言うことが分からず、首を傾げる。


「ガ、ガアッ…お前、知らないのか……異形…プルトガリオは、昔、世界中を暴れまわった狂戦士の名前だ。遭遇した者は、影も残されないと噂の…」


カモの親分は、震える声でそう呟いた。


「ええ、あなたの言うとおり、あの人は狂った人でした。しかし、彼女は異形……プルトガリオではありませんよ」


震えるカモの親分に、ロシはそう言った。


「な、なに? 」


カモの親分が、ロシに耳を傾ける。


「彼女の被る帽子は、彼と同じものです。しかし、プルトガリオは男です。彼女は女の子なので違います。(じか)に彼の姿を見た私が言うのですから、本当ですよ」


「なっ……プルトガリオを前にして、生き残ったとでも言うのか!? 」


「ええ……命からがら……顔に傷を負う代償を受けましたが、若気の至りですね。今は、笑って話せますよ」


ロシは、微笑みながら、そう言った。


「いや、嘘っスね! ロシさん、師匠の話をする時、マコっちの被る帽子を睨みつけてくるもん」


マコリアが、僅かに頬を膨らませる。

彼女の腕には、もう黒い霧はまとわりついていなかった。


「……攻撃を仕掛けたのは、私ですが……すみません。その帽子を見る度に、あいつの顔と言葉を思い出すのです……正直、ムカムカするんですよ…」


ロシが微笑みながらマコリアを見る。

目だけは、笑っていなかった。


「うっ……マコっちじゃなく、師匠を恨んでくださいっスよ…」


「ええ。マコさんを恨んでいるわけではありません。なので、安心してください」


「……本当っスかねぇ…」


マコリアは、ロシに疑いの目で見つめた。


「……異形…とやらの弟子がこちらにいるのだが、まだやるか? 」


マコリアから視線を外した後、イアンはカモの親分に顔を向け、そう訊ねた。


「うぐっ……異形の…弟子…」


カモの親分は、呻くようにそう呟いた。


「ああ、イアン先輩! あんまり、マコっちを異形って呼ばないでくださーいっス!」


「む、何故だ?異形とやらの弟子なのだろう? ならば、おまえも――」


「その異形って言葉…あんまり好きじゃないっスよ。だから、変幻自在って呼んでくださいっス。まだ、腕しか変幻自在じゃないっスけど…」


「ふむ、そうか。分かった」


イアンは、マコリアの言葉に頷くと――


「変幻自在のマコリアと、闘技大会の成績優秀者のロシがこちらにいる。オレ達はお前と戦う理由は無い。ここが、やめ時だぞ? 」


カモの親分にそう言った。


「グワウゥ……いくら、不利な戦いでも、わしは引くわけにはいかん! 貴様達と刺し違えても、この水田は守る! 」


カモの親分は、自分の得物を振り上げた。


「仕方がない。力尽くで黙らせてやる」


イアンは、カモの親分に向かって駆け出す。

その間に、カモの親分がハンマーを振り下ろし始める。

丸く尖った打撃部がイアンの頭上目掛けて落下する。


「サラファイア! 」


しかし、カモの親分の攻撃は、イアンに当たらなかった。

イアンがサラファイアにより、カモの親分が振るったハンマーを躱しながら、飛び上がった。


「グワアッ!? 魔法? そんな使い方が…」


イアンが飛び上がったことに、カモの親分は驚愕する。


「これで終わり……にしたい! サラファイア! 」


イアンは戦斧をホルダーに戻すと、再び両の足下から炎を噴射させ、カモの親分の顔目掛けて飛んでいく。


「グッバアッ――!? 」


そして、その勢いのまま、カモの親分の左頬を殴り飛ばした。

カモの親分は、仰向けに倒れ、しばらくの間、起き上がる気配はなかった。


「……結局、倒してしまいましたね…」


「思い込んでた自分達も悪いっスけど、少しは話を聞いて欲しかったっスね…」


戦いが終わったと判断し、ロシとマコリアが一息つく。


「さて、これで話が聞けるか。それで、ようやく理由とやらは、分かるのだろうか…」


イアンは、ゆっくりと降下しながら、そう呟いた。




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